285話「お別れと報告」
「うぉぉぉおおおおおおお。ウドゥドゥ~」
「……」
謎の男との邂逅から三日後、ウルルの村から出立する時が来た。あれから、念のためにモンスターの調査を二日ほど行い、群れを形成するなどの異常行動や個体数の増加も見られなかったため、目的は達成したと判断した。
となってくれば、あとはウルルの家族から彼女が今まで通りオラルガンドで働く許可をもらうだけだったが、意外というかこれは簡単に許可された。
というのも、元々獣人の教育方針は我が子を千尋の谷に突き落とす方針らしく、是非ともこき使ってやってほしいという要望がウルカの口から出たほどだ。予想通りだったのは、父親のガウルがこれに猛反発したことだが、俺がモンスターの調査に出ていた二晩で平和的な説得が行われたらしく、最終的にはガウルも納得していた。
何故俺が“二日”ではなく“二晩”という言い方にしているのかはその表現の方がしっくりくるという理由からだが、そこのところは察してほしい。一言だけ言及するならガウルの気持ちの悪い断末魔がうるさかったとだけ言っておこう。
肉体裁判ならぬ肉体説得がなされたガウルだったが、それでも娘が遠くに行ってしまうことはさみしいらしく、嗚咽交じりで終始泣いている。一方のウルルといえば……。
「父うるさい。あと気持ちが悪い」
「うぉぉぉおおおおおおお」
ウルルの辛辣な言葉も意に介さず、泣き続けるガウルの背後から不穏な空気を漂わせながらウルカが近づき、彼の耳元で何かを呟いた瞬間、あれほど泣いていたガウルが泣き止みまともに別れの挨拶を言い出した。
「さみしくなるが、元気でな。帰ってきたかったらいつでも帰ってきていいんだからな」
「父、母に何を言われた?」
「お、お前には関係のない話だ」
「(やはり、結婚というものは大変なのだな。こりゃあ、しばらくは独身貴族でいた方がよさそうだ)」
圧倒的ステータスを持つ俺の耳が確かに聞いた言葉。それはたった一言でありながらとてつもない破壊力を秘めていた。ウルカ曰く、泣き続けるガウルに向かってただ一言だけ囁いた。
「また、搾り取られたいようですね……うふふ、今夜が楽しみです」
俺の耳が確かであれば、そんな言葉が耳に入ってきたのだ。それを聞いた瞬間、あれほど泣いていたガウルが真面目に挨拶をするくらいなのだから、その強制力は察するに余りある。
「じゃあ、ウルルは責任を持って預からせてもらう」
「ええ、どうぞどうぞ煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。なんだったら、次こちらに来た時は子連れでも構わないですよ」
「っ!? は、母、それはまだ気が早い。もっと外堀を埋める感じで――」
「その予定はないから安心しろ。では、失礼する。行くぞ」
それから、ガルルたちとも簡単な挨拶を交わし、俺とウルルは村を後にした。村を出て数秒も経たないうちにガウルが「やっぱ駄目だ! ウルル行くな、行かないでくれぇー!!」とこちらに突撃しようとしてきたが、ウルカがガウルの頭を胸に抱きかかえ、その大きな谷間に彼の顔を埋めさせ、最終的に息ができなくなったガウルが意識を失い気絶するというトンデモ技を使って彼を止めていた。
「……女の胸は凶器になるってテレビで見たことあったが、どうやら本当だったらしい」
「ご主人様、テレビってなんですか?」
「なんでもない。行くぞ」
それから、穏やかな笑みを浮かべながらこちらに向かって手を振るウルカと、その傍らで白目を剥きながら気絶するガウルという非日常的な状況に苦笑いしながらも、俺とウルルは今度こそ村を後にしたのであった。
これにて、ウルルの件については落着したものと判断し、俺は次の行動に移ることにする。ひとまずは、形式上の依頼となっているセイバーダレス公国の大公アリーシアに事の顛末を報告するところから始めることにし、周囲に誰もいないことを確認しつつ、俺はウルルと共に瞬間移動をする。
「な、なにっ!?」
「戻ったぞ」
「ああ、ローランド様。今のは一体?」
「それよりも、ウルグ大樹海の調査についての報告をしたい」
いきなり部屋に現れた俺に驚いた様子のマリーシアだったが、すぐに平静を取り戻すと俺に問い掛けてくる。だが、説明が面倒だったのと依頼の報告をしたいという思いがあって、いきなり現れたことに対する質問はスルーした。
