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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

星を救った英雄と死に損ない




その日、地球が終わった。


一日、24時間


365日


52週


12ヶ月×無限大


長く続いていくはずの。


未来永劫変わらぬはずの。


ソレは、ぷつり、と糸が途切れてしまうかのように。


一瞬で、消えた。


全て、何一つ、塵すら残すこともなく。



「嗚呼、なんだ……。バグ、か……?」


だから、そう。

俺に対峙した目の前の、そいつが俺を見て。

一言、そう言ったのは、何一つ可笑しくなかったのだろう。


塵すら残さず、消えた地球。

唐突に宇宙に放り出された筈なのに生きてる俺。


困惑して、混乱して、錯乱して見た先は。

初めましてだけど、そうじゃない。

見慣れた、とでもいうべきか。

教科書、テレビ、でお馴染みの。


真っ暗な世界に広がる宇宙空間。

どこを向いてもきらきら光る惑星がある。


無重力で宙に浮いていて。

息は出来ないはずなのに出来ている。


その空間の中での異質。


これは、初めましてだった。


真っ暗闇の中ぷかぷか浮かぶ惑星に。

艶やかに咲き誇る様に、にょきっと生えた謎の木。


俺等の世界でそれは桜と呼ばれていたもの。


その、下に。


日本刀のようなものを背負った一人の男が立っていた。


此方を見る目が細められ。

くつり、と嘲るように口角が上げられる。


俺の事を馬鹿にしているのか。

それとも、自分に対してそんな表情をしてるのか。

理解は出来なかったけれど。


どちらにせよこの現状が目の前の男の望むものではない。

それだけは、漠然と、何故か理解出来た。


「バグ……?」


男がぽつりと呟いたその一言が耳を撫でつける。

復唱するようにそれを言葉にし直して呟けば。


目の前のソレは俺を皮肉るように嗤った。


「バグ以外に何がある?

地球という星は今日を以て滅んだのに。死に損ないがただ一人。

ここにこうして生きていたとして、結果、何になるというのだ?」


その問いに、俺は何一つ。

答える術を持たなかった。


いきなり、こんな異空間に投げ出され。

いきなり、そんな質問をされたとて、答えられる訳がない。


心境としては、はっきり言って。


「こっちが聞きたい」


そう、これ一択である。


「自分の意思でここに来た訳じゃない。

なんでそんなこと言われなくちゃいけないんだ。

バグでも何でもいいけど、じゃぁ殺せよ、さっさと」


そもそもの話。


なんで、周りと一緒に死んでないんだよ。

地球が滅んだなら俺も一緒に死ぬべきだろう。


何だ、死に損ないって。

ドストレートな悪口言ってきやがって。


お前が、なんかしたのなら、俺のバグを疑うその前に。


己の技量のなさを嘆けよ。


一人残して、全員死んだってことはさ。

結局、一人は殺せなかった訳だろう?


惑星ひとつ、滅ぼせて。

俺すげぇって悦に浸るその前に。

一人残して、すみませんだろ。


いい迷惑だわ、マジで。


どうするんだよ?

