魔法使いの弟子<3>
元気になった私は、今度は魔力の量をコントロールする訓練を始めた。
倒れた時の私はどうやら、ライターみたいな火をつけるために、打ち上げ花火を上げるほどの魔力を突っ込んでいたらしい。
でもその割りには花火が上がるわけでもなく、しょぼい火しかつかないとか、効率悪すぎ。
そんな私をクローは一言で端的に表現してみせた。
「魔力のムダ遣い」
だけど、くそっ! と思って指先に集める魔力をケチってケチって火をつけようとしても、全然つかない。
苛々しながら魔力を流し、ついたっ! と思ったころには、打ち上げ花火レベルの魔力が消費されている。
行き詰まっている私に、クローはナフタリアを差し出した。
クローがいつも魔力を詰めている、乳白色の素材の石だ。
「ここに魔力を注いでみて?」
「なんで? 注いだらどうなるの?」
「や っ て み て ?」
「……ハイ」
クローの横に椅子を並べて座り、見よう見まねで手をかざしてみる。
クローの魔力は私には見えないけど、素材に吸収された魔力はナフタリアの色を変え、元々乳白色の石は無色透明になる。
向こう側が透けて見えそうな、硝子や磨いた水晶のような透明。
それに比べて私の手元のナフタリアは、どんなに魔力を注いでも、どこか濁った半透明にしかならなかった。
それをつまみあげ、掌で転がして難しい顔をしたクローは、黙って袋の中に入れた。
「それ何点くらい? どうするの?」
「……何点か、って言われたら僕の基準じゃ八点ってとこだけど、幾らになるのか聞いてくる」
八点か……、厳しいな。まさか十点満点てこともないだろうし、見ただけで不良品の風格をかもしだしてるもんな。
私は小さなため息をついた。
数日後、町へ出かけたクローが帰ってくるのを私は待ちわびていた。
朝一番で出ていったから、もういい加減帰ってくるはず。
町までは片道一時間程度。いつも食料品や生活用品を買い込んでくるけど、それにしたって往復四時間もあれば充分帰ってこれる計算だ。
遅いなーと思いながら玄関前で熊のようにウロウロしてたら、遠くからクローが走ってくるのが見えた。
「お帰りクロー! 今日はちょっと遅かったね」
手を振り暢気に笑う私に、少し息を切らせたクローは視線を泳がせる。
「何かあった、わけじゃなさそうだね。そんなとこでウロウロしてるから……」
「心配してくれたの?」
私が目を真ん丸にして言うと、彼は頬にサッと朱を上らせた。そして、「別に」と素っ気なく言い捨て、家へ入っていったのだった。
クローがいつも町へ持っていく古びた袋は、いわゆる魔道具というものらしい。その、精々スイカが一つ入る程度のサイズの袋からは、信じられない程の量のあらゆる物がでてくる。
いつもならそこからでてくるのは、野菜や肉、卵や油、ハーブといった食料品と、紙やインクなどの日用品、その他諸々。
私の服は随分前に町でひととおり揃えてきてくれたので、当分必要ない。
だけど今回、いつもの食料品なんかを出したあと、さらにその袋から出てきたものは私の度肝を抜いた。
「何これ?」
ひと抱えほどもある四角い箱みたいなものが三つ。小振りなものが二つ。太めの散水ホースみたいなグルグル巻いたのがついた円筒型のものが一つ。
よくもまあこんなに大量に入ってたよ。袋の口よりデカイもんばっかり。
唖然とする私に、クローは説明し始めた。
「これは衣類を洗濯する魔道具。洗濯物と石鹸と水を入れてこの魔石に触れたら、あとは自動で洗浄されるんだって。僕は使ったことないけど、子供でも使える簡単なものらしい。こっちは食料を冷やす保存箱で、これが凍らせるための保存箱。この平べったいのは、ここに鍋を乗せたら天板が熱くな……え? どうしたのっ?」
ああ、──とうとう、追い出されるんだ。
私の頭にはそれしか浮かばなかった。
クローの説明なんて、殆ど耳に入ってこない。
目の前が真っ暗になって、私は膝をつき項垂れた。
こんな日がいつかくるとは思ってたんだよ。
うん、あんまり急だったから、ちょっと吃驚しただけ。
