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12話「死にそうな女の子を助けたら、その子に惚れられる決まりがあるの?」



「うっ」



 レッサーグリズリーと戦うことが決定したが、現状で対処しなければならないことがある。それは女の子に向かって突進するレッサーグリズリーを止めなければならないということだ。

 俺は身体強化を魔法を発動させ、そのままレッサーグリズリーの突進の行く手に躍り出ると、その勢いを掌底で受け止めた。



 本来であれば、熊の突進を片手で止める事など人外のそれであるが、この世界には魔法というものが存在しそれを使用することで人間では到底太刀打ちできない生物でも対等に渡り合えることができるのだ。



 しかしながら、それでも生身の人間では勝ち目のない相手と戦うことができるというのは、この世界においても稀有な存在であることは間違いない。だが、今はそのような些末な事を考える余裕はないため、目の前の熊に意識を向ける。



 俺の掌底によって突進の勢いを完全に殺されたレッサーグリズリーが、驚愕の表情を浮かべながら数歩後退する。それと同時に俺に対する警戒の度合いが数段上がったのを感じ取った。

 一方レッサーグリズリーに蹂躙されるはずだった女の子は、いつまで経っても攻撃がやってこないことを不審に思いこちらに視線を向けたところだった。



「え、あ、あの」


「危ないから、下がってろ」



 いきなり現れた俺に戸惑う女の子だったが、俺の言葉に我に返りその場から離れて行く。女の子は俺と年が近く十代前半で桃色の髪に青い瞳を持った少女だ。まだ幼さが際立っているため、女性的な均整の取れた体つきではないものの目鼻立ちは整っており、絶世の美少女と言及しても文句はでないほどの容姿をしていた。



「ガァアアアアア」


「おっと、少女の見た目評価はこれくらいにして、そろそろ真面目に戦わないとな」



 獲物を横取りされたと勘違いしたのか、咆哮を上げてレッサーグリズリーが向かってくる。その動きに早さはないが、力強い走りは体力と防御力の高さが窺える。

 だが、当たらなければどうということはないとは言ったもので、こちらの方が機敏な動きができるため、レッサーグリズリーの攻撃を難なく躱す。



 このまま避け続けていても決着はつかないので、そろそろ反撃を試みるべく森の途中で倒したゴブリンのように手刀での斬首を狙ってみた。



「さすがに中ボスには一撃系の技は通用しないってか」



 ゴブリンの首をいとも簡単に刈り取った一撃は、レッサーグリズリーの首の毛皮と脂肪に阻まれた。しかし、打撃としての衝撃とダメージは伝達されたようで、怒りの咆哮が森に木霊する。

 激昂したレッサーグリズリーがその剛腕を振るう。その破壊力は人間を容易く死に至らしめる威力を秘めていた。……がしかし、俺には当たらない。



 レッサーグリズリーとの鬼ごっこに飽きてきた頃、少し離れた場所で少女が見守っているのが視界の端に映る。このままずっと戦っているのも時間の無駄なので、一気に決着をつけることにした。



「これで終わりだ。【アクアボール】」



 基本四元素の一つである水属性、その中でも初歩中の初歩である魔法。それがアクアボールだ。

 その名の通り、水の玉を作り出しそれを相手にぶつけるだけのものなのだが、この魔法も使い方次第では大いに役に立つ。



 ここで少しばかり理科の授業をしよう。世界に存在する生物のほとんどが呼吸というものを行っている。では呼吸とは一体何か?

 それは肺という器官に酸素を取り込み、その酸素を全身に行き渡らせ生命の維持を行う活動。それが呼吸である。



 ではここで問題だ。呼吸をするためには口から息を吐いたり吸ったりしなければならないが、その口にアクアボールを覆う様に纏わりつかせた場合どうなるだろうか?



「ごぼ、ごぼぼぼぼ」


「答えは“呼吸ができずに溺死する”である」



 水に住む水生生物や昆虫類など肺を使った呼吸以外の特殊な方法で酸素を体内に取り込んでいる生物には有効ではないが、陸上にいる大体の生物はこの方法で倒すことが可能だ。

 尤も、相手もそう簡単にアクアボールを打ち込む隙を与えてくれるわけではない。絶対ではないが、かなり高い確率で打倒できる。



 などと頭の中でいろいろと考えているうちに、レッサーグリズリーが帰らぬ人……もとい、帰らぬ熊になっていた。死因は明白で、溺死だ。



 レッサーグリズリーを倒したこの方法は有効な手段ではあるが、実際に実戦で使われることはほとんどない。理由は簡単、魔法の制御が難しいからだ。

 そもそも魔法というのは、体内にある魔力を使い火や水などといった自然界に存在する現象を何もない場所から出現させるれっきとした物理現象だ。



 ただでさえ無から有を作り出すという地球の常識では考えられない現象であるにも関わらず、さらにその出現させた魔法を自分の意志で自由自在に操作することがどれだけ難しいのか、その難易度は想像に難くないだろう。