帰れる家、無くなっちゃったじゃん。


「…………」


「…………」


互いに視線が混じり合う。


最初に折れたのは目の前の男の方だった。

これ見よがしにため息を吐いて俺から視線をそらした。


「一理ある」


たった一言、それだけだったけど。

俺の言い分は、通ったらしい。


「じゃぁ……」


一言、声をあげた。


「ああ……」


それに対して、男が応えたあと。

背中に背負った日本刀へ腕を回す。


嗚呼……。


今度こそ、俺はこの世とお別れなのだろう。

滅びた地球に、家族だって、友達だって、ほんのちょっぴり好きな子だっていたんだから。

さぁさぁ、皆さん、お待たせしました。

遅ればせながら、次こそは。

みんなの後も、人生も、おえることが出来るはず。


いっそ、ひと思いにやっちゃってください。


男同士の視線が絡み合う。

何となく、目の前の男と通じ合えたような。

そんな気すら、した。




**********************************



「何故だっ! 何故、死なないっ!?」



その日、地球が終わった。


一日、24時間


365日


52週


12ヶ月×無限大


長く続いていくはずの。


未来永劫変わらぬはずの。


ソレは、ぷつり、と糸が途切れてしまうかのように。


一瞬で、消えた。


全て、何一つ、塵すら残すこともなく。


……俺だけ、残して。



「この、モノローグ、あとどれだけやれば殺してくれるのっ?」


「すっ、すまんっっ……」



困惑して、混乱して、錯乱していた。


俺じゃなくて、目の前の男の方が。


確かに男同士、通じ合って。

何やらでかい日本刀のようなもので。

ぶつ切りに裂かれた記憶がある。


背後に桜が咲いているのも相まって。

それは大層、仰々しくて絵になった。


ああ、これでやっと死ねるよ、みんな。


って、最後の挨拶さえしたというのに、この体たらく。


最初の内は、それでも、我慢した。

一度やって、無理だったんだ。

二度めましては仕方が無いね、って。

ほら、三度目の正直っていうだろう?


それがどういうことだろう。

4回、5回、10回、100回と、回を重ねていくごとに。

増していく不安感。


こうなってくると、もうアレだ。

浮かび上がってくるものは。

死ぬための恐怖なんかじゃない、別のもの。

あれ、これ、俺、死ねないんじゃない? っていう、焦燥感。


ねぇ、どうするの?

俺の帰る家、もう、とうにないんだよ?


そんな俺をせせら笑うかのように。

桜が、無情にも、はらり、と散っていく。

その花びらはどこにも残らず、溶けたように消えてしまう。

嗚呼、これは、桜に見えるだけで、桜ではないのだと。


似て非なるものなのだ、と嫌でも理解させられる。


……そうして。


「次こそは、次こそはっ」


と、でかい図体してガタガタと震える子鹿みたいなその姿に憐憫の情すらもよおしてくる。


「……とりあえず、休憩しない?」


もう、どれくらいの時間を費やしたのか、俺にはさっぱり分からない。

24時間という便利に区切ってくれる時計も。

朝を知らせてくれる太陽も、夜に浮かんで辺りを照らしてくれる月すら、ここにはない。

いや、物理的に本来は近くにある筈なんだけど。


「……そう、だな」


くたくたに疲れ切ったサラリーマンの様な声色で小さく呟いて。

目の前の男は、木の下に体育座りをする。

俺もその横で体育座りをしてみた。


「ところでさ、名前、なんていうの?」


仕方ない、といえば、仕方がないのか。

ここには俺と、この男の二人しかいない訳で。

持て余している時間はそれこそ無限大である。


聞いても何も答えてくれないのかもしれないと思ったが。


「……レオ、だ」


意外と目の前の男は普通に自分の名前を答えてくれた。

そこに、初めて出会った時のような風格や佇まいは欠片もなかったけど。


「なんで、地球、滅ぼしたの?」


「自分の惑星を、助ける……ためだった」


曰く、レオの住んでいる惑星はカラカラに干からびた星であり。

そこでは生き物が生きていくのもやっとのことなのだとか。


どうにかして、生きていかなければいけないと思い、崇める神に贄として己を捧げたら、自由に惑星を行き来できる神に等しいとすら思える能力を得たらしい。


それと同時に神から、故郷を助けたいのならば、実りある奇跡のような惑星を一つ、生け贄に捧げろ、という神託のようなものも受けたのだとか。


そうして、自分の惑星をどうにかしようとあっちこっち、旅に出てる最中に、地球という惑星を偶然、みつけた。


地球は水や大地、ありとあらゆる生命エネルギーに、満ち満ちている。

これこそが神の言う、実りある奇跡のような惑星なのだと確信したレオは、神の言う通りに地球を破壊し、自分の惑星に還元することで、自分の住んでいる惑星を地球によく似た惑星に作り替えようとした、と。


ザッと要約したら、こんな所である。


「でもさ、それって、俺、死んでないけどいけるんじゃない?

