魔法使いの弟子<4>
初めて訪れた町は、はっきり言えば田舎町といった風情だった。
それでも商店街とおぼしき辺りはそれなりに活気がある。
間口いっぱいに商品を並べ、幟を立て賑やかに客引きをする店もあれば、開けてるのかどうかも分からない地味な印象しかない店もあった。
歩く人の姿は誰も彼も眩しい金髪ばかりだ。たまに見かける銀髪の人も含めて、みんな煌々しい頭をしている。
魔法使いじゃない人たちは黒髪じゃない、ってことを聞いてはいたけれども、こちらの世界で初めて見たクローが黒髪だったせいか、ここまでキラキラした人たちばかりだとも思っていなかった。なので、最初はびっくりした。
だけど私にとって、金髪はそんなに珍しいってほどでもない。
直接の知り合いはいなくてもTVの中には金髪のお兄さんお姉さんが溢れているし、繁華街に行けばそんな人はどこにでもいる。
私の興味は瞬く間に、建ち並ぶお店に移っていった。
表通りにズラリと並ぶ食べ物を扱う店の中には、屋台のようにその場で食べられる食品を置いてある店も多くあり、あちこちからいい匂いが漂ってくる。
どうやらその匂いでお客を釣るつもりらしく、店主が料理をする傍らで、手伝いの子どもがせっせとうちわのようなもので匂いを振りまいていた。
向こうの一角には雑貨屋、そこの角を曲がった筋には服屋って感じで同じような店が固まってて、だけどそれぞれが趣の違う商品を店の前面に並べている。
私は物珍しさにキョロキョロしていて、それに気づいたのは随分と時間が過ぎてしまってからだった。
なんとなく、避けられてるような気がする。
誰に……って、町の人たちに、だ。
気になる店を見つけては、クローの袖を掴んで突撃をかけた。人影の少ない店はなんとなく入りにくくて、なるべく混んでいる店を選ぶようにした。
ところが私たちが店内に入ると、スッと人混みが引いていく。
あれ? さっきはもっと混んでなかった? って辺りを見まわすと示しあわせたように顔を逸らされる。手元の商品に目を落とすと、今度は見られてる気配が漂ってくる、っていう具合だ。
どこの店に入っても、果ては道を歩いていてさえそんな感じだった。
私は自分の頭を覆うヴェールに手をやった。
これは今朝、家を出る前にクローが髪の毛一筋も残さないようにきっちり布を巻き付け、薄い白のレースで覆ったものだ。人前では絶対に外さないように、って言われていた。
最初はこれのせいで変な注目を浴びてるのかと思ったけど、よく見ればちらほら同じような格好の人もいて、別に浮いている様子もない。
そのうちに、どうやら見られているのはクローなんだ、と気づいてしまった。
袖を握りしめ見上げると、彼は困ったように目を細めた。
「気がついた? この辺りじゃ黒髪は珍しいんだ。別に何かされるわけじゃないし、僕は慣れてるから気にしなくていい」
クローはそう言ったけど、『珍しい』ってだけであんな目で見るか?
最初の浮き浮きした気持ちはすっかりどこかへ行ってしまい、あとはひたすらクローの袖を掴んでついてまわった。
浮かない顔になった私にクローは眉を下げ、ヴェールの上から頭を撫でてくれる。
クローに気を遣わせてどうすんだ……とは思ったけど、一旦沈んでしまった気持ちはどうしようもなかった。
そのまま歩き続けて、幾つかの路地を曲がった所にその店はあった。
無造作に看板を立てただけのその店は、ドアもピッタリ閉じられていて、まるで拒絶されているような雰囲気だ。
これが魔道具屋?
