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自殺って難しい

作者: ミルロ

 そろそろ終わりにしようと、ビルの屋上で風の音を聞いていた。思っていたより気持ちはすがすがしく、今日が人生最後の日になって、本当によかったと思った。

 思い返してみれば、人生何もいいことはなかった。損、損、損。損な役回りばかり請け負ってきた。おそらく世界中の不幸は自分に集約されるようになっているのだろうと思うほどだった。

 どうしても周りの「大丈夫」は信じられなかった。「大丈夫」と言われて大丈夫だったためしはない。休息もいけないことだと知っている。停滞は命を殺す。遅れは二度と取り戻せない。そうやって言われて生きてきて、そのために努力をしたつもりだが、周りにはそう見えず、何度も何度も「お前はだめだ」と言われた。

 成果が出せなかったのだ。それは自分の努力が足りなかったからだと人は言った。合わなかったのだと言えば、言い訳だと言われた。自分の言うこと為すことは全て自分が悪いから成り立たないのであって、どうやら周りのせいではないらしい。自分が「自分にはできないのだ」と言えば、努力をする前に言うなと言われ、努力を続けてもできないのなら「君は何もできないのだな」と捨てられる。「だからできないと言ったのに」と言うと「それでも努力はするべきだった」と言う。努力したことは評価されないのに?

 まったくもって訳が分からず、自分はこの世界から離れるしかないと決断した。努力することの大切さとか、信じることの重要性とか、そんなのは多分一定の人間しか感じられない何かなのだろう。自分はその一定の人間から外れた存在で、だから「いらない」と言われるのだろう。「他人の価値観で生きなくてもいいのに」と言われたが、他人の価値観でできあがっている世の中でその価値観を捨てるということは、つまり死を意味するのだと説明した。「君は卑屈だね」と言われたが、まったくその通りだろうから何も言わなかった。

 死ぬことも自由だろうと尋ねれば、なぜか必ず「そうでない」と言われた。生きることが人の使命らしい。誰が決めたのか尋ねると「決定事項なのだ」と言う。神か仏かと聞けば「そんなものはいない」らしい。こんなにも曖昧ででたらめな世界で、よく生きていけるものだと感心した。


 今日は満月だ。すごく綺麗な月だ。オフィスビルの灯りはまだ灯っている。こんな時間まで働いているなんて、ご愁傷さまである。下を見下ろせばミニチュアの世界。前を向けば今まで見えてこなかった世界が、みるみるうちに広がっている。素晴らしい場所に来た。素晴らしい時間を過ごせている。自分はとてつもなく高揚し、今日まで生きてきたことに感謝した。

 深く呼吸をし、冷たい空気を味わった。肺の中を空気が通り、生きていると感じた。靴を脱いで揃えてみた。いよいよそれらしくなって、アトラクションに乗るがごとくワクワクした。

 どうせだから勢いよく逝こう。それでは皆様、頑張ってください。さようなら。

 風を切って大空を舞い、自分はその瞬間、初めて本当の自由を手に入れた。

 遂に自分も、評価に値するような成果を得られたような気がした。

 みなの望む自分になれた。ありがとう。よかったら、褒めてください。待ってます。

 明日もいい天気になりますように。さようなら、お元気で。


 ここからがファンタジー。やはりこういうことは存在するのかと驚いたが、やはり存在する。時が止まり、自分の体は宙に舞ったまま固まった。走馬灯が流れるのか、死神か天使が来るのか。感覚としては金縛りに遭ったのと同じ感じで、自分は目を左右に動かしていた。

