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すきま風の季節<4>

本日2話投稿してます。


「今までクローが私にいろんな服やなんかを買ってきてくれるたびに、私ってものすごく態度悪かったよね。こんなにいらない! とか、また買ってきたの? とかさ。嬉しそうな顔して受け取ったことって、あんまりなかった気がする」


そう、心底嬉しかったのは最初の数回。そのあとは、え? また服!? って内心思うようになり、段々それが態度に出るようになり、クローゼットが埋まる頃にはとうとう『もう買って来なくていい』とまで言い放つようになってしまった。

そこまで言われても買ってくるクローもどうか……と思わないでもないが、なによりも私の態度が傲慢に過ぎる。

たとえ、今やクローゼットからはみ出した衣類が、箱に詰められ積み上げられた状況だとしてもだ。


うっかり喜んだ顔を見せて、それでクローがまた勇んで買ってきてしまっては堪らない、と渋い対応を取り続けていた自覚はあった。それでもクローはたいして気にした素振りもなく、相変わらず『エミカに似合いそう』の一言で色々なものを買ってくる。

だけど、これまでワンシーズンに精々二~三着、何も買わずに過ごした季節だって普通にあった私が、いきなりこんな衣装持ちになって戸惑わずにいられようか。こちらの世界に戻ってきてからの十カ月そこらで増えた私の服は、前の世界で実家を飛び出してから何年もかけて買った衣類の枚数を遥かに凌駕しているのだ。


このまま増え続けたらどうなるのか……と危機感を覚えてのあの塩対応だったのだけど、でもやっぱり……、きっと私は間違っていたんだろうと思う。

ウェディングドレスをプレゼントされて、本当に久しぶりに素直な気持ちでお礼を口にした。

その時のクローの顔といったら……。

あんな言葉一つでクローをこんなに幸せにしてあげられるなんて。

愕然とした。


服で家が埋まる?

それがどうした! 土地なら腐るほどある。増築したっていいし、家の隣に物置ならぬ衣装小屋を置いてもいい。

一部屋潰して丸々ウォークインクローゼットにしたって構わない。

クローが家計を圧迫するほど散財してるならともかく、ほかになんの贅沢もしないクローの唯一の道楽が私の衣装だというのなら、喜んで着せ替え人形になってやろうではないか!



──これが三日前に、私がクローの(私限定の)衣装道楽を容認しようと決意するに至ったアレコレなのだった。

但し、だからといって『好きな服を好きなだけ買ってくればいいよ』なんてのは有り得ない。まったく着ない衣装が増え続けるのは心が痛むからだ。

私としては、できることならばちゃんと話し合うことで妥協点を見つけたい、と思っているのである。


でも、何よりもまず、今までの態度の悪さを心の底から謝りたかった。

「せっかくクローが私のために、って。私を想ってくれてた気持ちをずっと無下にし続けてた。酷い態度だったと思う。本当にごめんなさい」

そう言って頭を下げる私に、黙って聞いてくれていたクローは驚いた様子を見せる。

「エミカ……。そんなこと、ずっと気にしてたの? 態度が悪いって……そんなの僕がいらないものを押しつけてたんだから」

クローはソファーの上に転がされた小さな袋に一瞬視線を投げ、苦笑した。


クラウスに押しつけられてたアレ、確かにいらないって言ってたな。

同じようにチラッと視線を投げた私は、次の瞬間腕を引かれ、瞬く間にクローの腕の中に収まっていた。

「どうしてエミカが謝るの? エミカがいらないっていうものを買い続けてたのは僕なのに?」

「それでも、誰かが私のためにって心を込めて選んでくれたものを、そんなふうに嫌な態度で返すのは間違ってると思う。少なくとも相手にそれを直接ぶつける必要はないよ」


いらないものをプレゼントされても、相手が一生懸命選んでくれたのなら、受け取った時は笑顔でお礼を言えばいいんじゃないかと思うのだ。

そのあとで、しまい込むとか誰かにあげるとか、我慢して使うとか、処分を考えればいい。

それを思えば、私がクローに取り続けた態度はやはり甘えであり、傲慢以外の何ものでもなかった。


「そうか……」

私を抱きしめたまま、クローはまたソファーの上に視線を流した。

「僕もクラウスに、お礼くらい言うべきだったのかな。アレはいらないけど」

私もソファーの上を見た。

「ずいぶんいらないって言い張るね。アレっていったいなんだったの? せっかくクラウスがクローに、って持ってきてくれたんでしょ? なんだか知らないけどクローがいらないなら私がもらおうか? それで今度クラウスに会った時に、二人でお礼を言えばいいんじゃない?」


