魔法使いの嫁<3>
引っ越しをすると決まると、全てがサクサクと動き出した。
どこに引っ越すかについてはクローと相談し、幾つかの候補もあげてもらったけど、結局サザナンに決まった。
一度滞在したことで町の雰囲気もわかってるし、みんな親切でいい印象しかなかったからだ。
それからひと月の間に二度、クローは一人でサザナンへ向かっている。
私から極力離れたくないという理由から、夜明けとともに出発して翌日の昼過ぎには帰宅しているという強行軍だった。
以前に落馬したこともあったし馬でそんなに急ぐのは心配で、それなら馬車で私も一緒に行く、って言ってはみたんだけどね。前回の旅で私が酷い馬車酔いをしたからって、クローに猛反対された。
こっちから向かうとなるとどうしても田舎町のガタゴト馬車を雇うしかないし、降りたらすぐに治るとはいえ、道中の私のあまりの憔悴ぶりは見てられないんだそうだ。
あの時クローがやけに気に入っていた膝抱っこについては、馬車でなくてもしようと思えばいつでもできる! ってことに気づいたらしく、未練はなさそうだった。
もちろん私だって、抱っこも含め人前でさえなければ嬉し恥ずかしなんである。
それはともかく、そんなこんなで二度は一人で旅立ったクローだけど、その次の時には私も胃をダンスさせながら一緒についていった。
クローが仲介人さんを通して探し、あたりをつけていた物件の中から、引越し先を決めるためだ。
サザナンに無事到着し、いつもの宿に一泊した翌朝、私たちは仲介人さんの案内で実際に家を見て回ることになった。
クラウスの紹介だという初老の仲介人さんはベテランらしく、どの物件の内見のときも、ここを断るのは損なんじゃないか、と思わせるようなセールスポイントを滔々と語ってくれる。ささやかなマイナスポイントを少しだけ織り込む辺りも絶妙の匙加減だ。
褒め言葉ばかりだと、かえって胡散臭いもんね。
そうして案内され幾つかの物件を見た結果、最後の森に囲まれた郊外の一軒家が、すっかり気に入ってしまった。
「ここ、いいんじゃない? クロー」
隣の彼の袖を引き、見上げる。
今住んでる家よりも少しだけ大きく、その分玄関や台所が広い。
別荘として利用されてたそうで、中古とは思えないほど内装が綺麗。雰囲気に合わせた作りつけの家具が多いから、新しく買い足すとしたらソファー、ベッドくらいだろうか。
裏庭には少し拓けたスペースがあって、洗濯物もよく乾きそうだ。
仲介人さんによると、近くに商店街があって買い物にも便利だし、他の家からは少し離れてるので近所の物音も気にならないとのこと。マイナスポイントとして言われたのは、森の中だけに虫がよく出るってことくらいだけど、そんなの今の家でも条件は同じだ。
そしてなんと、実は我が家はクローの魔法で虫が侵入できないようになっているんである。つまりマイナスポイントはないも同じ、なのだった。
そんなわけで私はかなり乗り気ではあったんだけど、「エミカが気に入ったなら、もうここに決めようか」と間髪入れず肯定の言葉と笑みが落ちてきて、彼のそのあまりの潔さに少し戸惑った。
「え? でもクローはここでいいの? ほかにもっと気に入ったところはなかった?」
私の好みだけを優先してもらうわけにはいかない……と思って訊くと、クローは破顔する。
「ここを選んで候補に入れたのは僕だよ。エミカはどこでも好きなところを選べばいい」
「でもさ、候補の中でも優先順位ってあるでしょ? ここはクローの中で何番目なの?」
口に出した途端、余計なことを言ったと後悔する。
せっかくクローが、好きなところを選べ、って言ってくれてるのにな。我ながら可愛くない性格だよ、と内心辟易していると、一瞬目を瞠った彼はいきなり私を引き寄せ、覆い被さるように抱き締めた。
急になになになにっ!? と動転する私のうなじに顔を埋め、吐息をもらす。
「どうしよう、エミカが可愛い」
うわっ! 顔から火を噴きそう。どうしよう、はこっちだよ。こっちに戻ってきてからのクローはいろいろ振り切れすぎてて、ツボがさっぱり分からん。
そして仲介人さん、そっぽを向きつつチラチラと生温い視線を送ってくるのはやめていただきたいです。
「ねえエミカ。僕のことは気にしないで、本当にどこでも好きなところを選んでいいんだ。僕は候補地の全部が気に入ってて選べないから、最後はエミカに決めて欲しい」
顔を上げ、そう言って甘く私を見つめるクロー。
空気を読んだらしき仲介人さんは、「歳をとるとトイレが近い」と呟きながら姿を消した。
そんな心遣いはいらない、と思う。
さあ、どうしたもんだろう。
クローは本当にそう思ってるのかな。私の好みで決めちゃってもいいって?