けどクローは何の躊躇もなくドアを大きく開け、「査定を頼む」と声をかけた。
奥から出てきた男が無言でカウンターに置いた大皿に、クローは袋の中身を丁寧に並べていく。
無色透明のナフタリアだ。
意外と脆いこの石は、乱暴に扱うといとも簡単に端が欠けてしまったりする。少しでも欠ければもう使い物にはならない。
男は大皿の上で一つずつ明かりに透かすようにしてチェックし、大雑把に三つの固まりに分けた。大半がクローの作った物だ。
百個程のそれには一つにつき五十ペルの値段がついた。
そして二つは石が大きめだったからか五十五ペル。残りの石は全部纏めて十ペルだった。靴下五足分。
もちろん私が作った物だ。
六十個あったから、この前よりは少し高く買ってもらえたと思う。
ちょっとだけ気分が浮上した。
お金を受け取って店を出るときに、クローが男に声をかけていた。
多分、もう売りに来ない……的なことを言ったんだと思う。
男は、「そうしたほうがいい。この店じゃこれ以上の値段はつけられんから」と言った。
やっぱりクローの作るものは、本来ならもっと高く売れるんだな、と思った。
帰り道、さっき入った店に欲しい物があったから……って頼んで、また同じ道を通ってもらった。
今売れた魔石の代金十ペルと、この前の十五デシペルを握りしめ、見覚えのある雑貨屋に駆け込む。
クローにはお店から少し離れたところで待っててくれるように頼んだ。
クローは、欲しいものがあるならってお金を渡してくれようとしたんだけど、それも断った。
だって自分で稼いだお金じゃなきゃ意味がない。
そうやって、いざ一人で店に入ってみると、私は周囲に埋没してしまった。
やっぱり注目されてたのは黒髪だったんだ。
じゃあ、今この場でこの頭の布を取ったらどうなる? 私の周りからザザザッと人がいなくなるのか!?
バカバカしいっ!
内心の苛つく思いを隠して商品を物色する。
値段の見かたがよく分からず近くにいた人に訊いてみたら、端の方の一角に案内してくれた。
最初私が見ていた辺りは、少々お値段の張るものが並んでいたらしい。
だけど予算が少ないから、あんまり選ぶ余地がない。
そしてお値段なりのものばかりで、今ひとつコレ! と思うようなものも見つからない。
それで商品の前でずっと唸ってたら、邪魔だと思われたのかお店の金髪兄ちゃんが声をかけてきた。
これ幸いと相談すると、店の奥から売れ残ってたという商品を出してきてくれた。物は悪くないのに、地味だから売れないらしい。
そうかな? シックでいい感じだと思うんだけど。
それが顔に出たのか、親切に解説をいただいた。
今の流行りはとにかく派手なものなんだそうだ。
そういわれれば確かに、店頭に並んでる売れ筋っぽいのはド派手な装飾がついたものが多い。そしてどうやら私は、田舎者認定されたようだった。
田舎町の住民に田舎者扱いされる私っていったい……。
でもその地味なやつなら、在庫処分で大赤字覚悟の出血大サービスしてくれると兄ちゃんが言うので、ありがたく全財産十ペルと十五デシペルを支払った。十五デシペルはいらない、って言われたんだけど、そこは心意気として押しつけておいた。
包みを握ってご機嫌に戻った私を見て、クローも僅かに微笑みを見せたのだった。
それからの帰り道、クローは八百屋や肉屋なんかに寄って、買ったものを無造作に袋に投げ込んでいく。
店のおっちゃんたちは商売だから、黒髪になんか目もくれない。みんながこうならいいんだけどな。
私がぼんやりしてる間にも、買い物はどんどん進行していった。
ほぼ一カ月分の食料だから、そりゃあもう目を剥く量だ。
こっちの世界に来たばかりの頃は、こんなにたくさん買ってきて大丈夫なのかと思ったけど、クローは『状態保存』の魔法が使えるんだと教えてもらった。
完全に劣化が防げるわけじゃないけど、かなり長持ちするらしい。その上今は冷蔵箱だってあるからね。
それにしても、と私はクローの手元を見る。
いったいこの袋の中はどうなってるんだろう? あんなにポイポイ放り込んでるのに膨らむ様子もない。
私の頭には、青いタヌキの白いポケットしか思い浮かばなかった。
試しに持たせてもらうと、肩の骨が外れそうなほどずっしりと重い。一瞬でクローに助けを求めた。
「この魔道具は、かさばる物を運ぶときは便利だけど、重さはそのままだからいまいち普及しなかった」
なんてことない顔でそう言うクローは、この前この袋で大量の魔道具を買い込んできた。あれは一人で持ち上げられる重さじゃなかった筈だ。
納得いかない様子の私に、彼はサラッと言った。
「あまり重い時は、袋を宙に浮かせてるから」
「!」
そうだった。クローは重いものを運ぶとき、律儀に手を使ったりしない。
外では目立つからしないだけで、ただ袋を持ってるように見えても、実は魔法で浮かせてるんだ。
魔法使いならではの裏技に、唖然とした私なのだった。
買い物も済ませて、お昼ご飯をどうしようか、という話になった。
私がウロウロ寄り道してたから、もうすっかりいい時間になってる。
「せっかくだから、何か食べて帰る?」
クローは訊いてくれたけど、お店で食べたらまたお客さんたちに避けられるんじゃないかな?
