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魔法使いの嫁<1>

連載再開します。少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。


私が無事、元の世界から異世界へと帰還を果たしたその翌日。


異世界人の私は、クローと結婚するために必要なこの国の戸籍を手に入れるため、彼とともにサザナンへ向け旅立っていた。

元々は、食べ歩き含む優雅な馬車の旅──になる、はずだった……。



「うぐぅ……」

「エミカ、大丈夫っ?」


全然大丈夫、じゃない……です。

食べ歩きもどこへやら。無駄な寄り道一つせず、ガコンガタンとひっきりなしに揺れる馬車。

胃がお腹の中でひっくり返ってダンスしております。



舗装された道路を車で走ることに、或いは振動の少ない電車での移動に慣れきっていた私にとって、この世界で初めて乗る馬車は過酷に過ぎた。

なにしろシートのクッションがさっぱり効いていないのだ。


馬車の乗り心地が悪いことを予測していたクローは、私のために毛布を用意してくれていたのだけど、それを敷いて防げるのはせいぜいお尻への衝撃だけ。

振動による馬車酔いはいかんともしがたかった。

結局私はサザナンに着くまでずっと、クローの膝の上の住民と化していたのである。


尤も、膝の上だからって揺れが無くなるはずもなく、多少はマシっていう程度。

タオルを口元にあて、青ざめて唸るしかできない私を膝だっこし、心配しつつも嬉しそうに髪を撫でる。

この相反する微妙で複雑な心理をクローは器用に態度で表現していたが、私はそんなことを突っ込んでる余裕もない。


田舎町方面とサザナンを結ぶ街道が荒れてるのが揺れる主な原因らしいけど、それに加えてこのスピード、そしてどうやら田舎町で雇える馬車のレベルにも問題があるらしく、「帰りはサザナンで馬車を雇うからもっと楽になる」というクローの言葉を支えにどうにか乗り切ったのだった。




──但し、それ以外何も問題がなかった、というわけではない。


途中、昼食のために立ち寄った町で、気持ち悪すぎて動けなかった私を抱え、町の中を歩き回ってくれたクローに対して言いたいことは色々あるが、その辺まではまあ善意だったと解釈してもいい。


そのときに、馬車を降りて十分もすれば酔いが治まり体調が良くなるってこともわかったのだけど、あいにく馬車の中に靴を脱いできてしまっていたから、仕方なく罰ゲームの如き晒し者に甘んじたのも不可抗力だったと諦める。



でもね! 夕食のために立ち寄った町ではもうソレわかってたからね!?

そこまで急いで馬車を降りなきゃならない理由なんてないし、 馬車を停めてからほんの十分かそこら、動けるようになるまで待てば済む話だよね!?


それを、私が馬車酔いで全ての気力を無くしてる間にそそくさと、しかもまたしても靴を履かせないまま連れ出そうとしたのは絶対わざとに違いない。

だからすんでのところでその企みに気づいた私が怒るのは、当然だと思う。いい歳した大人の女が抱っこされて町を歩くとか、嫌がらせ以外のなんだってんだ。

顔を真っ赤にした私がクローの胸をポカポカ叩いて抗議すると、彼はすこぶる残念そうな顔で数メートル離れたばかりの馬車へ戻り、ため息をつきながら靴を履かせてくれたのだった。



いやいや、そんな拗ねた顔してみせても無駄だから!

お昼を食べた町で私たちを見てた馭者さんや町の住民たちの、あのえも言われぬ生ぬるい視線はもう黒歴史として封印し、忘れることに決めたからね。

当然その原因になるようなことも二度と致しません!



そして私たちは妥協案として手を繋ぎ、夕食を食べに行くことになったんである。

私がずっと膨れたままでいたら、だんだんクローが捨てられた仔犬みたいな表情になってきたからだ。


人前で手を繋ぐのはまだちょっと恥ずかしかったけど、抱っこに比べたら騒ぐほどのことでもないし、何よりギュッと手を握った瞬間クローが嬉しそうに笑ったもんだから、もういいやって思うことにした。



それにしても、なぜだろう。クローは三歳年上になった筈なのに、三歳年下だった以前のほうが歳上っぽかった気がする。

前は師匠と弟子って関係だったから、だろうか?

