野菜を忘れた雪だるま
昨日から、ずっと雪が降っているのに門扉の前の雪だるまがなくなっていた。埋もれてしまったわけでもなさそうだし。
今日は……のっぺらぼうな雪だるまの顔に野菜をくっつけようと思っていたのにな。
「にいにい」
赤いマフラーを巻いている妹が……ぼくの青いジャンパーを引っぱっている。つめたい空気が入ってくるから、ちょっと寒かった。
「ん」
妹が短い鳴き声みたいなものを上げつつ、地面のほうを指差している……じゃんけんのチョキもまだ上手くできないので手を振っているみたいだけど。
「雪だるまさん、歩いた」
確かに……妹の言うように雪だるまは歩きだしたようだ。と言うよりは、跳ねていったらしい。
お月さまの表面にある、クレーターだっけな? それみたいな……小さなくぼみが並んでいる。ちょっと埋もれているだけだから、さっき動きだしたんだろうな。
なんで……動けるようになったのかは全く分からないけど。
「顔を、探している?」
「そうかもな」
「追いかけよう、雪だるまさん!」
新しい雪だるまをつくろう、と提案しようと思っていたが。妹の目がきらきらと輝いてしまった。
万歳して、不思議なダンスをしているし。追いかけない……なんて言ったら。
「そうだな。せっかく……お母さんからもらった野菜もくっつけないといけないし」
「うん。カレー顔にしよう」
一瞬、妹の言っていることが分からなくて首を傾げてしまったけど。お母さんからもらった野菜を見て、納得した。
妹の言うように、カレーに入っている野菜ばっかりだった。
並んでいる小さなくぼみを追いかけていくと。家の近くに住んでいる……おばちゃんとであった。
「こんにちは」
妹が先に言ってくれたので、ぼくはおじぎをするだけで良かった。
「はい。こんにちは……今日も元気ね」
「うん。雪だるまさんを探しているんだよ」
「そう……そうなのね」
おばちゃんが、ぼくのほうに視線を向けている。なんて言ったら良いんだろう……大変ね、とでも言いたそうな顔をしていた。
「雪だるまさんを見なかった?」
「雪だるま。雪だるま……ね」
「わたしと同じくらいの大きさなんだよ」
妹の言っていることは……そこまで間違いではないが。それより一回りくらい小さい。
くぼみの大きさは、妹が歩いたあとと同じくらいだし、やっぱり間違いじゃないのか。
「雪だるまは見てないわ。けど、さっきメメちゃんと同じくらいの女の子と、すれ違ったような」
「ふむふむ……雪だるまさんが女の子になっちゃったのか」
推理をするのなら、まず雪だるまのことを忘れないといけないような。もしくは、これは言わないでおこうっと。
「にいにい。解決までもう少しだね」
「そうだな」
はてさて。にいにいとして……どうやって妹をだましたものかな。もっているものは、雪だるまの顔にくっつけるための野菜くらいだしな。
「おばちゃん。ぼくからも良いですか?」
「ええ……もちろん」
また、小さなくぼみを追いかけだした妹を気にしながら……ぼくはおばちゃんに。
降り続いている雪のせいで……唯一の手がかりだった小さなくぼみが分からなくなってしまった。
消えてしまった、小さなくぼみの近くには公園があった。さっき……おばちゃんがすれ違ったであろう、妹と同い年くらいの女の子が遊んでいる。
黄色のニット帽をかぶっている、その子の近くには。ぼくと同じような立場だと思う、黒いブーツをはいている女の子がいた。お姉ちゃん……だろうか?
