To my precious one<1> (kraus side & emika side)
お立ち寄りいただいて、ありがとうございます。
久しぶりの番外編ですが、いきなりクラウスから始まってます。スミマセン。
少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。
「なんであんなに可愛いかな」
俺の淹れた二杯目の熱い茶をテーブルに放置したまま、目を細めうっとり呟くクロー。
今朝、店を開けてそうそうにやってきたこの幼馴染みは、まだ当分帰る気はなさそうだ。
俺の店はカフェではなく魔道具屋なんだがな。
できあがった魔石を持って月に一~二回やってくるクローは、あと一カ月ほどで結婚一年目を迎える嫁が可愛くて仕方ないらしい。少し前に結婚披露パーティーの招待状を渡すため一人でフラリと現れたときも、可愛い可愛いと連呼していた。
それでついなんの気なしに『どんなところが?』と返してしまったその時の俺は、すぐに大バカだったと反省することになる。
知りたいの? とばかりにチラリと俺を見たクローが、『もったいないから教えない』と言い放ちやがったからだ。
こいつの嫁に迂闊なことを訊くと、まったくどうでもいい話を延々聞かされひどい目にあう……というのは学習した。
だがクローの場合は、別の意味で取扱いに注意を要する。
たとえば、今のクローの『嫁可愛い』発言に対して、下手に『そうだな』と同意するのは大変よろしくない。六年越しで最愛の嫁を迎えたクローは、『可愛い嫁』を誰かに取られやしないかと常に警戒しているからだ。
心配しなくても俺は人のものに興味はない。
あいつはもう七年も前、初めて会った時から『クローの嫁』という認識だった。つまり、俺にとっては対象外もいいところの存在だ。
強いていえば生意気な妹……?
──いや、まさかとは思うが、姉……じゃないだろうな!?
最初は同い年くらいかと思っていたが、六年ぶりに再会してみたら全然変わっていないその姿に驚いた。もはや年下にしか見えなかったのだ。
その時はそれどころではなくスルーしてしまったが、未だ気にはなっている。あいつ、本当のところいったい何歳なんだ?
実はすごい若作りなのか?
でもこないだはあいつ、俺を姉とかなんとか言ってたし、少なくとも俺を年上だと認識してるってことだよな?
気にはなるが、さすがの俺でも女性に直接年齢を訊くほどバカじゃない。がしかし、興味を持っていると勘違いされるのが面倒でクローにも訊けず、結局そのままなのだ。考え始めたらますます気になってきてしまった。
けどまあ、それは置いておくとして……、俺は慎重に同意を試みた。
「確かに可愛い? とこもあるかもな」
疑問符をつけてみたが、この答えもクローのお気には召さなかったようだ。眉間のシワが一気に三本刻まれた。
「クラウスがエミカの可愛さのなにを知ってるって?」
だから疑問符があったろーが。本当に面倒くさい夫婦だな。じゃあ教えろ、と言ったところで『もったいないから教えない』んだろう?
問題の嫁の方も、先日のお披露目パーティーの直前にやってきたときには、本人は悩み相談だと言い張っていたが俺にはノロケとしか思えないアレコレをたっぷり披露していった。
嫁によると、クローは普段からあいつに向かって『可愛いだの好きだの』をふんだんに垂れ流しているらしい。俺の前でノロケてるだけだと思っていたら、本人の前でもちゃんと言葉にしていたわけだ。以前のクローからは想像もつかない。
どんな顔をしてそんな言葉を告げているのか……と考えかけ、すぐにやめた。目の前には、嫁からもらったペンダントを指先で弄りながら幸せそうに口元を綻ばせるクローがいる。
そういえば悩み相談で思い出したが、例のお披露目パーティーで渡したアレは役に立ったんだろうか。デリケートな問題だからこれまた訊きにくいが、クローのこの様子を見れば上手くいったのかもしれない。
俺は無我の境地に至るべく、自分用の茶をすすりながらクローの嫁に教わった『クク』という素晴らしいものを脳内で唱え始めた。
インイチガイチ、インニガニ……。
七の段まで進んだところで、クローの言葉が耳に飛び込んでくる。