だけどクローにはクローの好みや理由があって、ここを候補に残したんだと思うんだよね。だったらせめて、ここを候補に入れた理由くらい教えてもらってもいいんじゃないかな?
それが私にとっても決め手になる理由なら、迷う必要もなくなるしさ。
そんなふうに食い下がった結果、どうにかここを候補地とした理由を聞き出すことに成功。
それは家の周囲に広がる森だった。
家の前の森は三分も歩けば畑に取って代わり、その中に点在する住宅の向こうには住宅街が見えて、すぐに商店街に辿り着く。
家の背後には、今までよりは格段に小さいものの、通り抜けるのに小一時間はかかりそうな森が広がっている。
ナフタリアは養殖屋でも買えるけど、二~三年程かけて準備すれば、ここでも今までのようにナフタリアを採取できるようになるらしい。
それなりのお金を払えば、この森の権利も一緒に売ってもらえるのだそうだ。
ということは、この家に決めるなら同時に森も買い取らないと意味がない。
だけど小さいとはいえ森は森だし、抜けるのに小一時間って相当な面積だよ。小市民な私はそれが幾らするのか、本当にお金が足りるのかが気になって仕方がない。
クローがお金に困ってないのは知ってるけど、どれだけ持ってるのかまでは知らないし、ましてやこんな土地の相場なんてのもよく分からないからね。
結婚したんだし、お金の話は大事なことだと覚悟を決め正直に不安を訴えると、彼は小さく笑って言ってくれた。
「詳しい計算はあとで説明するけど、しばらく生活するのに困らない程度には残るから大丈夫。心配いらないよ」
よく考えたら、そもそも予算オーバーのところを候補に残す筈もない。
すっかり安心した私も賛成してその場で決めてしまい、クローは仲介人さんを通して家の持ち主に手付を払った。
ちゃんとした譲渡契約は、次に来たときにするという話だった。
あっさりと引っ越し先が決まったので、報告がてらクラウスの店に顔を出すことにする。
ところが奴は、クローには気さくに声をかけた癖に、私の顔を見るなり苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ずいぶんな歓迎してくれるじゃない」
私はもはやクラウスに、何の遠慮も持っていない。
ズカズカと店内に入り下から睨みあげると、「ちょっと待て」と言いながら彼は、店の奥から一抱え程の箱を持ってきた。
「ほら、これ見てみな」
「なにこれ」
覗き込むと、中には片手サイズの魔道具が数種類。
「あ! もしかして!?」
「半月ばかり前にできてきて、ずっと試用してた」
その中の一つを取り出してみると、細長い形に取っ手がついたそれには、私が作った魔石が填め込まれている。
その一部だけ露出した魔石に触れると、本体の部分がピカッと光を放った。
「全方向に光るんだ……、懐中電灯というよりは持ち運び電灯かな。それはそれで別物としてはOKだけど、ちょっとこのままじゃ眩しくない? もう少し光に指向性を持たせるとかできないの? 形を工夫するなりしてさ」
「形はこれからまた考えるけどな、問題はお前のクズ石だ」
私は手元を見た。
「なによ。ちゃんと光ってるでしょ!」
「寿命が問題なんだよ」
クラウスによると、このランタンもどきの懐中電灯を一日に十五分、毎日使うとすると、おおよそ一カ月で魔石が壊れる計算になるらしい。
「幾らなんでも、この使用量で一カ月はないだろ。せめて三カ月は持って欲しい」
「えーっ? でも懐中電灯ってそんな毎日使う? 二~三日に一回って仮定したら、二~三カ月は持つでしょ」
「使いかたなんざ人それぞれだし、そもそもそういう問題じゃねぇ」とクラウスは嘆息した。
見るに見かねたのか、「光量をもう少し落としたらどう?」と口を出したのはクローだ。
「この光を、全方向じゃなくて一方向に絞るなら、もっと光量を落としても今くらいの明るさは保てるんじゃない?」
おお! クローお素敵っ!
