すきま風の季節<3>
いつも読みにきて下さり、ありがとうございます。
結局あと1話で終わらず、2話続けて投稿します。
ここまで読んで下さった皆さまなら、もう注意書き……いらないですよね?ね?
私が着ているマーメイドラインのドレスは、今までこちらの世界にはなかったデザインらしく、女性陣の大絶賛を浴びていた。
シンプルなオフショルダーで、生地は光沢のある白。デコルテはでしゃばらない繊細なレースで縁取られ、大きくカットされた背中も同様のレースと透け感のある生地で覆われていて、背中が丸見えでないのがとてもありがたい。
上半身から膝の辺りまでは斜めにとったドレープ以外の飾りはないんだけど、その分生地の光沢が高級感を漂わせてデザインを引き立たせている。
膝から下は緩やかに優雅な広がりを見せ、後ろ側には何枚ものレースがふんだんに重ねられてささやかながら裾を引き、可憐かつ華やかなドレスに仕上げられていた。
あの写真からじゃ分からなかった部分は仕立てやの店長さんと相談して、こちらふうなデザインも取り入れ決めてくれたのだそうだ。
そして肘の上までのグローブは白で、足元も同じく白のハイヒール。ティアラ代わりに頭に載せているのは可愛い花冠である。
今回初めて知ったけど、こちらの世界では宝石類は厳密に貴族以上のものと決まっていて、庶民の手には入らないものなのらしい。
クローの胸のペンダントはシンプルなデザインだけど、田舎町で流行っていたような派手なタイプのペンダントについていた石は、精巧な模造品なのだそうだ。確かに宝石にしてはお値段が安かった気がするもんな。それでも私には手が出せない金額だったけどな。
あのとき写真をみたクローが私の両親を貴族だと思ったのは、お母さんのドレスだけじゃなくて、ティアラに散りばめられたいくつものダイヤモンドにも理由があったのかもしれない。
「同じにできなくてごめん」ってクローは謝ってくれたけど、もしかして本当は、私のお母さんのと全く一緒のドレスを作りたかった?
それとも特別な日の衣装のデザインはこの一種類だけ、と思ったんだろうか?
でもね。
むしろ私は、あのたった一枚の写真から、この世界にないデザインのドレスをここまで再現できたことがすごいと思ったよ。
それに、もしこのドレスがお母さんのものと全然違ってたとしても、そんなことは関係ない。私にとっては、クローがプレゼントしてくれたこのドレスこそが、世界にたった一つの私だけの宝物なんだ。
このドレスを試着した日、そのまま仕立てやさんから持って帰り、シワにならないように吊るしながらクローにそう伝えたら、クローは大きく目を見開き、それからゆっくりと顔を綻ばせた。それはとても甘やかで、幸せそうな表情だった。
あれから私はずっと考えている。クローに謝らなくちゃいけない、って……。
なかなか機会がなくて勇気も出ないままだったけど。
そう。このパーティーが済んだらその時こそ……。
「こんなドレス初めて見たわ。なんて素敵なのっ!」
「そのドレスすっごく大人っぽいラインなのに可愛い!」
「こんなドレスを着こなせるなんて羨ましいわ!」等々。
本日の私は、まるで一生分の誉め言葉をいただいている気分だ。
ご近所のお友だち──若奥さんズからは称賛の嵐を浴び、中でも最近結婚したばかりの二人からは、「私もこんなのを着てお披露目したかったっ!」とのお言葉が一緒についてきた。
そこへ今日はフェミニンなマキシワンピースに身を包んだアミーさんが、キラキラ目で「私もつくろうかな」とか言いながらレースを摘まんだりするもんだから、「ご予定があるの!?」とたちまち色めき立つ若奥さんズ。
けどアミーさんは、「全く! でも、つくったら相手探さなきゃって気になるかもしれないし」と笑ってみんなをがっかりさせてくださった。
アミーさんにはあまり結婚願望がないのかもしれない。
そんなこんなで女性陣からの誉め言葉は概ねドレス絡みではあったけど、きれいにお化粧してもらってドレスアップした私も我ながら、いつもと違って少しは見られるんじゃね? って思ってたから、うっとりした目で誉めてもらうのはやっぱり嬉しかった。
でもニコニコする私にクラウスは、「黙ってそうしてりゃあ、お嬢様かお姫様みたいなのにな」などと残念そうに言ってのける。
もちろんにこやかに足を踏んで差し上げましたとも。
私は優しいから踵じゃなくつま先の部分で、グリグリとな。
そして私の横で礼服に身を包み、髪を後ろへ撫でつけたクローの見惚れんばかりの凛々しさといったらどうだろう。
こんな人が私の旦那様で、こんなにも私に愛情を向けてくれているなんて信じられるだろうか。
もしかしたら夢かもしれない、と心配になってジッとクローを見つめると、いつもの如くすぐに気づいて微笑みかけてくれる。と思ったら長身を屈め、耳元で囁いてきた。
(どうしよう。エミカが綺麗過ぎて、このまま隣の部屋にさらっていきたい)
隣の部屋は寝室だ。
誰にも聞こえないように顔を近づけ、殊更小さく耳元で囁かれた言葉の意味が分からないはずがない。あっという間に頬を赤く染めた私を見て、クローはクスクスと笑った。
私で遊ぶのはやめていただきたいです。
だけど、そんなふうに柔らかく笑うクローを見た若奥さんズは、一様に目を丸くしていた。