だけど、それにしたって今のクローに以前の素っ気なさはどこにも見当たらない。


なんだか懐いてくる年下の男の子を相手にしてるみたいだ。


手を繋いで歩きながら、ふとそんなことを考えた。





どうせまた馬車酔いするのが分かってるから控えめに……と少ない量で我慢した夕食のあと、馬車はひたすら走り続け、私もクローの膝の上で唸り続け、深夜といっていい時間になってようやくサザナンに到着した。


そのまままっすぐ、クローがここへ来たときに必ず泊まるという宿へ駆け込む。

当然受け付け時間なんてとうに過ぎてたんだけど、常連さんだからと融通してもらえたのがありがたかった。


馭者さんは片道だけの契約だったから、ここでお別れ。

今夜は町外れに馬車を止め、中で仮眠するらしい。

朝になったら二日間かけてゆっくりと、馬を休ませながら田舎町に帰るのだそうだ。もし途中で田舎町方面に向かう客が拾えたらラッキーだ、とも言っていた。


タフだな。私には一生真似できそうにないよ。




宿の部屋に入った私は、くたくたとベッドの縁に座り込んだ。

二つ並んだベッドの右のほう。ようやく柔らかい、揺れてないところに座れてホッと息をつく。

食堂のイスは揺れないけど、硬い木のイスだからくつろいだ気がしなかった。贅沢を言っちゃいけないんだけど、クローの膝だって決して柔らかいとはいえないからね。


クローは、いつも泊まってるからかな? 慣れた様子で脱いだ上着を吊るし、私の上着も脱がせて吊るし、四次元袋から必要なものを取り出して、私のために飲み物をもらいに行ってくれた。

実にかいがいしい。

かいがいし過ぎて申しわけない。


本当は私が動きたいんだけど、今日はもう無理っぽい気がする。


疲れが一気に襲ってきて、仰向けにポスンと倒れたらそれきり動けなくなってしまった。

パジャマは持ってきてて、今クローがそこに出していってくれたんだけど、着替える気力もない。

クローが戻るまで何とか持ちこたえようと頑張ったんだけど、それも無理。

いったいいつ目を閉じたのかも分からないまま、私は眠ってしまっていた。



そうして夢も見ずにぐっすり眠った翌朝、目を開けるとそこにはクローの旋毛があった。

どこかで見たような気がすると思ったら昨日の朝と同じ光景だった。

私の胸に縋りつくようにぴったりとくっついて眠っている。

もう一つのベッドは使われた形跡もなかった。


それから、昨夜クローが戻って来る前に寝落ちてしまったことを思い出し、ちょっと目を泳がせてしまう。

もしかしたら、クローは昨日したかったのかもしれない。なんというか、この前の夜の、あの続きを。


──ということは、まさか今から……?



だけど、私が身動いだせいか続いて目を覚ましたクローはそんな様子を見せることもなく、「おはよう、エミカ。疲れは取れた? 昨日寝る前にクリーンしておいたから身体はさっぱりしてると思うんだけど。今から下で朝ごはんを食べて、すぐに移民局に行こうね。遅くなると混むらしいんだ」

矢継ぎ早にそう言って、軽く唇を重ねてくる。全然色の混じってない、挨拶がわりのただのキス。


うわっ。朝っぱらから一人で変な想像しちゃって恥ずかしいな。

誤魔化すように、「お腹すいたから早く食べに行こう」って言ったら、その途端本当にお腹が鳴った。

そういえば昨日の夕食はあんまり食べてなかったんだったよ。


そんなわけで、私は目を丸くしたクローに掻っ攫われるように宿に併設された食堂へ連れていかれ、味自慢の美味しい朝メニューを堪能したのだった。



そのあとはクローの言った通り、取るものも取り敢えず移民局へ。

まだ開いていなかった受付前に一番で並び、開くと同時に担当者へと案内してもらった。

そして彼の惜しみない裏金工作のお陰で無事戸籍を手に入れた私たちは、そのまま同じ敷地内の役所へ婚姻届けを提出しに行き、驚いたことに宿を出てから僅か数十分で晴れて夫婦となっていた。


クローは大丈夫と言っていたけど、本当に戸籍が手に入るのかどうかさえ一抹の不安が残っていたもんだから、あまりの呆気なさに呆然とする私。


でも手元には、役所が発行してくれたクローと私の『結婚証明書』が燦然と輝いている。

ほとんど読めない単語ばかりではあるけれど、これは間違いなく私たちが結婚したという証拠だ。

眺めてるうちに、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。


嬉しすぎて浮かれた私がチラッと、「私の国じゃ結婚した時に記念の旅行をする人が多いよ」と話したら、クローは直ぐさま乗り気になってくれて、そのままサザナンに逗留し、観光することになったのである。

