すきま風の季節<2>
読みに来て頂いてありがとうございます。
そして私にとっては、またかよ…な話ですが延びました……。スミマセン。
次は終わる筈。ほぼ書き終わってるので、何とか今週中には投稿したいです。
注意点は前話の2・4がそのまま。(露骨な表現ありと、話が続いてしまうってやつです)
3は、今回クローが少し可哀想かも…。
またもや先に謝っておきます。
色々、申し訳ございません……。
「僕の何を相談したっていうの?」
呆然とそう問うたクローに、私は全てをぶちまけた。
最初目を丸くした彼はどんどん気まずげな表情になっていき、とうとう口元を手で覆い項垂れてしまった。
「そんなことまでクラウスに……、あいつがさっき、できないとかデリケートとか言ってたのはそれか……」
その余りにも打ちひしがれた様子に、私もなんだか申し訳ないことをしたような気になってくる。
「あのさ、クラウスに相談したのそんなに嫌だった? ごめんね? でもいくら仲よしでも、ご近所の友だちとかにそこまでぶっちゃけるのは流石にどうかと思って、そしたらほかに相談できる人なんていないし……。クラウスならクローの親友だからクローのことよく知ってると思ったのと、私も相談しやすかったからさ」
もう一度クローの目を覗き込んで「ごめんね」と謝ると、クローは何やら真剣な顔で私を見た。
「『親友』はともかくとして、そんな相談を一番しやすいのがクラウスだなんて、エミカにとってのクラウスっていったい何?」
「え!? クローもそんなことが気になるの? クラウスもやたら気にしてたけど」
「クラウスも?」
「うん、でもお母さんでもないしお姉ちゃんでもないしさ、最終的に『男心に詳しい女友達』って答えたら、なんか怒鳴られた。そりゃ、たとえが女の人ばっかりっていうのは悪かったと思うけど、なんでかな? どうしてもクラウスって異性って気がしなくて……。あんなにゴツいのに不思議だよね」
私が首を傾げてそう言うと、クローは俯き嘆息した。
「クロー?」
「……あのね。エミカが同性の友達のつもりでいても、あいつはれっきとした男だからね。あんまり僕をやきもきさせないで」
私の額に自分のそれをコツンと合わせ、クローは少し顔をしかめて言う。
「でも、だってクラウスだよ? 何をやきもきするの? それに……」
そう、それにっ!
クローのその言葉で、私の中でここしばらくモヤモヤと悩み続けていたアレコレが爆発した。
「……やきもきってっ! そもそも私がクラウスのとこに相談しに行ったのは、クローが私をほったらかしにするからじゃないっ! 私には『ほったらかしにしないで』って言うくせに、なんでクローが私にそれをするのよっ!」
今まで平静を装ってた分、一旦堰を切って溢れだしたそれはもう、自分でも止められなくなってしまった。
「寂しくて泣いちゃうからほったらかしにするな、って最初に言い出したのはクローでしょ! だったらクローだって、私に同じようにするべきじゃないの? もう釣り上げた魚だからほっといても大丈夫と思ってんの? それとも好きだと思ってたのが実は錯覚だったって気づいたってか? ふざけんなよっ! 別れたいんならぐだぐだやってないではっきりそう言えばいいじゃんっ!」
別れたいって本当に言われたら困るくせに、あふれでる自分の言葉もコントロールできない。涙目で叫びながら内心どうしようどうしようと狼狽える私は、その時漸くクローの様子がおかしいことに気がついた。
「錯覚……!? 別れる?」
私の言葉に、クローは目に見えて動揺している。
「えっと……違うの?」
クローのあまりの動転っぷりに、かえってこっちが冷静になった。
さっきまでの怒りや焦りもどこへやらマジマジとその顔を窺い見ると、クローは渾身の力で私を抱き寄せる。
グゥ……と変な声をあげる私をギュウギュウと抱きしめ、彼は言った。
「別れたいなんて、そんなこと思ったこともない! ごめんっ、エミカ別れないで! エミカ相手につまらない意地を張った僕が間違ってたっ!」
バシバシと背中を叩いたら少し弛んだので、その隙にどうにか言葉を絞りだす。
「……つまんない意地って、何?」
クローは私の肩に顔を埋めたまま、答えるべきか……、或いはどう答えようかと逡巡しているようだった。
辛抱強く待つ私に、やがて彼の小さな声が届く。
「……なんだかいつも、僕ばかりがっついてるみたいだから、たまにはエミカから誘ってくれたら嬉しいな、と思った」
──は!?
がっつくって?
