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魔法使いの嫁<10>

本日は2話連続更新しております。

ここからこられた方は、1つ前からどうぞです。

あともう一押し、と私は言いつのる。


「だいたい、私が何も欲しがらないっていうけど、欲しがる前にクローが色々買ってくるんだもんよ。服はクローゼットにいっぱいだし、鞄も靴も小物も十年分はあるからね。もう一生何も買わなくていいくらいです」


そう。最近クローがハマっている微妙な趣味というのが、実は私の服を買い求めてくるというものなのだ。

しかも服飾雑貨含め、それはもう半端じゃない量と頻度になりつつある。

クローは少し拗ねたような表情(かお)で言った。

「でも、エミカに似合いそう、って思うと欲しくなる」

「そう言って、クロー自分の分は全然買わないじゃない。だからクローの分は私が買ってあげたいのよ。そのためのお金だから、そんな大それた金額はいらないの」


それにね、と私は続けた。とにかく必死だったのだ。

「もしオーナーになって、万が一成功してもっと忙しくなったら、クローと一緒にいる時間が減っちゃうじゃない」


クローは瞠目する。


「クラウスの手伝いを断ったのも同じ理由だからねっ! 私はお金を稼ぐためにこっちの世界にきたんじゃない。クローの傍にいたくて戻ってきたのに、クローと一緒にいられないんじゃ意味ないでしょ?」


「……エミカ()、僕と一緒にいられないのは寂しい?」

クローは自分が『も』と言ったことに、──自分も寂しかったと認めたことに気づいていない。縋るような目を向けてくるクローを抱きしめ、彼がいつもそうするように、耳元で囁いた。

「寂しいに決まってる」


あの六年間がクローに落とした陰はこういうところに現れるのだ、と今更のように思い知った。

いくら連日とはいえ、私が家をあけるのは僅か半日。遅くとも昼過ぎには帰ってきていた。

でもそれですらクローにとっては耐えがたいことだったのだと、今の彼の様子が教えてくれる。なのにクローは、それ程の自分の寂しさや不安を押し隠し、黙ってひと月もの間、私をクラウスの店に通わせてくれたのだ。

この優しい人を慰めたくて、本当に私は必死だった。


必死過ぎて、ほんの少しばかり……やり過ぎてしまったのかもしれなかった。






「エミカ、僕のこと本当に大好きだよね」

さっきまであんなに不安がってたくせに、どこか勝ち誇った顔でクローが言う。

私はいつの間にやら彼の膝の上だ。彼の腿を跨ぐ形で座らされてて、ホントになんでこうなった?

私にしがみついて離れなかったクローは、今や膝の上に私を確保し、やんわりホールドしてすっかりご機嫌なのである。

さっきまでのアレはまさかお芝居じゃあるまいな、と言いたくなった。


それはともかくとして、元気になってくれたのはいいけど、なんかちょっと悔しい。その言い方じゃまるで私だけがクローのことを好きみたいじゃない?

そんな生来の負けん気の強さが、私に憎まれ口を叩かせる。

「何よっ! 私がいないと寂しくて泣いちゃうくせにっ!」

別に本気でそんなこと思ってるわけじゃない。勢いってやつだ。だけどクローは私の予想の斜め上をいっていた。


「うん。だからあんまり放ったらかしにしないでほしい」

「え!? ええっ? 泣いちゃうのっ!?」

「エミカが冷たいと泣くかもしれない」

澄ました顔でそんなことを言うけど本気じゃないよね……とは思うんだけど、彼は次々と捨て身の攻撃を繰り出してくる。


エミカがいないと生きていけないとか、エミカのここが好きだ、エミカのこんなとこが可愛い。果ては、怒ってる時やたら口汚いところも新鮮でいいだの、朝起きて一番に無意識に手の甲でヨダレを拭う仕草も可愛いだの言われだした日には、もうそれ絶対褒めてないよね。つか、そんな癖があるなんて知らんかったし。


ほんの数カ月前、森の中でクローのどこが好きかって話を延々させられメンタルをガリガリと削られた私は、いつかきっとクローにも同じ思いをさせてやるのだ、と決意していたけれど──。


