三部(完結)
溜め息をつきながら脱衣場を出るとお父さんのいるリビングへと向かった。
「ねーお父さん、なんで浴槽に冷水が溜まってるのよ?」
椅子に腰かけていたお父さんにそう声をかける。
「えっ?······あっお湯にするの忘れてた」
そう言ってお父さんは頭をかきながら「ごめんごめん」と謝罪した。
「なによそれー、おっちょこちょいにも程があるわ」
「だから、ごめんってば~」
本当に反省しているのか分からないが、お父さんは手を合わせて再び頭を下げる。
(まあ、責めても仕方ないしそろそろ寝ようかしら)
再び、溜め息をつきながら部屋を出ようとするとお父さんに声をかけられた。
「シトラちゃん、これ返しとくよ」
するとお父さんはさっきなくなっていた写真を渡してきた。
「な、なんでお父さんが持ってるのよ!?」
脱衣場には鍵をかけていたのになぜ、写真を盗られているのだろうか。
「逆にパパ以外に盗るやついないでしょー?脱衣場の鍵なんてパパの手にかかればちょちょいのちょいだよ」
普通に気持ち悪いと思った。せっかくお母さんがつけた鍵なのにこれでは意味がない。
「懐かしいねーそれ、シトラちゃんがまだ生後3ヶ月の頃の写真だね。あっちなみにその写真を撮った日のテレサちゃんのパンツはピンクの水玉模様だったんだー」
「最後の情報、どうでもいいわよ」
そう言うと、お父さんは少しかがんで私と目線を合わせてきた。
「シトラちゃんはママに会いたい?」
お父さんのその言葉で、お母さんを思いだし涙が出そうになったが頑張ってこらえる。いつまでもお父さんに子供みたいなところを見せるわけにはいかない。
「べ、別に······もう親離れしたって言ったじゃない」
しかし、言葉とは裏腹に本当は、会いたくて会いたくて仕方がなかった。もう一度、もう一度だけでいいからお母さんに抱っこされたり一緒にお話したり、桜を見に行ったり······
「嘘つくの下手だなーシトラちゃん」
お父さんにそう言われ、我にかえると頬から涙がポタポタと落ちてきていることに気づいた。
慌てて拭こうとすると、それをお父さんに止められた。
「泣いてもいいんだよシトラちゃん」
そう言われた途端、我慢できず抑えていた感情が溢れだし涙が止まらなくなった。
そんな私をお父さんが優しく抱き寄せた。
「強がる必要なんてないんだよ?シトラちゃん。少なくともパパの前ではね」
ああ、あんなに強気で大人ぶっていたのに結局、今こうしてお父さんに慰められてしまっている······これじゃあいつまでたっても、
「君は、パパの前では一生子供だよ」
「えっ······?」
お父さんは一度、離れるとニッコリと笑って頭をなでてきた。
「どんなに強がりな態度を見せられてもさ、残念ながらパパには可愛らしく見えてしまうんだよ」
そう言ってお父さんは私の手に自分の手を重ねてきた。
「今は、こんなに小さな手がこれからどんどん大きくなってどんどんしわくちゃになっても可愛いシトラちゃんの手にはかわりない」
「な、何が言いたいのよ······?」
ようやく気持ちが落ち着きはじめ、なんとかしゃべれるようになってきた。
「こんな天使が娘でパパは嬉しさで昇天してしまうかもしれないってことだね」
「意味不明だし、気持ち悪いわ······」
気持ち悪いと言ったのにも関わらずお父さんはとても嬉しそうだった。
「なんか本当にテレサちゃんと話してるみたいだよ······」
さっきまで明るかったお父さんの表情が一瞬、悲しみに染まった。
しばらくして、気持ちが収まってくるとお父さんはゆっくりと私から離れた。
「さてさて!そろそろおねんねしようかシトラちゃん」
最後にまた私の頭をなでると、お父さんは姿勢を戻した。
「ええ、もう疲れたし眠たいわ~」
思わずあくびが出るほど、睡魔が迫ってきている。
お父さんを残してリビングを出ようとすると、後ろから「おやすみシトラちゃん」と声をかけてくれた。
「······」
「んっ?どうしたのシトラちゃん」
なんだろう、なぜかものすごく甘えたくなってきた······
「ぱ、パパだ、だ、大好き······」
私は顔を真っ赤にしながらお父さんに駆け寄ると、抱きつくのと同時にお父さんに自分の唇を重ねた。
あまりにも予想外だったのかお父さんの目は大きく見開いている。
頭が今にも沸騰しそうで耐えきれずに私は、お父さんから離れると逃げるようにして自分の部屋へと戻っていった。
部屋に戻ると、ベットに置かれた袋をどけ倒れるようにして寝転がった。
さっき、あんなことをしたせいで眠気がほとんど、とんでしまったが、起きているとさっきのことを思い出して恥ずかしさで死んでしまいそうだったので無理やり目を閉じて寝ることにした。
その時だった、扉を開かれる音が聞こえ慌てて振り返ると、お父さんが勝手に部屋に入ってきていた。
「やっぱり一緒に寝よっかシトラちゃん」
「いやいや、なんでそうなったのよ」
「もうシトラちゃんが可愛すぎてパパ本当にシトラちゃんいないと酸欠で死んじゃうんだ。というわけで一緒に寝よ」
(訳がわからない)
「それにあんなことされたらパパ、リアルで昇天しちゃうからね?」
思い出さないようにしていたのにお父さんにそう言われ一気に顔が真っ赤になってしまった。
「そ、それを言うなーー!!」
こんな変態親父をもって不満ではないといえば、もちろん嘘になる。
でも、この人は世界に一人しかいない私の大好きなパパ!それだけは嘘ではなかった。