Episode01
ばたばたと大きな音を立てながら廊下を走るような音が聞こえたかと思えばその音はとある部屋の前で止まった。息を整えながらノックをすると、中から少しだけ落ち着いた女の声で「……どうぞ」と言った。
「叶夢!入学式の用意できた~?」
「……大丈夫だよお母さん。……私の心配よりもまずは自分の用意すれば?」
部屋の扉を開けて入ってきたのは叶夢と呼ばれた少女の母親である泉道 紅音だった。叶夢はゆっくりとそちらに振り返りながら、そっと口を開いた。そして母親の姿を見て、少しだけあきれたかのように再び口を開く。
「え?!……ああ!まだ着替え終わってなかった~……。叶夢、あとどのくらいで入学式?」
「……あと二時間後」
「間に合わないよ~!どうしよう、叶夢!」
「別に入学式なんかにこなくても……」
「だぁめ!叶夢の晴れ舞台よ!?行くに決まってるでしょ?!」
叶夢は泣きそうになっている母親をちらりと見た後に時計に目を向けてからあとどのくらいで入学式が始めるのかを告げると更に涙目になる。叶夢のこなくてもいい、と言う言葉には紅音は少しむっとした表情になり、子供のように頬を膨らませながら、口を開いた。その言葉を聞いた叶夢は母親のことを若干冷たい眼で見ながらじっと見つめる。“せっかく叶夢が代表になれたのだから、見に行かないと……”と言うことを考えているのが分かり、ため息を吐いた。そんな時だった。
「かーなーめー!」
外から馬鹿みたいに大きくて元気な声が聞こえる。叶夢は声で誰かは分かってはいたが窓に近寄って窓からのぞき込むようにしながら外の様子を確認した。そこにいたのは叶夢の幼馴染みの紅 星海の姿があり、叶夢は“やっぱり……”とでも言いたげに星海のことを見下ろす。叶夢の視線に気がついた星海は窓から顔をのぞかせている叶夢に向かって大きく手を振りながらはを見せながら笑っていた。それを見ながら窓を開けて声をかける。
「星海、今行くから待ってて」
「うん、早く来いよ!」
“早く行きたい、叶夢と同じ高校!”そんな強い心の声が聞こえてきて叶夢は相変わらずだ、なんて思ってしまう。そのまま紅音に「じゃあ、お母さん先に行ってるね」と告げながら部屋を出て行く。そうしている間も幼馴染の星海はかな無の家の前でそわそわとしながら待っていた。叶夢が出てくるなり顔を輝かせながら叶夢に駆け寄り、先ほどの笑顔よりもまぶしい笑顔で笑いながら声をかけた。
「叶夢っ!おはよっ!」
「……星海は朝から元気だね」
「……?叶夢は何してるの?」
「いや、星海のテンションが高すぎてついていけないのとまぶしいなって……」
「えっなんで」
「星海は朝から元気だなーって言ってるの」
まぶしい笑顔で挨拶をする星海。キラキラとした星のようなものが飛んできて、頭にこつん、とぶつかったような気がして、振り払っていると、それを見ていた星海は不思議そうな顔をしながら、叶夢に質問を投げかけた。その質問に対してほんの少し呆れたようにしながら叶夢が答えるも、いまだに不思議そうにしている星海の肩を叩きながら口を開いた。
「あぁ、あとおはよう星海」
「うんっ、叶夢、おはよ!」
「星海、それ二回目。……まあ、いいけど。ほら、そろそろ行かないと、遅刻するよ」
叶夢が少しだけ遅れて「おはよう」と告げると、嬉しそうに笑いながら、再びおはよう、と告げた。叶夢はそれを聞いて少したしなめる様に口を開いたが、これは昔から変わらない。諦めたようにまぁ、いいけど、と呟いた後に腕時計に目を落として、時間を確認すると、もう残り時間は一時間を切っていて、別にここかれ電車で一時間もかからない、20分程度のところだが、電車の時間等も含めれば遅刻もあり得ない時間ではない。叶夢が何も言わずに一歩先に歩き始めると、慌てて追いかけ始める。後ろの方で「叶夢―、待ってよ~!」と泣きそうな声が聞こえたような気がしたが、叶夢は一度立ち止まり、星海が隣に来るのを待つ。星海は嬉しそうに笑いながら、叶夢の隣に立つのだった。