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202話「もう一つのアレ」



「というわけです。おわかりいただけましたか?」


「……」



 マコルの説明を受けた俺は、とりあえず彼女の後ろで引き攣った笑みを浮かべているマーリアンに視線を向けた。



「これで説明になっているとでも思ってるのか? よくこれでこいつに説明させようと思ったな」と言わんばかりの視線を向けると「あはは」という苦笑いが返ってきた。さもあらん。



「あいてっ」


「そんな説明でわかるわけないでしょうが、まったく。ローランドさん、申し訳ないです。ここからは私が説明します」


「……是非そうしてくれ」


「なぜ? うーん、解せぬ……」



 そうだな、解せない。お前の訳のわからん説明を聞かされる俺たちがだが……。



 それから、マーリアンの説明を受け、俺はようやく魔狩ギルドの概要を知ることができた。端的に言ってギルドの概要はそれほど難しくはない。主に三つのことを守れば問題ないらしい。



 その三つのこととは、一に犯罪を犯してはならない。二にスタンピードなどの緊急時には強制的に参加してもらう。三にギルドは国家間の戦争に不干渉なため、戦争に参加する場合、魔狩ギルドを除名処分とする。以上だ。



 その他には、魔狩ギルドには等級クラスというものがあり、一番下が☆1クラス、最も高い等級が☆6クラスとなっている。冒険者のランクに当てはめると、一番下の☆1クラスが冒険者で言うところのCランクに相当し、以降星が増える毎にBランク、Aランクと上がっていき、最高ランクの☆6はSSSランクになっているようだ。



 最低でもCランクの実力がなければ所属することができないとなれば、所属するハードルもかなりのものとなってくると思いきや、実は違うらしい。



 基本的に魔族は他の種族と比べて自力が強く、先のオーガの群れと戦った村人ですら、Cランク程度の実力を持つ者はざらにいた。では、なぜ魔狩ギルドに所属していないのか? 答えは至ってシンプルで、魔狩者というのが命の危険を伴う職業だからだ。



 人間の世界とは違い、魔族の住む魔界のモンスターの強さの平均は高い。それ故に、モンスター討伐を生業にする場合、それこそ毎回命を懸けるくらいの覚悟を持たなければならない。



 そんなことを毎回やっていては身が持たないため、余程のことがない限り、魔狩者になろうという物好きな魔族はそれほど多くはないのだ。



 そういった背景があることもあってか、魔狩者たちは増長し“自分たちは選ばれた存在だ”などという妄想を抱くようになってしまったのかもしれない。



「以上が説明となりますが、何か質問はありますか?」


「質問じゃないが、最初に説明された内容とまったくもって違うんだな」


「すみません。私としても彼女の教育係として教えてはいるのですが……」



 どこの世界にも、なにをやってもダメな人間はいるということか……。まあ、人間じゃないけど。



 とりあえず、魔狩ギルドの概要を聞いた俺はもう一つ気になっている宿の“アレ”についても調べておきたいと思い、マーリアンにおすすめの宿はないか聞いてみた。



「それなら【魔界の止まり木】という宿がおすすめですよ。料理が美味しいですし、料金も良心的ですから」


「そうか、ならそこに世話になるとしよう。じゃあ、また来る」


「はい、お待ちしております。……マコル、ちょっとこっちに来なさい。説教よ」


「な、なんですかぁー? ちゃんと説明できてたじゃないですか!?」


「……」



 あれでちゃんと説明したつもりでいたことに、内心で呆れつつも、もはや俺には何の関係もないことと割り切り、俺はギルドを後にする。



 ちなみに、マコルが説明した内容は一に「悪い子になっちゃダメです」、二に「わーってなった時はわーってやってください」、三に「他の子たちとの喧嘩に参加するならバイバイです」だった。



 ……な? これでどう理解しろというのだろうか? その意味を込めてマーリアンに非難の視線を贈ってみたのだが、ものの見事に苦笑いで返された。ああ、あと視線をおくるは、プレゼントという意味で使ってるから、おくってみたの“おくる”は“贈る”で合ってるからな?