「──え? 誕生日っ!? 今日お前の誕生日なのか? やっぱりお前、誕生日あったんじゃないか!」
「木の股から生まれたわけじゃあるまいし、あるに決まってるだろ。いったい僕をなんだと思ってるのさ」
嫌そうな顔をするクローにたたみ掛ける。
「いや、だけどお前、俺が昔誕生日を訊いた時、『僕には誕生日なんてないよ』って教えてくれなかったじゃねーかよっ!」
「……いつの話だよ。きっとクラウスがすごい形相で詰め寄ってきたかなんかで、怖かったんじゃないの?」
そんなアホな、と思ったが賢明な俺は口に出さなかった。
──あの時、
滅多に表情を変えないクローが、『誕生日なんてないよ』と貼りつけた笑みを浮かべた。
当時の俺は、それ以上何も言えなかった。
まだ子供だった俺は、その言葉の意味も解らないまま黙り込むしかなかったんだ。
あの頃の俺は、クローと仲良くなろうととにかく必死だった。
俺やクローが暮らしていたあの田舎町は、百年以上も前には華やかだった時期もあったらしいが、その頃一世を風靡したという産業も今や廃れ、時代に取り残されていった町だ。 過去の因習を引き摺り、異端を排することになんら痛痒を感じさせない。
はっきり言えば、『黒』は疎外されて当たり前といった雰囲気を漂わせている。
俺は事情があって、幼少期に一年ばかりサザナンに預けられ暮らしていた。
黒に対して何の偏見も持っていないサザナンを知っていた俺は、田舎町に戻ってからも黒を異端視する人々に違和感しか持てなかった。クローの家族と知り合ったのはその頃だ。
当時の俺たちはまだ七歳かそこらで、今思い出しても俺はクローにはまったく相手にされていなかった。煩くつきまとい過ぎたせいかもしれない。むしろクローの兄ちゃんのほうが、大概鬱陶しがられてはいたものの、たまに気まぐれのように機嫌よく遊んでくれたりもした。
そんな時のクローはいつも、騒ぐ俺らから少し離れた木陰とかで本を読んでいて、話しかけてもあまり返事は返ってこない。へえ……とか、そう……とか、精々その程度だ。だから稀に単語以上の言葉が返ってくると、妙な達成感があったのを覚えている。
ともかく、騒々しい奴らしか周りにいなかった俺にとって、そんなクローはなんだかとても大人びて眩しく見えていたんだ。
その頃のまま……。いや、爺さんが亡くなり、そのあと兄ちゃんが突然姿を消してからはますます厭世的ともいえる雰囲気を纏い人嫌いを隠そうともしなかったクローがこんなになるなんて、いったい誰が思っただろう。
俺としても、コイツとこんなやり取りをする日がくるなんて想像だにしなかった。
やがて、クローが魔石を作れることを知った俺は、ツテを頼りにサザナンへ出てきて商売を始めた。もちろんクローも誘ったのだが、コイツは頑なにあの場所を動こうとはしなかった。
兄ちゃんが姿を消した理由を俺は知らない。だから推測でしかないが、クローはきっと兄ちゃんが帰ってくるのを待ってたんだと思う。
独りになったクローは、それからもずっとあの家に住み続けた。
あんな閉鎖的なクソ田舎にクローを一人放っておくには忍びなくて、無理やりのようにサザナンまで魔石を届けに来るよう約束を取りつけ、持ってくるたびにあちこち連れ回したこともある。酒場や賭場。そんな場所、あの田舎町に居たままならクローは恐らく一生、足を向けやしなかっただろう。
嫁に言う気はないが、花街にも連れて行った。ただ、酒場はともかく花街には二度と足を運ぼうとしなかったから、もしや何かのトラウマを植えつけてしまったのではないか、と内心気にしていたのももう十年以上前の話だ。
そんなふうだったクローを変えてくれたあいつには感謝するしかないが、あいつが雲隠れしていた六年間のクローの憔悴ぶりを知っている俺としてはかなり複雑でもある。
けど、こうして戻ってきてくれてクローが笑うようになったのだから、それは俺が口出しすることでもないのだろう。
この一年近くの付き合いで、あいつがばか真面目で律儀なやつだってことはよく分かったつもりだ。でなければ仕事の話を持ちかけたりしない。
もの知らずだな……と思うことも多いが、妙なところで専門家か? と思わせるような知識を持っているし、アイデアも豊富で思考も柔軟だ。