クローはここのことをよく知ってるんだから、大丈夫なお店もあるのかもしれないけど。
クローがさっきみたいに扱われるのが嫌で、私は躊躇った。
「じゃあ何か持ち帰りできるものを買って、途中で食べようか?」
その提案に私は飛びついた。
クローが作る以外のここの料理にも興味があったし、彼と一緒に外で食べるのはいつだって楽しい。
食堂の外に持ち帰り用の屋台も出している店で、幾つか頼んで包んでもらった。
町を出て道沿いに、私は手に雑貨屋さんで買った包みを握り、クローは手に四次元袋とお昼ご飯の包みを下げて、ブラブラと歩く。
「ヨジゲン袋ってなに?」
「それは私の世界で、なんでも幾らでも入る袋の総称?」
「ふーん、似たようなものがあるんだね」
我ながら適当なことを言ってる。でも楽しいからいいや。
町の門が見えなくなった辺りで、少し道を逸れた。
丈の短い雑草が生い茂り、大きな岩がゴロゴロ転がってるところで、岩を椅子とテーブル代わりにお昼ご飯を広げる。
「これはなんていうの?」
「チャツカ。この辺りの郷土料理」
「甘酸っぱ! でも美味しい! この味なんかどっかで覚えがある」
「家で作ったことはないと思うけど」
「ううん、向こうで。そうだ! 酢豚だっ! 酢豚をパンに挟んで食べてるみたい」
「ふーん? じゃあ、こっちも食べてみて?」
「んん、これも美味しいっ! これは?」
「エルニョ。これは今の季節しか食べられない」
「おおっ! 期間限定っ」
「これはどう?」
気づいたら、まるで餌付けされてるかのように、彼の手から食べていた。
おいおい、私どうしちゃったんだ?
これはいきすぎだと思う。あとで泣いたって知らないよ?
頭の中で自分に突っ込んではみたものの、もう引き返せないのはわかっていた。
「ううっ、満腹。もう今日晩御飯いらないかも」
岩の上に身体を倒して呻いた。
チラッとクローの様子を窺うと、驚くほど柔らかい表情で私を見ていて、慌てて目を逸らした。
なにあれ、反則だよ。心臓がバクンバクンする。
落ちつくために小さく深呼吸していると、クローが「さっきはなに買ってたの?」って訊いてきた。
それは本当になんの気なしって感じで、私が内緒! って答えたら、きっとそれきりになりそうな。ただ、会話の糸口を掴むためだけの質問だったと思う。
けど、私はもう我慢できなくなっていた。
家に帰るまで、なんて待ってられるか!
「見せたげようか?」
「うん、見せて」
頷くクローに目を閉じてもらって、身体を起こし包みを開けた。
出てきたのは、プラチナっぽい素材のニ連のリングを斜めに通した、繋ぎ目のない長いペンダントだ。
この町にきて気づいたんだけど、ある程度の年齢の男の人の多くがこんな感じのペンダントをつけていた。もちろんつけてない人もいたけど、この国では男の人も普通にアクセサリーをつけるんだな、って思った。
今日は元々、クローになにかプレゼントを買うつもりでいたんだ。
物価は分からないけど、多分ハンカチ位は買えるだろうと思っていた。それが無理ならせめて靴下とか。
でも、ペンダントを下げて歩く男性を見て、お店で商品も見て、実際に魔石がお金に変わったら、もうこれしかない、という気になってしまった。
私はペンダントを握りしめ、岩から降りてクローの後ろにまわった。低い位置の岩に腰かけるクローの首は、ちょうどいい高さにある。
輪の部分を広げて、えいっ! とばかりにクローの頭に被せた。当然のように頭をすり抜け、首で引っ掛かる。
「なに!?」
何故か慌てるクローに「目を開けていいよ」と伝えた。
ドキドキと待つ私に、「え!? なんで?」と彼の声が聞こえる。
クローは胸元のペンダントに指を添えて絶句していた。
「あ……、ごめん。気に入らなかった?」
クローの反応がなんだか予想とは違っていて、私も狼狽えていた。
「これ……僕に? これが何か知ってるの?」
クローはクローで、動揺して私の様子に気づいていないようだった。
こんな、居たたまれなさに倒れかけの私を放っておけるクローじゃない。
「知ってる、って何を?」
辛うじて言葉を返したけど、私ももういっぱいいっぱいだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。