なにげない私の言葉にクローは目を剥いた。

「えっ? エミカが!?」

そのあまりの反応に私もびっくりする。

「何!? クローでないとダメなものだった? 言ってみただけなの、ごめんっ!」

「いや、エミカでももちろん使えるけど……。でも、女性が飲んだ場合は効能が……」

いつになく逡巡するクローの様子が怪しい。


飲む?

効能?

それって薬の類い?

もしかして、私はまたも落とし穴に足を突っ込みかけているのか?


もはや嫌な予感しかしなくなり、重ねて辞退しようとしたけど時既に遅かった。

何かを決意したように目を煌めかせたクローは私を抱きかかえ、ソファーの上の小袋を掴み取る。そうして誠心誠意心を込めた謝罪もどこかへいったまま、声をあげる間もなく寝室に拉致られてしまったのだった。




この世界には、なんと『女性をその気にさせる薬』なんてものが存在するらしい。


小袋の中に一本だけ入っていた茶色い小瓶。

それはいわゆる勃たない男性を救済する効果があるとして有名かつ絶大な人気を誇る薬なのだそうで、さらに一般にはあまり知られていないが、女性がそれを飲むと『その気になる』成分が含まれているという。

ベッドに座らせた私に向かって、クローはそう説明した。


うん。そういえばクラウスはクローが勃たないって誤解してたんだっけね。

そんなことすっかり忘れてたよ。覚えてたとしても、こんなパーティー会場では話題に出せるはずもないけどな。


それにしても、『その気にさせる薬』なぁ。

そういうのってどうにも胡散臭さは否めない。

せいぜいプラシーボ効果的なものじゃないの? 飲んだんだからその気になるはず、って自己暗示程度の。

副作用も常習性もないっていうのが、それを裏付けてる気がする。


……で、それならちょっと試してみるくらいいいかな、──って思ったわけだ。

ほかの誰かに見られるわけでもないし。

そこはかとなく期待してるっぽい表情のクローが可愛くて、せっかくだし諸々のお詫びも兼ねて、そんなことでクローが喜ぶのならば、とそう思ってしまった。


『その気にさせる薬』、……ナメてました。




クローからの口移しで飲んだその薬はまったりと甘く、すぐに身体の内側から熱くなってきた。

折角のウェディングドレスをしわくちゃにするまいと必死に保っていた理性は、身体に触れる布の感触がなくなると同時にどこかへ行った。

そしてすっかり|その気になってしまった《・・・・・・・・・・・》私は、これまでに体験したこともない、想像したこともないような時間をクローと過ごし、ふと気づくとパーティが終わってからすでに丸一日が過ぎていたのである。


それにしても、大人の階段ってのはいったい何処まで続いているのかな。

私には未だ果てが見えないよ……。

あと私は、『墓穴を掘る』という言葉の意味について、勉強し直す必要があるのかもしれません。



ともかく今回の件について、目覚めた私はシラを切り通すことを決意した。


そう。私は薬を飲んだあと、ドレスを脱いだ辺りからの記憶がない。ないったらないのだ。

実際朦朧としていたときや記憶が途切れているときもあったし、それは恐らく意識が飛んでたりとか、寝落ちてたりしたんだと思う。時間を考えれば不眠不休でなんて有り得ないから。

でもね、それ以外はそれなりに覚えているんだよ。あの恥ずか死ねるレベルのアレコレを。

あまりにもその気になりすぎた私の超積極的な態度にもクローはドン引くことなく、むしろ張り切ってくれたのだけが救いだけど、だからってこのままじゃ私が恥ずかしくてまともにクローの顔を見られないのだ。

