商会設立
ボルドー村で、べと病による被害は改善されつつあり、あとは石灰液と硫酸銅の比率と水でどの程度希釈すればいいかの判断を観察するだけなのでボルカ司祭に任せている。
その間に私は王都近郊の日帰りで行ける範囲の村に無料で少量ずつ薬の配布を行い、薬の周知のために活動していた。
周辺の村を巡るのと同時にいくつか特許の申請も行っていた。
村にいた頃に作った飛び杼・発酵肥料・魚を捕るための籠・塩水選や、実用化はしていない木道・鉄道・ベルトコンベアなど誰にでも思いつくものだが最初に作る閃きが大事なものなどを申請していった。
木道とはイギリスで鉄道が作られる前にドイツの鉱山などで利用されていたトロッコの様なもので、木製の車輪とレールでできており、それがイギリスに伝わり鉄道になり陸上輸送に大きく影響を与える発明だ。
日本でも明治に入り鉄道や機関車が走っていたが、一部の地域では木道を利用し人や馬などが牽くなどして利用されていた歴史がある。
これらの特許が数年後には産業構造の変化に大きな影響を与えるなどその時は考えることも無く、ただ将来の利益を求めただけであり、大量の失業者の怨嗟の声や新たな産業構造による社会の変化が訪れる事を私も教会も思ってもいなかった。
そんな日々を過ごしていると季節は夏となっていた。
夏野菜が収穫を迎え、市場では近隣の村から町に野菜を売りに来るものが増えていた。
人口3万人の王都でも農村から荷車に野菜を積んだ姿を多く見かける事が多くなり、私もそんな野菜をトマトを中心に大量に仕入れている、何に使うかというとソースを作るためである。
小麦の生産量が増えたことによって庶民でもこれまでは大麦が主食となっていたが、小麦を使用したパンやパスタを食べれるほど価格が低下していた。
中世の時代ヨーロッパでは庶民の食品占める割合は50%を超えていたといわれるが、この世界では大きく違っていた。
生産量が増えるまで小麦を庶民が商会で買う小売価格は1㎏15Rであったが、今では1㎏6R程度まで下がっていた。
私のこれまでの経験から1Rはおよそ100円の価値程度と認識しているため、現在の小麦価格は1㎏600円と言ったところか。
前世の世界では小麦の市場価格は1㎏20円前後ぐらいで、日本政府が製粉メーカーに卸している価格が1㎏50前後で関税などによって国内産の小麦農家を守るために高くなっている。
製粉メーカーは小売価格で1㎏300円前後でスーパー等で販売しており、小麦と小麦粉と違う点はあるがこの世界とは倍の価格差がある。
人間は年に約180㎏の小麦が必要とされ、1㎏の価格が6Rも違えば年間に1080Rであり、日本円にすれば約10万円も違うということで、5人家族なら50万円も変わるため主食の価格は庶民にとって支出に与える影響は大きかった。
多くの町で小麦粉は石臼を水車を動力に挽いて粉にしており、水車は決められた管理人に1/20税という5%の使用料を挽いた小麦粉から払っていた。
管理人は1/20税で払われた小麦粉が収入となり、小麦粉を売却するなどして生計を立て代々家督を相続し長男などが仕事を引き継いでいくことが多かった。
しかし町で価格の低下した小麦の使用量が増える事によって、今までの水車の数では足りなくなり新たに水車が建設が増える事となった。
新しい水車では大きくなり、同時に挽ける臼の数も増え効率も良くなったことから今まで払っていた5%の使用料よりも安くすることができ、大量の小麦を処理できれば今までよりも薄利であっても多くの収益があるとわかると多くの資産家が水車を建設し価格競争が起こりさらに水車の利用料が下がっていった。
人口3万人を抱える王都には100を超えるパン屋が存在し、人口が増えるたびにパン屋も増える流れが続いていた。
そこに新たに焼うどんというジャンルを作り、シェアを取ろうと考えている。
うどんであれば小麦粉と塩と水だけで作れ、ソースを使えば誰にでも同じような味が作れるので屋台などでうどんを販売する者を教育し、彼らにソースを販売し、系列店をつくりフランチャイズ化計画を考えている。
ソースも十分に用意でき、商業ギルドの受付で商会の新規設立を申し込んでいた。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「商会の設立できました」
「ではこちらの紙に必要事項を記入してくだい」
えーと商会の名前と会長の名前に、取り扱う品か。
商会の名前は昔遊んだゲームからとったのと開拓者の意味を込めてセトラー商会として、会長の名前は私のルーク・ハウンドで、取り扱う品は転生者として新しい物を作ることとなるから加工品と書いておくか。
紙を受付に渡し。
「セトラー商会で会長はルーク・ハウンドさんで取り扱う品が加工品とありますが、あなたがルークさんですか?加工品とはどういった品物でしょうか?」
「私がルーク・ハウンドです。加工品と書いたのは今後いろいろな品を作り販売していく予定なので加工品と書きました」
「わかりました、以上で間違いが無ければこのまま受理しておきます。あと王都ライントランの議決権買われますか?1口1万Rからとなっています」
議決権とは各町のギルドの運営に関する会議での出席券や票みたいなもので、議決権が無ければライントラン商業ギルドの運営に口を出すことが出来なくなるという事だ。
大手の商会などはこの議決権を複数所持しておりギルドの運営を自由にできたりする。