思わず拍手すると、クラウスに睨まれた。
「まあ、これはまだ試作段階だからな。これから色々改良するとして、だ。お前の奥さんのクズ石も、もうちっとどうにかする必要はあると思う。こっちの魔道具だともっと短寿命だ」
そう言ってクラウスが取り出したのは、同じような形だけどもう少しずんぐりしている。
彼が魔石に触れると、持ち手の反対側から温風が吹き出てきた。
「ドライヤーだっ!」
はしゃぐ私に、クローが尋ねる。
「これが髪を乾かす魔道具?」
「そうよ。ここの人って基本タオルで拭くだけなんでしょ? 私の髪はクローが魔法で乾かしてくれるけど、それが魔道具でできたらきっとみんな便利だと思うんだよね」
「まあ、こんなサイズのが自宅で使えるのは確かに便利だった。今まで仕事で風呂に入るのが遅くなった時とか、サッサと寝たいのに頭乾くまで寝らんなかったからな」とクラウス。
「なんでよ?」と聞くと、「枕が湿るのが嫌だ」と返ってきた。なるほど。やっぱりドライヤーにも需要はありそうだ。
「これの寿命は?」と話を戻したのはクロー。
「聞いて驚け。俺が毎日十分ずつ使用した結果、十日で魔石が壊れたわ」
「十日……」
クラウスの言葉にクローも難しい顔をした。
さすがの私も十日はちょっと不味いんじゃないか、と思う。しかもクラウスの髪は肩くらいまでで、髪質も割りと細そうだ。この頭だから十分で乾くんであって、長い髪の人ならもっとかかるから、下手したら五日もたない!?
ほかの魔道具も同様らしく、確かに魔石がもう少し長持ちすれば……、と言いたくなる気持ちはわかった。
ドライヤーもアイロンもミキサーも、少なくとも私が持ってたやつは全部コンセント式だったもんな。思った以上に電力を使ってたのかもしれない。
が、しかしだ。
私がもっとマシな魔石を作れるのなら、誰もこんなプロジェクトを提案してはいないのである。これはあくまで私のショボい魔石を有効活用するためのプロジェクトなのだから。
うーむ、と考え込む私を余所に、クラウスはクローを責め立てる。
「お前、師匠なんだろ? もう少し厳しく弟子の指導しろよ。こっちの魔道具の改良も進めるけど、このクズ石もせめて今の倍くらいは使えないと……」
──私の魔石がショボいのは私のせいなんであって、クローを責めるのは違うんじゃない?
クラウスの言葉にムッとした私がそう言おうと思ったら、先にクローが無表情に言い切った。
「無理。もう弟子じゃないし、これからはエミカを甘やかして甘やかして甘やかすことに決めたから」
そんな宣言をしながら、私の方へ視線を流す彼の漆黒の瞳には、蕩けるような甘さが滲む。
クラウスは酢を飲んだような顔をして、後ろを向きしゃがみこんだ。多分砂を吐いてるんだろう。
私は私で、魅入られたように動けない。
弟子だった時から相当甘やかされてると思ってたのに、そのさらに上をいく帰還後のクローの態度を思いだし、「なるほど、そういうつもりだったのか」と遠い目になったのだった。
やがてクラウスが濁った目で立ち上がり、話題は再び私の魔石の品質をどうにかせねば……ってとこに戻っていった。もちろんクローによる厳しい指導ではなく、私の努力に乞うご期待ってやつだ。
クローは多分、私がお金を稼ぐ必要なんかないと思ってる。
それでいて私がすることを黙って見ていて、尚且つアドバイスまでくれたりするのは、ただ私がそうしたいと思っていることを尊重してくれているに過ぎない。
だから私の魔石の出来の悪さでクローの評価が下がるのは、彼に対して余りにも申しわけなさすぎる。
賢明なクラウスは二度と砂を吐くような墓穴は掘らないだろうけど、それとこれとは話が別だ。
「わかったっ!」
私は叫んだ。「今度引っ越してきたら、もっっと素晴らしい魔石を持ってくるから覚悟しておくがいいわっ!」
必ずやクラウスに、「さすがはクローの弟子だ」と言わせてみせる!