故に抹消。記憶から葬り去る。

爽やかとはいいがたい目覚めのあと、クローのつむじを呆然と眺めながら、瞬時に頭の中でそんな思考が駆け巡った。

そして身じろぐ私につられたように目を覚ましたクローに向かって、すぐさまその場で実行したのである。



目覚めたクローはベッドに横になったまま私を抱きしめ、何も覚えていないとしらばっくれる私を大変複雑かつ微妙な表情で見た。

「全然? 覚えてないの?」

「うん。ドレスを脱いだ辺りからきれいさっぱりと」

「──きれいさっぱり? 全く?」

「うん、そうなんだよ。影も形もなく」

「……ふうん、そうなんだ」


クローの追及はとてもゆるかった。

まさかこれだけで納得してもらえるとは思ってなかったから、ボロが出なくてよかったとホッとする。

ひと安心してふと気づくと窓の外が薄暗くて、サイドテーブルに置かれた軽食の残骸や、カットフルーツが乗っていたとおぼしき皿、水差しなんかが目についた。そういえば、最中に食べさせてもらってたっけか。

身体も怠くて起きられる気がしないし、昨日のパーティが終わってから本当に一日たっちゃってるんだと実感した。

クローが「今夜もここに泊まる手配をしてる」と言ってくれたのでありがたくお言葉に甘えることにして、食事も彼が部屋まで運ぶように頼んでくれたから、結局部屋から一歩も出ないまま二日間が過ぎていったのだった。



パーティーの翌々日、ようやく顔を見せた私に宿の人たちはみんな優しかった。

「もう体調はいいんですか?」とか口々に声をかけてくれて、どうやら私は疲れが溜まってて体調不良で寝込んでいたことになっているらしい。

いつのまにそんな根回しがなされていたのか。道理で昨夜運ばれてきた食事は柔らかくて消化の良さそうなものが多いと思った。


それにしてもアンナコトやソンナコトをしてただなんて、気づかれてなくて本当によかったよ。もちろんクローのことだから、気づかれるような要素の全てを遮断した上で、一切の痕跡を残さない、なんてことも抜かりなくやってただろうけどさ。



宿を出るときには女将さんから、特別室をパーティーに使ってどうだったか、と感想を求められた。

部屋の内装は当然ながら、料理も美味しかったし量も満足。空いた皿を片づけたり新しい料理を出すタイミングもバッチリだった。

「みんな大喜びで帰りましたよ」とニコニコして告げると、女将さんはホッとしたように笑い、深々と頭を下げてくれたのが印象的だった。


帰る道中で馬車に揺られながら訊いてみると、あの宿のあの特別室は大変由緒のある部屋なのらしい。なんでも今の国王陛下ご夫妻がまだ王太子様と王太子妃様だった頃に、視察と言う名目でここサザナンに逗留された折り、あの特別室に宿泊されたのだとか。

そういった場合、本来なら領主様のお邸に滞在されるものだそうなんだけど、ちょうどそのとき領主様のお邸で不幸があり、気を遣われた王太子様が民間の宿での宿泊を指示されたのだそうだ。

「当時の王太子殿下ご夫妻の警備のために、急遽宿を丸ごと貸しきりにされたことでとても有名になった。そのとき宿泊していた客や予約の客が全員、宿泊費は王室持ちでほかの宿に振り分けられたんだ。そのあと、王太子殿下ご夫妻が宿泊された部屋に泊まりたいって人が押し寄せて、あの部屋に泊まるのがブームになった時期もあったそうだよ」


お披露目パーティーの帰り際、みんなが言ってたのはそのことだったのか。

「そんな由緒正しい立派な部屋で、私たちのパーティーなんてしちゃってよかったの?」

若干怯えながら言うと、クローは破顔した。

「ブームになったのは、ずっと前の話。今はそんなに予約も入らなくなって、女将さんも困ってるくらい。かといって、当時のまま残してるのがウリのあの部屋を改装するわけにもいかないし、そんな部屋を値下げして貸すのもどうか、って感じで正直もて余してるんだと思う」