小さな町であれば商会の数が少なく独占なども行うことができるが、ライントランはライル王国の王都でもあり多くの商会が存在しており1強ということはないが3つの派閥に分かれている状況で、多くの商会は1口だけ購入する形が多く、3つの派閥のどれかに所属することが多いが、私には知り合いなども少ないため無派閥という形で1口だけ購入することとした。
「1口だけお願いします」
「1口ですね、わかりました。これで商会の設立は完了です」
金貨100枚を支払い、無事商会設立となった。
「いらっしゃいませ、ライントランの新名物セトラーの焼うどんですよ。今日から発売してます。どうです?いい匂いでしょう1ついかがですか?」
「1つくれや」
「ありがとうございます、1つお待ちどう様」
私は屋台に熱い鉄板の上で肉や野菜を炒め茹でたうどんとソースをからめた焼うどんを販売するベックの手伝いをしていた。
1人目の客に対して売れると次から次へと注文が入り目まぐるしい状況であった。
小麦を使った食品がパンばかりの中で、同じような味に飽きていた庶民の五感を刺激し初日の販売は好調な滑り出しとなっていた。
この屋台を営業しているベックは、私が数日かけて焼うどんのレシピや接客を教え込んだ我が商会の屋台ではあるが1店目のチェーン店である。
ベックの家は代々水車小屋の管理人をしており、彼も何事も無ければ家業を継ぐ予定であったが製粉業に新規参入する者が増え収入が低下したことで彼の父が息子であるベックには別の仕事を探す様にと諭したため、30半ばという年齢で製粉以外の仕事をしたことがない彼は各業種で雇って盛られるように頼んだが断られ、日々慣れない肉体労働をしその合間にギルドの求人募集の掲示板を眺め職を探す日々を続けていた。
商会の設立やソース作りを終え、後は営業する者を探す事となった時に王都に知り合いなども少ないためギルドに求人募集を行ったところ、掲示板を見たベックと出会い契約する形となった。
1店舗目ということもあり屋台や道具といった物は全てこちらで用意し、看板代として店の利益の何割かとソースの売却益が我が商会の取り分となる契約であった。
どの程度の売り上げがあるかわからないのでうどんに関しては彼に手打ちをしてもらい、複数店舗に広がるようになればうどんもこちらで用意しする事となった。
数日も営業を続けているとギルドの掲示板にこの世界では耳慣れないフランチャイズ募集を見た数人が焼うどん屋をやりたいと申し出てくることがあり、店や屋台を含めた道具を用意できる者には契約を行い開店する運びが相次いだ。
ベックの屋台の営業初日が秋になっていたこともあり、トマトの収穫時期を過ぎておりトマトの入手が困難なのと、ソースが3カ月ほど熟成する必要があるため唐揚げの様に簡単に真似することもできず参入してくるライバルの存在は皆無であった。
「会長、今日から私の店も店舗での営業となります。3人ほど手伝いとして雇うことにしてこれまで以上に売り上げを伸ばしていきますよ」
ベックも1月も営業をすると屋台から店舗に切り替え、何人かの人を雇い効率よく営業するようになっていった。
ソースに関しては夏の間に大量に作り、瓶詰めで保存していることもあって腐る心配や在庫切れとなることも無く順調にベックの店も私の商会も売り上げを伸ばしていった。
教会からボルドー村で収穫したブドウで作ったワインも問題がないことが分かり、この調査結果をキール神聖国にある本部に伝達するということで、来年の春からレイ・バートン司教が管理するライル王国では薬の使用を奨励することとなり、薬の大量生産を依頼されることとなった。
薬の名称に関しては私に希望する名前はないかと聞かれたが、ないと答えると最初に使われた村の名前からボルドー液を名称として使用することが決まった。
ボルドー液を作るのに必要な石灰液と硫酸銅だが、石灰液は簡単に用意できるが硫酸銅は自然界にある鉱石から入手するか専門知識を持った者が製造する必要があるためエドが専任して生産をしていたが、大量生産するには彼だけでは手が足りないため何人かの錬金術師を雇おうとギルドで募集をかけたが誰1人として来る者はいなかった。
錬金術師達は研究に多額の資金が必要なため、多くは貴族や大商人たちが後ろ盾となっており名も聞いたことのない者には雇われようという者はいなかったのである。
しかたがないので専門知識を持たない庶民を何人か雇いエドの手伝いをさせる事となった。
エドがいなくても生産できるようになれば、エドには大量生産に向けて硫酸の製法を鉛室法や接触法などを研究してもらうこととなった。
「ルークさん本部から連絡が来ています。こちらをどうぞ」
年が変わり私も16歳となったキール歴212年1月の寒い時期に教会本部から申請していた特許に関しての連絡があった。
内容としては飛び杼・鉄道・木道・ベルトコンベアに関しては特許を認め、発酵肥料・塩水選は使用場所が農村であり特許の使用確認が難しいのと、魚を獲る籠に関しても使用したかの判断が難しいといった点で認められなかった。
ただ発酵肥料と塩水選に関しては収穫量に影響を与える研究内容となったため、教会から褒賞を頂く事となった。
中世の時代は町にパン屋が2000人で10店舗程度を参考に3万人なら100店舗以上という表現で。
王都の人口を何万人にするかで悩む、何も考えずに10万20万としても中世の世界だと農業生産力が低いことや移動距離1日として20km圏内と考えれば周辺に約50万人以上の人口というのは現実的ではないと考える。
次回はギルドで派閥の嫌がらせにあい商売が出来なくなるの予定、変更の可能性はあり。




