表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/34

【番外編】お披露目パーティー その後

読みに来てくださってありがとうございます。

この話は時系列に合わせるため、割り込み投稿をしています。ご了承ください。



ちょっと若奥さんズについて書いてみようかな……と思ったら、恐ろしく時間がかかった上にとても長くなってしまいました。

分割するような話でもないのでこのまま投稿しますが、途中で飽きたら読み飛ばしても今後の展開に差し支えはないと思います。

若奥さんズがただただお喋りしているだけの話です。

エミカも参加している毎月のお茶会も、きっとこんな感じなんだろうな……と思っていただければ(笑)


✤話の中に虫に関するセリフが出てくるのですが、虫の苦手な方には大変不快な内容かと思われます。お心当たりの方は、スージーが虫について語りだしたら気前よく20行ばかりすっ飛ばして下さい。


それでは、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

彼女たちはおそろしく静かだった。

最近彼女たちの近所に越してきた新しい友人の、遅ればせながらと開かれた結婚披露パーティからの帰り道のことである。


本日のパーティの主役である夫婦ににぎやかに別れを告げ、会場である宿を出た彼女たちは、同じくパーティに参加していた夫婦の友人兼仕事の関係者だという二人とも宿の前で別れ、それからひたすら黙々と歩き続けている。

綺羅綺羅しい金髪をきちんと結い上げ、明らかに正装と分かる様式のドレスやワンピースを着こなした一団は、まるで示し合わせたように仲間の誰とも口を聞かず、目も合わさず、かといって不機嫌なわけでもない。なぜなら彼女たちの口もとは明らかにもの言いたげにムズムズと動いているし、目は輝き、頬は紅潮し、足取りは許されるギリギリの限界まで弾んでいるからだ。

五人は相当の自制心を持ち、その年齢の女性に相応しい、そしてその着飾った衣装に恥じないふるまいを保っていた。そのタガが外れたのは、彼女たちの住む郊外へと向かう乗り合い馬車に乗り込んだ直後のこと。


「見たっ? ねえ見たっ? エミカのご主人をっ!」

「見たわっ! なにあの凛とした佇まいの美麗なお人はっ!?」

「見たわっ! 麗しくも優しげなあの微笑み。立ってるだけで絵になるなんて、目を疑ったわよっ! 誰なの? エミカが怖いご主人に苦労してるなんて言ったのはっ」

「見たけど、前に見た時と全然別人みたいなんだけど」

「そうそう、そうなのよっ。まるで詐欺みたいだわ 確かに同じ人なのに、前とはまったく雰囲気が違ったわっ!」

「「「「「いったいどういうことなの?」」」」」



六人掛けの乗り合い馬車は、五人が乗り込んだ時点で動き出している。次にくる客が一人とは限らないし、いつ来るか分からない一人で乗る客を待つより、さっさと動かした方が効率がいいからだ。

つまりこの馬車は今貸切状態なわけで、彼女たちのおしゃべりは誰はばかることなく加熱の一途を辿っていた。


「私みんなにめちゃめちゃ脅かされてたから、どんな恐ろしげな人なのかとビクビクしてたんですけど」

ダイアナがクローに会ったのは、実は今日が初めてである。

「私たちだってビクビクしてたわよ。あの部屋に通されて、エミカに微笑みかけるご主人を見るまでは」

「極力、失礼にならない程度に目を合わさないようにしよう、って話してたのもどこかにいってしまったわよね」

「わざわざ視線を逸らしたりしなくても、目なんてほとんど合わなかったけどね」

「ねー」

その理由は全員が分かっている。


「いやいや、もうエミカしか見てなかったわよね」

「実に甲斐甲斐しかったわ。お料理も飲み物も、エミカの分全部取りに行ってたわね、それもいそいそと」

「エミカを見るときの、あの表情ときたら!」

「微笑みに破壊力があるなんて、私初めて知ったわ」

「エミカったら、よくあんな麗しい人と平気で一緒に暮らしてるわね」

平気で暮らしてるもなにも、二人は既に夫婦なのだが。


「あら、実はそんなに平気でもないのかもよ? だってほら、何か内緒話してたとき、エミカ真っ赤になってたじゃない。でもいったい何を話してたのかしらね、あのままキスしちゃうかと思ったわ」

「まさか、人前よ?」

「それくらいの親密さだったってことよ」

ガタガタと揺れる馬車の中、彼女たちはもはや自分たちがどこを走っているのかも気にしていない。気になるのはただただ、今別れてきたばかりの友人夫妻のことだけなのだった。


「謎が解けたわっ!」と、突如ミリアムが叫んだ。

リンダ及びその友人たち──エミカいうところの『若奥さんズ』の面々は、一斉に声の主ミリアムに目をやる。

「スージーの言う通りこれはまさしく詐欺よっ! 結婚詐欺に違いないわっ!! だってほらっ、エミカは例の『あらむ』や『どらいあ』なんかが大当たりしたでしょ! だからきっとそれを狙ってあの顔で誑かそうとしてるのよ! 早く彼女の目を覚まさせないと大変あ痛っ!」

興奮のあまり立ち上がろうとしたミリアムは頭を天井にぶつけた。

涙目で頭を押さえる彼女に大丈夫? と声をかけつつ、呆れたようにダイアナが突っ込む。

「落ち着いてよミリアム、スージーはそんな意味で言ったんじゃないでしょう。そもそもエミカたちはもうとっくに結婚してるんだし、それもここに引っ越してくる前だっていうから大方一年前。つまり、エミカが新しい魔道具を開発するずっと前の話なのよ」