俺が魔石の交換のために走り回っていると知ったあいつはこう言った。『魔石をセットするところに鍵をつけてさ、自分で交換してもらうのじゃだめなの? それならアンタの都合のいい時に前もって魔石を届けておけば、あとは向こうで勝手にやってくれるんじゃない?』
特殊な構造の蓋を取り付けて俺以外が魔石の交換をできないようにしたのは、クローの魔石を目当てにする盗賊が横行したのがきっかけだった。
あいつが言うようなことはもちろんその頃の俺も考えたが、当時は色々問題があって実現できなかった。主に手間と時間と客の理解だ。
その頃のことを思い出し顔を顰める俺に、あいつは言葉を続けた。
『これから半年かけて魔石のセット部分を全部交換するんでしょ? この機会を利用すれば最小の労力で鍵取りつけられるじゃん。業務用の分だけでもさ』
愕然とした。
不便だと思いつつもそのやり方を十年続けてきて、それが当たり前になっていた。今のタイミングでそこを変えようとは思いもしなかった。俺は頭が固すぎるんだろうか、と少し落ち込んだりもしたものだ。
天然と養殖のナフタリアの違いといい、魔石を重ねて使うアイデアといい、あいつと関わることで新たに得たものは多い。冗談も通じるし、打てば響くように返ってくるところもいい。俺に対してやたら文句が多く当たりがキツいのはどうかと思うが、萎縮して遠慮されるより余程マシだ。
数カ月前、俺が店のやり方を一新する計画を立ち上げるべきか否かで悩んでいたとき、相当険しい顔をしていたのだろう。訪ねてきたあいつが怯えてクローに引っついたまま離れなかったことがあった。
それで俺がクローに叱られる羽目になったのは記憶に新しい。計画は順調に進んでいるから、あれ以来そんな顔をしなくて済んでいる。
それはともかくとして、俺としてはあいつがいることで、こうしてクローが笑っていてくれればそれで充分なんである。
「──それで誕生日だってのに、なんでここで時間潰してんの? まだ他にも何かあんのか?」
「頼まれた用事はこれだけだよ。でも今日は多分、あまり早く帰らないほうがいいんだ」
クローは謎めいたことを言いながら、傍らに置いた納品袋をポンポンと叩いた。
この袋は何十年も前に初めて開発され販売されたもので、当初は何か違う名がついていた。袋の容量よりはるかに大きなものが入る魔道具だが、重さは変わらないため調子に乗って入れすぎると持ち上がらなくなってしまう、という微妙な代物だ。
そのため一時話題にはなったものの、一般には浸透しなかった。今は納品袋と名を変えて、俺たちのような業者が大量の品や大きな品を運ぶ時に使用している。移動時にはもちろん台車が必須だ。小さな袋一つを台車で運ぶのは最初きまりが悪かったが、今はもう慣れた。業者は大概似たようなことをしているからな。
クローの持つその袋には、俺がさっき渡した包みが入っている。
クローの嫁が悩み相談にやって来た時に、しばらく預かってくれ、と置いていったものだ。
『かさばるから』 とあいつは言っていたが、あの日は結局クローが迎えに来たんだから、持って帰らせればよかった、と思ったのは二人が行ってしまったあとになってからだった。
けどこうしてみると、あの時渡さなかったのは正解だったんだろう。クローは気づいてないみたいだが、あの包みの中は恐らくこいつへの誕生日プレゼントだ。
あの日クローの嫁はやたら大事そうにこの包みを抱え、撫でまわしていた。
浮かない顔をしていたのが、『三軒もハシゴしてやっといいのが見つかったんだ』と、その時ばかりは嬉しそうに笑った。
預かった時はなぜそんなに気に入ったものを置いていくのかと少し引っかかったし、そのあとあいつが買い物ついでだと顔を出した時もそのままにしていったのが理解らなかったが、中身がクローへのプレゼントだとすれば腑に落ちる。
家に置いておけば、クローに見つかって不審に思われるかもしれないからな。いつまでも開けずに置いてあれば中身が気になってくるものだ。
本人に取りに来させるというのも、考えたらいい手かもしれない。クローだってまさか、自分へのプレゼントを自分が運んでいるとは思うまい。
どうやら誕生日も解禁になったようだし、それなら俺も一つ便乗させてもらうとするか?