 そんなこんなでギルドから礼の宿に移動する。意外にもギルドからほど近い距離に宿はあり、徒歩五分ほどで到着する。



「いらっしゃいませ。お食事ですか? 宿泊ですか?」


(ほう、これはさすがというかなんというか……)



 俺を出迎えてくれたのは、美女だった。年の頃は三十代中頃と通常であればとうのたった年齢で、そこに女性としての魅力は望めなくなるはずの頃合いだ。だというのに、目の前の女性はどうだろう。艶やかな長い髪を靡かせながら、その色香は衰えるどころか増しているとさえ思わせる。



 紫色の長い髪にオレンジ色の垂れた目が愛くるしく、一度笑えば心臓を打ち抜かれたかと錯覚させる。体つきは女性として均整の取れたプロポーションで、端的に言えば「ナイスバディ」の一言に尽きる。



 くびれた腰、むっちりとした肢体、すべてを包み込んでくれそうな母なる二つの巨峰。どれを取っても完璧と言わざるを得ない。そして、そんな見事なまでの女性が既婚者であるということに、果たして何人の独身男性が絶望の淵に叩き落とされたことであろう。それを想像するだけで、当事者でない者ですら同情の思いを禁じ得ない。



「あのー?」


「ああ、すまない。一泊いくらだ?」


「食事付きで、魔小銀貨五枚です。なしでいいのでしたら、魔小銀貨四枚になりますが」


「食事付きで三日間頼む。ところで、俺はローランドというんだが、あなたの名前は?」


「では、魔中銀貨一枚と魔小銀貨五枚になります。私ですか? 私はマサーナですけど」


「そうか、しばらく世話になる」



 という具合にマサーナと軽く挨拶をしたのち、部屋の鍵を受け取る。時間帯的に昼時だったので、さっそく食事をいただくことにした。食堂はかなり混んでおり、数十のテーブルに対し空きは一、二席しかなく、その空きも俺が座ったとほとんど同時に埋まってしまい、晴れて満席となった。



 しばらく待っていると、突如「いらっしゃいませませー!」という元気な掛け声と共に、テーブルに水の入ったカップが置かれた。声のした方に顔を向けると、そこには元気いっぱいといった感じの少女の姿があった。



「ご注文をどうぞ」


「初めてだから、君のおすすめを頼む。俺はローランド。魔狩者をやっている」


「あたしはマーサ。この宿の看板娘だよ! お母さんみたいに美人じゃないけど、元気だけは一杯だから!!」



 そう言って、厨房に注文を伝えるためにテーブルから彼女が離れていく。……なるほどな。今回のアレは、マサーナにマーサか。魔族のアレだから頭文字が“マ”だったのかな?



 ちなみに、マーサは自分のことを美人ではないと言っていたが、母親と同じ垂れ目に母親よりも肉付きがないものの、ちゃんと胸も人並み程度の大きさがあり、なにより笑った顔がとても輝いていて可愛らしい。一緒にいると元気を分けてくれそうな快活な美少女であった。



 それからしばらくして、注文した彼女のおすすめ料理が届いた。その内容は、何かの肉の塊のステーキが乗ったプレートに、野菜たっぷりの具沢山スープと黒パンのセットだった。



 何の肉かはわからないが、香ばしい匂いと肉汁が溢れ出すほどに迸っている様は、それだけで食欲を掻き立てる。以外にも人間が食べているものとそう変わらないことに感心しつつも、彼女のおすすめをいただくことにする。



「いただきます。はむ、もぐもぐ……うっ!?」



 まずはメインディッシュといってもいい肉のステーキを頬張る。見た目通りにパンチの利いたそれは、口に入れた瞬間肉の旨味をガツンと舌に伝えてくる。



 分厚いだけあって食べ応えは十二分にあるが、意外にも肉は柔らかく、噛むほどに旨味が口の中に広がっていく。そして、咀嚼したそれを一気に飲み下し、それを自身の胃袋に納めた瞬間口をついて言葉が出た。