大部分は、還元されたでしょ? 実際、滅んでる訳だからさ、地球」


一言、そう言ったら、横で大男がその瞳にじわじわと涙をためて。


「……いや、無理だ。

神の神託は、俺の死を以てしてではないと完成しない。

神から力を得た俺自身が膨大なエネルギーだから、地球一つと俺とでやっと俺の故郷は新しい命芽吹く惑星になるはずだった」


今にも泣き出してしまいそうな声色でぽつり、ぽつり、と自分の現状を俺に話してくる。

それと同時に嫌な汗がたらり、たらり、と俺の背筋を伝う。


「……ああ、うん、そうなんだ」


そう言った俺の声はけっこう……いや、かなり、上擦っていたと思う。


「でも、俺の死は、自爆装置みたいなもので。地球に生きるものが全て死を迎えないと、起動しないんだ」


「……へぇ、なるほど……。

嗚呼、そういうことか。つまり……」


喉がからからに渇いていく。

レオの話を聞く限り、ソレってさ、確実に。


「……(俺が)バグって訳か」



思わず、自分のことを人差し指で指した。

最初にレオが俺に言ったバグの意味にようやく行き当たる。


「なんか、マジでごめんな」


あれ、俺、これ、一つの惑星の救世主になる筈だった存在の邪魔してるだけなんじゃ……?


無言になってしまったレオに対して、俺も無言になる。


どうしようもないやるせなさだけが残るなか。


「すまなかった」


唐突に、レオが口を開いた。


「なにが?」


「考えれば、お前にだって大事な人もいただろうに」


ぽつり、と悔やんでも悔やみきれないようなそんな感じで漏れた一言に。

俺は押し黙る。


確かに家族も、友達も、ほんのり風味にちょっぴり気になるあの子だっていた。


でも、唐突に全部無くしてしまった上に。

俺はその現状を見てもいない。


だから、全くという訳ではないが実感も湧かないのが本音だった。


それよりも、レオのことをこうして考えてしまうのは、失ってしまった故郷より、まだ戻れるコイツのことを思ってだったからなのか。


それとも、自分の現実を直視したくないが故のことなのか、俺にも分からなかったけど。



「俺が死んだら、少なくとも惑星ひとつ、救えるんだろ?」


グジグジ、ここで悩んでも、どうにもならないことだけは分かった。

別に俺自身、底抜けに明るい性格な訳じゃないけどさ。


長い長い、世界の歴史の隅っこに。


どこかの星の英雄を補佐した、間抜けな一般人がいたっていいだろう?


……格好いいこと言ってみたところで。

俺に課された役割はただひとつ。


どうにかして、死ぬこと。


ただそれだけの、なんとも御間抜けな役割なんだけど。


「試してみようぜ、もう一回

一回じゃ、ダメなら、何度でも。」


立ち上がる。


視線が絡む。


差し出した手のひらを、少し迷って視線を動かしたあと。

決意したように、握られた。


その背中に日本刀のような刀が背負われている。

日本刀だったら断然、脇差の方が、格好いいよなぁ、って。

なんとも馬鹿な感想を抱きながら。


目を瞑る。


在るはずも無い風が吹いて、桜が散った様な気がした。




****************************





その日、世界が終わった。


一日、24時間


365日


52週


12ヶ月×無限大


長く続いていくはずの。


未来永劫変わらぬはずの。


ソレは、ぷつり、と糸が途切れてしまうかのように。


一瞬で、消えた。


全て、何一つ、塵すら残すこともなく。



ジリリリリッッッ、とけたたましく。

大きな声を上げて鳴りひびく目覚まし時計のボタンを叩く。



「たく、うるせぇなぁ。

何回も言わなくても聞こえてるって」


独り言を呟きながらベッドから降りれば。


「悠斗、遅刻するわよ!