なにしろ私は負けず嫌いの意地っ張りなのだ。それで人生のことごとくを失敗してきたけど、性格はなかなか直らないものらしい。
そんな私が、ここ一番というときにクローの前で素直になれたのは、本当に奇跡だったと思う。あの逆プロポーズは極限状態だったとも思うけど。
ともかく、こうして私とクラウスの一方的な戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
それから一カ月。あらゆる手続きを終えた私たちが、サザナンへと引っ越す日がいよいよやってきた。出発はいつものように、まだ太陽が顔を出したばかりの早朝だ。
またあの馬車に乗るのかとげんなりしつつも、これで最後だし我慢しようと覚悟を決めていた私は、森の外れでそれを見て眼を剝いた。
前にサザナンからこっちに戻るとき、二回ともお世話になった馬車の馭者さんが、大欠伸をしながら待機してくれていたのである。
「なんで!?」って間抜けな顔でクローを見上げたら、彼は悪戯が成功したみたいな顔で嬉しそうに笑った。
「先週、家の譲渡の本契約をしに行った時に、迎えに来てもらえるよう頼んでおいたんだ。馬車の料金は、片道で雇うのも往復で雇うのもたいして変わらないから」
なるほど。たとえ馬車を片道で雇ったとしても、御者さんは結局往復するんだから手間は一緒だもんな。それを思えば片道料金が往復の半分だったら割に合わない。
つまり、こっちの馬車を片道で雇っても、サザナンから迎えに来てもらって往復料金を払っても、似たようなもんだってことだろう。それならこの方が断然いい。
納得して大喜びで馬車に乗り込んだ私だったけど、驚くことはそれだけじゃなかった。もう既に諦めきっていた食べ歩きが待っていたんである。
過去二回、サザナンからの帰りにこの馬車を利用した時は、時間の関係で寄り道が難しかった。
そして今回サザナンに行ってしまったら、恐らく私がここに戻ることはもうないと思う。
今回も馬車酔いしながらの道中のつもりでいたし、いつも最低限の寄り道しかしない強行軍だったから食べ歩きなんて夢のまた夢と思ってたけど、この馬車なら少なくとも酔う心配はない。
しかも途中の町で一泊するのだとクローは言う。
「じゃあなんでこんなに早く家を出ることにしてたの? 少しでも早く向こうに着いて、色々片付けしたいのかなと思ってたけど」
サザナンヘ向かう馬車の旅のあと、私はいつもバタンキューだったけど、体力の差かクローは平気で動きまわっていたもんな。
馬車のシートに腰を落ちつけクローに言うと、「片付けなんてそんなに手間もかからないし、とりあえずすぐにいるものだけ出したら、後は落ちついてから二人でゆっくりやればいい。それより食べ歩き、ずっと楽しみにしてたよね。寄りたいところに全部寄ってゆっくり見てまわろう」
優しい笑みとともに、そんな答えが返ってきた。
私は今までの経験からずっと、『引っ越し』は大変だっ! ってイメージを持っていたのだけど、今回の引っ越しは私が思ってたのとは全然違っていた。なにしろ引っ越し先にはほとんどの家具が既に揃っているし、魔道具はクラウスが最新のものを用意してくれている。今までの家はそのまま残しておくから、古いものを処分し片付ける必要もない。
持っていくのはせいぜい日常的に使っている細々したものや服くらいで、クローの場合はプラス大量の本の山。それらをポイポイと四次元袋に突っ込んで終わりだった。
それなら向こうでの片付けも、私が想像するよりずっと簡単に終わるのかもしれなくて、食べ歩きで少々到着が遅れても何の問題もなさそうである。
私が「やったーっ!」と歓声を上げると、クローの笑みはますます深くなった。
でもクローにとってはこの引っ越しが楽しいばかりじゃない、ってことも私は知っている。