「そうよ。それにご主人のあの髪と瞳。どう考えてもご主人だって相当稼いでいるわね。エミカを騙す必要なんてどこにもないわよ」

「ここ数年魔法使いは魔道具関係だけでなく、あらゆる分野で引っ張りだこなんですってね。特に力のある魔法使いは何かにつけ有能だって聞いたわ」

「それ本当よ。うちのダンナの職場にも一人配属されたらしくて、そんなに魔力が強いわけでもないって本人は言ったそうだけど、それでも魔法を使うと使わないじゃ大違い。作業がすごくやりやすくなったってダンナは言ってたわ」

「まあ、そうなの? やっぱり魔法使いってすごいのね」

「そうそう。だからエミカの財産狙いだなんてありえないのよ」

口々に畳みかけてくるみんなに、ミリアムは口を尖らせる。

「──まあ、そう言われればそうかもしれないけど……、でもだったらどうして以前と今日とであんなに違うのよ? まるで別人じゃない」


その言葉にリンダとカレン、スージーは口を噤み顔を見合わせた。それは彼女たちも疑問に思っていることだからだ。


「……えっと、前のときはたまたま機嫌が超悪かった?」

「激しい気分屋……、とか?」

「まさかの二重人格って可能性は!?」

けれど、思いつくのはその程度である。


「──そんなの簡単よ」

腕を組んだダイアナがおもむろに口を開いた。「みんなが勝手に勘違いしてただけ。今日のあの姿が普段のエミカのご主人なのよ、それしかないわ」

「でもっ!」と身を乗り出すカレン。

「前に見かけた時は本当に全然あんなじゃなかったのよ? 近づくな触るな声をかけるなってドス黒いオーラが全身から滲み出てたわ」

「そうよ。スージーの子(リサちゃん)なんか泣いちゃったんだから」とこぶしを握るのはミリアムだ。

「あらでもあれは、スージーがリサちゃんを抱っこしたままフラフラ近づいたからじゃない。反対側から見えてたわよ。なんでそんなことしたのかは知らないけど」

カレンが指摘すると、スージーは「えへ」と肩を竦めた。

「あれはその……、あの人がエミカのご主人だ、と思ったら怖いもの見たさでついつい……」

そのとき恐らく全員が、心の中で(おいおい)と突っ込んだ。


そして気を取り直したダイアナが、「ともかく!」とみんなを見回し、脱線した話を元に戻す。

「私はその『怖かった』時には居合わせなかったけど、だからこそ分かることもあるのよ。ほら、みんな肝心のエミカの話を思いだしてみて」

「エミカの?」

「そうよ。お茶会で集まったときとか、商店街で会った時とか……エミカも色々話してたでしょ、ご主人のこと。彼女はなんて言ってた?」


「……優しい、って言ってたわね」

「寝坊して慌てて起きたらもう朝ごはんができてた、って」

「……気まぐれでそんなことをしてくれることも、たまーにはあるのね、って思ってたわ。なにしろ気難しそうな人ってイメージしかなかったから」

「昼食や夕食もよく作ってくれる、って言ってなかった?」

「そうだったかしら?」

「ほら、そのときスージーが虫の話をして……」

「ああ、あのとき!?」

「いやぁぁ、思い出したらまた腹が立ってきたわっ! 作ってくれるのはいいけどどうして野菜をしっかり洗わないのよっ! 土が残っててジャリジャリするし黒い小さい粒々がたくさんついてるし何これと思ってよく見たら全部に翅と足と触覚がついてるしもう三口は食べちゃったっての! あの衝撃は一生忘れないわよっ。それでなくとも調理に使った器具や鍋やフライパンにいたるまで全て汚れたままでシンクに放ったらかしっていうのが気にくわないのに、そんなに洗うのが面倒なら最初から何もしてくれなくてけっこうですっ」

「うんうん、そう言って怒ったら、それからはちゃんと丁寧に洗ってくれるようになったのよね、野菜も調理器具も」

「怒ったスージーがよっぽど怖かったのかしらね、ご主人……」

「でも私もスージーからその話を聞いて以来、葉物野菜は特に念入りに洗うようになったわ。一匹くらいならともかく、さすがに大量の虫は嫌だもの」


「……虫のインパクトが強すぎて、みんなエミカの話が頭に残ってなかったのね」

ガックリとして呟くダイアナをよそに、話題はどんどん変わっていく。

「それからいつだったかしら。お掃除はご主人の担当だ、とも言ってたわよね」

リンダが思い出したように口にすると、ミリアムが眉をひそめた。

「掃除っていっても色々あるもの。あんまり追及しちゃいけないと思って訊かなかったけど、例えば……ウロウロされたくないからって理由で自分の部屋だけは自分で……とかじゃないの?」

