魔法使いの嫁<6>
アミーさんが帰っていき、思いの外長居してしまった私とクローは、以前クローが常宿にしてた宿の食堂へ昼食を食べに行くことにした。
私たちが結婚したとき、お祝いだといって特別室を使わせてくれた宿だ。
この町に引っ越したあと改めて挨拶に行ったら、お客が減ったと嘆かれるかと思いきや、サザナンを気に入って引っ越してきてくれてありがとう、ってお礼を言われた。
心底この町に越してきて良かったと思ったよ。
それ以来、宿の食堂には何度も食べに行っている。
味自慢で美味しいし、何よりクローにとって食べなれた味だからね。
エミカの作るものが一番美味しい、ってクローの言葉はきっとお世辞だと確信しております。
クラウスは店を閉めて、レストランへ掃除機の配達に行くらしい。バタバタと準備を始めたので、私たちも軽く挨拶して店を出た。
当たり前のように差し出されるクローの手を、いつの間にか当たり前のように取っている自分に気づいて思わず顔がにやける。
慌てて俯いたら、どうしたの? とばかりにクローが覗き込んできた。
ちょっと幸せを噛み締めてただけだから、そっとしといて下さいまし。
それから私には常々気になっていたことがあった。でもすぐに忘れちゃうから覚えているうちに……と、宿の食堂へ向かって歩きながらこっそりクローに訊いてみた。
「あのさ、クラウスのお店って大丈夫なのかな? 私、何回もあの店に行ったけど、お客さんを見たの今日が初めてなんだよね。潰れたりしない?」
クローは一瞬目を丸くして私を見て、口元を綻ばせた。
「心配してくれてた? あの店のお客は多いから心配いらない」
どうやらクラウスの店は、私の知っている家電量販店やなんかとは少々違うらしい。
「あの店はさっきの人がいる工房を丸ごと抱えてて、作った商品をそのまま販売してるんだ」
ええと、さっきの人ってアミーさんだね。そしてメーカー直売ってことかな。
「魔道具職人の工房っていうのは他にも幾つかあって、普通は仲介人を通してあちこちの魔道具屋に商品を置き、委託販売してる。だから、たとえば洗濯箱一つとっても、色んな工房の色んな特徴のある洗濯箱が、一つの店の中に幾つも並ぶことになる」
うん、そっちの方が私の中の家電量販店のイメージだな。
「色んな種類の中から好きな魔道具を選べるから、そういう店に行く人も多い。けど、クラウスの店には固定客がついてる」
「長持ちするって評判のクローの魔石?」
頭を撫でられた。
「それもあるけど、クラウスは元々業務用に力を入れてる。ほら、あの店」
クローは進行方向にある、いつだったかクローと一緒に入った小洒落たカフェを指差した。
軽食を食べて、ケーキとお茶で四十ペルだった店だ。
「さっき言ってたレストランのオーナーの店」
「え? でもあれ、カフェだったよね? 実はレストランなの?」
まさかと思いつつ尋ねると、「あれはカフェだけど、オーナーは同じ。レストランから始まって、今じゃカフェ、雑貨店も合わせてサザナンだけで十店舗くらいかな? 他の町にも出店してるらしい」
チェーン店ってことか。
「そんな店のオーナーが、新作の業務用魔道具を一台だけ買ってくれた、っていうのはどういうことだと思う?」
「ええと……、試してみたいんだよね? 多分。で、気に入ってもらえたらもっと買ってくれるってこと?」
また頭を撫でられた。
「各店舗に一台として一気に十台だね。それからああいう店にはどれ程の魔道具が必要かというと、冷蔵箱に冷凍箱、コンロ、水を汲み上げるポンプ。夏は店を冷やさないと客が入らないし、冬は逆に暖める魔道具がいる。他にも店の種類によって必要なものは様々で、それらが全て業務用の大型とか特大サイズだから一般家庭用よりも遥かに値が張る。そういうお客がこの六年でかなり増えて、今では百人近く抱えている」
呆然と聞き入る私に、クローは続けた。
「それらに使用する魔石は知っての通り消耗品だし、業務用は家庭用より魔力を喰うから僕の魔石でも半年に一回程度は交換する。その手数料も当然クラウスの懐に入る。それに魔道具は永久に使えるわけじゃない。修理をしながら大事に使ってもなかなか十年は持たないから、また新しい魔道具を買わないといけない」
なるほど。確かに元の世界の電化製品だって精々七年ってとこだった。
「つまりクラウスの店は業務用の魔道具がメインで、家庭用を置いてるのがおまけみたいなもの。店に直接来るお客もいないじゃないけど、大概は依頼をもらったらクラウスが見本を持っていく。特注や別注で何かを依頼されて作ることも多いし、そういったものは店頭にも並ばない」
繋いだ手をふいに引かれ足を止めて見上げると、クローは私の耳元に唇を寄せ、「これで安心した?」と囁いた。
うわっ! 不意打ちだ、油断した!
