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再臨の魔女  作者: 森陰 五十鈴
第二章 共同魔法試験
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想定外

 練習を始めて三週間と少し。難易度からしてぎりぎりかと思っていた練習期間だが、案外そうでもなかった。一度コツを掴んでしまえば、レイラもユーフェミアもあとは早かった。思い思いにドラゴンや白鳥を動かしては、細かい演出の打ち合わせを行った。


 そうしてようやく迎えた試験は、真夏日の昼日中に行われた。試験場は砂だらけの更地で、頭の上にある太陽の照り返しがきつくて、とにかく暑い。発表の番を待つ間は校舎の(ひさし)が作る日陰の下に居られるものの、手団扇(てうちわ)で扇がなければ我慢ができないほどだ。不満の声もあちこちから上がっている。

 だが、試験のほうはというと、一月という長い準備期間があったからか、みんな互いのペアと息を合わせて、それなりに上手いことやっている。二人で一つの――この前のシャボン玉のような魔法を作り上げる者もいれば、レイラたちのように別々の魔法を使って一つの演出をする者もいる。

 課題に制限があまりなく、ほとんどやりたい放題だったのでどこまでやっていいのか分からなかったが、とにかく二人で何かを成し遂げるということが大事だったらしい。試験場から「不合格」の声はあまり聞こえてこなかった。魔法でも協調性はあって当たり前ということか、とレイラは察する。

 友人(ユーフェミア)がいてくれてよかった。彼女がいなければ、レイラはきっと上手くいかなかっただろう。


「ああ……失敗したらどうしよう」


 そのユーフェミアだが、あれだけ練習したにも関わらず、相変わらず不安げにしていた。視線は発表者に向かっているが、頭にあるのはきっと自分の番になったときのことだろう。

 周囲から注目されるから、というのもあるようだが、今回は魔法が成功するかもしれないというのも、ユーフェミアの不安を掻き立てる一つの要因であるらしい。これまでは、魔法を成功させたことがないこともあって、どうせ失敗するという気持ちが何処かにあった。しかし今回は、ユーフェミアにしてみれば「もしかすると、もしかするのでは」という状況だ。成功への期待が、失敗への恐怖を掻き立てている。


「大丈夫だって。練習はちゃんとうまく言っただろう?」


 そう励ましてはいるが、実はレイラもいつになく緊張していた。

 成功したときの喜びはきっと大きい。ユーフェミアも自信がつくだろう。だがその一方で、これまでなかった期待があるぶん、失敗したときの落差も今まで以上になる。そうなった場合にユーフェミアが立ち直れるか、それが心配だった。真面目な彼女のこと、下手な言葉ではきっと励ましにならないだろう。

 ユーフェミアを落ち込ませたくはない。なんとしても成功させなければ。それも、できるだけレイラの補助なしに。


 実際のところをいうと、レイラのほうは、ユーフェミアの実力に対して不安を感じてはいなかった。白鳥はきちんとしたものができていたし、練習では段取り通りに動かすこともできた。一度だけではなく、何度もだ。

 だから、今一番の不安要素は、ユーフェミアの精神状態になる。


 一組、また一組と合格の声を聴くたびに、ユーフェミアはそわそわしている。魔法文字を使うのでその必要がないのに、口の中でもごもごと今日使う呪文を繰り返していた。周囲が拍手するたびに、大事な黒板を取り落しそうになる。誰かの名前が呼ばれるたびに、周囲を見回して自分の番が来るまでにどれくらい残っているのかを確認する。……はっきり言って平静といえる状態ではない。

 なんとかしなければ。レイラはユーフェミアの肩に手を置いた。


「ユフィ。この試験が終わったら、ベアートに行こうか」


〝ベアート〟とは、学院の近くにある甘味で有名な喫茶店だ。淡いピンク色の壁が特徴の、いかにも女の子が好きそうな洒落た店で、この学院の貴族のご令嬢にも常連が多くいる。ユーフェミアもやはり年頃の女の子らしく甘い物には目がないようで、一度二人で行ったらご満悦だった。それを思い出してか、こんな時でもユーフェミアの動きが止まり、少し目が輝く。

 効果があったことに内心安堵しながら、少し意地の悪い笑みを浮かべて見せた。


「で、もし失敗したら、フランボワーズのケーキ、ユフィの(おご)りな」


 そう言うと、ユーフェミアは、う、と少し顔を(しか)めた。高いものではないが、少なくないとはいえ小遣いに制限があるぶん、奢りという言葉にはやはりどうしても反応してしまうらしい。この辺りの感覚は貴族も庶民も同じだ。


「……頑張る」


 それでも、ケーキの誘惑には抗いがたかったようで、レイラの提案に承諾すると、ユーフェミアは深刻そうに手順を反芻(はんすう)しはじめた。だが、先ほどに比べればずいぶんと落ち着いている。試験から意識を逸らされたことで、本来の自分を取り戻す余裕が生まれたのだろう。餌で釣って操っているようで嫌らしい気もしなくはないが、これで試験が上手くいくならば、少しくらいあくどいことをしたっていいだろう、とレイラは開き直る。


