To my precious one<2> (emika side)
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
本日の私は、朝からキッチンを占拠してクローの好きな料理を作ることに余念がなかった。
好きな料理がある。それ即ち嫌いな料理がある、ってことじゃないよ。
元々最初にこっちに来たときから、クローは私の料理に文句をつけたことなんてない。どんなにおかしな味つけになっても精々『ちょっと変わった味だね』とか言う程度だし、もちろん残したこともなかった。
そしてそれだけでもありがたい話だったのが、二度目にこちらに来てからはさらにグレードアップ。何を作っても喜んでくれるし、誉め言葉しか聞いたことがないんだ。
そこには、私がこちらの食材や調理器具の扱い、調理方法にすっかり慣れたってのもあるだろうけど、強いて言うならばもう一つ。
こっちに帰って来るときに、バッグに色々詰めて持ち込んだ日本の調味料も一役買ったんじゃないかな、と思っている。
私が突如として『日本食が食べたい病』に罹ったのは強制送還の前。クローに頼んで田舎町へ連れていってもらったあとのことだった。
帰り道で食べたチャツカの甘酸っぱさに『酢豚』を連想したのがきっかけである。
チャツカっていうのは、鶏肉と玉ねぎのみじん切りで作った肉団子に甘酸っぱい餡を絡め、モッチリとしたパンに挟んで手軽に食べられるように工夫したものだ。
酢豚とは材料からして全然違うし、少しクセがあって酸味もやや強い。でも、食べた瞬間その甘酸っぱさがなんだかすごく懐かしく思えた。
食に対してあまりこだわりのない私は、コレがないと絶対ダメ! なんてメニューもないし、逆にコレだけは無理ってのもほとんどない。
だからこの世界に来てからもずっと食べ物に不自由を感じたことなんてなかったんだけど、チャツカを食べてからはなぜかその甘酸っぱさが頭から離れなかった。
自分で思ってたより、懐かしい味に飢えてたのかもしれない。
そうして数日その状態でモヤモヤと過ごすうちに、無性に酢豚を食べたくなってしまった私はとうとう、『ならいっそ自分で作ればいいじゃん』という結論に至った。
中華は好きだし酢豚も昔何度か作ったことがある。
細かい分量までは覚えてないけどレシピは一応頭に入っている。味もちゃんと覚えてるつもりだし、チャツカの味つけをどうにかアレンジすれば酢豚になるんじゃない? などと安易に考えてしまったのだ。
見切り発車もいいところである。
ちょうどその頃の私は、クローのつきっきりの指導のもと、こっちの調味料を使った料理をひたすら作りまくっていた時期だった。
なにしろこの世界の調味料は、お国柄とでも言うべきか、私がよく知っている日本のものとはまるで別物なのだ。
教えてもらわねば、どれをどこにどの順番で使えばいいのかさえも分からない。
たとえば苦味とクセがある醤油もどき。ケチャップよりもずっと酸味が強いトマトソース。用途不明のスパイス類、と違いを数えあげればキリがなく、味噌に至ってはそれらしき存在すら見当たらない始末だ。
当然、酢や味醂、ソース、マヨといったほかの調味料も推して知るべしだった。
唯一、砂糖と塩が普通に甘くてしょっぱかったことに心底ホッとしたのを覚えている。
チャツカと出会ったのは、それらの調味料の扱いにほぼ慣れてきた頃のことで、だから私はきっと、少しばかり調子に乗っていたんだと思う。
『どうにかアレンジすれば──』なんて問題じゃないことにも気づかなかった。
確かに私は、材料さえあれば自分で自分好みの料理を作ることができる。
──でもそれはあくまで、材料さえあればの話だったのである。
さて、自分が調子に乗っていることにも気づいていなかったそのときの私は、『やってみればどうにかなるさ』的なお気楽な考えのもと、豚肉玉ねぎ人参ピーマンといった田舎町で手に入る限りの酢豚の材料を使い、チャツカの味を下敷きに酢豚の再現を試みた。
もちろんそう簡単にいくはずもない。