「家中してくれるにしても、ササッと目についた所だけ掃いて終わりとかね」

カレンが軽く続けた言葉に、再びスージーの目が据わる。

「……世の中の男ってのは散らかった子供の玩具を集めて箱に放り込んだだけで偉そうに片づけてやったぞってふんぞり返ったりするものなのよっ」

「はいはいスージー、落ち着いて深呼吸して。ご主人はきっと、家事に育児に忙しい奥さんを手助けしようと一生懸命なのね」

「そのついでにちょっと褒めてもらって構って欲しいだけなのよね」

「今度ご主人に頼んで、掃除車を買ってもらいなさいよ。私の実家でとうとう買ったのだけど、試してみたらとても便利で楽なの。私も欲しくなってしまったわ」

「まあ、私も噂を聞いたことがあるわ。でもそれって結構お高いんじゃないの?」


大盛り上がりで騒ぐ中、無遠慮なノックの音が響き馬車のドアが開いた。いつのまにか自宅近くの停留所に着いていたらしい。

馬車が止まったことにも気づかず喋り続けていた五人は顔を見合わせ、順番にそそくさと降りた。運賃は先払いで済ませているので、お礼だけを言って歩き出す。

再び黙り込んだまま五人は歩きなれた道を辿り、一番最初の分かれ道でカレンが口を開いた。

「あのね、もしまだ時間があるならうちに寄って行かない? ダンナはまだ当分帰ってこないから」

「「「「行くわっ!」」」」

全員即答だった。

「あら、でもスージーはリサちゃん大丈夫なの?」

「今日はうちの人が休みだから家で遊ばせてるのよ。何時に終わるか分からないって言ってあるし、『ゆっくりしておいで』って言ってもらってるから」

「「「「フーン……」」」」

四人の生ぬるい視線を浴びて、スージーは頬を染める。

「なにようっ」

「「「「なんでもなーい」」」」

小声で笑い合いながら、彼女たちはそこから一番近いカレンの家へ移動したのだった。



カレンの家は馬車の停留所から歩いて七~八分程の、細い路地の奥にある。少し古びているが、クリーム色の壁に焦げ茶の屋根。塗り直したピカピカのミントグリーンのドアが目を引く可愛らしい家だ。

今はまだ賃貸だけれど、あと三年すれば家を買い取る権利が手に入り、さらに五年間家賃を滞りなく払い終えれば自分たちの家になるという、若い夫婦にはごく一般的な契約を結んでいる。途中で引っ越したり家賃を滞納したりすれば全ての権利を放棄したことになってしまうが、カレンはこの家が気に入っているのでそんなことをする気はさらさらない。八年後、この家が名実ともに自分たちのものになる日を今から指折り数えているのだ。


いつもの居間にみんなを通し、手早くお茶の準備だけすると再びおしゃべりの続きが始まった。お茶菓子は用意されていない。パーティで美味しいものを充分食べたから必要ないということだろう。


「それにしても、あんなにもご主人と仲がいいなんて思わなかったから、本当にびっくりしたわ」

「会場があの部屋(・・・・)だってことにびっくりして、エミカのドレス姿にびっくりして、前と全然違うご主人の様子にびっくりして、二人の仲睦まじさにびっくりして……、もう一生分驚いた気分よ」

ティーカップを手にしたまま、我先にと話し出す若奥さんズの面々。


「貴族の方のお邸の部屋ってみんなあんな感じなのかしらね。あのフカフカの絨毯、靴が沈みそうだったわ。ソファーの生地のシャーム織りもきっと本物よ。しかもよく見たら柱のレリーフと同柄なの。特注なのかもしれないわ。それにあの壁紙の繊細な模様を見た?」

「部屋もだけど、エミカのドレスも素敵だったわよ。貴族のお姫様って、いつもあんなドレスで暮らしてるのかしら」

「白っていうのがまた素敵よね。でもあれじゃ気をつかって何もできないのじゃない?」

「そのために貴族のお邸には侍女って職業があるんじゃないの?」

「仲睦まじい……! まさにソレよね! まるで恋人同士みたいだったものねえ」

やや興奮気味のスージーの言葉にミリアムが首を傾げた。

「そういえば、午前中は一緒に森を散歩するのが日課だ、って前に聞いたような。それってデートってことなのかしら」


それを皮切りにまたも全員が喋り出す。


「あら、お仕事のお手伝いじゃなかった? 扱き使われてるのかしら可哀想に、と思った記憶があるのだけど 」

「そうよね、何故かしら、私もそんなふうに思ってたわ。どうしましょう、あの二人の関係ってなんだか想像してたのと全く違う……」

「エミカが『お仕事の手伝いを兼ねてる』って言ったのよ、確か。でも考えてみたら、森でなんのお仕事があるのかしらね?」

「お仕事場が森にあって、そこへの往復がお散歩ってこと? でもご主人は自宅で魔石を作ってるっていうから、森は関係ないわよね? いったい何がお仕事の手伝いなの? 」

「……さあ? 魔法使いっていう人たちはそれだけで何かと謎めいてるのよね」

「そういうの、エミカに訊いたら教えてくれるかしらね? 普通の人っぽいけどエミカだって立派な魔法使いだもの。それとも只人には秘密にしないといけない、なんて決まりがあったりするのかしら」


魔石の正体を知っている一般人はあまりいないが、秘密でもなんでもないからその気になれば誰にでも調べられる。

また魔法使いについてエミカに訊いたとしても、教えてもらえるのは誰でも知っているような、誰でも調べられるようなことだけである。

なにしろエミカがそれしか知らないのだから。


「教えるといえば、エミカはご主人に文字も教わっているそうよ。前に二人で商店街に行ったときに、チラッと聞いたことがあるわ」

お茶を一口飲んだリンダがふと思い出して口にすると、ミリアムが驚きの表情になった。

「エミカは文字が読めないの?」

「異国の出身だもの、仕方ないのじゃない?」

同じように驚きつつもフォローするカレンに、リンダは首を振る。

「いいえ、彼女は『口述文語(普通の文字)』ならそこそこ問題なく理解できてると思うわよ。商店街でも困った様子はないもの。だからね、彼女が今教わってる文字っていうのはきっと『公式文語』のことだと思うの。そのとき、本を読みたい、みたいなことも言っていたから間違いないと思うわ。ただ、もしかしたらエミカは『口述文語』と『公式文語』の区別がついていないのかもしれないのだけど」