誘うって……、誘う──っ!?
思ってもみなかった言葉に彼の腕の中で唖然とし、次に真っ赤になる。
これってそういう話だったの──っ!?
アワアワする私の耳元でクローの言葉は続いた。
「それでしばらくそういうのは無しにしてみようと思って……、でもエミカは全然平気そうな顔してるから、なんだか悔しくなって意地になってしまった」
平気そう……って言われても、そんな物欲しそうな顔できるわけないじゃんっ。
「そのうち隣にいるエミカに触れられないのが辛くて堪らなくなって、理由をつけて寝る時間をずらすようになって……」
「──それであんなに距離をあけて寝てたの?」
「気づいてたの? 朝もエミカより早く起きるようにしてたのに……」
目を見開くクローに、「気づかないわけないでしょ」と返すと彼はシュンと声のトーンを落とした。
「そんなにエミカを悩ませてるとは思わなかった。本当にごめん」
「あのさ、じゃあさ、最近よく目を逸らしたり、手を繋がなくなったのはなんだったの?」
もう一つ気になってたことをついでのように訊いた私に、クローが告げた答えは衝撃だった。
「……目が合ったら触れたくなるし、触れたらその先がしたくなる」
そんな言葉を密着したまま言うもんだから、只でさえのぼせた私の頭はもはや沸騰状態だ。それにさっきから私のお腹にあたるこの熱は、もしかしなくても……。
視線を落とし身じろいだ私にクローは苦笑する。
「クラウスがエミカに言ったのは勘違いもいいとこ。僕がエミカに勃たないなんてあり得ない」
クラウスの、あのわけのわからん忠告はそういう意味だったのか──っ!
セクハラか!? と一瞬思ったけど、よく考えなくても嫌がるクラウスにこの話を強制したのは私だった。ごめんクラウス、反省したからっ!
真っ赤になったまま硬直した私に気づいたクローは、腕を解きそっと身体を離した。
「少し頭冷やしてくる」
そう言いながら浴室のほうに向かいかけた彼の腕を、私は咄嗟に掴んでいた。
「待ってよ!」
クローと出会うまで浮いた噂一つなく過ごしてきた私は、恋愛に関する全てに於いて初心者だった。恋する気持ちも、誰かを幸せにしてあげたいって気持ちも、なにもかもクローが教えてくれたんだ。
ギョッとするクローに縋りつき、私は必死になって言葉を連ねた。
初心者だもの。クローが教えてくれなきゃ何もわからないんだよ。
クローが喜んでくれたら私も嬉しいんだから、どうしたらクローが喜ぶのかをちゃんと教えて欲しいの。私にできることならなんでもするから! クローに喜んでもらえるように頑張るから!
てなことを、彼の服を握りしめ辿々しく訴えた。
うん。私は必死だったんだよ。
私から離れようとしたクローの何かを堪えるような寂しげな表情を見てしまって、もう彼にこんな顔をさせたくない、と思ってしまったから。
だから必死で……必死過ぎて、またしてもやり過ぎてしまった感が半端ないです。
「もう本当に、エミカには敵わない」
そう言って少し困ったような微妙な表情を浮かべたクローが、優しく抱きしめてくれたのはそこまでで──。
その日私は、クローに手を引かれ登りきったつもりになっていた大人の階段には、まだまだ先があったのだ…と思い知らされた。クローが今までいかに手加減してくれてたのかも。
そして驚いたことに大人の階段には、まだもっともっと先もあるらしい。そっちはエミカがもう少し慣れてから、とクローはにっこり笑った。
私、本当に初心者だったのですね……。
大人の世界の奥深さに打ちのめされた私は、次の日一日ベッドから出られずクローにひたすら甘やかされて過ごした。
久しぶりにクローに甘えて甘えて過ごす時間は幸せではあったものの、自分から落とし穴に突進するパターンだけは卒業したい、と心底思ったのだった。
そしてその翌日。動けるようになった私はクローに連れられて、街なかのとあるお店に来ていた。
クラウスの店に行く途中にある、大きなショーウィンドウが目立つ店だ。
そこで店長さんが満面の笑みを浮かべ、店の奥から出してきたそれは……。
「ウェディング……ドレス!?」
真っ白の、繊細なレースをふんだんにあしらったマーメイドラインのそれは粉うことなきウェディングドレスで、しかもこのデザインは……。
言葉もない私にクローは言った。
「昨日、出来上がったって連絡が来てたんだ。前に見せてもらったでしょ? エミカのお母さんがドレスを着ている姿。結婚する時に着る特別な衣装だ、ってあの時言っていたから、一年が過ぎる前にどうしてもエミカに着て欲しかった」