なぜなら彼女たちの持つクローの印象は相変わらず、仏頂面のちょっと……かなり怖そうな人、でしかないからだ。
こちらの世界で唯一女子トークを楽しめる場、そして情報収集の場として私も参加している月に一度の彼女たちのお茶会では、様々な話題で盛り上がる。
全員が顔を揃えるのが基本その時だけなので近況報告から始まるのは定番だけど、そのあとはご近所の噂話だったり新しい店がオープンした話だったり、流行りのダイエット法なんて時もあった。『小型家電』に関する話題も数カ月にわたって賑わせてくれた。
そしてそれぞれのご主人の、愚痴ともノロケともとれるような話題になることもよくある。
でも彼女たちはそんなとき、決して私にクローの話題を振ってきたりはしない。
どうやら彼女たちの間では、『エミカのご主人』は触れてはいけない人、になってしまったらしい。
クローってば、いったいどれだけ恐れられてるんだ。
確かに、以前クラウスと二人で街を歩いていたときのクローは凶悪なまでの仏頂面で、出くわした人に『怖そうな人だ』と思われたとしても仕方ないようなレベルだった。私だってこっそり覗き見てびっくりしたくらいだからね。
でも見知らぬ他人ならともかく、私の友人たちにまでクローのことを誤解されたくはないんだよ。
クラウスも言ってたけど、あれは多分無意識に不特定多数周囲を威嚇してそんな表情になってるだけで、決して怒ってるわけじゃないんだから。
実際彼はこの宿の女将さんの前だとか、お店の人と話すときなんかは、無表情に近いけど普通の顔つきで話している。
それでみんながご主人の話題をだすたびに、私も照れ照れしつつ積極的に参加し、クローがいかに優しいかというエピソードを脚色する必要なくお伝えして、あの不機嫌そうな顔についても、「そんなことないよ。あれは怒ってるわけじゃなくてさ、そう見えるだけなの」とさりげなくもハッキリと全力否定していたのだけど……、どうにも分かってもらえた気がしないままいつのまにか、若奥さんズの間ではクローは腫れ物扱いになってしまってたんだ。
一度インプットされた印象を覆すのがこんなに大変だなんて、正直思わなかったよ。
今回彼女たちにクローのことを相談しにくかったのは、みんながみんなそんな反応だったから……、というのもあった。
だから今、頬を染めポカンとしている彼女たちが、これを機にクローの評価を変えてくれたら嬉しいな、と思っているんだ。
ただし、本気にならない程々の辺りでな。
そして私にはもう一つ、引っかかっていることがある。
ドレスを気にして動きにくい私の代わりに料理を取りに行ってくれたクローを目で追いながら、隣でグラスを傾けるクラウスに尋ねた。
「あのさ、このパーティーのこと、いつから知ってたの?」
因みに私が聞いたのは昨日の夜である。
「ああ? クローが『予定を空けといてくれ』って言ってきたのは二~三週間くらい前じゃなかったか?」
クラウスが、さらにその隣でお皿に取り分けてきた料理をもきゅもきゅ食べているアミーさんに話しかけた。
「……ング、そうね、確かそれくらい。急にクローさんが工房に訪ねてきて、用事がそれだったからびっくりしたわ」
アミーさんは急いで口の中に頬張ったものを飲み込み、答える。
クラウスが呆れた口調で「喉につめるぞ」ってグラスを渡してたけど、私はそれどころじゃなかった。
「ちょっと待とうかクラウス……。それじゃこの前、私が店に行った時には当然もう知ってたんだよね?」
「お前には内緒で、って言われてたからな。……だからクローはお前にベタ惚れで、別れるなんて言うはずがない、って言ったろ」と、ドヤ顔のクラウス。
でもこっちは恥ずかしくてたまらんわ。
私は真剣に悩み相談してるつもりだったのに、クラウスにしてみたら只のノロケじゃん。
あのときクラウスがやけに投げやりな態度だった理由が解って、六日前の自分を地面に埋めてやりたくなった。
そして「なんの話?」と無邪気な視線を向けてくるアミーさん。ごめんなさい、言いたくありません。お詫びにクラウスに、アミーさんのためにケーキを取ってくるよう申しつけて差し上げた。
そうして、やがてパーティーもお開きの時間になる。
クラウスが「一言挨拶しとくか?」と笑いながらクローに言うと、クローは顔を顰めてみせた。
クラウスのやつ、絶対クローが嫌がるの解ってて言ったよ。
でも私も、せっかく集まってくれたみんなにコレはない……と思ったので、慌ててクローの服の袖を引っ張った。
それで渋々前を向いたクローが、「今日はエミカのために集まっていただき……」から始まり「今後ともエミカをよろしくお願いします」までの、ひたすら私のことだけに終始した挨拶を述べ頭を下げたので、今度はアミーさんが「エミカさんだけでいいの?」って野次をとばす。
そしたらクローは、「むしろ僕のことは放っといて欲しい」と本音を窺わせる顔と声で呟き、みんなを苦笑させたのだった。
そんな一幕も終わり、帰っていくみんなと一言二言交わしながら、ドアのところで見送った。
若奥さんズは「ここって絶対あの部屋よね」「憧れのこの部屋でのパーティーに参加したなんて、当分みんなに自慢できるわぁ」と、嬉しそうに帰っていく。
あの部屋? 憧れの……?