まずはチャツカと同じような味つけにしてみようと合わせタレを作ると、薄味すぎて苦味が際立つ上に豚肉の微かな臭みが鼻につく。
それを誤魔化そうとアレコレ足してるうちに、なんだかよく分からない代物になってしまったのだ。
決して不味いわけじゃないんだよ。ただ私にしてみれば、見た目は酢豚なのに味が違うから違和感が半端ないってだけ。
『本当はもうちょっと濃い味でさ、この苦味はいらないの。でもこれ以上濃くしたら酸っぱくなり過ぎるし、スパイスでどうにかならないかと思ったんだけどな』
クロー相手にため息混じりの言い訳をしつつ失敗作もきっちり食べたけど、言葉で説明したってイマイチ伝わった気がしないし、実際彼も『そう? これはこれでアリだけど』ってな感じで、全然ピンときてない様子だった。
その後三度に及ぶ失敗の末やむなく酢豚は諦めたものの、不思議なことに食べられないとなったらますます食べたくなる。
酢豚は無理でもほかの料理なら作れるかもしれない、と迂闊にも考え始めた私は、連鎖反応で色々な料理を思い出した。
そうして気がつけば、『酢豚を食べたい』から始まった私の病は、なんでもいいから懐かしい味を食べたくて堪らない『日本食が食べたい病』にまで悪化していたのである。
『日本食が食べたい病』を発症した当時の私は、何か作れそうなものはないか……と家にある調味料を片っ端から試すことから始めた。
煮る、まぶして焼く、漬け込んで焼く、揚げる、炒めてからめる、和える。食材に対して思いつく限りの有り得そうな調理法を試したんだけど、なにしろ元々が別物の調味料だ。どうやっても懐かしいと思えるような味は作れない。
つまり、こっちの調味料を使って日本で食べてたような和食や洋食や中華を作ろうとしたって、クローに『ちょっと変わった味だね』と言われる料理にしかならないのだ。
クラウスの突撃訪問を受けたのは、そんなふうに日本食の再現に行き詰まって、少しばかりやさぐれていた頃のこと。
やつの言葉でクローに婚約者がいると誤解した私は、 ペンダントを渡すことにプロポーズの意味があると初めて知らされ慌てて回収。
だけどそのとき流れた気まずい空気から、なかば諦めていた告白を意識し始めてしまう。かといって玉砕覚悟の告白をすぐさま実行する勇気なんてあるわけないじゃん。
回収したペンダントはいつしかクローゼットの奥に突っ込まれ、その居心地悪さを誤魔化すために、私の日本食作りはますます過熱していったのである。
何かに取り憑かれたように試行錯誤する私を見ていたクローは、失敗作を食べさせ続けたにもかかわらずやたら協力的だった。
魔石を売りにサザナンへ行くたびに「うちでは使ったことのない調味料だけど」とか、「製造元が違うからうちにあるのとは少し味が違うんじゃないかな」とか言いながら、次々と新しい各種調味料を買ってきてくれるようになったのだ。
私としても、微妙な空気の中少しでも話題が盛り上がるのなら、お土産が調味料でも大歓迎だった。
でもそういうのって、『数打ちゃ当たる』ってもんでもないんだろうね。
やがてキッチンには味も大差ない同じ種類の調味料や用途不明の謎調味料が何本も何本も並ぶことになり、とうとう完全に諦めた私は泣く泣くクローに敗北宣言をしたのである。
「モウ調味料買ッテコナクテイイデス」と。
そしてそれからの私は、諦めはしたものの未練がましく、日本の調味料さえあればなぁ……とずっと思い続けていたのだった。
さて、そこでだ。
私にとっての一年と少し前。日本に強制送還されてしまって、何がなんでもこっちに戻る! って決めたあの時の私は思った。
これはクローに失敗作じゃない日本の料理を食べてもらうチャンスなのでは? と。
そして、同時に色々なことも考えた。日本のものを、あまりこちらに持ってくるのは良くないんじゃないかってことだ。
『小型家電』に関しては、アイデアは出したけど、アレはこっちにある材料を使ってこっちの技術で作られたものだからOKだと思っている。
でも私が日本から持ち込みたい香辛料含む数々の調味料の類いは果たしてどうなのか。