あれはまだ田舎町に住んでいて、サザナンに引っ越しを決めた頃のこと。
向こうの世界から持ち込んだバッグに入れていた、私の大事なものの一つがその一枚の写真だった。
私の母は、再婚のときには「もう年齢も年齢だし、子供もいるからね」と入籍だけで済ませたらしい。だけど、最初の私の本当の父と結婚したときはちゃんと結婚式を挙げていた。
記念写真とかは再婚を切っ掛けに処分したと聞いていたけど、その一枚だけはこっそりと隠し持っていたのだ。
母のお葬式のあと遺品を整理していて見つけたそれは、ウェディングドレスの母とタキシードの父がはにかみながら手を取り合ってる写真で、見つけたその日から私の宝物になったのだった。
クローにその写真を見せたら驚いて、「エミカのご両親は貴族だったの?」って言うから、「違うよ、ただの庶民だよ。これは両親が結婚したときの写真で、このドレスは結婚する時にだけ着る特別な衣装なの」と笑って説明した記憶がある。
まじまじと写真を見つめていたその時のクローは、こちらにはない写真の技術に驚いていたんだとばかり思っていたけど。
「こんな優雅で素敵なラインのドレスを手掛けたのは初めてです。デザインも素材もほとんどがご主人様からの指定で、とても羨ましいですわ」
ただただ呆然とする私に、仕立てやの店長さんは笑顔でそう言った。
さらに、試着してサイズの合わないところを直します、と言われたのでフワフワした心地のまま着てみたら、サイズはどこも手を入れる必要がない位ぴったりだった。
クローはどうやら私のお気に入りのワンピースやなんかを数点こっそり持ち出して、それと同じサイズで作らせていたらしい。採寸だけしてもらってすぐ戻したそうだけど、あんまり服がたくさんあるから、すぐ戻さなくてもきっと暫くは気づかなかったと思うよ。
用意されてたコルセットじゃなく、自分の下着のままでの着付けをお願いできたのもラッキーだった。
硬いコルセットは苦手で普段から使ってないし、なにより昨夜クローがつけた痕が下着からはみ出そうな勢いで残っている。
流石に着付けを手伝ってくれる店長さんに、そんなの見られたくなかったからね。
着替えるとき店長さんがなぜか私の胸をガン見していたような気がするけど、痕は絶対に下着で隠れるところにしかつけてない、とクローがキリッとした顔で言っていたし、見た感じ店長さんもそんなに立派なものをお持ちではなさそうだから、もしかしたらちっぱい仲間認定されたのかもしれない
そして驚くことはまだあった。
それから三日が過ぎて、突然「明日出かけよう」と言いだしたクローと翌朝向かった先は、いつもの宿屋のいつか泊まった豪華な特別室だったのだ。
ソファーを壁際に移動させ、テーブルをいくつか増やしたその部屋には、クラウスにアミーさん、そしてリンダたち若奥さんズ、の全部で七人が集まってくれている。
私はといえば、忙しいはずの宿の女将さんにお化粧から髪のセット、ドレスの着付けまで全てをお世話になって、どこのお姫様かという風情でちんまり佇んでいた。
聞くところによるとこちらの世界では、元の世界のような披露宴含む結婚式をあげるのは貴族や一部のお金持ちくらいで、庶民は籍を入れるだけ。あとは自宅でささやかに、また多人数の場合はレストランを貸しきりにするなどして食事会をする程度らしい。
「こんな素敵な部屋を借りきってのお披露目なんて初めてよっ」と女性陣は大はしゃぎだった。
宿のほかの部屋よりも少し天井が高いこの部屋は、大勢であつまっても圧迫感がない。
部屋の中央から下がっている豪奢なシャンデリアも、柱の随所に施された繊細なレリーフも、飾り戸棚の上の壁に掛けられている精緻な風景を描いたタペストリーも以前のままだった。
毛足の長い、踏みだすたびに靴が沈みそうな焦茶の絨毯の上には、真っ白のクロスをかけた大きなテーブルが三つ並べられ、華やかに生けられた美しい花々が中央に配されている。
また見た目の美しさと美味しさにこだわりつつ、食べやすさも重視された食事がところ狭しと並び、テーブルの一つには各種飲み物もグラスと共に準備されていた。
庶民の間では珍しいという立食形式で進められたこのパーティーは、全てクローが手配してくれたものだった。
中途半端なところで切れててご免なさい(>_<;)
そして、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!




