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100話「トラブルは突然に……」



 世の中、常に順風満帆というわけではない。人生においては浮き沈みだったり、新しい出会いによってその人と何かしらのトラブルに巻き込まれたりする。もちろん、それは俺も例外ではない。



 事件は、俺が居住を構えてから二日後の出来事であった。だが、その前にこの二日間の行動を少しだけ説明させてもらおう。



 説明と言ってもそれほど難しいものではなく、新しく借り入れた家の整備と家具の購入、それに職人ゴーレムたちの移動を行った。家と工房は、必要最低限の維持しか行ってこなかったこともあって、かなり埃まみれになってはいたが、お得意の魔法を使った処理を行うことで瞬く間に人が住めるような状態にまで掃除を完了させた。



 グレッグ商会については、やはりというべきかなんというべきか、新しく販売をしたヘアピンとシュシュの売れ行きが好評で、それを買い求める客が長蛇の列を成している。もちろんかねてより好評だったブレスレットも需要がおさまる気配はなく、今も職人ゴーレムによる生産はフル稼働で行っている。



 新商品の爆発的人気によって、今の従業員の数ではとてもではないが足りず、販売初日の閉店後にグレッグを引き連れて奴隷商会へと駆け込み、新たに三人の従業員を補充した。



 補充した従業員という名の奴隷は女が二人で男が一人なのだが、この中で一人問題となる人物がいたのだ。それは、かつて冒険者ギルドの帰りに金目当ての盗っ人に襲われたことがあったのだが、その時その盗っ人が従えていた獣人の奴隷がいたのだが、何故か購入予定の奴隷の候補の中にその獣人が紛れ込んでいたのである。……確か名前はウルルだったか?



 何でも、衛兵に捕らえられたあと、元々の主人は盗みを働こうとした罪と諸々の余罪で別の街に送られ、鉱山奴隷として一生働くことになってしまい、主人を失ったことで奴隷として再び奴隷商会へ戻されたらしい。



 別の奴隷を頼もうかとも考えたが、実際戦ったことで能力の高さはわかっていたことと、新しい奴隷を買う際“荒事に慣れていて接客のできる者”とこちらの条件を満たしてしまっていたことで断りづらい状況だったため、止む無く購入することにしたのである。まあ、契約するのはグレッグだし、最終的に奴に丸投げしてしまえばいいのである。



 契約の際に「ウルルに勝った人の奴隷がいい」と彼女がごね出すという一幕があったのだが、俺に奴隷を持つ意志がないことを理解すると渋々グレッグと契約してくれた。契約したあと「ならせめて強い人の子供を……」という不吉なワードが聞こえたが、聞かなかったことにした。



 とまあ、今説明したのは別にトラブルでも何でもないただの通常運転だ。問題はそのあとに起きた出来事である。



「……何があった?」



 いつものように夕方頃にグレッグ商会を訪ねると、何やら商会全体が重い空気で包まれている。いかにも何かありましよという雰囲気が嫌でも伝わってくる。



「坊っちゃん」


「グレッグ、何があった?」


「じ、実は……」



 詳しい話を聞くと、何でも店を営業していると突然どこからともなく馬車がやってきてそこから貴族が降りてきたらしい。この時点で、もう大体の予想が付くが最後まで話を聞いてみた。



「それで?」


「その貴族がうちの商品を見て“すべての商品を寄こせ”と言ってきまして。相手の爵位が伯爵だったこともあって、仕方なく……」


「なるほど」



 最後まで聞いてみたが、予想通りの結果だったようだ。それから今日売り出す予定の商品を根こそぎ持っていった貴族は、去り際に「明日も来てやるから商品を用意しておけ」と台詞を残して行ったらしい。さらに詳しく聞くと、相手の貴族の名はグリーディー伯爵といってこのオラルガンドでも度々名前の挙がる貴族らしく、貴族の間でも煙たがられている存在だとグレッグは顔を歪ませながら語ってくれた。