たとえばハーブなんかは、種や苗を持ってくればこっちで植えて栽培できるのかもしれない。だけどもしそれが、こっちの世界に全然存在しない植物だったとしたら? 異世界の植物が生態系にどんな影響を及ぼすかなんて、私にはわからない。
私が日本から持ち込んだハーブを繁殖させたらこちらのとある植物が絶滅しました……とか、そのハーブを食べたある種類の虫が突然変異を起こし、さらには大量発生して町を襲うようになりました……とか。SFじゃあるまいし有り得ない、とは思うけど可能性はゼロじゃないよね。
同じ地球上の国であっても、外国から持ち込まれた、或いは紛れ込んできた動植物魚や虫が日本の生態系を破壊しかけている、なんて話は枚挙に暇がない。
そんな大失態の異世界バージョンを自らやらかしたくはないから、生物の持ち込みはキッパリ諦めざるを得なかった。
かくして、私がこちらに持ってこようと用意したカバンには、写真や衣類と一緒に各種調味料の現物がぎっちりと詰め込まれることになったのである。
私の一番の目的は、日本の調味料を使った料理をクローに食べてもらうこと。そして持ち込んだ調味料を見本に、あわよくばこちらの世界でそれらしいものを見つけられたらな、という期待もあった。
牛も豚も鶏もいる。野菜だって同じようなものがあるこの世界だもの。動物由来、植物由来の調味料だって同じようなものがあると信じたいじゃないか。
それに、これまでは残念ながら似たような味は見つからなかったけど、そこに実物があれば話はまったく違ってくるはずだ。あやふやな個人の感想を頼りに探すより、実際に食べて味を知っている方が探しやすくなるはずだし、クローが許可してくれるなら店の人に直接現物を味見してもらうのが一番確実だと思う。
そんな野望を胸にこちらへ戻り、早々に作ることになった日本料理がスクランブルエッグを乗せたトーストとだし巻き卵、そして薄切り玉ねぎと卵の澄まし汁、という養鶏農家のまわし者みたいなメニューになったのは不可抗力だと言っておく。何しろ冷蔵箱にふんだんにあったのは卵のみで、それしか作れなかったともいう。
そのとき作っただし巻き卵の端切れをおそるおそるクローに試食してもらったとき、彼は一瞬目を見開き、それからとても嬉しそうに笑った。
「これが、エミカが育った国の味なんだ。……とても繊細で美味しいね」
極上の笑顔で褒めてもらって、心の中で(よっしゃあああ)と雄叫びを上げたのは秘密である。
さて、その後無事に結婚しサザナンへ引っ越した私たちは、出かけた先で初めての商店街を見かけるたびにウロウロと歩き回り、クローの協力のもと珍しい調味料を扱う店を探しまわった。
もしも見つからないまま、全ての調味料が尽きてしまったら縁がなかったのだと諦めるつもりだったのだけど、さすがにサザナンは都会だけあって異国の変わった調味料を置く店も何軒か発見。
そこで私が小分けして持ってきた醤油や味噌や香辛料などを店主に一舐めしてもらったりしながら、似たような味を探すこと数カ月。
私は遠くの国からの移民って設定になってるので、店主に一舐めしてもらう際には、その調味料は自国から持ち込んだ懐かしい味……ということにしておいた。概ね嘘はついていない。
そんな手間暇を重ね、やがて見つけた味噌を扱う店で思いもかけずお米も発見した時は、比喩でなく躍り上がって喜んだ。
こうして時間はかかったものの、私はようやくこちらの材料で自分でも満足のいく日本食が作れるようになったのである。過去数回にわたって失敗作を食べさせた記憶のある酢豚は、クローのお気に入りの一つとなった。
それ以来我が家の食卓には、こちらの料理と共に日本食も当たり前のように並んでいる。
ただ調味料探しにクローを散々付き合わせた手前大きな声では言えないが、こっちで探した調味料で作った日本食は最初、どこかほんのちょっと口に残る感じが違う気がしていた。
でもそれはどっちが美味しいとか不味いとかって話じゃなくて、例えば薄口醤油で作ってた料理を濃口で作ってみたとか、米酢のメーカーを変えたとかってレベルの違いだったし、それも今ではすっかり舌に馴染んでなんの違和感もなくなってしまったのだけどね。