「こんばんわ」

 来た。すごい、ファンタジーだ。本当にあるんだこんなこと。嬉しくてその姿を見ようと必死に目を動かした。

「こんばんわ、聞こえてますか」

 姿は見えない。けれど低い声がする。とりあえず返事をしようと口を開いてみた。

「……」

 声が出なかった。

「あら。声が出ない。口はパクパク動くのに」

 自分はこんばんわと口を動かすが、姿の見えない何かはそれを理解してくれなかった。

「声が出ないのは困りますなあ。面倒なのであまり使いたくはないですが、使いますね」

 何を使ったのかはわからないが、何かがよくわからない呪文のようなものを唱えると、辺りが真っ白になって、自分は椅子の上に座っていた。

「面倒ですな、面倒です。しかしやむを得ない。何がどうして声が出ないのかはわかりませんが、おそらくこうすれば喋れるでしょう。さあ、こんばんわ」

「こんばんわ」

 あ、出た。

「良好良好。うーん……私のミスと見たほうがよろしいようですな」

 姿の見えなかった何かは、長い銀髪の真っ黒いコートを着た人のようなものだった。見た目は人だが、まとうオーラが人でないのはわかる。

「遅くなりまして。私はまあ、仕事で来ているのですけれども、傍聴人? いや、記録係、でして。あなたにいろいろ聞いて記録を作らないといけないので、ご協力ください」

 目の前のその人のような何かは、黒いノートとペンを取り出して自分と対面した。

「まずね、名前どうぞ」

「〇〇です」

「はいはい、〇〇さんね。はいはいはいはい……」

 何か分厚いファイルをパラパラとめくった。

「えー、〇〇さん。あなた、本当はあと35年生きるじゃないですか。何早まってるんですかもー。あのねー、思ってるより早いと、遅いより手続き面倒なんですけど……」

 大きくため息をついて、ファイルを閉じた。

「ま、いいですけど。それじゃあ、次、死因自殺でいいのかな」

「そうですね、多分」

「多分? 誰かに押されたの?」

「いや、一人でしたけど」

「じゃあ、多分じゃないじゃない」

「あ、はい」

「……」

 明らかに不可解な顔をした。眉間にしわを寄せて、面倒くさいという顔をした。

「じゃあ、次なんですけど、本当ならあなた、35年後に病気になって死ぬんです。予定ではね。でもあなた、自殺しちゃったから、理由聞かないといけないんです。一言でなんですか?」

 病死だったのか、自分、と、普段なら絶対に聞けないことを聞けて少し嬉しかった。

「自分、弱い人間で、いろんな人に君は何もできないって言われ続けて、自分の存在価値見失いました。だから、死のうと思って」

「一言で」

「あ」

 また、不機嫌な顔をした。

「えっと……精神的に弱い人間だったから」

「……」

 ノートを閉じた。

「あのですね、精神的に弱い人間とか、強い人間とか、よくそういう言葉使われる人多いんですけど、精神に弱いも強いもないんで、根拠理由にならないです、それ」

「え、ならないんですか」

「当たり前でしょ」

 自分の自殺理由を怒られた。ここでも自分は何もできないのかと歯がゆさも感じた。

「じゃあ、存在価値を見失ったから」

「はあ?」

「え?」

 また、不機嫌になった。

「存在価値ってなんですか? 誰目線で決めるんですか? 存在価値判定士みたいな人がいるんですか? 存在価値なんで、測ることできませんよね? そんな曖昧なもの、理由にできるわけないでしょ」

「え、えぇ……」

 また、怒られた。

「でも、存在価値も精神の強さも、日常的によく使われる言葉ですよ」

「それ、間違ってるんで直してください」

 得体の知れない何かに、日本語を教えられた。

「じゃあ、具体的にどんな理由言ったらいいですか?」

「いじめられたとか、虐待されたとか、行為でお願いします」

「あ、なるほど」

 自分の理由はどうやら主観的だったからいけなかったらしい。客観的に見て、そりゃ自殺するという理由が必要だということだった。

「えっと、邪魔だと言われたから」

「何人に?」

「覚えてないです」

「はあ?!」

 ブチぎれた。

「あのね! さっきからあなたね! 存在価値とか精神がどうとかね! 言われたっていうのも会った人全員に言われたならわかるけど、全員じゃないでしょ! そんな、客観性のない理由で、通るわけないでしょって、ずっと言ってるんです! いいですか! 報告するための記録なんです! 裏が取れるような、それなら自殺するなって理由じゃなきゃ、だめなんです! あなたの言ってる理由って、あなたが考えすぎてるだけでしょ! 全部! なんであなたはそんなに人の言うこと信じてるんですか!」

 得体の知れない目の前の何かはものすごい剣幕で自分にそう言った。そして、お前はまだ死ぬにたりない。もっとちゃんと世界を見て来いと言われた。

「客観的な裏付けがとれてから自殺してください! 本当にもう……」


 それから34年後、自分はもう一度同じ銀髪と出会った。

「客観的裏付けとって自殺したんでしょうね」

「はい。自分は余命1ヶ月と言われました。もうこの病気は治らないと言われました。家族もいませんし、自分が生き残っても何も残せないので、死ぬことにしました」

「お前、全然わかってない!!!!!!」


 結局自分は1年後病死し、自殺はできなかった。

 客観的裏付けをとるために、言われた悪口や損な出来事を何度も解釈したが、どうしても客観的裏付けになり得るものがなかった。


 自殺って難しい。みんなは、どうやって自殺したんだ?






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