「代金は払ってないんだな?」


「はい」


「よし、わかった。あとはこちらでなんとかしよう。もしかしたら、グレッグにはまたその貴族の相手をしてもらうことになるかもしれないからそのつもりで」


「わかりました」



 それから「あいつをぶち殺してやる」などと息巻いているウルルをグレッグに任せると、俺はとある場所に向かった。





   ~~~~~~~~~~





「何者だ? そこで止まれ!」



 俺が向かったのは、貴族区のとある屋敷だった。グリーディー伯爵の屋敷ではないことだけは先に言っておく。いくら俺が化け物のような強さを持っていても、いきなり屋敷を強襲したりはしない。どこの無双野郎だという突っ込みを自分ですることになってしまうからな。



「ここにファーレン・ローゼンベルクという者がいるはずだ。取り次ぎ願いたい」


「はあ? ガキが何言ってやがる。ここがローゼンベルク公爵家だと知って来てやがるのか?」


「だからそう言っている。いいからファーレンにローランドが来たと伝えてこい」


「けっ、吐くならもっとマシな嘘を吐きやがれってんだ。いいからとっとと失せやがれ。さもないと……」



 門番はそう警告すると、腰を落としながら剣に手を掛ける。その動きから相当な使い手であることが窺える。まあ、常人から見てという注釈が付くがな。



「命賭けろよ」


「あぁ? 何言ってやがる」


「剣を抜くからには、命賭けろよ」


「馬鹿かてめぇ! 今の自分の立場がわかって――」



 俺の言葉に反応しようとした門番が、言葉を失ってしまう。俺が殺気を放ったからだ。そして、繰り返す様に俺は同じセリフを口にする。



「剣を抜くからには、命賭けろよ。そいつは脅しの道具じゃねぇって言ってるんだ」


「っ……」



 こちらの威圧に完全に気圧されてしまった門番が、何もできずにいたその時、見知った人間が声を掛けてきた。



「何事だ!? この殺気は一体なんだ?」


「よう、くっころ。何気に久しぶりだな」


「貴様か……一体何の用だ?」



 そこに現れたのは、俺に噛みついてきたいつぞやの女騎士クッコ・ロリエールだった。ちらりと彼女の前髪と後頭部に目をやると、グレッグ商会で販売されているヘアピンとシュシュを着けていた。……こいつ、意外とミーハーだな。



「ファーレンに会いに来た。すぐに伝えてこい」


「……さて、どうするべきかなー? お前にはいろいろと嫌な思いをさせられたしなぁー?」



 ニヤリとした顔を見せながら、こちらに対し皮肉のようなものを言ってくる。そして、言外にその目が語りかけてきていた。“ファーレンに会いたければ私に非礼を詫びろ”と……。だが、そっちがそういう手で来るのならこちらとしてもやり易いというものだ。



「伝えに行かないのか?」


「それはお前の態度次第――」


「その先は慎重に答えろよ? お前の主人にとって恩人に報いる最後の機会になるやもしれんぞ」



 正直なことを言えば、できればファーレンに頼るということはするべきではないと考えている。それに彼女を頼らなくても、貴族の家一つを誰にも気づかれないよう潰すことは決して難しくはない。魔法で一発だからだ。



 だが、俺は敢えてファーレンを頼ろうとしている。それは彼女が俺に対して命を助けられた恩義を感じており、何かしらの形でその恩を返したいと願っているからだ。その思いは純粋なものであり、そこに邪な感情は一切ない。だからこそ、本来貴族との関わりを持つべきでないと常日頃から判断している俺が、わざわざ……そう、わざわざ出向いてやっているのだ。



「最後通告だ。ファーレンに伝えてこい」


「……」


『ローランド様、どうぞお通りくださいませ』



 そんなことをしていると、どこからともなく頭に声が響き渡る。ああ、そういえば彼女はテレパシー的な能力を持っていたんだったな。ならもっと早く気付いてほしかった。



「ファーレン、今日はお前に用があってきた」