『口述文語』とは話し言葉をそのまま文字にしたものであり、エミカが文字の勉強に使っている絵本などがそれにあたる。

対して『公式文語』は古語を基本として書かれた文章だ。『口述文語』とは文法が違うのが大きな特徴で、また同じ意味で同じ発音であるにもかかわらず全く違う綴りとなる単語がいくつもある上に、『公式文語』には『口述文語』では使用しない文字も多々あり、言い回しも独特のものになる場合が多い。

ほとんどの書籍は『公式文語』で記されているため、それを読むにはそれなりの教養が必要とされている。そしてエミカの認識はすべて変形したアルファベットもどきなので、それもあって文字の勉強が難航しているのだった。


「ええっ! 本を読みたいの!? 随分高尚な趣味だこと。エミカって頭いいのねぇ」

「わざわざあんな文字を教えてもらおうっていう意気込みが素晴らしいわよね。それに、ご主人の趣味が読書だそうなの。もし一緒に本を読むために勉強してるのだとしたらすごく健気だわ」

「本当ね、私あんな記憶力の限界に挑戦するような文字、とても無理だわ。誰かが教えてくれるって言ってもお断り」

「あら、あんなの全部覚えてるのなんて研究者くらいよ。なにもそこまでいかなくてもある程度まで覚えれば本だって読めるし、いいお仕事に就けるのは間違いないけどね。公式な書類には全部そっちを使うんだから」

「ダイアナがいい例よね」

「辞めちゃったけどね」


「そういえばエミカって、計算もすごいのよ! この前うちでお茶会した時にだしたケーキ。エミカと買いに行ったんだけど、お店の人が間違えて五人分で計算したのを、彼女すぐにおかしいって気づいたの。三ペル四十デシペルのケーキが六つなのに端数が出ないはずがないって。そしたら本当に二十ペルと四十デシペルだったのよ。いつも五人分で買ってたから、お店の人がうっかりしたのね。店主に怒られるところだった、って感謝してたわ。それでびっくりして『すごいのね、どうして分かったの?』って訊いたら、エミカは『コツがあるんだ』って笑って言うのよ。でも数字に慣れてる会計士や商家の人じゃあるまいし、なかなかそんなにパッと計算なんてできないわよ。あれなら今すぐどこかのお店に勤めてもやっていけるんじゃないかしらね。その流れで勉強の話になって、そこからさっきの文字の話がでたのだけどね」

「ふうん、計算ってコツがあるの? そんなの初めて聞いたわ。私もそんなふうにパパっと計算ができるならどこででも雇ってもらえるのに。もし魔法が使えなくてもできるのなら、私にもそのコツを教えてくれないかしらね」

「あら、カレンはお勤めを考えてるの?」

「今は便利な魔道具が増えたから、以前ほど家事に時間を取られないじゃない? それなら働きに出るのもありかな、と。独身のとき勤めてた職場は若い人が次々入ってきてるみたいだし今さら戻れないけど、魔道具の工場なら『誰でもできる簡単なお仕事』って触れ込みでいつでも募集しているもの。一日のうちの数時間だけ働いてる人もたくさんいるみたいだし、それくらいならうちのダンナもうるさく言わないと思うわ」

「工場勤務だと多分作業ズボン着用になるわよ?」

「ズボンってなんとなく抵抗があったんだけど、この前エミカがニットと合わせてるのを見たらすごく可愛かったし、思ったほど脚の形も分からないから、最近はズボンも一本くらい持ってても悪くはないかも、って思ってるのよね。まあ、制服として着たって全く可愛さはないけど、働く女性って感じでちょっと格好いい気がしてきたし」

「エミカの服って、前はちょっと古風っていうか定番の無難な感じだったけど、最近はいつもなにげに可愛い服着てるわよね」

「あれってご主人からのプレゼントなんですってよ」

「ええっ? ご主人が服を選んでくれるの? うちのダンナなんて『付き合ってられない』って十分で逃げ出すわよ」

「うちもそう。ダンナを買い物に連れていくのは、荷物持ちが必要な時だけでいいわよね。急かされて落ち着かないもの」

「ねえねえ。働き口といえば、今日一緒だったあのお二人も魔道具関係なんでしょう?」

「クラウスさんとアミーさんね。でもクラウスさんは魔道具の販売店を経営されてるのだそうよ。アミーさんは工房で魔道具の開発とデザインを手がけていらっしゃるのですって。どちらも私たちレベルじゃお役に立てそうにないわね」

「工房と工場って何が違うの?」

「工場では魔道具に使うあらゆる部品を大量に作っているのよ。あと、その出来上がった部品を加工して簡単なものなら組み立てたりもするの。そういうのを作る専用の魔道具があるから、私たちみたいな素人でも大丈夫なのですって。でも工房で作るのは魔道具の核になる部分だから、ある程度の魔法の素養がないとダメな上にとても繊細な作業もあるらしいわ」

五人はそれぞれの綺麗に結い上げられた金髪を眺め合い、ため息をついた。

「そんなところで新作の魔道具を作っているの? アミーさんってすごいお仕事されてるのね。女性が男性に交じってそんなふうにバリバリ働いてるなんて、憧れちゃうわ」

「だけどあんまり稼ぎ過ぎると嫁のもらい手がなくなっちゃうわよ。あの女性(ひと)もご結婚の予定はないって仰ってたでしょ。経済面で男性に頼る必要はないから困りもしないのだろうけど」