ともあれ、そんなこんなでクローは私が何を作っても美味しいって誉めてくれるけど、その中でも特に反応の良かったものとか、繰り返し食べたがるものを、今せっせと作っているのである。
なぜかというと、今日はクローの誕生日なのだ。
強制送還前の、クローにとっては七年も前になるこの日、私と彼はまだ師匠と弟子という関係でしかなく、クラウスの訪問による少々気まずい雰囲気もまだ払拭されていなかった。
それでなくてもクローは自分から誕生日がどうとか言いだす性格じゃないし、多分自分の誕生日なんてそんなに重要とは思っていない。
日本食作りをすでに諦めていた当時の私にしたって、告白するべきか否かでグズグズ悩んでいて、暦が違うこともあり誕生日なんて存在すら忘れていた。
それからしばらくして私たちは、私からの怒涛の逆プロポーズで結婚を決めるのだけど、記念日繋がりで誕生日の存在を思い出して尋ねた時には、クローのその日はもうとうに過ぎ去ってしまっていたのである。
だから今年はリベンジだ! と早くから目論んでいた私は、先日クラウスの店に押しかけて悩み相談をしていたときも、実はクローへの誕生日プレゼントを探しに行った帰りだったのだ。
ずっと前から寒い季節にクローが愛用している膝丈の外套は、強制送還前はそうでもなかったけど、今はかなりくたびれている。少なくとも七年以上使ってるんだから当たり前の話で、私はプレゼントにそのローブの代わりになるものを探そうと考えていた。
わざわざ町の中心まで出てきて、サザナンでも有数の品揃えを誇ると評判の衣料品店を三軒ハシゴし、ようやく見つけた新しいローブはスタンドカラー。すっきりしたラインで価格は少々……かなりお高めだったものの、クローが今使ってるローブとよく似た素材で手触りがいい。それに軽くて、裏側に取り外し可能なファーもついているのでとても暖かい。 色は黒で、大きめの襟と袖口の折り返し部分に刺繍があって、黒髪のクローにもきっと似合うと思う。
そのローブに一目惚れした私は即決で買い求め、意外とかさばるそれをクローの目から隠すために、一旦クラウスの店で預かってもらおうと思いついた。
そして立ち寄ったついでに、かねてからの悩みをぶちまけたのだった。
その後の顛末はといえば、悩みはすっかり解消されたばかりか、遅ればせながら結婚の披露パーティまで開いてもらって、ご近所の若奥さんズにまで冷やかされる程の溺愛っぷり再び。もう誰も、私に『ご主人大変でしょ?』なんて囁いたりしない。
むしろ別の意味で大変になってるかもな……と思いつつ、何をするにも相手がクローなんだから本音ではそれも幸せなんである。
そんな日常のなか、昨日の私はクローにお願いした。
「もうそろそろ魔石の納品に行くんでしょ? こないだ買い物に行ったとき大荷物になっちゃったから、クラウスの店に置いてきたものがあるんだけど、あんまり長いこと置きっぱなしも迷惑だろうしさ。明日の朝一番で取りに行ってもらえないかな?」
クローが断るなんて考えてない。なぜなら、今までクローに何かお願いをして、それが『クロー基準』で危険だと判断された時以外は断られた例がないからだ。
甘やかされてる? ええ、まったくその通りですとも。
そして当然のようにクローは快く引き受けてくれたのだけど、誤算だったのは一緒に出かけて昼食を外で食べようと誘われたことだった。
「じゃあエミカも一緒に行かない? それでお昼も食べて帰ってこようよ」
いやいや、いつもならそれも嬉しいけど今回は絶対ダメだから。
怪しまれないよう平静を装い、断った。
「うーん、明日の朝はなんか忙しくてさ。色々やっときたいことがあるんだよね。ごめんね、ご飯はまた今度食べに行こ?」
「……そう? わかった、じゃあ納品ついでに行ってくる。ほかに、向こうの商店街で欲しいものとかある? 新しい店がいくつか増えたよね」
そこからは世間話に突入した。
……今のは絶対ヤバかった。あれじゃ不審がられたって不思議じゃない。なんで言い訳くらい用意しとかなかったんだ、私のバカ! けど、どうにか乗りきったぞ!
