282話「ウルグ大樹海の生態調査」
「さて、いよいよ本格的に調査開始だ」
ウルルとの一件があった翌日、俺は村の外の森へとやってきていた。目的は、セイバーダレス公国から受けた依頼を達成する名目の、ウルグ大樹海に生息するモンスターの生態調査である。
普段であれば、この上ない面倒事として見て見ぬふりをするのだが、後々になって対処しなければならなくなることを鑑みての先んじた行動だ。どうせ後になってやらなければならないのなら、今から対処しておいた方がいいという考えだ。
ちなみに、昨夜の出来事の顛末だが、ウルルに気を遣ってトイレという名目で部屋から出た後、しばらくして部屋に戻ったら何故か全裸の状態で俺の寝ていた寝所で大の字になって眠っている彼女の姿があった。
そこには艶めかしさの欠片もなく、ただただズボラそのもののウルルの姿があり、おそらくは自分の部屋に戻るのが面倒だったという理由からそういった行動に至ったのだと結論付けた。
仕方なく、その日はオラルガンドの自宅に転移で戻って眠りに就き、少し早起きして戻ってくるという対処を取る羽目になってしまった。朝食の場でどことなく頬を膨らませ不満気な様子のウルルだったが、そんなことは俺の知ったことではない。
一方、昨日あれほどまでに俺に突っかかってきたガウルだが、精も根も尽き果てたといった様子で、まるで別人のように大人しくなり、朝食後は「行ってくる」とぽつりと呟きトボトボと出掛けて行った。
ガウルがそうなっていることについて少し聞いてみたが、昨日の出来事をなんとなく知っている俺からすればガウルがそうなっている原因は明白で、彼の口からはただ一言だけ「五回って言ったのに……さすがに十回は無理だお」と前世の某掲示板で使うような面白い語尾を披露してくれた。
ガウルをそんな風にした張本人であるウルカと言えば、まるで高級エステに行ってきたのかと思うほどに肌色がツヤツヤとしており、まさに何かの美容法でも使ったのかと思うほどに輝いていた。
さらに恐ろしいことに、彼女の口からは「今夜も相手をしてもらいましょうか」などと口走っていたが、ガウルの青ざめた表情を見てさすがに思いとどまったらしく、続けて「冗談ですよ」とフォローを入れていた。
そんなこんなで、いろいろと複雑な気分にさせられた朝だったが、こうしてモンスターの調査のため今日からウルグ大樹海を調査する予定だ。
あの後、ウルルも付いてこようとしていたのだが、せっかく里帰りしたのだからということで、彼女の同行は丁重にお断りした。
改めて、ウルグ大樹海についてだが、アリーシアから聞かされていた通り広範囲に渡って巨大な森が広がっている場所であり、まさに【大樹海】という名に偽りなしといった感じだ。
出現するモンスターは生態系の食物連鎖が厳しいのか、最低でもBランク相当のモンスターばかりで、中にはAランクのモンスターがいることも珍しくはない。
そういった過酷な環境であるが故、一般的な村人でさえ冒険者基準で言うところのBランク中位レベルの実力を備えており、専業主婦をやっている女性陣ですらAランクの実力を持っていることもザラのようだ。
「ウガアアア」
「【ウルグオーガ】ねぇ。ナチュラルにAランクだな」
調査を開始してすぐに発見したのは、三メートルを優に超える巨体を持つオーガだ。ただ通常と異なる点があるとすれば、淡いグリーンに近い肌色を持つオーガとは対照的に、周囲の色に合わせているのか暗い緑色の肌をしている。
よくよく観察してみると、体内に秘めている魔力量が異なり、習得している身体強化のレベルも通常のオーガと比べてみても雲泥の差がある。
このウルグ大樹海という環境下で独自に進化を遂げた特殊な個体だと判断し、さらに調査を進めるべく、俺は森の奥へと歩を進める。ちなみに、オーガにはストレージの肥やしになってもらった。
奥に進めば進むほど、跋扈しているモンスターの絶対量とランクが上昇し、とうとうSランクのモンスターまで混じり始めている。しばらく飛行魔法で進み続けること一時間ほど、通常の移動で四、五日程度掛かる場所までやってきた。
「さすがに、ここまでくるとAやBはいないな。一番弱いのが、Sランクのウルグファングキングか」