「それを思えば、エミカは先に結婚してて良かったわよね。結婚前にお金持ちになってたら、ご主人結婚してくれなかったかもよ」

「さっきの様子を見てたら、エミカの収入がいくらだろうと関係ない気もするけどね」

「はいっはいっ! 私は、自分より稼ぎの多い女とは結婚しない、っていう男の無意味なプライドの高さと世間の風潮に問題があると思います」

「ダイアナったらせっかくいいお仕事に就いてたのに、『世間体が悪くていつまでたっても求婚できない』って泣き落とされて仕方なく退職したんだものね」

「どのみち彼と結婚する気なら辞めるしかなかったんだし、潮時だったのよ。職場では紅一点でチヤホヤされてたけど、所詮はそれだけ。自分たちと同じだけ稼ぐ女なんて結婚相手としては見てもらえない。私より稼いでるのは上司たちくらいだけど、彼らにはもうちゃんと奥さまがいるんだものね。それに仕事に未練がないとは言わないけど、それよりも彼の『奥さま業』のほうが魅力的に思えちゃったんだからしょうがないわ」


苦笑するダイアナにカレンがため息をつく。

「私は別に働きたいとは思わないしダンナの稼ぎでやっていけるならそれで充分だけど、二人で働いた方が稼ぎが増えるからね。そのお金を貯めて三年後に家を買い取る権利が手に入ったら家賃を繰り上げ払いして少しでも早く自分たちの家にしたい、とは思うわ。それに旅行にも行きたいし、家の魔道具をもっと充実させたいし、──何より、今年の夏こそ冷房箱が欲しいのよ。でもアレってかなり高価でしょ。ダンナの収入だけだと夏までに貯められそうにないのよね。……うん、どう考えても私にも収入がある方が合理的だと思う」

「ねえねえカレン。クラウスさん、魔道具買うならオマケしてくれるって言ってたわよ。お店に見に来るだけでもどうぞって」

「本当に?」

「本当よ。私は冷房箱も欲しいけど、それより先に冷凍箱が欲しいのよね。あれがあるとすごく便利だっていうじゃない。すぐには買えないけど、せっかく誘ってもらったんだし今度一緒に行ってみる?」

「いいわね。とりあえず見るだけになりそうだけど、ちゃんと商品を見てお値段を見たら目標ができるわ。場合によってはすぐにダンナを説得してお仕事を探すことになるかもね」

さっきからの様子が一転。浮き浮きと話し出すカレンとミリアムにスージーも便乗する。

「私も行こうかなぁ。掃除車っていうのを一度見てみたいわ。それにしても、昔は女性の仕事って限られてたし結婚すれば家に入るものってみんな思い込んでたけど、魔道具が普及しだしてから女性の働く場所はどんどん増えてるでしょ。そのうち外で働く既婚女性の方が一般的になるかもよ。というか、なって欲しい。私もリサが大きくなったら今度こそ働いてみたいから」

「問題はダンナより稼ぎすぎちゃいけないってことなのよ。スージーはおうちの手伝いをしながらすぐ結婚しちゃったし、外で働いたことがないのよね。自分でお金を稼ぐのは大変だけどやり甲斐もあるし楽しいわよ。何より誰にも遠慮せず、自分の好きに遣えるお金があるっていうのがいいわ。でもやりすぎたらダメ。稼ぐ女に男は冷たいんだから」

「そ……そんなに? 働いてる奥さんって、みんなそんな綱渡りのような思いをしているの?」

「商家は別よ。商家なら働き者の嫁は喜ばれるわ。もちろん家事育児の話じゃなくてね。だけどそれはあくまで家の手伝いであって、売上は家の収入。嫁のお給料にはならないからなのよ」

真面目くさった顔つきで解説するミリアムにスージーは絶句し、カレンが呟いた。

「それを思えば、エミカのご主人って本当に心が広いわよね。エミカのお仕事のサポートまでしてくれてるなんて、羨ましいわ」


誰かの声がポソリと響いた。

「……いったい誰なの? エミカのご主人が怖い人だなんて言いだしたのは」


お喋りはとどまるところを知らず、まだまだ続く。

「そういえばエミカ、恐い顔をしてるのは怒ってるわけじゃなくてそう見えるだけだって言ってたような」

「──可愛い、って言ってたこともあったと思うわ」

「言ってたわね。内心、あの凶悪な顔つきのどこが可愛いのか、って思ってた」

「私もよ。あの強面が可愛いとかエミカはなんて包容力があるのかと思ったもの。」

「だけど今日のご主人にしたって、『端整』とか『美麗』っていうなら分かるけど、可愛いって表現は合わないのじゃない?」

ミリアムの言葉に、何故かカレンがモジモジし始めた。

「あのね、……あのね、ここだけの話よ。私ね、今日エミカのご主人のお尻に幻の尻尾が見えた気がする」

すると目を見開いたダイアナ、リンダ、スージーの三人が一斉にカレンに詰め寄った。どうやら尻尾が見えたのはカレンだけではなかったらしい。

「あらいやだ、実は私もなのっ! 一瞬なのだけど、すごく嬉しそうにブンブンと」

「分かるわ! エミカに笑いかけられたときとか、彼女のためにお料理を取りに行ってたときとかでしょう?」

「あんなに鋭い目つきで街を歩いてた人が、エミカを見るときだけ柔らかい雰囲気になるなんて、もうそのギャップが堪らないわ」

「でしょう? あれはもう間違いなく尻尾よね」


「……みんな、実はものすごく観察してたのね」

呆れたようなミリアムの言葉に「そりゃあ目の保養だもの」とすました顔でカレンが返し、ほかの三人は否定できないとばかりに顔を見合わせ苦笑した。

「面食いはカレンだけだと思ってたわ」

「あのレベルまでいけば私じゃなくたって、誰でも振り返るわよ。御歳二十二歳になられる麗しの王太子殿下の肖像画に負けず劣らずの美貌じゃない! ──ていうか、なんだか似ていない……?」