「ユユちゃん!」
「あ。メメちゃんだ!」
どうやら、妹の友だちだったようでかなりはしゃいでいる。そのまま雪だるまのことを忘れてくれると嬉しいんだけど。
「ユユちゃん。わたしと同じくらいの大きさの雪だるまさんを見なかった?」
「えっ! 雪だるまさんが歩いているの!」
妹よりもユユちゃんのほうが名探偵なようだな……たった一言でそこまで分かるのか。
「メメちゃんの雪だるまさんも」
うん? こっちの雪だるまもってことは、そっちもそうなんだろうか。ユユちゃんじゃなくて、ぼくは黒いブーツの女の子のほうに視線を向けた。
「お互い……大変っすね」
白い息を吐きだしながら……黒いブーツの女の子がなんとも言えない表情をしている。
「あの、すいません。わたし……こんな感じのこと慣れてなくて……良い解決のしかたがあったら教えてほしいんですけど」
「いちゃいちゃしてる!」
「本当だ! いちゃいちゃしてる!」
さっきのおばちゃんと耳打ちしていたときは言わなかったのにな。妹が騒いだ途端に、ユユちゃんもはしゃぎだしたし。
きちんと、ぼくの女の子の好みを把握しているみたいだな……妹は。
「はいはい。にいにいとお姉ちゃんがすごくいちゃいちゃしているから……二人もじゃましないでね」
「オッケー」
「ラジャー」
妹は両手の指先を頭の上でくっつけ、円をつくって。ユユちゃんはどこで覚えたのか、かんぺきな敬礼をしている。
にひひひ……と、妹とユユちゃんが子どもっぽくない笑いかたをしてから、遊具のほうにいってくれた。
「師匠っすね」
「ぼけているのか?」
「いや。わりと真面目に思ってます」
「なんとなく、ユユちゃんと遊んでいる理由が分かったような気がするよ」
「いやー、照れるっすね」
「ほめてねーよ」
黒いブーツの女の子が目を丸くしている。
「うわー、腹黒っすね。さっきのにいにいと同じ人とは思えないな」
それほどほめられていないことは分かっているが。人柄のおかげだろうか……そんなに悪い気分ではないんだよな。
「スマートフォンもってます? 同じような状況になったときに助けてもらえると嬉しいんですけど」
「連絡先くらいならいくらでも。それと……スマートフォンって本当にべんりだよな」
ユユちゃんほど名探偵ではないようで……黒いブーツの女の子は首を傾げていた。
「雪だるまさんだ!」
ユユちゃんと日が沈むまで遊んでいたから忘れてしまったと思っていたが……ちゃんと覚えていたみたいだな。
すっかり暗くなって、ちらつく雪が輝いて見える。そんな中、白い息を吐きだしながら妹がはしゃいでいる。
朝にはなかった、のっぺらぼうの雪だるまが。家に帰ってきたみたいに門扉の前にいたんだからな。
「おかえり」
さすがに返答はできないが、なんとかごまかすことはできたみたいだな。のっぺらぼうの雪だるまで助かったよ。
あっちは、どうなったか知らないけどな。
「ん」
「うん? どうかしたか? 雪の上を歩いていたんだから、多少は大きくなって」
「あれ」
手を振っているみたいに、妹が指を差している先……ちょうど玄関の扉の近くの辺りに雪だるまがもう一体。
「雪だるまさんの友だちかな? 同じくらいの大きさだし」
「そうかもな」
いやいや……まさかな。そんなことが。
ん、スマートフォンが鳴っている。さっきの黒いブーツの女の子……名前はなんだっけな? 忘れてしまったがその子からだった。
「はい。もしもし」
「あっ。師匠……わたしっす。いきなりですけど」
「メルヘンチックなことが起こったのか?」
「はっ。やっぱり……師匠のしわ」
「そんなわけねーだろ」
「それじゃあ」
「ああ。神さまの気まぐれだろうな」
まあ、もしかしたら……ぼくみたいな腹黒の誰かのしわざかもしれないけど。
「にいにい。野菜かして」
目の前で嬉しそうにしている妹を見て……そんなことを考えられるほどに、にいにいの腹は黒くないからな。
「にひひひ。できた! できた!」
腹黒なぼくをあざ笑っているかのように、雪だるまの口の辺りに並んでいるいくつものじゃがいもが、三日月の形になっていた。