サザナンはこの国で三番目に大きな町らしい。だから、きっと名所もたくさんあると思うんだ。




クローと私は、ついでだからとできあがった魔石もたくさん持ってきていたので、先ずはそれを売ってしまおうという話になった。

そして向かったのがクラウスの店だ。


クラウスは、自称クローの幼馴染みで、クローいうところの『知り合い』である。二人の間の、この謎の温度差はいったいなんなのか。


ともあれ、私たちは彼の店に入っていった。





その店は、いわゆる魔道具屋というやつだった。

さして広くない店内には様々な道具類がぎっちり置かれ、うちにあるような洗濯箱や冷蔵箱みたいなのが半分くらい。残りは用途のさっぱりわからん物が整然と並んでいる。

以前クローに聞いていた魔石を売りに行く魔道具屋というのは、この店を指していたのだと理解した。


相応に六年分歳をとっていたクラウスは、私を見るなり「ああっ!おじょ……」と叫びかけ、黙り込んだ。

その様子から察するに、私たちが以前顔を合わせていたことはクローには内緒なんだろう。


けど、私はクローに隠しごとなんてしたくない。だからあの時話題に上った『クローのお兄さん』の話だけ省いて、あとは全部その場で暴露してやった。


「なんでそのとき言わなかったの?」とクローに問われた私は、「朝食の支度でバタバタしてたらうっかりしてた、テへ」で無罪放免。

クローの冷たい視線を一人で浴びたクラウスは、ばれたんならもういいやとばかりに、「お前、コイツをほったらかして今までどこ雲隠れしてやがった」と文句を言い始めた。

『お嬢さん』が『お前』に変わっていた。


六年も過ぎていたのは私のせいではない。だけど、そのあいだのクローの姿を思えばやるせなさで堪らなくなる。

私が向こうにいた二カ月間、瞼の裏にはずっと、クローが涙を浮かべながら笑っていたあの表情(かお)が焼きついていた。

それがクローにとっては六年間だった、と知ったのはまだほんの二日前だ。


顔を歪ませる私をクローは抱き寄せ、「エミカは何も悪くないから泣かなくていい」と耳元で囁いてくれる。でもそんな彼の声のほうが、私よりよほど辛そうに聞こえてならない。

だってあの期間、本当に辛かったのはたった二カ月の私より、六年間悔やみ続けたクローなんだから。


そしてこのとき、私は気がついてしまった。

後悔し続けたというあの六年間がクローの中に不安の陰を落とし、私が戻った今も拭い去れないままでいることに。


あんなふうに私に縋りつくようにして眠るのも、

ちょっと私が膨れてみせただけで泣きそうな顔になるのも、

──また、私がいなくなるかもしれない、と怯えているからじゃないのか?



私の推測が当たっているかは分からない。

だけどもしそうなのだとすれば、彼の不安を拭えるのはきっと私しかいない。

──だから、むりやり笑顔を作ってみせた。

これからはずっと一緒だよ、と。

絶対に一人にはしないから大丈夫だよ、と。

そんな気持ちを込めて、彼の背に手を回す。


クローは無言のまま、私を抱く腕に力を込めた。


はたから見たら立派なバカップルの出来上がりだった。




そんな私たちを砂を吐きそうな顔で見ていたクラウスは、どうやらこの話題に触れてはいけないと悟ったらしい。それっきりこの話を蒸し返すことはなかった。

賢明な判断だと、私も思う。



それにしても、今現在こうして私が側にいるにもかかわらず、不安を隠しきれていないクロー。

どうすれば彼の中のこの不安感はなくなるんだろう。


正直私にだってさっぱり分からない。

だけど、私が楽しいと笑えば、クローも楽しいと笑う。

幸せだと微笑んだら、彼も幸せだと微笑む。


だったらそうやって、毎日を笑って笑って過ごして幸せな思い出を積み重ね、辛い記憶を少しずつ薄れさせていけばいいんじゃないかな。

六年かけて溜まった澱を取り除くには、それなりの年月が必要なのかもしれないけど、少なくとも今私は楽しくて幸せなんだから、それをどんどん増やしてクローと分けっこすることから始めようと思う。