急に思いついたように突拍子もないことを言いだすカレンに、ミリアムは眉をひそめる。

「そうかしら? そんなことないと思うけど……」

「ちょっと待っててっ!」

叫ぶやいなやカレンは隣室へ走り、手のひらサイズの肖像画をわし掴んで戻ってきた。

「ほら、ごらんなさいよ。これ二年前の立太子の儀の折に描かれた肖像画の写しよ。目元とか鼻筋のあたりそっくりでしょ。色が違うから印象は全然違ってるけど」


ミリアムの目の前に突きつけられたそれには、金髪碧眼の美貌の青年が描かれている。ほんの少し憂いを帯びた眼差しで前方を見据えるその肖像画の実物は等身大の全身像なのだが、模写であるこれは画布のサイズに収めるため胸像とされたらしい。

「カレンたら、こんな肖像画持ってて今まで隠してたのね。でも確かにそういわれれば似ていなくもないけど、そもそもこの肖像画は相当()ってるって噂でしょう?」

「いいのよ! どうせ殿下御本人にお目にかかる機会なんてないんだから、目の前の肖像画の美しさが全てなの! そして今問題なのは、今日のエミカのご主人がその修正しまくってるって噂の肖像画と張る麗しさだってことなのよ! そう! 華やかな黄金蜜の髪と新緑の瞳を誇る『麗しの王太子殿下』を太陽に例えるならば、漆黒の闇を思わせる濃密な黒を纏う美貌のご主人はまさに月! そこに色の違いはあれど優劣は髪の毛一筋ほどもない!」

「つまり、王子さまレベル……と言いたいのね」

「その通りよっ!」


二人のやり取りを目を丸くして見ていたリンダたちも、カレンの手元を覗きこみ頷く。

「今日のドレス姿のエミカもお姫さまみたいだったものねぇ」

「私たち、もしかしたら今日王子さまとお姫さまに会ってたのかしらね……」

「ああ、それにしても羨ましい。私も本当にあんなドレスでお披露目がしたかったわ。それにあの部屋! あの宿のあの部屋でパーティを開くなんて、どうして私、自分のときに思いつかなかったのかしら」

「あら、ミリアムのときのレストランパーティもすごく素敵だったわよ。それに今日着てるワンピースもあの時のでしょ。ミリアムにとても似合ってるし、これならよそゆきで何度でも着られるじゃない」

「ミリアムはお披露目してまだ一年ほどだものね。残念がる気持ちは分かるわ。だけどあの部屋をパーティーに使おうなんて、そんなの誰も思いつかないわよ。それにエミカは今日のことギリギリまで知らされてなかったはずだから、あれって全部ご主人が手配されたことだと思うわ」


また、誰かの声がポソリと響いた。

「……本当にいったい誰なの? エミカのご主人が怖い人だなんて言いだしたのは」



お茶のお代わりを所望したダイアナは、一口飲んで喉を潤してから仕切り直すように声を上げた。

「はい、じゃあそこでみんなでもう一度考えてみましょうか。まずはスージー! 最初にエミカのご主人を見たときは商店街のみんなが注目してたって言ってたわよね? それってみんな怖がってたの?」

「違うわ。なんていうか、目が引き寄せられるっていうか、みんなうっとりしてたと思う。遠目で見た感じだけど」

「つまり今日のご主人と同じ状態だったってことでしょ? じゃあ、その最初の時と今日、それから前回の怖かった時とでは何が違うと思う?」

ダイアナは言葉を切り、首を傾げるみんなを見回した。

「エミカよ。最初にスージーが見た日も、それから今日も、隣にエミカがいたわ。そして、リサちゃんが怯えるほど怖かったというその日にはエミカがいなかった。──さあ、それはどういうこと?」


「エミカがいないと機嫌が悪くなるってことなのかしら?」

「エミカさえいればご機嫌だってこと?」

「……まさかとは思うけど、今日のあのエミカへの尽くしっぷりを見てたら否定できない。最後の挨拶だって、エミカのことばかりだったじゃない」

そうでしょうそうでしょう、と頷くダイアナに、リンダは異議を唱える。「あら、でも待って! 私、ご主人にはもう何度もお会いしているけど、エミカがいればご機嫌がいいわけじゃないと思うのよ」

「もっと具体的に」

「もっと詳しく」


「えっとね、一番最初にエミカと一緒にご挨拶に来てくださったときはものすごく険しい顔で、目を合わせにくくてエミカとばかり話していたの。──で、その次に会ったのが今日のパーティのお誘いにこられたときで、そのときはなんていうか全然感情が読めなくて、怒ってるわけじゃないけどニコリともしない。淡々としてて、まるでキレイなお人形みたいだったわ。『他のご友人たちにも声をかけてみて欲しい』って頼まれて、『エミカのためだもの、任せておいて下さい』って言ったらその時だけ少し表情が動いて、『くれぐれもエミカには内緒で』って頭を下げられたのよ」

「そんな話聞いてないわよ?」

「言わなかったもの。最初と印象が違いすぎて幻か目の錯覚かと思ったから……。でも、三度目にお会いして『全員出席です』って返事したときもそんな感じだったし、それならこれが普段のご主人なのかしらとも思ったのだけど、今日のご主人はまた全然違ってて、もう今度こそ自分の目を疑ったわ」