もう満腹でございます。


遠い目をする私をよそに、クローの褒めてるんだか貶してるんだか分からない微妙な褒め言葉は、それからしばらく続いたのだった。

褒めても褒められても、どっちにしてもメンタルを削られるのは私だなんて、クロー恐るべし。もう二度とこんな話題はふるもんか、と心に刻んだ。




クラウスとの勝負は、勝手に『引き分け』ということにしておいた。

『さすがはクローの弟子だ』という言葉は引き出せなかったものの、奴はもはや私の魔石をクズ石とは呼ばない。

そんなところで勘弁しといてやろうと思う。




そうして、それからまたひと月近くが過ぎて、今私たちは月明かりも届かない真っ暗な森の中にいる。

まだ日付が変わったばかりの深夜だ。


「ほら、エミカ。そこ……」

クローが指差したほうに目をやると、地中のごく浅い部分にいた蛹が一際強い光を放ち始めた。

やがて土の表面が光と共にゴソゴソ動き、盛り上がり、土中から白く細い虫が姿を現す。

頭を出した途端に触角が大きく広がったその虫は、背中の翅らしきものが丸まったままだ。ジッと観察していると、そいつは地面に張り付いたまま小刻みに翅を動かし始めた。

翅はゆっくりゆっくりと広がっていく。

どのくらい時間が過ぎたのか、細長い三対の翅を完全に広げたその虫は、白い光を撒き散らしながら翔びたっていった。


光虫だ。

ずっとその一匹を見守っていたから気づかなかった。ふと顔をあげたら、そこかしこで同じように光虫が翅を広げようと頑張っていた。そうしている間にも、土の下から這い出してくるやつもいる。

翅を広げ終えた虫たちは次々と翔びたち、真っ暗だった森をその小さな白の光で彩っていった。

それは今まで見たこともない、とても幻想的な光景だった。


「……すごく、きれいだね、クロー」

私は傍らに立つ彼を見上げる。

「この前はせっかく起こしてくれたのに、起きられなくてごめんね」


そう。『小型家電』が急に売れ始めてバタバタしていたあの頃、クローが夜中に起こしてくれたことがあった。結局私は二度寝してしまったのだけど、あの時もクローはこの光景を見せようと起こしてくれてたんだ。

私がクラウスの店に出かけていた間も少しずつ白い粉を撒いていたクローは、そこで蛹が羽化する予兆を見つけたらしい。


私も以前から約束してたんだから、夜中に起こされたらピンと来そうなものなのに、なんで気づかなかったかなぁ。本当にクローに悪いことしちゃった。

そう思って少しシュンとしてたら、クローが言った。

「光虫の羽化はあとのほうが数が増えるから、却ってよかったかも」

「そうなの?」

「初回はまだ数が揃ってないから。二回目以降は、ある程度まとまった数が羽化するようになる。しばらく準備に来られない時期があったから少し遅れてるけど、多分十回を超えた頃から飽和し始める、と思う」

「それからやっとナフタリアになるの?」

「最初は少しずつね。徐々にナフタリアに変わる量が増えていく。今のペースだと、以前と近い感じで採取出来るようになるまで、あと三年位はかかるかな」


乱舞する光を眺めながら感嘆のため息をついた。

「前の森でも、こんな光景がみられたの?」

夜中に起きたことなんてなかったから、気がつかなかったけど。


「飽和しだすと光虫が羽化する数は減っていく。前の森は飽和しきっていたから、こんな数の光虫は見られなかったと思う」

「そっか。じゃあこの光景もそのうち見られなくなるってことだね」

レアな光景だから目に焼きつけておこう、と食い入るように見つめていると、突然耳元でバサバサッと大きな翅音がした。光虫が私の耳をかすめて翔んだのだ。

吃驚して「うぎゃっ!」と叫んで手を振り回すと、よろけた私をクローが引き寄せた。

クローに背中を預ける形で抱きしめられる。


「あ、ありがと……」

けど、彼はそのまま動こうとしなかった。

「クロー?」


「……この光景をエミカと一緒に見られる日がくるなんて思わなかった」

戸惑う私の耳元でそう呟くクローの声は、僅かに震えている。

「まだ、未だに怖くなる時がある。これは夢なんじゃないか、目が醒めたらエミカはいないんじゃないか、って」


「……ちゃんといるでしょ? ずっと一緒にいるって言ったよね? だいたい私がクローを置いていったことなんて一度もないよ?」

ご近所以外に一人で出かけるのなんて精々クラウスの店に行く時くらいだし、そもそも強制送還の時だって私は追い返されたのであって、自分から望んで帰ったわけじゃない。


そしてやっぱりクローは、私のそんな言葉にしない思いまでちゃんと読み取ってくれるんだ。

「うん、知ってる。最初は僕が無理矢理に引きずり込んだんだ。そして無理矢理向こうへ帰した。本当に馬鹿なことをしてしまった。……だけど、二度目はエミカが自分の意思で戻って来てくれた。あの時、僕がどんなに嬉しかったかわかる?」