そして、まずはその第一歩として。

私は、私の更なる幸せを後押しするべく、クラウスに言った。

「今日は私の作った魔石も買って欲しくて持ってきたの」





クローの作った魔石は、近くの田舎町では一個五十ペルだった。

ところがこの町ではなんと、一個二百ペルで売れるというのだ。それを聞いた当時の私は目を剥いた。


なんてことだ。桁が違う。

聞けばあの田舎町に出回っている魔石は質が悪く、その買取相場は三十ペル程度。つまり五十ペルでも破格の値段だったらしい。

「あの店ではあの価格が限度っていうのは分かってたから、別に構わない」とクローは言った。

クローにとって魔石を作るのは日課のようなもので、採算は度外視。そもそも素材は無料(ただ)なのだから。

クラウスに売ることになったのは、初めてクローが田舎町に魔石を持ち込んだ時。

「ここで売る位なら俺に売って欲しい」とクラウスに頼まれたからに過ぎない、という話だった。


さてそこで、あの頃の私は考えた。

クローの魔石が四倍で売れるなら、私の魔石もそうなんじゃない? 一個十五デシペル程で売れていた魔石なら、一個六十デシペルくらいにはなるんじゃない?


ところが、クローにお願いして一緒に持っていってもらった私の魔石は、それまでと同じくまとめ買いで十ペル程度にしかならなかった。

何度持っていってもらっても一緒だった。


なぜ?



クローに文句を言っても仕方ないので黙っていたが、いつか理由を聞いてやろうと思っていた。

今日はそのチャンスだ。


高校時代からバイトでお小遣いを稼ぎ、卒業後も独り暮らしの生活費を自分で稼いでいた私は、生活費から何から全てクローに頼る生活にどうにも馴染めない。

これは弟子の時からそうだった。


なのでせめて自分のお小遣いくらいは自分で稼ぎたい。

それに、もしまたクローに何かプレゼントを……って思ったとしても、クローにもらったお小遣いで買うのは何か違う気がする。


私の幸せを後押しするのは、いわゆる経済的な自立ってやつなのだ。



そんなわけで、この魔石が少しでも高く売れるならそれに越したことはない。

今日は私の作った魔石の適正価格について、きっちり話し合うつもりでやって来たのだった。



私たちの結婚をクラウスに報告しつつ、クローは丁寧な手つきで彼が作った魔石を並べていく。

その横に私も、自分の分を並べていく。


「ああ……、そりゃおめでとう……。お……奥さんも……」

友人の嫁に、お前呼ばわりは問題があると気づいたらしい。心の葛藤が窺えるくちぶりで、私を『奥さん』と呼んだ彼は、私の手元を見て目を剥いた。

「うわ!? このクズ石、久しぶりに見たぞ」

「……クズ石って、失礼なっ!」


私が並べているのはあの日、元の世界に強制送還されるまでの間に作り溜めていた魔石だ。クローが全部そのまま残してくれていた。


並べる手を止めムッとして睨むと、クラウスはため息をつく。

「こんなクズ石、どうしろってんだ」



またクズ石って言ったっ!

さらにムッとした私は反撃にでた。

「クズクズ言わないでよっ! 今までちゃんと買い取ってくれてたじゃない!」

「今までって、六年も前の話だろ。弟子が作ったって聞いてたけど、やっぱりそれがおま……奥さんだったんだな」

後半を口の中で呟いたクラウスは、衝撃の一言を口にした。

「あれは、クローの魔石のおまけのつもりで買い取ってたんだ。本来なら値段なんかつかねぇ」


ががーん……。

そこまで!?


これは適正価格以前に、買い取ってもらえるかどうかの瀬戸際な気がしてきた。


ショックを受ける私の手を握り、クローがクラウスに言う。

「言い過ぎ!」

「あ、ああ。けど……」

「使い途はあったよね? 魔道具の試験レンタルとか」

「まあ……、一応」


歯切れ悪いクラウスの言葉はともかく、クローの言葉に私は食いついた。

「魔道具のレンタルとかやってるの?」

「昔な」と答えたのはクラウスだ。

「初めて使う魔道具だと、どのくらい便利か分からないのもあるだろ。そういうのに当時はあのクズ石をつけてレンタルしてた。試験的に使ってみて気に入ったら買ってもらう、っていうサービスの一貫で。今はもうしてないけどな」