 いよいよレイラたちの番が来た。


「よし、行くよ!」


 ばしん、と強くユーフェミアの背を叩く。


「は、はいっ!」


 返事が少し噛んでいたが、それくらいの緊張は可愛いものだ。


 互いのポジションに移動する間、レイラたちはあらかじめ準備していた花の折り紙を撒き散らす。もちろんただの折り紙ではない。レイラの作った時限式の魔法が仕込んである。

 花を挟んで向かい合い、講師の合図を待つ。


「はじめ」


 合図を得ると、ユーフェミアが黒板に呪文を書きはじめた。終わったのを目線で確認して、レイラも杖を取り出す。胸の前に掲げて持ち、ユーフェミアのほうを窺いながら、出番を待った。

 ユーフェミアが黒板を掲げた。渦上の風が吹いて、散らばした紙の花がふわりと浮く。加減はうまくいっているようで、実に自然に優しく持ち上がった。

 綺麗に花が舞い上がったところで、レイラが杖を振って炎のドラゴンを作りだす。同時に花が燃え出し、火の玉が浮かび上がった。この火の玉、紙に細工がしてあるのですぐに消えるようなことはない。

 炎が浮かび上がり渦巻くなかで、ユーフェミアが黒板に次の呪文を書き終えた。現れたのは、


「え?」


 試験中であるにもかかわらず、レイラはぽかんと口を開けた。


 ――現れたのは、白鳥でなく天馬だった。引き締まった肉体。風に吹かれて揺れる柔らかな(たてがみ)。背に生えた強靭な翼。すべてが水でできているのにもかかわらず、まるで実物を見ているような精巧な作り。

 レイラはユーフェミアに視線を向けた。魔法を使ったはずの彼女も意外そうな顔をして、水の天馬を見上げている。まさかとは思っていたが、彼女がレイラを驚かそうと、こっそり練習していたわけでもないらしい。

 どうしよう、とユーフェミアの視線が飛ぶ。レイラは唸った。


「どうしようもこうしようも、続けるしかない、よな」


 幸い、白鳥が天馬に変わったこと以外は予定通りだ。支障はない。続けるよう視線を送った。ユーフェミアは頷きながらも、不安そうに天馬を操る。

 天馬は宙を駆り、通り道にある花の炎を一つ一つ消しながらドラゴンに接近した。そして一度前肢(まえあし)を上げて(いなな)くと、足を振り下ろして炎のドラゴンを消してしまう。

 蒸気が立ち込める中、天馬はくるくると宙を駆け回る。螺旋を描きながら高いところへ上っていき、まだ高いところにある太陽の下に立ったかと思うと、その身体が急に弾けた。さぁ、と細かい雨となり、地面の土の色が濃くなる。同時に残っていた花の炎も消え、太陽の光を受けて虹が架かった。


 もともと持ち時間は少なかった。実に呆気なく短いショーだ。だが――。


 打ち水で冷やされた空気の中、周囲は誰も声を上げなかった。レイラ自身も声が出なかった。本物の生き物でないのに天馬が鳴き声を上げるのは想定外だし、レイラたちのショーはユーフェミアの水の魔法がレイラのドラゴンを消すところまで。最後の演出はまったく予定にないものだった。

 これをすべてユーフェミアがやったのだろうか? だが、本番を迎えるまであれほど震えていた彼女に、こんな悪戯を仕掛けるだけの余裕があったとはとても思えない。そもそも、そうであったなら、術者本人があんなハトが豆鉄砲を喰らったような表情をしているはずがない。

 ユーフェミアに声を掛けたい。だが、講師もまた周囲と同じように呆然として何も言わないので、勝手に動くのも(はばか)られた。


「あのー……」


 おずおずと声を掛けて、ようやく講師は我に返ったようだった。頭から水を浴びたときのように全身を一度震わすと、甲高い声で叫び出す。


「し、試験は中止! 残りは後日行います!」

「は……なんで?」


 合格でも、不合格でもなく、中止。レイラは当惑するしかない。予想外な事ばかり起こっているが、それはレイラたちにしか分からないことであるし、周囲に被害が出ているわけでもない。中止にされる謂れはないはずだ。


「ユーフェミア・ドレイクはついてきなさい」


 さらにユーフェミアが呼び出しを受けるものだから、レイラは面食らうしかなかった。


「あの……なんか不味いことでも」

「レイラ・グレイスは待機しているように。ドレイク、来なさい」


 ついていこうとして、止められた。ユーフェミアは不安そうにこちらを見ながら、一人講師について何処かへ行ってしまった。レイラだけが発表の場に取り残される。


「待機って、いつまで」


 質問に答える者は、誰もいない。取り残された学生たちはしばらく口々に騒いでいたが、いつまで経っても講師が帰ってくる気配がないことを悟ると、一人また一人と試験会場を後にした。

 レイラは講義時間が過ぎるまではずっと待っていたのだが、結局ユーフェミアは戻っては来ず、次の講義のために教室へ移動するしかなかった。


「……ケーキ、食べ損ねたか」


 どうでも良いことが頭を過ぎる。ああ、だが、二人でケーキを食べに行くのを楽しみにしていたというのに、一体全体、どうしてこんなことになったのだか。

 その日のレイラは頭が困惑したままで、残った講義の内容も頭に入らず、気が付くと一日が終わっていた。


 ユーフェミアは、帰ってこなかった。

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