『わかりました。お待ちしております。クッコロ、直ちにローランド様を屋敷に案内しなさい』


「……かしこまりました。お嬢様」



 さしものくっころさんも、主の命令とあっては俺を門前払いするわけにもいかず、本当に悔しそうな顔で「ついてこい」とだけ言って先を歩いて行ってしまう。その時後頭部に着けているシュシュで留まっているポニーテールが、まるで尻尾のようにふりふりと揺れている様に見え、彼女の哀愁を表現しているようで、吹き出すのを堪えるのに必死だった。



 とにかく、ファーレンと会うことができたので、くっころさんの無礼は水に流しさっそく彼女との対談に臨むことにした。……まあ、水には流すがちゃんと覚えてはいるがな……ふっふっふっ、こう見えて執念深い男なのだよ俺は。



 応接室に通され、しばらくすると豪奢なドレスに身を包んだ美少女が姿を現した。挨拶もそこそこにすぐに本題へと移ることにする。



「実は、ファーレンに頼みたいことがあってきたんだ」


「私にですか?」


「ああ、その前にファーレン。お前は俺に対し命を救われたという借りがある。そして、その借りをどこかの形で返したいと考えている。そうだな?」


「そのとおりですわ」


「であれば喜べ、今回その借りを返す機会をお前にくれてやろう」



 そう言いながら、俺は今回の一件を説明してやった。俺の口からグリーディー伯爵の名前が出た途端、ファーレンが苦虫を噛み潰したような顔をする。やはり、このグリーディー伯爵というのは貴族の間でもかなりの嫌われ者らしいな。



「それで、私は何をすればよろしいのですか?」


「お、お嬢様! こんな下らないことにお嬢様が関わることなどありません!!」



 話が纏まりかけたその時、同席していたくっころさんがファーレンに言い寄ってきた。ったく、またこいつは余計なタイミングで……いっそ狙ってやってんじゃないだろうな?



「くっころ、俺は言ったよな? 従者が主人の許可なく勝手に口を開くなと……特に今は彼女にとって貴族としての沽券に関わる重大な交渉の場だ。その大事な場で口を挟んで相手の機嫌を損ねてしまった結果、交渉が決裂することだってある。それを理解した上での発言なのだろうな?」


「っ……」



 俺の言葉に反論することなく、口を閉じ俯く。どうやら俺の言ったことなど考えずに取った言動だったらしいな。



「……クッコロ、用ができたら呼びますから、下がりなさい」


「お、お嬢様……しかし」


「同じことを何度も言わせないでちょうだい。……クッコ・ロリエール。下がりなさい!」


「……失礼します」



 ファーレンの剣幕に、意気消沈しながら部屋を出ていくくっころさん。少しかわいそうな気もしなくはないが、自分が貴族の従者であるということと仕える主人に対して自分がどう行動すべきなのかという自覚が足りない以上、彼女を非難することはあっても同情することはないだろう。ってか、俺は“ざまぁー”とすら思っている。



「大変失礼いたしました」


「あれは近いうちに何とかした方がいい。場合によっては、公爵家の存亡に関わるような失態を犯す可能性があるぞ?」


「本来優秀な騎士なのですが、どうも私のこととなると見境が無くなるようなのです。そこさえ直してくれれば、任せられる仕事も増えるのですが……」



 そんなこんなで、いろいろと彼女と打ち合わせを済ませ、明日の朝改めてグレッグ商会で最終確認を取るという形で今日の交渉は終了した。話し合いが終わったあと夕食に誘われたが、事前連絡もなしにいきなりやってきてそこまで厚かましいことはできないため、丁重に断り俺は屋敷を後にした。



 これで根回しは済んだので、あとは相手がやってくるのを手ぐすね引いて待つだけだ。……この俺に喧嘩を売ったこと、とことんまで後悔させてやろうじゃないか……ふふふふ、ははははは、はあーはっはっはっはっはっ!!

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