「美味い……」



 その言葉は呟き程度のものでしかなかったが、近くのテーブルで食事をしていた者の耳届くほどの音量には十分だったようで、隣で食事をしていた男がふんと鼻で笑いながら話し掛けてくる。



「坊主、そんなに美味かったか」


「ああ、美味い。これはこの魔王都の特産料理か何かか?」


「いや、ここの宿主が相当な料理好きでな。この宿の料理は、どれもこれも絶品ってわけよ。特にその【ホーンバッファロー肉のステーキ】は、ここの名物料理ってやつよ」


「なるほど、この肉はホーンバッファローだったか」



 俺がそう言うと「坊主が食ってたら、俺も食いたくなってきた」と言って、マーサを呼びつけて俺と同じ料理を注文していた。……他の料理も食べていたのに、よくあんなに入るものだ。



 そんなやり取りをしつつ、料理に舌鼓を打っていると、突然宿の入り口からマサーナの悲鳴が聞こえてきた。



「や、やめてください!」


「んな固いこと言わずによぅ。俺と楽しいとこ行こうぜ!」


「わ、私には愛する夫と娘がいます。申し訳ないですが、お断りします!」



 騒ぎの方に顔を向けると、マサーナが無理矢理男に腕を引っ張られている光景が目に入ってきた。男の誘いにきっぱりと断りを入れるも、それで引き下がる男ではなく寧ろ余計に興味を引かれてしまったようで、逆効果だった。



「その見た目で夫と娘がいるか……。ますます気に入った! 俺と一緒来い!!」


「いやぁー」



 先ほどまでよりもさらにしつこい男の誘いに、いよいよ止めなきゃならんと俺が席を立とうとしたその時、男の腕を取り捻り上げる人物がいた。



「いでで、な、なにしやがるテメェ!」


「それはこっちの台詞だ。うちの女房に手出されて黙ってる夫がいるか? ああ? 言ってみろゴルァ!!」


「あ、あなた」



 男の腕を捻り上げていたのは、マサーナの旦那で、見るからに逞しい体つきをしている。精悍な顔立ちと鋭い眼光は、人睨みで蛇に睨まれた蛙状態になること必至であり、事実マサーナにちょっかいを出していた男も怯み上がっていた。



「は、放せ! 放せっつってんだろ!! ぐはっ」


「おととい来やがれ、馬鹿野郎が」



 マサーナの旦那から逃れようと、空いているもう片方の腕で殴りかかろうとした男だったが、逆に彼の豪快な右ストレートを顔にもらってしまう。筋骨隆々な体から繰り出される拳の威力は凄まじく、男もかなりの体格をしていたが、それを食らってはひとたまりもなかった。



 たちまちに男の体が宙に投げ出され、綺麗な弧を描きながら、地面に勢いよく着地する。男もかなりのダメージは受けたが、もともと体格がいいこともあってかすぐに起き上がり、反撃に出るかと思いきや、興が削がれたらしく舌打ち一つ鳴らすと、そのままどこかへと去って行った。



 一方のマサーナとその夫の周囲には、ピンク色の雰囲気が漂っている。夫婦仲は良好のようだ。そんな様子を見ていた他の客が、事の顛末を見ていた感想を口にする。



「へっ、ガスパーの旦那に勝てるわきゃあねえだろうが」


「確か、弟さんが警備隊長やってんだっけ?」


「そうだ。でも、噂じゃ弟さんよりも旦那の方が強いらしい」


「警備隊長よりも強い一般市民ってどうなのよ?」



 俺も同意見だったが、事態が収拾したのを見届けた俺は食事を再開し、すべて残さず平らげると、部屋へと向かったのだった。

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