なるほど。つまり使いどころを提示すれば、需要が生まれる可能性があるわけだ。


この世界での魔石の位置付けは、元の世界でいう電気と乾電池の中間のようなもの、と私は認識している。乾電池よりも遥かに高機能・長寿命な持ち運びできる電気的な。

クローの作る魔石をそれだとすると、私の作る魔石はそのまま乾電池レベルだ。


だけど乾電池か……。

今まで自分の作った魔石が買い取られたあと、どんなふうに利用されるかなんて深く考えたこともなかったけど、確かにそう言われれば、私の魔石って何に使えるんだろう。

何に使うにしたって、長持ちするほうがいいに決まってるのに。


ムーッと考え込む私にクラウスは言った。

「そのクズ石は、安い以外に取り柄がない」


セールスポイントは安さ、か。


私は店の中を見渡した。

洗濯箱や冷蔵箱はもとより、それ以外のよく分からん魔道具に至っては見上げるほど大きなものもある。

こうしてみると、不思議なことに私にはお馴染みのアレやらコレやらは見当たらない。


「あのさ、ここの魔道具って品揃えはどうなの? この店以外にも魔道具屋さんって多いの?」

「他の店に置いてる物ならこの店にもある。魔道具職人と直接契約してるから別注も気軽に受けてるし、店に置いてるのは見本だけだけど、倉庫には在庫もあるしな」

突然何を言い出すんだとばかりに怪訝な顔をするクラウスに、私はさらに訊ねた。

「値段は? こういうのって幾らくらいするの? 普通の魔石はどれくらい長持ちするの?」


私の余りの勢いに及び腰のクラウスから聞き出したところによると、魔道具自体の価格は物によれど、家庭用でだいたい五百~二千ペル、日本円で五万~二十万円位。この内三割がクラウスの分の利益だ。

そこに魔石の価格を上乗せしたものが販売価格になる。

クローの魔石の買い取り価格が二百ペルのものでいうと、販売時には手数料六十ペルを上乗せするので、千ペルの魔道具を販売するときには、販売価格は千二百六十ペル。その内クラウスの取り分は三百六十ペル、三万六千円程ということだ。

魔石は消耗品なので、透明感が無くなり白く崩れてきたら、交換しないといけない。

クローの作る魔石は、家庭用ならだいたい一年くらいは使えるんだそうだ。


私が以前家で使っていた洗濯箱や冷蔵箱なんかは、最初についていた魔石が半年かそこらで壊れ、その後クローの魔石に取り替えた。

一年使えるというクローの魔石と比べると、田舎町の魔石がいかに粗悪な物だったかがよく分かる。

それは極端な話としても、世間一般の魔石の標準は十ヶ月程度。それほどの差があってもクラウスは、販売価格を世間の標準と同等に押さえているのだった。



「クローが『幼馴染み価格』で売ってくれるからだ」とクラウスは言った。

クローの魔石なら本来二百五十ペルでもおかしくないらしいけど、そうするとほかの店よりも商品が高くなる。どのくらい長持ちするかなんて考えずに、少しでも安い方に飛びつく客も多い。

魔石分の価格を抑えることで、他店の魔道具と値段は一緒なのに長持ちする、とクラウスの店は知る人ぞ知る評判の店なんだという。

「魔石の交換も、俺の店で買った商品に限定してるからな。クローの魔石が出回ってるのは、この辺じゃ俺の客のとこだけだ」


なるほど。噂の長持ちする魔石を手に入れるには、そもそもの魔道具もこの店で購入しないといけないらしい。

「うまい商売してるね」

私は本心から褒めたのに、クラウスは何故か嫌そうな顔をした。


「ところでさ」と、私はいよいよ本題に入る。「もっと小さな魔道具ってないの?」



クラウスも、じっと私たちの会話を聞いていたクローも、キョトンとした。

この店にあるのはとにかく大型もしくは中型で、毎日使うこと前提の魔道具ばかり。

そんなんじゃなくて、もっと小型で簡単な魔道具。毎日は使わないけどあれば便利なものとか、一日に少ししか使わないもの。


たとえば懐中電灯。

ドライヤーやミキサー、アイロンなんかは普通コンセント式だけど、小型だしどうだろう。

いや、そもそもそういった用途の魔道具なんて存在するのか?


私がそれらの説明をすると、クラウスは眉間にシワを寄せる。

「そういうのは店舗で使う業務用ならあるけどな。家庭用に小型のを開発したとしても、そんなのに三百ペル以上払う奴はいねーだろ」


するとクローが少し考えて言った。

「けど、その『三百ペル以上』の大部分は魔石の値段だね。魔道具だけの価格ならもっと安くできるんじゃない?」


その言葉に、クラウスはハッとした。

販売価格が三百ペルとしても、魔石の値段を引けば本体は精々数十ペルだ。


そう。私は小型家電製品と、私の魔石のセット販売を目論んでいるのである。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

また第一部終了後、たくさんのブクマ・評価をいただき大変励みになりました。本当にありがとうございました!



*乾電池には使用期限がありますが、魔石に使用期限はない設定です。

実際6年前の魔石を売りに行ってますので(^_^;)

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