役に立たないし、うるさいし、生意気だし、しょぼい魔法しか使えないし。
思い当たり過ぎて、どれが理由かもわかんないけど、甘えすぎてた自覚はある。
大丈夫。
家を飛び出したときも、残業を押しつけられたときも、誰にも頼ったことなんてないし、なにもかも一人でやってきたんだ。
こんな可愛げのない女、今まで面倒みてもらえただけでも有難い話だったんだよ。
元々一人だと思えばどうにかなる。
言葉も通じるし、きっとどうにでもして見せる。最悪サバイバルになっても、火は起こせるようになったからね。
『ここに置いて』なんて可愛いことを言える性格なんかしてないんだから、私にできることは一つしかない。
私は、差し出されたクローの腕を押しのけ、顔をあげた。
「いつまでに、出ていけばいい?」
ちゃんと笑え。泣くな、私。
少し歪んだかもしれないけど、どうにか笑えたと思う。
だけど、独りで生きていこうと悲愴な決意を固める私に、「……なにわけのわかんないこと言ってるの?」と、ムッとしたようにクローは言った。「誰がいつ、ここを出ていくって?」
「へ? 違うの!?」
「何故そこで、出ていくって結論が出るのか、ぜひとも思考の過程を説明して欲しいもんだけど。それとも出ていきたいのかな?」
クローは顔を顰め、低いトーンの声で言う。
私が慌てて「まさか! 出ていきたいわけないよっ!」って叫んだら、その顔は少し和らいだように見えた。
そうか、追い出されるんじゃないんだ。
そうだよね、クローがそんなこと言う筈がなかった。
そう思ってホッとした途端に、今のつまらない勘違いが恥ずかしくて堪らなくなった。
クローが袋から取り出したのは、私の世界でいう洗濯機や冷蔵庫といった家電製品だと思われる。
他のまだ説明されてないやつも多分そう。
こういった道具は、今までこの家には一切置いていなかった。こんな道具でできることは、クローなら全部魔法でできるから。
そう、クローならね。
しょぼい魔法しか使えない私にできる家事なんてないし、原始的な方法でならできないこともなかったけど効率が悪すぎる。
だから弟子入りしたあとも結局、申しわけないとは思いつつ、全部の家事をクローにお任せしっぱなしだったんだ。
そこで用意されたこの家電の数々。
この家に必要ないものをわざわざ買ってきたってことは────。
「この家電をやるから出ていけ、ってことだと思い込んでしまいました。スミマセン」
いつまでここにいられるんだろうって、ずっと追い出されることに怯えてたから、あの瞬間それしか頭に浮かばなかった。
「……カデンっていうのは、この魔道具のこと……なのかな?」
クローは、さっき自身が取り出した四角いものたちを眺める。
その姿は心なししょんぼりして見えた。
「近いうちに、しばらく留守にすることが増えるだろうから、そのあいだ君が不自由しないようにと思ったんだけど」
「どこかに出掛けるの!?」
「喰いつくのはそっち?」
クローの呆れ顔がMAXだ。
ごめん! でも追い出されるんじゃないって分かって、私のご機嫌もMAXになってしまった。
「さっきの君の理屈は、三段論法ですらなく二段論法だね」
「ソウデスネ」
魔道具とやらを家のあちこちに据え付けながら、クローはいつになく饒舌に文句を言う。
「いい? 二段だよ、二段。便利な、君にも使える魔道具を買ってきた。だから追い出される。……僕には全く理解できない」
うん、今となっては私にも、なんでそんなふうに思ったのだかサッパリだ。
分かるのは、クローの機嫌が相当悪いってこと。
そりゃそうだよ。
いつも申しわけなさそうに小さくなってる私のために親切のつもりで、むしろ喜ばれると思って買ってきた、決して安くはないだろう魔道具を見た途端私が家を出るなんて言いだして、理由を聞けばわけのわからん二段論法。
私ならブチ切れるね。
先程台所に冷蔵箱と冷凍箱、そしてIHっぽいコンロを設置したクローは、今度は外にでて軒下に洗濯箱を設置している。瞬く間に洗濯物を干す物干しも準備された。