「店が潰れる心配がないことだけはわかりましたとも」
真っ赤になった顔でやっとそれだけ返すと、クローは私の頬を指でつつき、クスクス笑ったのだった。
さて、それからまたまた二週間ほどが過ぎて、私は飽きもせずにクラウスの店を訪ねていた。
今回は私の魔石も持ってきたけど、どちらかというと先日頼んだ試作品目当ての訪問だ。
別に約束してるわけじゃないけどね、今までのことからアミーさんは仕事が速いと認識しているので、そろそろできあがってないかなぁ、と期待してたりする。
店内に入ると珍しくクラウスが慌てていた。
「おはよう。どしたの?」
「あっ、お前ちょうどいいところにっ!」
なんでも魔石が壊れたから至急交換して欲しい、って依頼がきたらしい。
まだ強制送還される前、クローが私のために田舎町で買ってきてくれた魔道具は、魔石の交換くらい自分で勝手にできた。でもクラウスの店で扱う魔道具では、それができないんだ。
以前あちこちのお店でクローの魔石の盗難が相次ぎ、転売目的だったことが判明したため、盗難防止のために特殊な道具を使わないと交換できないようにしているのだと、引越しの際新しい魔道具を用意してもらった時に教えられた。
よその魔石とそんなに差があるのかと吃驚した覚えがある。魔石は高級品だとも言ってたもんな。
ともあれ、そんな面倒な仕様になっているため、たかが交換でもクラウスが直接行かなければならない。
交換の時期は、もちろん魔道具の種類や使用頻度によってある程度違ってくるのだけど、その辺はクラウスが時々魔石の状態を確認することで把握していて、午後一時に店を閉めてから配達だの商談だのと一緒に魔石の交換にも走り回っているのだという。
いつも午前中に来てたから、この店が午後一時までだなんて知らなかったよ。そういえば前回来たときも、クラウスが配達に行くって店を閉め始めたのは一時頃だったか。
「ったくだからこの前行った時に交換しときゃあ良かったのに『まだ大丈夫だから』ってケチってギリギリまで使おうとするからだ!」と怒濤の勢いで文句を垂れ流し、私に留守番を押しつけ出かけようとするクラウス。
「ちょっと待てーっ! 出かけるなら私は出直すから、店閉めて行ってよっ」
「いや、今日は大事な客が来るんだよ。だから慌ててたんだ。でなけりゃ言われる間でもなく店閉めてる」
「それも先に言えっ! 私にそんな大事なお客様の相手ができるわけないでしょっ」
クラウスは少し考え、カウンターで何かサラサラッと手紙のようなものを書き、外で遊んでた子供を手招きしてその手紙とコインを渡した。
この辺りでは、ちょっとした近所への伝言や手紙の配達は子供の小遣い稼ぎになっている、というのはこの前アミーさんを呼びだした時に知ったことだ。
チラッと見えた、子供に手渡されたお駄賃が一ペルコイン二枚だったことは、物悲しいので見なかったことにしておく。
「アミーにお前が来たら呼んでくれって言われてたんだった。二人ならどうにかなるだろ? すぐ戻るけど、俺がいない間にその客が来たらひき止めといてくれ」
そうしてクラウスは、「せめてアミーさんが来るまではいてよぉぉ」と縋る私を振り払い、走り去っていった。
くそ──っ! これは絶対貸しにつけといてやるんだからっ!
幸いなことに、クラウスからの手紙を見たアミーさんはすぐに来てくれた。しかも開けっ放しのドアを入ってくるなり、挨拶もそこそこに目を輝かせ、「わぁっ、可愛いっ! そこにパンツを合わせるなんて斬新じゃない」とお褒めの言葉を頂いてしまう。
それですっかり気を良くしてしまうのには理由があって、この襟元にボリューム感あふれるオフホワイトのタートルニットも、実はクローからのプレゼントなんだ。
萌え袖とダボッとしたシルエット、膝上まである裾のせいもあって全体に大きめって印象を与えるんだけど、肩の位置がぴったりだからだらしなくは見えない。
そして私の好みで、下には黒のパンツを合わせてみた。体型がわかりにくいゆったりとしたラインの、足首の辺りで絞られているいわゆる女性用の作業ズボンだ。元の世界でいうなら、カーゴパンツとか細めのサルエルパンツが近いかもしれない。
この国の一般女性たちの普段着の主流はふくらはぎまでのスカートで、どんなに短くても膝が隠れないとアウトらしい。よそ行きの場合は、若いお嬢さんはふくらはぎが隠れるドレス。年齢があがってくると裾が長めのワンピース、又はツーピースになる。ただし貴族の女性は踝までのドレスがデフォルトなのだそうだ。
つまりミニスカートなんてものは存在しないし、店に並ぶのはそこそこ以上の長さのスカートばかり。
ところが最近の働く女性の中には、仕事の種類によってはズボンを穿く人たちもいて、取り扱う店舗も増えてきたらしい。本日のアミーさんも作業ズボンで、今私が穿いているのと同じようなデザインだった。