「それであの部屋でパーティーをしようと思ったんだ?」

「普通は自宅でするかレストランなんかを貸しきりにしてするみたいだけど、家だとエミカが大変でしょ。内緒にして驚かせたかったっていうのもあるし、レストラン一軒借りるにしても人数が少ないとガラガラで寂しいからね。それなら同じくらいの値段で済むのなら、あの部屋を使えばどうかと思った」

「大成功だったもんね!」

嬉しくなった私が笑うと、「エミカがそう思ってくれたなら大成功」とクローも笑ったのだった。



そして三日ぶりに家に帰った私たちは、開けたクローゼットの前で話し合う。

この、クローが選んできた大量の洋服たちはどれも可愛かったりオシャレだったりで、少なくとも見た目で気に入らない服なんてのはない。なのになぜお気に入りの服とそうでない服があるのか、という問題だ。

クローは服を買うとき、ちゃんとサイズを見てきてくれる。でも、縫製の問題とかデザインの関係とかで、手を上にあげると突っ張ったり、首回りが苦しかったり、動きにくい服がずいぶんあるのだ。

買ってもらった服は礼儀上必ず一~二度は袖を通すことにしてるけど、その時着づらかった服はどうしても避けがちになってしまう。気づけば動きやすい同じ服にばかり手が延びていた、というのがお気に入りの服の真相だった。

「だから、クローが買いたいって思った服があったら、まず私に試着させて欲しいの。一緒にいるときならその場で着るし、クローが一人で出かけてたときなら、また二人で出直せばいいでしょ? それで動きやすかったら遠慮せずに買ってもらうから」

「何着買ってもいいの?」

「ドンとこいっ! だよ」


そんなわけでクローの同意を取りつけた私は、数回しか着ていない服──つまり着づらい服をまとめてバザールに出すことにした。

バザールっていうのは元の世界でいうフリマみたいなもので、月に一度中央広場で開かれているなんでもありの市場だ。場所代を払って申し込み、割り当てられた場所に当日の朝荷物を運び入れ、その日の夕方には撤収する。この市場のことは、リンダたち若奥さんズに教えてもらった。

クローに買ってもらった服を売る、と言ったら「そんなことしちゃっていいの?」と心配されたけど、当日服を運んでくれるのはクローである。なんの問題もない。

そしてバザール当日、メインで服を売る人たちが集められた一画で、ほかのスペースの人たちがつけている値段を参考に売り始めた私たちの店にはそこそこの人が集まり、一人分としては多すぎた服の山はもちろん、ついでに持ってきた履くと足が痛くなる靴までもが全部、あっという間に売り切れてしまったのだった。



その後、約束通りクローが勝手に服を買ってくることはなくなり、その代わり「エミカ、可愛い服があったから一緒に見に行こう」と誘われることが増えた。

一緒に試着に行くと、クローのお勧めの服がイマイチだったりしても「じゃあこれは?」と別のを勧められたりして、結局何かしら買ってもらう羽目になっている。

以前よりスローペースではあるものの、バザールで売り払って一度はスッキリしたクローゼットが再び服で埋まる日は、そんなに遠くないかもしれない。


クラウスからの例の差し入れの小袋については、あれから何度かクラウスに会う機会はあったものの、私はそのことに一切触れていない。少なくとも私がお礼を言う必要はないと思う。

クローがどうしたかも聞いていない。でも、後日カラになった瓶を睨んで苦悩してたから、男同士の何かがあるんだろう……と見なかったフリを決めこむことにした。

私はなんにも覚えてない(・・・・・・・・・)んだから、かかわらないのが一番だよ。



そして、あの宿の特別室を使って少人数のパーティーを開くのが世間で大流行の兆しを見せている、……とご近所で噂を聞いたのは、それから間もなくの話である。

最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!


この4話分に関してはもう、やっちまった……、って気しかしません。


私はいったい何処へ行こうとしているのでしょうか(遠い目)

でも書きたいから書いたのだし、後悔は……多分ない。


そして出来ますれば、皆様も楽しんで下さったなら嬉しいのですが。

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