「ちょっと待って、こんがらがってきたわ」

ダイアナは眉間を押さえ、確認するようにゆっくりと口にする。

「──最初の挨拶のときはエミカと一緒にご主人もいて、怖かった……のよね?」

頷くリンダ。

「次もエミカと一緒にいて、みんなうっとりしてた?」

スージーも頷いた。

「その次はエミカがいなくて怖くて……」

ミリアムとカレンとスージーが顔を見合わせ、コクコクと首を振る。

「そのあとリンダが会ったときは、二回ともエミカはいなくて無表情だった、……と」


「そして今日……なのね」

「てっきりエミカの存在が鍵だと思ったのに。どうしましょう、まったくつかめないわ。優しいのか怖いのか」

困ったように顔を顰めるダイアナ。


「やっぱり気分屋なのじゃない?」

「二重人格……」

「普段は優しいけど、怒ると怖いタイプ」

「普段は怖いけどタマに優しいタイプ?」

「普段は感情の起伏が少ないけど怒ると怖くて気まぐれに優しくなる……とか?」


「データよ! データが少なすぎるのよ。これだけじゃ判断できないわ」

唸るダイアナに、「 これは全員で見張るべき案件よ!」とカレンが声を張り上げる。「最優先事項よ! ご主人が本当にエミカを大切にしているのかどうか、ちゃんと確認しなくちゃいけないわ」

「……それ、絶対私情が入ってるわね」

「なにしろ見た目王子さまだものね」

「明らかに目の保養も兼ねてるわよね」

「だけどエミカのためにも、気を配るのは悪いことじゃないと思うわ」


「ともあれ、私たちって、エミカの話をあまりちゃんと聞いてあげていなかったと思うの」

「そんなつもりはなかったのだけど、こうしてみると、エミカの話のご主人と私たちが思ってたご主人像って違いすぎるものね。私たち、反省しないといけないわ」

「ただでさえ遠くから越してきたんだもの。色々と習慣も違うだろうし、いくらご主人がいらっしゃるとはいえ、きっと心細いこともあると思うのよ。私たち、もっと彼女の話を聞いて、困ったことがあるなら親身に相談にのるべきだったわ」

「そういえばエミカったら、最初ゴミの処理の仕方も知らなかったのよ。今までどうしてたの? って訊いたら、ご主人が庭に穴を掘って埋めてたのですって。それはここに来る前の町に住んでいた頃の習慣だそうだけど」

「ご主人、あんな優雅な物腰なのに穴を掘ったりするの?」

「意外とワイルド系?」


穴はもちろん、魔法で掘られていた。



「どうやって掘っていたかまでは聞かなかったけど、そのとき『エミカの故郷ではどんなふうにしてたの?』って訊いたら、うまく説明できないって片言で言われたのだったわ」

リンダは楽しそうに口元を綻ばせる。

「あ、分かる。エミカってたまに片言になるわよね」

「あんなに言葉が流暢なのに、ものすごく不自然な片言にね」

「エミカの故郷ってよっぽど変わった風習や行事が多いんだと思うの。この国の言葉でうまく説明できないってことは、その国独自のやり方だってことでしょ」

「片言になるのって大概故郷の話になったときだものね」

「そんなに何もかも違う遠くの国から来たのなら、きっと苦労したんじゃないかしらね」

「偉いわよねぇ。まだ若いのに」

「あら、エミカの歳を知ってるの?」

「ううん、知らないけど絶対私たちより歳下でしょう?」

「前に聞いたことがあるんだけど、なんだか計算が難しくてここで何歳に当たるのかよく分からないのだそうよ」

「年齢を計算? それってどういうこと?」

「遠い国の生まれだから、暦が違うらしいの」

「ああ、なるほどね。それで以前私が年齢の話を持ち出したときも片言になって言葉を濁してたのね。多分同じくらい、って言われたから『そんなことないわよ、絶対エミカの方が若いでしょう』って返したら、なんだか微妙な表情になってたわ」

「歳上ってことはないわよ。どうみたって二十代前半でしょう? まさか十代ってことはないでしょうけど」

「私たちはもう全員二十六歳になったものね。絶対私たちの方が歳上だわ」

二十六歳という時点で全員明らかにエミカより歳下である。


「ゴミの処理以外にも手紙の出し方を知らなかったりとか、どんな品物をどこで売ってるのかとか、国の制度や慣習も今一つ分かってないみたいだし。思いついたことは片っ端から教えたつもりだけど、まだまだ他にもありそうよ」


「エミカってああ見えて色んなことを知ってるし、計算ができたり発想力もすごいのに、誰でも知ってるようなことがポンと抜けてたりするのよね」

「そうなのよ。この国なら子供でも知ってるようなことを知らなかったりね」

「浮世離れしてるっていうか、そういうところが可愛いって言ったら怒られるかもしれないけど」

「気がかりで目が離せない、放っておけないって部分、確かにあるわね」

「ご主人もきっとそんなところが可愛く思えるのじゃないかしら」

「どうしましょう、なんだか急に心配になってきたわ。今まではご主人のことばかり気にしてたけど、それとは全然違う意味で。なんていうか、危なっかしい妹をみてるみたいな……?」


