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15話「第二回ネガティブキャンペーン」



 四人揃って森から出てくると、こちらが予想していたよりも目的の人物に会うことができた。

 そこにいたのは我が父であるランドールと、現在視察のためマルベルト領に訪問しているバイレウス辺境伯の二人だ。



 二人ともローレンの姿を見ると目を見開き驚愕しているようだったが、すぐに状況把握のため俺たちに聞いてくる。



「一体何があったのだ?」


「父上、実はここにおられるローレン殿と先ほど知り合いまして、ここにいるマークが先に彼女を案内していましたところ裏の森に入り込んでしまい、そこにレッサーグリズリーが現れたのです」


「な、なんだと!?」



 ランドールの叫びを遮るように、俺はさらに言葉を続ける。



「瀕死の状態だった二人をたまたま森を散策していた俺が発見したので、俺がレッサーグリズリーの相手をして二人を逃がしました」


「それで逃げてきたというのか」


「いえ、二人を逃がしたあと残った俺がレッサーグリズリーを倒しました」


「なに……お前がか? マークではなく」


「はい、俺がです」



 そう俺が言うと、ランドールは先ほどよりも大きく驚愕する。そりゃドラ息子だった奴がいきなりそんな英雄染みたことをすれば誰だって不審に思うだろう。……まあ、これは芝居の一つなんだがな。



 俺がそう説明している間、バイレウス辺境伯はローレンの元へ駆け寄り安否を確認している。ドレスは汚れているものの彼女自身には目立った怪我はなく、バイレウス辺境伯はほっと胸を撫でおろしていた。



 さて、そろそろ茶番劇のスタートといこうじゃないか。

 俺の説明を皮切りに今まで黙っていたローレンが口を挟む。



「いい加減にしてください! よくそんな嘘を平気でつけますね」


「……なんのことかなローレン殿」


「マルベルト男爵。ロラン様の言っていることはすべて嘘です。最初に私に出会ったのはロラン様で、森に連れて行ったのも彼でした。レッサーグリズリーが襲ってきたことは本当ですが、迫りくる魔物から私を見捨ててお逃げになったのです。途方に暮れ、あわやレッサーグリズリーに殺されそうになっていたところをマーク様とローラ様のお二人が現れ、マーク様がレッサーグリズリーを倒し救ってくれたのです」


「……」



 ローレンの説明を受け、ランドールが鬼の形相で睨みつけてくるのをまるで逃げるかのように意図的に顔を背ける。……直視したら怖そうだったからな。

 その後、マークとローラの説明がローレンの説明と同じということもあり、俺の説明が嘘だと二人とも結論付けたようだ。多数決万歳である。



 ではロランこと俺の評価が下がったところで、次の一手を打ち込むとしよう。



「ロラン、お前という奴は……」


「父上違うのです。俺は――」



 ――ズガンッ。



 気付いた時には俺の体は吹き飛ばされ、視界には夕焼けに染まりつつあるオレンジ色の空が映し出された。頬には軽い痛みがあることから、俺が殴られたことをありありと感じさせる。

 父であるランドールに殴られたのは想定外ではあったが、これはこちら側としては好都合なのですぐさま頬を抑えながら起き上がり、抗議の声を上げる。



「な、なにをなさるのですか父上!」


「お前は殴られて当然のことをしたのだ。なぜそれが理解できない」


「お、俺はただ。ローレン殿の案内を――」


「私がお前を責めているのはなロラン。マルベルト家の人間であるお前が、我が身可愛さに他人を見捨てて逃げたことを責めておるのだ。増してやローレン嬢は我々マルベルト家にとって大切な客人なのだぞ!?」


「……」



 マルベルト家が貴族として発足してまだ日が浅いが、武功によって今の地位を気付いているため人の道理に反することを父ランドールは何よりも嫌っている。

 それ故、俺が幼少の頃から言われてきたのは、人の道理に反するような不義理をするなということだった。



 だからこそ、普段は力によっての教育を心掛けてきた父が俺の行いを知って我慢できずに暴力を振るってしまったのだろう。



「バイレウス辺境伯。此度のこと誠に申し訳ございません。客人としてローレン嬢の身一つすらお守りすることができず――」


「構わない、こうして娘も無事に戻った。それに貴殿の息子であるマーク殿が娘の身をしっかりと守ってくれた。マーク殿、父として娘を守ってくれたことに礼を言う」


「いえ、大したことはしておりません」



 ランドールの謝罪を受け入れ、娘を守ってくれたマークにバイレウスは感謝の言葉を述べる。そのやり取りを面白くないという顔を張り付けながら、俺は握り拳に力を入れ悔しそうな演技をする。

 そして、このきっかけがちょうどいいと考えたのか、バイレウスがマークにある提案をしてきた。



「マーク殿、この際はっきりと言うがどうだろう。俺の娘ローレンと婚約してくれないだろうか?」


「えぇっ」


「え」


「えぇ~」



 バイレウスの願ってもない提案にその場の人間が三者三葉な反応を見せる。ちなみにそれぞれ発音したのは「え」という言葉だったが、俺はバイレウスの提案が嬉しかったからという意味の“え”であり、次にマークが純粋に驚いたという意味の“え”を発し、最後に不満気な意味の“え”をローレンが発した。



 それぞれ言っている言葉は同じでも、こうもそれぞれ違う意味の“え”が見られるのはなかなかないものだろう。……おっと、なぜかマークがこちらを窺うような視線を向けてきているが、たぶん“どうするの?”ということなのだろう。



 俺は他の連中に気付かれないよう腰に手を回し、マークにだけ見えるようサムズアップをした。所謂“この縁談絶対に受けろ”という指示である。

 俺の指示を受け、マークも覚悟が決まったのだろう。なにか吹っ切れたような表情を浮かべながらマークはバイレウスに次のように返答する。



「僕で彼女の相手が務まるかはわかりませんが、よろしくお願いします」


「そうか、視察だけのつもりだったが、まさか娘の婚約も決まってしまうとはなぁ」



 最初からそれが目的だってくせに、バイレウスが白々しい態度を取る。俺としては予定通り自分の評価を下げつつ宛がわれるはずであった婚約者をマークに押しつ……もとい、受け入れさせることに成功した。

 これで今回のバイレウス辺境伯の視察でのミッションを完了したことによって、俺という人間が領主に相応しくないことを改めて周囲に認識させられたことだろう。……よし、最後にダメ押しといこうか。



「お前に婚約者だと!? ふざけやがって!!」


「に、兄さまっ」



 俺はマークの元へと歩み寄り、胸倉を掴み上げる。そして、捨て台詞を一つ吐く。



「いいか、兄より優れた弟などこの世に存在しないのだ! 俺が長男お前が次男である以上、お前は絶対に領主にはなれない。そのことをよく覚えておくことだな」


「ま、待てロラン! まだ話は終わってないぞ!!」



 捨て台詞を吐いて屋敷に戻ろうとする俺の背中にランドールが何か叫んでいるようだったが、無視してそのまま屋敷へと戻っていく。

 こうして、粗方の目的を達成した俺はほくほく顔で自分の部屋へと戻っていったのであった。

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[一言] 「いいか、兄より優れた弟などこの世に存在しないのだ! 俺が長男お前が次男である以上、お前は絶対に領主にはなれない。そのことをよく覚えておくことだな」 こんなこと言う必要がどこにあるのか分か…
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