適当な場所に降り立って最初に出会ったモンスターを調べてみると、猪型モンスターの最上位種のようなモンスター【ウルグファングキング】という名前のモンスターだということがわかった。
見た目自体はウルグボアやウルグファングボアとあまり大差がないように思えるが、その体つきは脂肪的な部分よりも筋肉的な部分が多いように感じる。体自体の大きさも尋常ではなく、優に四メートルは超えている。
「ブモォオオオ」
「いいだろう。見せてもらおうか。ウルグ大樹海に生息する、Sランクモンスターの性能とやらを」
某アニメに登場するキャラクターのようなセリフを宣いながら、相手の出方を窺う。Sランクとはいえ、相手が猪型のモンスターである以上、やってくることはおおよその見当が付く。どうせ馬鹿の一つ覚えのように、巨体を活かした突進攻撃を――。
「ブゥゥウウウウ」
「え!? 魔法だと!? ま、まずい!」
完全に不意を突かれる形で、ウルフファングキングの魔法が発動する。大地魔法で作り出したこぶし大の岩が混ざった砂の奔流が、俺に襲い掛かる。まともに食らえば混じっている岩によって体が傷つけられ、砂による圧倒的物量によって生き埋めにされてしまうだろう。そう、まともに食らえばな。
「なんちゃって。テッテレー。ドッキリ大成功!」
「ブモォ?」
ウルグファングキングが放った魔法は、完全に俺を捉えたかに見えた。だが、腐ってもSSランクの冒険者であるこの俺がこの程度の攻撃に対処できない訳がない。
魔法が俺を包み込む瞬間に結界魔法を発動し、迫りくる岩や砂を寸でのところで防いでいたのだ。これぞまさしく紙一重の攻防といったところか。
惜しむらくは、せっかく相手の意表を突いたのに、驚くよりも「何故?」と首を傾げられてしまったところが残念だった。本音を言えば驚いて欲しかったところだ。
「じゃあ、ご返杯ということで【アイシクルピラー】」
「ブモォォオオオオ!?」
今度はこちらの番とばかりに、俺は氷属性の魔法を使ってウルグファングキングを攻撃する。まるで氷柱のように尖った氷の塊がウルグファングキングに襲い掛かる。先端が尖っているため、一見すると物理的な攻撃なのかと思いきや、実のところこの魔法は属性的な効果をもたらす魔法だ。
アイシクルピラーは、攻撃が当たった対象に氷属性の効果を与える魔法で、具体的にはアイシクルピラーが当たるとその対象は氷漬けとなる。
それだけ聞けば、それほど威力のない魔法かと思いきや、実のところはまったく異なる。このアイシクルピラーを覚えるために要求される氷魔法のレベルは8となっており、最大レベルの二段階下もの高レベルが要求される。
その理由として、発動するために必要な魔力量が関係しており、このアイシクルピラーは見た目のしょぼさとは打って変わって高威力の魔法となっている。そのため、発動に必要となる魔力量も尋常ではなく、それこそSランクモンスターに致命傷を与えかねないほどの魔力量が消費されるのだ。
そんな威力の魔法を食らってしまっては、さすがのSランクモンスターといえど無傷で済むはずもなく、ウルグファングキングの体が瞬く間に凍り付き、森のど真ん中に神秘的な氷の彫像ができあがってしまった。
「さて、続けていくとするか」
それから、調査を続行していくと数分に一度というかなりのハイペースで何かしらのモンスターと出くわす状況となっており、やはりどこか不穏な印象が残った。
今のところ各モンスターが異常な群れを形成する様子はないものの、見た感じではいつスタンピードが起きても不思議ではない状況が生まれており、今後警戒が必要だ。
「そろそろ、村に戻らないとウルルたちが心配するか。仕方ない、今日はここまでにして明日出直すとするか」
気付けば、それなりの時間が経過しており、昼を少し回った頃だ。心なしかお腹も空いており、空腹感がなくもない。
個人的には、もう少し調査を進めておきたいところではあるが、特に急を要する訳でもないため、今日は一度調査を切り上げ村へと戻った。
よければ、ブックマーク&評価&いいねをお願いします。
あなたの清きクリックが、作者のモチベーションに繋がります。