マリーシアも俺がそれについて答える意思がないと判断し、すぐに夫であり宰相のビスタを呼ぶことにしたようだ。しばらくして、執務室のドアがノックされ、ビスタとそして何故かアナスターシャとアレスタの姉妹がやってきた。
「ローランド様、お久しぶりにございます」
「ああ」
「ひ、久しぶりね」
「お前は……誰だっけ?」
「アナスターシャの姉のアレスタよ!」
「?」
はて、一体誰だったろうか? などとわざとらしく怪訝な顔を浮かべていると、呆れたような視線を向けながら彼女が口にする。
「本当に覚えてないならどんな頭をしているのかしら? あなたとは模擬戦もやったじゃない」
「もちろん覚えている。ただの冗談だ」
「まったくもう」
「アレスタ。今はそんなことよりもローランド様のお話を聞くのが先だよ」
「も、申し訳ありません」
アレスタの言動をビスタが窘めたところで、ようやく本題に入ることにする。ウルグ大樹海の調査の過程で起こった出来事と、その原因が人為的なものであり、糸を引いていたのがセラフ聖国である可能性が高いということを報告した。
「セラフ聖国……あの国にはほとほと手を焼いているのです。人類至上主義という理想を掲げるのは結構なことですが、それを他国にまで強要してくるのはいかがなものかと。しかも、その理想が受け入れられないと断ったら断ったで、陰湿な嫌がらせをしてくるという質の悪さは厄介なことこの上ありません」
「まあ、宗教が絡んでくる国っていうのは、そういった狂った価値観を持ってるっていうのが相場だからな」
俺が今回の一件にセラフ聖国が絡んでいると報告すると、本当に嫌そうな顔をしながらアリーシアが愚痴をこぼす。どうやら、聖国には以前から陰湿な嫌がらせを受けており、国としても楽観視できないほど頭を悩ませているとのことで、彼女の整った顔立ちが醜悪に歪んでいることからも、聖国がどれほどの嫌がらせをしてきたのかが想像できる。
「もういっそのこと、こちらから攻め滅ぼそうかしら?」
「おいおい、それはやめてくれ。いくらセラフ聖国から陰湿な嫌がらせを受けていたとしても、大義名分のない相手に軍事行動を起こすのは他国からの外聞が悪すぎる」
「そんなことわかってるわよ。でも、そう思っちゃうくらいに奴らのやってきたことは陰湿すぎるわ」
アリーシアの暴言をビスタが窘めつつも、宰相としてセラフ聖国との外交の矢面に立ってきた人間としては思うところがあるのか、彼女を窘めはするものの、彼女の暴言自体を否定することはない。
一体どんな嫌がらせを受けてきたのか気になって聞いてみると、それはなんてことない実に子供染みたもので、それこそまともな人間であればわかっていてもやろうとはしない実にくだらないものばかりだった。
「向こうの特産品を出してやるのだから、そっちの品は安くしろだの。国境などそちらが勝手に決めたものだからと侵略まがいの越境行為を行ったり、とにかく酷いものです」
「それって、十分大義名分になるんじゃないか? 特に越境に関しては」
「それが、こちらが対応しようと動いたところで、向こうの特使が出張ってきてなかったことのようにされてしまうのです」
「おそらくは、元々国家としての体裁を成していないんだろうな。いわば、ただの規模の大きな営利団体ってとこだ」
宗教が絡んでくる組織というものは、今も昔もこういった常識が通用しない相手というのが相場だ。だからこそ、アリーシアの話を聞いたところで、驚きよりもやっぱりそうなのだという感情の方が勝ってしまう。
とにかく、今後面倒なことになりそうな予感しかないセラフ聖国には、何かしらの形で行動を封じる必要性が出てくるだろう。それが、多少手荒い手段になったとしても。
「まあ、今後はウルグ大樹海に兵を常駐させて何かあったらすぐにわかるようにしておいた方がいい。あの手の人間は死ぬまで反省も諦めることもしないだろうから」
「そうさせてもらいます。それと、今回の報酬はどれくらいがいいでしょうか? 言い値でお支払いします」
「そうだな……」
その後、話は依頼の報酬という話になり、最初提示したのは大金貨三百枚だったが、世界で四人しかいないSSランクを動かしておいて、その程度の報酬しか支払わないのはおかしいと相手がごねたため、結局大金貨千枚という破格の報酬で決着がついた。
「あの、ちょっといいかしら?」
用事も終わったので、一度オラルガンドに帰ろうとその場を後にしようとしたが、ここでアレスタが口を開いた。
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