 たが、毎日欠かすことなく続けた訓練により俺は緻密な魔法の制御とコントロールができるようになった。その結果が今回のアクアボールを使ったどざえもん作戦である。



「この強さのモンスターに初めて使ってみたが、こりゃかなり使えそうだ」



 自分の意図しないところで、この技の有用性を確認できた事にニヤニヤしていると、俺の背後に近づいてくる気配があった。

 振り返るとそこには先ほどの少女が立っており、何か言いたげな表情を浮かべていたが、とりあえずここは無難に安否の確認をしてみることにする。



「大丈夫か?」


「は、はい! 助けてくれてありがとうごじゃいまひゅ」


(噛んだな……)



 緊張が解けたからなのか、今まで張りつめていたものから解放されたことで安心したらしい。

 俺は彼女が噛んだことを空気を読んで反応せず、まずは自己紹介からすることにする。



「初めまして、俺はマルベルト家長男のロラン・アルベルトだ。そっちは?」


「あ、はい。私はローレン・バイレウス。バイレウス家長女でございます」


(やはり、婚約相手を連れてきていたか)



 あまり遠回しなことをしてこないバイレウス辺境伯の気性から、無駄な手間を省くため婚約者になる相手を今回の視察に連れてきているのではないかと予想していたが、俺の予想が見事的中する形となった。まったく、嫌な予想というのはよく当たるものだ。



 そして、彼女がバイレウス家の長女であることが知れた時点で困った問題が発生する。もちろん俺の計画に支障が出るという意味でだ。

 彼女、ローレンが本当にバイレウス辺境伯の娘だとして、現在進行形で困ったことが起きている。それはというと、俺のことを熱の籠った目で見ているのだ。



 自分のピンチに颯爽と現れ、窮地を救ってくれた英雄というお花畑な考えを抱いているのがわかるほどに、ローレンの顔には朱が差している。

 このまま放っておけば俺の婚約者になりたいと言い出すのは目に見えている。そこで俺は一計を案じることにした。



「ローレン殿、少しお待ちいただいてもいいだろうか?」


「ロラン様、私のことはローレンと呼び捨ててくださいませ」


「いや、それには及ばない。とにかくしばしお待ちいただきたい」



 俺はすぐに風属性の魔法を使い、俺の声を遠くの人間に届ける【ウィスパー】という魔法を使って屋敷にいるマークを呼び寄せた。

 数分後、弟はすぐにやってきた。おそらく身体強化の魔法を全力で使ってきたのだろう。



 しかし、そこでもまた想定外の出来事が起きた。なんとマークが妹のローラを抱きかかえてやってきたのである。

 大方屋敷を出る際にローラに見つかり、尋問の末俺のもとに行くことがバレてしまい自分も連れて行けとせがんだのだろうと当たりを付ける。



「よく来てくれたマーク」


「兄さまからの呼び出しならどんな状況でも駆けつけます」


「それで、本題に入る前に何でローラがいるのか説明してくれ」



 マークに確認したところ、俺の予想通り屋敷の出入り口で捕まってしまい、問答の末俺から呼び出しを受けて俺の所に行くというのがバレてしまい、案の定自分も連れて行けということになったらしい。……本当に嫌な予想というのはよく当たるものだ。



「お兄さまはマークばかり構ってズルいです。わたくしも仲間に入れてくださいませ」



 というローラの要求をさらりと躱し、俺は手短に状況を説明する。

 状況を理解したマークたちにローレンを紹介し、さっそく彼女を交えた偽装工作の話し合いをしようとしたのだが、ここで再びひと悶着が起こった。



「ローレン様、お兄さまから少し離れてくれませんこと? 出会って間もない淑女が殿方に身を寄せるなど外聞が悪いかと存じますが」


「あら、あなたの方こそ、いくら兄妹の間柄とはいえ、親しき中にも礼儀が必要だと思うのですけれども。それとも、あなたは貴族家の人間でありながら礼儀がなっていないということなのかしら?」



 俺の目の前では、八歳の幼女と推定十歳の少女が一人の男を巡って壮絶な戦いが繰り広げられていた。

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[気になる点] さすがにバレたくないのにクマ倒して名乗るのは無理があるよ。先の展開のためだろうけどやらしすぎる
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