私たちは窓から顔を覗かせ、遠ざかる森を眺め、その奥の住み慣れた家に、遠い世界に繋がる『歪み』に想いを馳せた。
あの家を出る前に、クローは宛名のない手紙を一通、テーブルの上に残してきていた。誰宛のものか、恐らく私は知っていると思う。
私がこうして戻ってきたように、その人もいつか元気に戻ってきて、その手紙を読んでくれればいいのに、と願わずにはいられなかった。
さて、田舎町とサザナンの間にはなんと、大小合わせて九つもの町がある。
途中の町に一泊することで時間に余裕をつくり、その全ての町に立ち寄ってもらった私は、念願の名物を遠慮なく味わうことができた。それぞれの町の名物料理はなんとサザナンの馭者さんが調べておいてくれたんだ。
普段はサザナンと王都を結ぶルートをメインに走っているという馭者さんは、田舎町方面に来ることはほとんど無いとかで、しかも仕事で寄り道できる滅多にないチャンスだと大張り切りだった。
ただ食べ歩きにはあまり興味をそそられなかったらしく別行動だったけど、私たちが馬車へ戻るたびに彼の手元のお土産らしき包みが増えていたから、それぞれの町を満喫しておられたのだと思う。
名物は総じて今ひとつのものが多かったけど、たまには大当たりもあったし、量が多すぎて躊躇するような料理も、クローが半分以上食べてくれるから安心だ。サザナンに近づくにつれてデザート系の名物が増えてくるのが目に見えて分かったりとか、それはそれで面白くて大満足したのだった。
そうして無事引っ越しを終え、そのさらに半月後。
私はこの十日間ほどで作りためた魔石を持って、クラウスの店へ押しかけていた。
この前来たときに道順も乗り合い馬車の使い方も覚えたので、今日はクローの付き添いなしの突撃訪問だ。
クラウスは「あいつ、よくこんなのを野放しにしてるな」と呟いたけど、実は説得に結構な時間がかかった上に、怪しげな護身具やらお守りやらを山程持たされている。
「ほら、これをご覧!」
私はカウンターにちまちまと魔石を並べた。
「いったいどこが違うんだ?」
一つずつ摘まみあげ、丁寧にチェックし終えてからクラウスはため息をつく。
「失礼ねっ、よく見てよ! 今までのとは集中力が違うんだから」
これまでは、どうせ一緒だからと短時間で効率重視の作り方をしていたのは認めざるを得ない。
したそこでクローを見習って、一個に最低三十分。気合いをこめて作った頑固職人の技が光る逸品だ。
クラウスは「ヘッ!」と笑った。「お前の気合いの逸品がこれかよ」
「なによっ! あんたなんか、そもそも作れないくせにエラソーにっ!」
私たちはいつの間にやらお互いに『お前』『あんた』呼ばわりである。
結局その日の魔石もいつもの値段で買い取ってもらっての帰り際、ふと展示品の洗濯箱に目を止めた私は言った。
「あのさ、これ音が鳴るようにできないの?」
「何の音だ?」
首を傾げるクラウス。
「ほら、洗濯が終了した合図にね、なんかピロピローンとかプープーとか鳴ったら、他の用事してても終わったなってわかるでしょ?」
以前から思っていたことを今思い出した。
引っ越しの際クラウスが準備してくれた洗濯箱は、六年たっても進化していなかったのだ。
「洗濯箱が止まったら水音も振動も止まるからわかるだろ?」とクラウス。
私は大袈裟にため息をついてみせた。
「そーゆーのじゃないんだなぁ。他のことに集中してると、そーゆーの気づかなかったりすんのよ。騙されたと思って一度作ってみるといいよ。少なくとも私は喜ぶからさ」
「なんでお前を喜ばせるために、そんなの作らなきゃいけないんだよ」
などとブツブツ言っていたクラウスだけど、商売にかける意気込みは誉めて然るべきかもしれない。
その次に訪れた時には、驚いたことに試作品ができ上がっていたのだった。
ここまでお読みくださって、ありがとうございました!