ごめんなさいねぇ、折角迎えに来てくれたのに」


などと、下から賑やかな声が聞こえてくる。

階段を降りて直ぐ。


玄関の扉に視線を向ければ。


いつも通り、変わらぬ母親の姿と。

金色の髪をした男が俺を呆れたように見つめていた。



「遅いぞ、悠斗、遅刻する」


「わるい、わるい、怜央」



一言、そう言って、俺は玄関の近くの扉を開けてリビングに直行する。


「おい、いい加減にしろよ。

学校に遅刻するのは悪だと、そう言ったのはお前だろう?」


その大きな体格と同じくらい大きな声で俺にそう言ってくる怜央に。

小さく笑みを溢しながら、机の上に用意されていたパンを手に掴む。


俺の家の朝ご飯はいつだって、食パンって相場が決まってんだ。


バターを塗って。

ただ、オーブントースターを使って焼かれてる。

それだけなのに、無性にそのちょっとの手間ですら愛おしく思えるよな。


「はいはい、ちょっと待っててな。

朝食にパン用意されてるからそれだけ食わせて」


「急げ、間に合わないぞ。

教師とやらに体罰を受けるんじゃなかったのかっ」


「今時、体罰なんてないから安心しろ」


「なに!? 訳も分からず設定してしまったぞ!」


「嘘だろ! 早く言えっ!!」


「さっきから言っていた!」


“行ってらっしゃい”


慌ただしい俺等の会話に紛れて、母親の声がした。

俺等は視線を交差させたあと、“いってきます”と声を上げて一斉に走り出す。

勿論、朝食のパンは漫画の主人公みたいに口に咥えながら、だ。


ほら、朝からエネルギーを摂らないと、頭が上手く働かないって言うだろう?


「おい、どうすればいい!? 体罰というのはどんな罰がくだるんだ?」


「あー、はいはい、多分大丈夫だから、急ごうな」


「本当か!? お前の多分は信用出来んっ」



結論から言うと、俺等は死んだ。


どれだけ、長い時間を費やしたのか。

よく分からないほど、あの場所で。

長い長い時間を費やして。


【なぁ、もしも死んだ後。

再構築される惑星にはさぁ、どんな風になって欲しい?】


【そうだな、地球のように緑豊かで、水が豊富で、】


【そういうのはさ、あるのが前提じゃん】


【誰も、悲しまない世界がいい】


【ふわっと、してんなぁ……】


【仕方ないだろう?

俺たちのいた世界ではどれも見られなかったものだ。

何があって、どんな風に、など。想像もつかない】



傍から見れば、本当に奇妙な関係性でしかなかったろう。


何度も、何度も、殺してくる捕食者と。

何度も、何度も、死に損なう一般人。


別に、見てくれる奴が、いるわけでもなかったけど。


そりゃぁ、疲れて、休憩もしたくなる。


時間なんて、それこそ山ほどあったんだ。


俺たちの関係が変わっていくのも、ある意味で仕方がなかったのかもしれない。


【悠斗、お前の世界はどうだったんだ?】


【俺? 俺の、見えてた世界は……】


何十年も生きてた訳じゃない。


十何年しか、生きてない。

政治家でも名だたる学者でもない。

世界とか、国のこととか、何一つ深いことなんて考えずに生きてきた。


そんな、俺が見てきた、生きてきた世界は。


誰かに語るには、あまりにも。


ちっぽけ、で。


そうして、不完全、だったと思う。



桜舞い散る、木の下で。

夢物語みたいなことを語ったりもした。


【ああしたい、こうしたい】


【俺の生きてた世界はこうだった】


【それもいいな】



って、馬鹿みたいに。


それは途轍もない程に、長い長い時間だった。


気が向くままに斬りかかられて

気が向くままに新しい惑星について話し合う。


時に捕食者と、死に損ないの関係ならば。

時には教えるのが下手な先人と生徒みたいにだってなる。


重ねた歳月の分だけ、仲良くなっていったのも。

俺に、殺されるという感覚が薄かった所為もあるのかもしれない。


斬られても痛みなどないのなら、死というものへの恐怖などありもしない。


話し相手が一人だけしかいないのならば。

俺等の中に生まれた筈の溝だって埋まっていくものだ。


どれくらい月日が経っただろう。


花びらが、散り。

あれだけ綺麗に咲き誇ったピンク色が大分寒々しくなり、終わりを迎えそうになった頃。


不意に気付いた。

桜の花は舞い散って、そうしてどこに行くのだろうか?


地面に落ちるその前に消えるというのは、物理的に有り得る話なのだろうか?