「……いもう…と」


「妹、ね」

「妹……、ふふ」

「いいわね、妹……」

兄や姉、弟はいても妹はいない五人である。


「──確かに、ご主人がエミカをどうこうするかもっていうのに関しては、もう気にしなくてもいいのじゃない?」

「今日のあの様子をみればね」

そうね、と頷く一同にカレンが反対する。

「いいえ! 油断は禁物よ。さりげなく目配りするべきだわ、絶対に!」

「うんうん、目の保養だものね」

「あら、それだけじゃないわよ。万が一ってこともあるでしょ」

ムキになって言いつのるカレンに、「やっぱり目の保養も入ってるんじゃない」とスージーがクスクス笑う。

「目の保養はちょっとだけだもの」と目を逸らすカレンの手には、まだしっかりと『麗しの王太子殿下』の肖像画が握られていた。



そのとき、玄関の方からカチャリとドアの開く音が聞こえ、カレンがギョッと目を剥いた。

「大変っ! 帰ってきちゃったわ」

(あら、カレンのご主人だわ)

(もうそんな時間? 気づかなかったわ)

口々に囁き交わしつつ慌てて窓の外を見ると、もう薄暗い。

そうしてみんなはようやく、思いのほか時間が過ぎていたことに気づいた。

「これ隠しておいてっ」と『麗しの王太子殿下』の肖像画をスージーに押しつけたカレンは、慌てて玄関に走っていった。


「ああ、うん。なるほどね、ご主人には内緒なのね」

「そういえばご主人、ヤキモチ焼きって話だったものね。八百屋のご主人相手にちょっと立ち話してたのを見られたときは拗ねて拗ねて大変だったって、前に言ってたじゃない」

「それで肖像画を隠してたのね。あのときは主にエミカが愚痴の相手をしてたんじゃなかったかしら」

「愚痴っていうより惚気てたような気もするけど」

「ねえ、そろそろおいとましましょうよ」

腰を浮かせたリンダの言葉に、スージーは自分の手提げバックの中に肖像画を押し込み、立ち上がった。

「とりあえず持って帰るわ。どこに隠していいか分からないし」

「それがいいわね。迂闊なところに隠して、見つかったら揉める元だものね」


小声で話しながら居間のドアを開け、廊下の先の二人に声をかける。

玄関先に突っ立ったまま、カレンから披露パーティの様子を大興奮で報告され苦笑しているご主人は、誰もが振り返るというほどではないけれど、そこそこ整った、穏やかさが風貌に表れた人物だ。

彼は今日もカレンと二人で門のところまで出てきて、辞去の挨拶をする彼女たちをニコニコと見送ってくれた。



数分歩いた四つ角の片隅で、四人は足を止める。

「あんなに落ち着いて見えるのに、ヤキモチ焼いて拗ねてるところなんて想像つかないわね」

「ご夫婦のことなんて、当事者でなきゃ分からないってことね。見た目で判断しちゃダメなんだわ」

「それってきっとエミカのところもなのよ。本人が大丈夫って言うんですもの。きっと大丈夫よ、ご主人に関しては」

「ご主人以外のことは? エミカって、なんだか危なっかしくて今一つ不安だわ。わけも分からないまま何かの揉めごとに巻き込まれたりしないかしら」

憂いたようにため息をつくリンダに、ダイアナはカラリと言う。

「あら、エミカだって子供じゃないのよ? ご主人のことが問題ないなら、そこまで心配する必要もないのじゃない?」

「そうなのだけど……」

「リンダは心配性だものね。でもあんまりお節介を焼いて立ち入りすぎるのもよくないと思うのよ」

ダイアナは三人を見回した。

「──私たちにできるのは、エミカの良き理解者でいることじゃないかしら」

「良き理解者?」

「詮索しない、立ち入らない。だけど、彼女が困っているときや悩んでいるときには相談に乗ってあげる、ってことよ」

「そんなことできるかしら?」

リンダはやはり不安そうだ。ダイアナはリンダを励ますようにその目を覗き込む。

「これまでは、正直できていたとは言い難いわ。ご主人に対する先入観が強すぎて、彼女の話をちゃんと聞けていなかったと思うし。でも、そこに気がついたんですもの! これからはみんなで精一杯あの子をサポートしていきましょうよ。なにしろ、い……妹、みたいなものなんだから」


「妹……」

リンダの顔が少し綻んだ。


「妹、ね」

スージーもうっとりと微笑む。


「そうよ、妹みたいなものですものね。遠くから慣れない異国に来て、またさらに慣れないこの土地に越してきたのよ、彼女は。きっと心細いに違いないわ。みんなで力になってあげましょう」

顔を輝かせ、声高らかに宣言するミリアムにダイアナが、「あくまで押しつけがましくならない程度にね」と釘を刺す。

「今の話、明日カレンにも伝えておくわね。コレを返しに行くついでに」、とスージーは『麗しの王太子殿下』の肖像画が入った手提げバックをポンポンと叩いた。


「さあ、急いで帰りましょ。夕食の準備もしないといけないし」

「お料理もすごく美味しかったわよね。早く帰ってダンナに自慢しなくちゃ」

「ダンナもだけど、私は両親に自慢するわ」

「あのお料理、宿に泊まらなくても予約すれば食堂で食べられるんですってよ」

「そんなのいつの間に聞いてたの?」

小声で囁き交わしながら歩き出す。




日が暮れて少し風がでてきた街かどを歩きながら、スージーが呟いた。

「──それにしても妹……、いい響きよね」

「この年になって妹ができるなんて思わなかったわ」

「妹のいる人がずっと羨ましかったのよね」

「すっごく分かるわ」

うっとりする彼女たち。そしてこの場にいないカレンもきっと思いは同じだ。


エミカが歳下だと信じて疑っていない五人に真実が明かされる日がくるのかどうか──は、誰も知らない。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