このニットも本来ならスカートを合わせるべきなんだろうけど、私の感覚ではスカートよりパンツの方が絶対可愛いと思うんだ。
クローにも褒めてもらったし、ここに来るまでにも好意的に見られてる感はあったけど、アミーさんにも褒めてもらって、この組み合わせってやっぱりこっちの感覚でも可愛いんだとホッとする。さらに言えば、今被ってる同色のニット素材のベレー帽には、赤いリボンでできた小さな花が縫い込まれていて、これがまた可愛い。
それにしてもクラウスは気づきもしなかったか、或いは気づいても口に出さないのか。モテたければまずその辺からどうにかするべきだと思うね。
そして怒りを思い出した私がプリプリしながら奴に留守番を押しつけられた経緯を話すと、おおらかなアミーさんは「ともかく引きずり込んで、クラウスが戻るまでお茶でも飲んでてもらえばいいんでしょ」と笑って下さったのだった。
アミーさんはやっぱりできあがった試作品を持ってきてくれていて、定位置の奥のテーブルに『どらいあ3』『どらいあ4』『みくさ4』と本体に直接書き込まれたそれらを広げた。
「結論からいうとね、やっぱりちょっと難しいんだわ」と困った顔をする。「魔石同士でも魔力は流れたんだけど、いまいちスムーズにいかなくてね」
『どらいあ3』と書かれた魔道具を手に取り、持ち手部分の縦長の穴に私の魔石を四つ詰めていく。
蓋には小さめの突起のようなものが嵌めてあり、そこがスイッチになるらしい。
カチリと回してみると、温風は出るけど勢いがなく、温度も風力も安定していない。強くなったり弱くなったりだ。
それに試作品だからか中に詰めた魔石も固定されてなくて、少し角度を変えただけでもカリカリと擦れあって、欠けてしまいそうで怖かった。
一つずつサイズが微妙に違うし、形も丸っこいから仕方ないんだけど、欠けてしまうと使い物にならないらしいからね。
「で、接触面の問題かと思って、この伝魔率の高いシートを魔石と魔石の間に挟んでみたのね」
そう言って彼女は一旦魔石を取り出し、今度は魔石と魔石の間にそのシートを挟みつつ詰め直す。
ほんの少し厚みがあって柔らかいそのシートのお陰で擦れた音も鳴らなくなり、温度も一定の風が勢いよく噴き出した。
「あっ! いい感じっ」
喜びの声をあげる私に、アミーさんはなぜか浮かない顔だ。
そう言えば『難しい』って言っていた?
「このやり方だと、魔石の交換の度にシートを挟まないといけないでしょ? 面倒だし、なにより紛失くしてしまうと困るからね。こうしてみました」と彼女は今度は『どらいあ4』と書かれた魔道具を取り上げた。
先のと同じ形のこれには、魔石をセットする部分が側面に開くようになっている。細長い蓋を外すと中は、魔石一つ分ずつの隙間を空けたところに、既にシートが取り付けられていた。
「この隙間に魔石を填め込んで、蓋をしてこの部分がスイッチになる。これならシートが無くなる心配はないでしょ? これで何時間使えるかも一応確認したけど、連続使用で四百五十分。魔石を単品で使うより少し長持ちかな。一日十五分使うとして約一ヶ月だね」
魔石をセットした『どらいあ4』は、一番最初のと同じように気持ちよく温風を吹き出してくれている。
「こっちの『みくさ』も同じようにシートを取り付けて、魔石を四つ使って作ってみました。これと似たような用途で、もっと大きくて高級なのは業務用としてカフェやなんかに卸してるんだけど、ここまで小型で簡単にジュースが作れるものを家庭用にできるなんて思わなかった。わざわざカフェに行かなくても、家で色んなジュースが楽しめるって嬉しいよね。これなら一日一回の使用でなんと二ヶ月使用できる計算になります」と得意気なアミーさん。
ところが彼女は一転、顔をしかめる。
「さて、そこで何が問題なのかというとね……」
続く彼女の言葉に私はがっくり肩を落とした。
「それじゃ全然意味ないって……」
「ナフタリアを削るわけにもいかないもんねー」
私たちは二人、お茶をすすってため息を洩らしたのだった。
やがて、一時間もしないうちにクラウスが帰ってきた。誰も来ていないと言うとホッとしてたけど、そういう問題ではないのだ。
「いくら得意先の緊急事態でも、素人に店番押しつけて出かけるとか適当にも程がある。私が来なかったらどうするつもりだったのよっ」
不機嫌全開で責める私に、彼は留守番のお駄賃を渡しヘラヘラと誤魔化そうとした。
お金の問題じゃないんだよ。何か不測の事態が起きた時にどう対処するか。そういうのがキチンとできてないってとこにイラッとするんだってば。
そしたらアミーさんはアミーさんで、「お金で誤魔化そうとするなんて、それはない」と怒りだし、結局彼は私たちに平身低頭謝る羽目になった。
アミーさんにやり込められるクラウスを見て、私のご機嫌は少しばかり回復したのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