私は黙って、私の身体の前でクロスする彼の腕に手を重ねた。

この世界へ戻ってきたあの瞬間の、歓喜と怒りと切なさが入り交じった嵐のような感情はとても言葉にできない。

そしてクローのそれは、恐らく私よりもずっと激しい。


クローもまた、腕に力を込めた。


「いつも考えてる。エミカは僕のために、それまでの人生も、家族も生活も仕事も、向こうで手に入れられる何もかもを捨ててきてくれた。そんなエミカに、僕はどう報いたらいいんだろう。どうすれば報いることができる?」


「ねぇクロー?」

私は彼の腕を少し持ち上げ、その中でクルンと向きを変えた。向かい合わせになって、目を見開くクローを見上げる。

「クローは、私に対して申しわけないから優しくしてくれるの? 何かを我慢したりしてる?」

「違うっ!」

即座に返ってきた彼の言葉に私も安堵した。一瞬でもためらいが感じられたら辛いとこだった。

「なら、それでいいじゃない。何度も言うけど、一度目は成り行きだったにしても、二度目は私が自分で選んでこっちに来たの。向こうに未練なんてないし、クローが気にすることはないんだよ」

「だけど……」と眉を下げるクローに重ねて言う。

「それに私はね、向こうで手にするはずだったより、ずっとたくさんの幸せをここで手に入れるつもりなの。クローに手伝ってもらってね」

「……エミカのためなら何でもする。できる。僕は、何をすればいい?」

緊張の面持ちで尋ねるクローに、思わず破顔した。

「そんなの簡単だよ! でもとても難しくもある」

首を傾げるクローの背に腕を回した。

「今のままでいいの。ずっと側にいて! 私はクローより一日だけ長生きするから」

クローを置いて逝きはしないと言外に滲ませる。

「因みに私は百歳まで生きるつもりだからね! ほら、難しいでしょ?」と笑いかけると、絶句していたクローもようやく笑みを見せてくれたのだった。



多分こんな言葉だけじゃクローの陰は拭い去れない。でも私たちが再会して、まだ一年もたたないんだ。

六年かかってクローを侵食した陰を拭うには、少なくとも同じだけの期間は必要なんじゃないかと思う。


だけどさ。

楽しく笑って過ごせば、きっと六年なんてあっという間だよ。

今までの要領で魔石を作り溜めて時間をつくって、サザナンより大きくて華やかだという他の町や王都へ旅行に行ってもいい。評判のお店の食べ歩きもしたいし、前回見られなかった七色に輝く滝にも再挑戦したい。

楽しい予定をたくさん積み上げて、クローと二人、笑って笑って暮らして行くのだ。




『小型家電』は、順調に売れ続けている。

クラウスが言うには、魔道具自体は真似できても、私の作る低品質低価格な魔石は誰にも真似できないのだそうだ。

つまり他の工房が同じような物を作ったとしても、魔石が何年も長持ちする代わりにお値段もそれに見あったものになってしまう。ちょっとお手軽に買ってみようか、という代物にはならないってことだ。

私のショボい魔石の需要は高まる一方なのである。


そして、『小型家電』や『あらむ』のアイデア料を払う、とクラウスが言ってくれたんだけど断った。

元々向こうの世界の物を流用しただけだし、私には内部の構造すらよく分かっていない。形にしたのはクラウスとアミーさんだ。


クラウスは「そんなんでいいのか?」と呆れ顔だったけど、別に構わない。

ただ、その代わりというわけじゃないけど、また何かあった時には協力してもらうって約束を取り付けた。「何かってなんだよ」と奴は若干怯えていたが、何かは何か、である。そんなものその時になってみなければ分からない。

それとクラウスからの申し出で、私の魔石の買取価格がアップすることになった。

今まで材料費別の一個二十五デシペルだったのが、倍の一個五十デシペルになったんだ。

材料費が一個二十五デシペルだから、込みで一個七十五デシペル。交換用魔石の場合は売値が五個で六ペル。つまりクラウスの取り分は一個四十五デシペルとなる。

奴の普段の取引金額を考えればささやかすぎるんだけど、そこは薄利多売方式で利益を出してもらうことになるだろう。


そうして私の仕事はひたすら魔石を作って届けるだけ、となった。




やがて、私が異世界への帰還を果たし、クローの嫁になってから一年が過ぎて。



今日も私たちは、幸せに笑って笑って暮らしている。



これで完結です。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


また連載中、ブクマ・評価下さった皆様。

本当に本当にありがとうございました!

第一部とはかなり趣の変わったような気がする第二部ですが、私はどちらも楽しんで書きました。

皆様も楽しんで下さったのならば嬉しいのですが……。



幾つか書き損ねた事もあるので、いつかまた番外編など書きたいな、という気はあるのですが、今のとこは何も考えていません。

書き終わったばかりですしね(笑)。

暫くは他の連載を少しずつでも進めようかと思っております。


それではまた、別の話でもお会いできれば嬉しいです。ありがとうございました!

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