其の三
その夜、子供たちが寝静まった後で、お雪は己之吉をちらりと見やって、愕然としました。
ぱさついた灰色の髪を通してうっすらと頭皮が透けて見える己之吉の頭。
えらが張ってしわの寄った、日に焼けて茶色くくすんだ肌。
ところどころ歯の抜け落ちた跡が目立つ口元は日々の苦労ですっかり垂れ下がっています。
(この人は、前からこんなだったかしら)
お雪は毎日見ているはずの夫の顔が、そのとき急に見知らぬ無骨な初老の男に見えたのでした。
次の朝、畑に出てみると、近所のおかみさんたちがいつものように集まって藁を集めていました。
「お雪さんはいいねえ、いつまでも若くってさ。秘訣があるなら教えておくれよ」
「もともとあんたはこの村のもんじゃないからねえ、何か若返りの秘密を持っているんじゃないのかい」
「あら、そんなこと。私だってその辺の村から嫁いできたんじゃありませんか」
お雪が軽く受け流そうとすると、おかみさんたちは顔を見合わせて変な顔をしました。
「何をお言いだい、あんた、ずいぶん前にどこか遠くから流れてきたんじゃないか」
「え、私が?」
お雪は戸惑いました。そういえば、自分には里がない。親やきょうだいの記憶もない。
「まあ、そんなのはどうでもいいさ。おや、下のややが泣いてるようだよ、行っておやりよ」
年かさのおかみさんがとりなすようにそう言い、お雪は家で末の赤ん坊が激しく泣いている声を聞いて、あわてて母屋へ走りました。
抱いて乳を含ませると、赤子は満足そうに喉を鳴らして乳を吸いました。
優しい想いがお雪の心に沸き上がりました。
けれどもその一方で、私は一体ここで何をしているんだろう、というどこか冷めた思いが胸をよぎりました。
この赤子は己之吉とお雪の十人目の子供でした。
普通なら、五人産んでも育つのは一人か二人、十人も子供を産むこと自体がまれなことなのに、
お雪の産んだ子供は病気にも事故にも遭わず十人が一人も欠けることなくみんなすくすく育っていました。
一番上の男の子は、夏から己之吉と一緒に山に入って父親の仕事を手伝っています。
次の年には、二番目の子も山に入るでしょう。
その下に二人続いた女の子は、近所の子守を手伝い、少しばかりのお駄賃をもらって家計の足しにしていました。
それからどんどん続く下の子供たちはすくすくと元気に育ち、男の子はたくましく、女の子は愛らしく育っています。
全く、何不自由のない、恵まれた暮らしではありませんか。
それなのにお雪は、どこかでこれが自分の本当の暮らしではないような気がしてならないのでした。
その夜、お雪が再び己之吉をちらりと見た時、己之吉は大きな口を開けて両肩を交互にとんとん拳で叩きながらあくびをしていました。
少しばかり手に入ったどぶろくで一杯やった後で、酒臭い息がふっとお雪の鼻をかすめました。
「どうしたい、お雪。なんだかこの頃疲れているようだが」
己之吉はお雪が自分を見つめているのに気が付いて声を掛けました。
「何でもないわ、お前さん。今度の冬は厳しそうだって、おかみさんたちが話していたのを思い出して、ちょっと気になったの」
「寒さ知らずのお前が、何言うだ。雪が降ろうが、川が凍り付こうが、
お雪、お前はいつも寒いの一言も言わんじゃろうが。
こっちがあやかりてえぐれえだ。
そういえば、冬吉もちっとも寒いと言わねえが、お前ゆずりなんじゃろうかのう」
そう言って己之吉は笑いました。
言われてお雪は傍らで小さくいびきをかいている冬吉に目をやりました。
冬吉は、お雪の産んだ最初の子供です。
十五になる冬吉は確かにお雪にそっくりで、背も高く、かなりの美少年になっていました。
(あら、でも違うわ。冬吉は私そっくりなんじゃないわ。
ずいぶん前に、冬吉によく似た男の人に会ったような気がする。いつ、どこでだったかしら・・・)
いつしかお雪も己之吉の傍らの寝具に入り、うつらうつらと夢を見ていました。