二十数年来の親友への初めての誕生祝いだ。こいつは何をやったら喜ぶだろうか。
俺は過去のクローの言動を思いだし、欲しがりそうなものをフル回転で考え始めた。
そしてクローに『用事を思い出した! すぐ戻るから店番しててくれっ!』と叫ぶやいなや脱兎の如く駆け出し、プレゼントの調達に向かったのだった。
***
「ただいま」
お昼の鐘がなって間もなく玄関からクローの声が聞こえ、私は急いで飛び出した。
思ったよりもゆっくりしてきてくれたので、準備も万端。あとはプレゼントを回収するだけだ。
「おかえりっ! 頼んだもの持って帰ってきてくれた?」
勢いよく抱きつくと、クローも「もちろん」と優しく笑ってギュってしてくれる。抱きつけば当然のように抱き返してくれるこの安心感、好き。顔を埋めると、半日ぶりのクローの匂い。はふ、なにこれ癒される。
相手も同じことを考えてるなんて思いもせず鎖骨のあたりに頭をグリグリと押しつけ、とりあえず目の前の幸せを堪能した。
けどいつまでも抱きついてるわけにはいかない。
名残惜しいけど身体を離し、「ありがとうね!」と笑顔を添えて両手を差し出す。
そしたらクローも笑顔を向けてくれつつ、肩にかけた四次元袋を下ろし、はいどうぞ、と包みを二つ……。
二つ!?
「ええと、こっちの包みはなに?」
一つは確かに私がクラウスに預けた包みだ。けどもう一つのこれは?
首を傾げて問う私にクローもキョトンとする。
「クラウスが、エミカに頼まれた物だって言ってたよ。違うの?」
「えー? 覚えがないんだけど、なんかの魔道具かな? ま、いいや。見たら分かるかもだし、あとで開けてみるよ」
なにしろ今日は取り込んでいるのだ。急ぎでないなら後まわしでいい。
サイズの割りには結構重みがあるそれを一旦玄関脇の棚に置き、かさばるけど比較的軽い自分の包みを抱える。あいた手でクローと手を繋ぎ、歩き出した。
内側が完全に見えないこの包みの中は、お店で既にラッピング済みだ。外側の包装紙を取るだけで立派なプレゼントに早変わりする。どのタイミングで渡すかはまだ決めかねてるんだけど、まずは部屋を見てもらおう。
ご機嫌に先に立ちリビングのドアを開けた私は、クローを中へ押し込んだ。
途端彼の動きが止まる。
「……どうしたの?」
あれ? もしかしてやり過ぎた?
動かないクローに不安になって後ろから顔を覗き込むと、彼は目を見開いてついでに口もポカンと開けていた。
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。
最初はいつも通りエミカの一人称で書こうとしてたのですが、何度書きなおしても千文字程度でいき詰まるので、少し目先を変えようとクラウス視点で書き始めたら、どうにか纏まりました。
でもなんでかな?クローの誕生日をお祝いしようと思ってただけなのに、気づいたら5話に延びていた……。
いつものことじゃん、と笑って下さい(^_^;)
タイトルについては、何かカッコいいのを!と思ってつけたのですが、完全にタイトル負けしてますww。
何考えてたのかな、私。でももう他の思いつかないから、このまま投下します。
そんな訳で、これから一話ずつ手直ししつつの毎日更新で、年内完結予定です。
一応書き上がってるのに予定というのは、手直し作業中に寝落ちする可能性が高いから(×_×)
本日のこの話も本当は一昨日の夜には更新できている筈だったのに、気づいたら朝だったというorz。
それが二晩続き、結局丸1日以上延びました。
最近のわたくし。
お仕事中、瞬きする度に一瞬寝ている。
大変ヤバい状態ですwww。
数ヶ月更新してなかったのに、その間ブクマもポチポチ増えてたし、先日は評価も頂いてしまい、本当に感謝しかありません。
『聖女さま』ものでも『悪役令嬢』ものでもない地味な話なのに、いつの間にか綜合評価も1000ポイントを超えてて吃驚してます。本当にありがとうございます。
それでは明日もまた読みにきて頂ければ嬉しいです。
本当にありがとうございました!