それからクルクル巻いたホース的な物は、片側を井戸の中に垂らされた。どうやらこれは水を汲み上げるポンプらしい。
今までのにもこれにも全部魔石が填め込まれていて、魔力で動くようになっていた。
その魔石はいつもクローが作るものに比べて、やや透明感が足りない気がする。
それで私は、今日クローが帰るのを待っていた理由を思い出した。
「ねぇ、私が作った魔石はどうなったの?」
膝をついて作業していたクローは、隣に立ち腰を屈める私を見上げた。
「売れた」
「ホントに!? 幾らで?」
喜色を滲ませる私に、「十五デシペル」と答えが返ってくる。
「十五……? それってスゴいの?」
お金の価値なんてさっぱりわからない。
「十五デシペルは一ペルの15/100」
「え? ……えっと、一ペルってのはどのくらいの価値?」
クローは膝の埃を払いながら立ち上がった。今度は私が彼を見上げる。
「一ペルは、……」
そう言って辺りを見回し、私の足元に目を止めた。
「その靴下が一足二ペルくらい」
私は思わず自分の足元を見下ろした。
生なりっぽい、足首までの何の変鉄もない靴下だ。
これが二ペルってことは、一ペル辺りだいたい五十円~百円換算? いや、でも手編みっぽいし、もっと高級品の可能性もある?
首を傾げる私に、クローはつけ足した。
「あと、そうだね。卵が一個十デシペルくらいかな。時価だけど」
この辺りはみんな家で鶏を飼ってるから、卵が安いって前に聞いた。てことは一ペルはやっぱり百円くらいだ。十五デシペルは十五円てとこだろう。
十五円かぁ。うーん。十個作って百五十円。卵よりはちょっと高級?
「因みに、クローのは幾らで売れるの?」
好奇心で訊いてみた。
「この辺りでは、五十ペルくらい」
……桁が違う。聞くんじゃなかった、とガックリした。
「あのさ、一度町に行ってみたいな。今度クローが行くときに、ついていったらダメかな?」
私が控え目にそんなことを言い出したのは、クローが魔道具を買い込んできてから一カ月近く過ぎた頃のことだった。
自分で言うのもなんだけど、私はこういうおねだり的なことは滅多に言わない。
今までにお願いしたのは、食器を置く場所を変えたいとか、クローが町へ出るときにこういったものがあれば買ってきて欲しいとか、その程度。
「あまりお勧めはしない」
クローの返事は多分、粘ればいける、って意味だ。
本当にダメだったら、クローはきっと最初からそう言うから。
けど、私が次の一言を言う前に、彼のほうから言った。
「でも、もう当分あの町には行かないかもしれないから、最後だし行ってみる?」
「当分行かないって、どうして?」
「これからは少し遠方の町に行くから」
実は、サザナンという遠くの町のほうが、クローの魔石は高く売れるのだそうだ。
ただその町へ行くなら日帰りではとても無理で、つまりその間留守番をする私のために、私でも使える色々な魔道具を買ってきてくれた、ということだったらしい。
今ではその魔道具を使って、家事のほとんどは私がやってる。
掃除に関しては、クローの魔法の方が早くて便利なんだけど、料理なら私でも充分彼が感心するレベルのものを作れるようになった。こちらの調味料の使い方も覚えたし、伊達に何年も自炊してないからね。ありものでチャチャッと作るのはお手のものだ。
その様子を見て、クローはそろそろ遠出しても大丈夫と判断したようだった。
私がこの世界に来てから、もう半年以上が過ぎている。その間、話し相手はクローだけ。
私は世間とのコミュニケーションに飢えていた。
どうしてクローが『お勧めしない』と言ったのかなんて、考えもしなかった。
そして、その翌日。私とクローは町へ出掛けたのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
<どうでもいい裏話>
クローの名前は『鴉』のイメージでつけました。
最初は鴉ってルビを打ってたのですが、ストーリーに全く関係無い設定なので、外しました(笑)
でも私の中ではやっぱり鴉なのです。