ハテナマークを飛ばす私にアミーさんが手を振って「今日はありがとう、またね!」と出ていき、最後に残ったクラウスがクローに何かを手渡した……というより押しつけて帰っていった。
その小さな袋の中を覗き見たクローは、困惑の表情でそれを袋ごと部屋の隅のソファーに放りだした。
そしてクローが部屋に視線を投げると、乗せられた食器もそのままにテーブルたちがスルスルと移動し、勝手に廊下へ出て整然と並んでいく。
「こうしておけば、あとはここの従業員が片づけてくれる」
クローはそう言ってさらに部屋を見渡した。
移動させられていたソファーが本来の位置に戻り、寝室との境のドアが開いて、向こうに収納されていたローテーブルや小さな家具がフヨフヨと飛んでくる。
クリーンの魔法も使ったらしく、部屋の中が少し明るくなって空気もキレイになった気がした。
そこはあっという間に、以前私たちが泊まった時のままの部屋に戻っていた。
クルリと辺りを見回すと、移動してきたソファーにはクラウスがくれた小さな袋がさっきのまま転がっている。
「何がはいってたの?」と聞くと、クローは顔をしかめて「必要ないもの」と答えた。
「いらないものをくれたの?」
「うん、いらないね」
キョトンとする私の膝裏に手を回し抱き上げたクローは、そっと唇を寄せてきた。
「やっと僕だけのエミカに戻った」
その言い回しが可笑しくて、「いったい今まで誰のものだったの?」と笑いながら訊くと、クローは少し拗ねたふうに言った。
「さっきまで、僕にも滅多に見せてくれない顔で、ずっと笑ってた」
彼の、その言葉で思い出す。
そうだ、今こそクローに謝らなくちゃ……。
「エミカ?」
急に真顔になった私に、クローは訝しげに声をかけた。
「えっと……、そりゃあ嬉しいんだからニコニコするでしょ?」
そう言って笑った私に、クローは柔らかい笑みを向ける。
そこでポンポンと彼の胸を叩いて、降ろして? と訴えた。抱き上げられたままの謝罪なんて、締まらなさすぎる。
降ろしてもらった私は、不思議そうに私を見下ろすクローに精一杯の笑顔を向けた。
「まずは、ちゃんとお礼が言いたかったの。私のためにこんな素敵なお披露目パーティーを開いてくれてありがとう」
「そんなこと……。急いで籍だけ入れてしまったから、エミカには申しわけないとずっと思ってた」
「そうだったの!? 私は早く結婚できて嬉しかったよ? それにお披露目しようにも、あの頃のわたしは誰も知り合いなんていなかったじゃない」
そうなのだ。
当時の私が知り合いと言えたのはクラウスくらいで、彼にはすぐさま報告を済ませていた。他にお披露目をする相手などいるはずもなかった。
それがサザナンへ引っ越したあと、家の近くに住むリンダのところへ挨拶に行った時に意気投合し、彼女を介してどんどん友人が増えていく。
だけどそれと平行するように『小型家電』の開発が始まり、魔石の大量生産も始まって、私たちは急激に忙しくなっていったんだった。
「……でもそれも一段落したよね。そしたらエミカのお母さんのドレスを思い出した。どうせならその特別な衣装を着せてあげたくて仕立てやを訪ねたら、最初は作るのに三カ月はかかるって言われたんだけど……」
クローはなぜか遠い目をした。
「こんなドレスを作って欲しい、って説明したらあの仕立てや、猛然とデザイン画を描き始めたあげく、一カ月で仕上げるって言ってくれて」
マーメイドラインに随分感激してたから、そのデザインでスイッチが入ってしまったんだろうか。
「それに合わせてこの部屋を予約して、クラウスやみんなに都合をつけてもらった」
そんなふうに簡単に言うけど、クラウスやアミーさんはともかく、あの若奥さんズに声をかけるのはクローにはさぞかしハードルが高かっただろう。
多分クローが直接声をかけたのはリンダだけだと思うけど。
リンダもきっとびっくりしたんじゃないかな。
「うん。何もかもが嬉しかったんだけどね、クローの『私のために』っていうその気持ちが一番嬉しかったの。それでね……私、反省したんだよ。今までずっと酷いことしてた、ごめんなさいっ!」
「え!? 何が?」
キョトンとするクローは本気でなんの話か分からない様子だったけど、私はもう考えれば考えるほど申しわけなさでいっぱいだったのだ。
ここまで読んで頂いてありがとうございました!
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