「それにしても、よく気付いたな」


「何が?」


学校に遅刻してバケツを持って廊下に立たされている真っ最中。

隣にいて同じくバケツを持たされた怜央が俺に話しかけてくる。


「サクラが、生命エネルギーの補填装置だということに」


「ああ、あれね」


偶然だったけど、花びらが完全に消えてしまうその前に掴んだら、小さな粒子が宇宙を飛んでいくのが見えて立てた仮説。


地球、丸々ひとつ分のエネルギーだ。

それを還元するにも時間がかかる。


だからこそ、あの桜が全て散るまでの間。

俺等は死ねない様に設定されていたんじゃないか。


――新しい惑星が生まれるその日まで。


確かな確信があったわけでもない。

ただ漠然と、そう思っただけで。


まぐれで言ってみたら大当たりだった。

ただ、それだけのこと。


「まぁ、でも。……同じ人間として二度目の生をこうして生きてるとは思わなかったけど」


再構築された世界に。

何故か死んだはずの俺等がいたのは。

この場所が、この英雄様の望んだ通りの惑星として形作られて再構成されたから。


一つの、惑星を作るなんてすげぇことを成し遂げた。

そのヒーローは、けれど俺の言葉に隣で俯いている。


ああ、こりゃまた、思わなくてもいい不安ごとを自分で勝手に持ち込んで落ち込んでるな。


こういう時、コイツがどういう風に思うのか

それなりに長い付き合いの所為で、俺は理解出来る様になっていた。


「悠斗は、これで本当に良かったのか?

確かに見た目上、地球は再構築されて何も変化はないように見えるが、ここに生きているものは全て……お前の過ごしていた地球とは似て非なるもの、だ」


案の定、もう既に終わってしまった事に対して。

こうやって後悔して悩むコイツに、意識して、俺はあっけらかんと、笑う。


正直、遺恨がない訳じゃない。

……失ってしまった事実だけを考えるなら思うことだって沢山ある。


でも……。悩んだってその根本的なものが解決する訳じゃない。


それに……。


「それは、お前も一緒だろう」


「……俺は、覚悟があったし、元々自分の惑星を再構築するつもりだったのだから、巻き込まれたお前と一緒ではないだろう?」


俺は、今。

ここにこうして存在している。


「悪いと思ってるなら、今日の昼飯、奢ってくれ」


「……おい、俺は本気でっ!」


俺だけじゃなくて、結果的に。

俺の知り合いも、周囲の人間も、誰一人、欠けてなんかいない。


だから、英雄様よ、お前のその考え方に。

反論がひとつだけ、あるとするならば。


この話はさ。


――自分の故郷も地球も、何も欠けることなく再構築したお前がスゲェって話なんじゃねぇの?


ただ、それだけの。

シンプルな、話なんだよ。


「覚悟があったって、なかったって今、あるものが全てだ。

“偽物”だなんて思っちゃいねぇよ、家族も、友達も、ほんのちょびっと好きだった子もな。ちゃんと、こうして帰ってきた。日本刀をアホみたいに背負ってる最高の友人も出来た。……な? 俺みたいな、一般人からしたら、お釣りがくるくらい上出来な結末だろう?」


一言、そういえば。

ごくり、と一つ息を呑み込んで。


ほんの少しだけ、押し黙ったあと。


「……っ、そうか……いい友を持ったな、俺は」


と、怜央がぽつりと呟いた。


「……それにしても、水の入ったバケツというのは重いな」


「俺の知識に古い漫画しか入ってなかったから軽い罰で良かったな」


「これは、軽いのか?」


「少なくとも、これは、体罰には入らないだろ……。

いや、今のご時世、これも体罰、なのか? ちょっと、わかんねぇなぁ……」


「体罰とは、不可思議なものなのだな」


「ははっ、そうだなっ」


「ずるしても、いいだろうか?」


「お、やるのか? やっちゃうのか?」


ゆっくり、と、バケツが廊下に置かれる。

その後、疲れたように体育座りする親友に。

懐かしさを感じて俺は笑みを溢しながら追随した。


「おい、もっと頑張れよ、お前日本刀背負って。神に神託、降された男だぞ」


「根性なら、何万回も一人の男を殺そうとしたときに置いてきた」


「……ははっ、そうだな、俺ももうあんなのは、二度とごめんだ」



廊下の窓からふわり、と風に乗って一枚の桜の花びらが俺等めがけて降ってくる。


キンコーン、カーンコン、と。


聞き慣れた授業を終える鐘の音が校内に響き渡っては消えた。



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