内心汗だくの私はこうして、クローの誕生日当日午前中の自由を勝ち取ることに成功したのだった。
翌朝、私が玄関に見送りに出ると、クローは額に触れるだけのキスを落として見惚れるような笑顔で、「行ってくるね」と出かけていった。
隠しごとしててごめんね。でもどうせお昼にはバレるから。あと、今日だけはなるべくゆっくりしてきてね。
そうして私は大急ぎで、お祝いの準備を始めたのである。
具材を甘辛く煮詰めて、できたての酢飯に混ぜる。お皿にお椀型に盛りつけた上から錦糸卵をどっさり乗せて、薄く切った各種お魚を彩りよく並べていく。
中央に細く刻んだ大葉をちょこんと飾れば、ちらし寿司のできあがりだ。
田舎町では魚といえば川魚のみだったけど、サザナンに来てからは海の魚が手に入るようになった。
海辺の町から魔法で凍らせて運んでくるそうで、釣りたてをその場で凍らせるから新鮮だし、生でも食べられるのだそうだ。
ちなみにこっちの世界の人が生の魚を食べる場合は、レモン汁とオリーブオイルなどで作ったマリネ液に漬け込む。
私は大抵醤油で食べるけどマリネふうも悪くはないし、クローはどっちも好きみたいだ。
それでオススメ料理として前に酢飯の海鮮丼を作ってみたら好評だったから、今日はもうひと手間かけてちらし寿司にしてみた。こちらの世界では今回初めて作る新作だし、クローもきっと喜んでくれると思う。
それからクローのお気に入りの酢豚と出し巻き卵、ポテトサラダも作った。
キャベツや人参・ベーコンを、野菜がトロトロになるまでじっくり煮込んだスープは、ベーコンからいい出汁が出て最高に美味しい。何度も味見してるうちに目に見えて量が減ってきたので、今回はこれで完成ってことにしておこうと思う。
なんだか和洋中折衷の怪しい日本食が並んだけど、クローの好きなもの……と思って作ったらこうなってしまったんだよね。
あとはこっちで覚えた料理もいくつか作っている。
竈の火で炙っているのは、大きめに切って調味料に漬け込んだ豚の塊肉を串に差し、香辛料をまぶしたもの。
これはサザナンに来てからリンダに教わった料理だ。
田舎町の家にため込んでた謎調味料を持って相談しに行ったら教えてくれたうちの一つである。
竈の火は魔法でつけた。私の魔法はしょぼいけど、こんな時なら少しは役に立つ。
火が大きくなったら肉汁を逃がさないように先に表面だけサッと焼いて、あとは火から少し離れたところに串ごと差しておくとゆっくり中まで火が通るんだ。
もうそろそろいい感じに焼けてるから、表面が黒焦げになる直前で串から外して、食べやすいサイズに切ればいい。
ほかにも臭み消しの葉と一緒に煮付けた魚とか、野菜と豚肉の炒め煮とか、こっちの料理はほとんどクローに教わったものだけど、意外に渋い家庭料理ふうのものが多い。でなければ、男の料理! って感じの豪快なもの。
彩りとかにはあんまりこだわってなかったようで、私が作りだしてからは食卓が華やかになった、ってずいぶん喜んでくれたっけ。
でも、そんなに大したことはしてないからね。せいぜいサラダを一品増やした程度だから。
今日のポテトサラダにもレタスやトマトを添え、みじん切りにしたゆで卵と、作り置きの自家製フライドオニオンをトッピングしてあるからちょっと豪華に見える。
時計を睨みつつバタバタとリビングの準備も終わらせ、合間に近所の商店街までケーキを引き取りに行った。
料理はリビングのローテーブルに並べ、あとはスープを温めるだけとなった時にお昼の鐘が鳴る。
結構いい時間だ。いくらなんでも、もうそろそろ帰ってくるだろう。
ソファーに腰をおろし、やり忘れたことはなかったかな……と、ぼんやり部屋を眺めてたその時だった。
「ただいま」
玄関でクローの声が聞こえて、私は急いで飛び出した。
半日ぶりのクローは相変わらず格好よくて優しくてどこにも欠点がない。
幸せ気分を満喫し、クラウスに預けていたものを受け取って、ウキウキソワソワと彼をリビングへ誘導した。
だけど、部屋へ一歩踏み込んだ彼は驚いたように立ち止まり、動かなくなってしまったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
文中の日本食についてですが、『=和食』ではなく、『日本の一般家庭における洋食中華その他も含めた食事』という意図で使っています。
また次も読んでいただけたら嬉しいです。




