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万物融解液の保管方法と使用時における三つの注意点  作者: 宮本 鉈音
第一章 万物融解液の使用時における一つ目の注意点
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第一項 出題編 怪奇的事件の解決、それに伴う危険について

 イクスは甘いものが好きだ。


 黒い服を好み、リズとは対照的な黒髪の隙間から、涼しげな切れ長の目をのぞかせる。

 そんな容姿とは裏腹に。

 

 だが食事が必要というわけではない。

 

 ティンクトラの影響で身体が常に『完全な』状態に保たれているため、腹が空かないらしい。

 つまりただ好きだからという理由で甘いものを食べているわけで、食事をとらない日は大いにある。


 なにが言いたいかというと、通常の人間が吐き気を催すような凄惨な状況を見ても嘔吐の心配が無いということだ。彼がどれくらい凄惨な状況なら吐き気を催すかは別にして。


 少なくとも、『部屋の中に人間の腕が十数本吊り下げられていた』ぐらいでは嘔吐しないようだ。


 「――これまた凄いことになってるね」

 「この事件に関しては、ここまで大事でも聖輪も解決できずにいるみたいだ」

 八畳程度の貸部屋で二人は唸っていた。探偵稼業も板についてきて一か月が経とうとしていたが、その中で一番異様な状況といえるだろう。

 

 「そんなの、俺たちには解決できないんじゃないの?」

 「いや、やつら魔術に対して強い嫌悪感を抱いているから魔術は使えない。魔術を使える私たちなら解決できることもあるだろう」

 「なるほどね……まぁそういうのはリズに任せたよ」

 「犯人と対峙することがあれば、イクスを頼るとしよう」


 リズは壁に人間の腕が吊り下げられた部屋の真ん中で、床に手をつき目を閉じる。イクスは部屋の中にある腕を興味深そうに見つめていた。


 「……どうやらこの部屋には男が住んでいて、腕だけ家に持ち帰っているらしい。犯行は外で行っていたようだが、一週間ほど前から帰ってきていないな」

 「こっちもわかったことがある、ここにある腕は全部女性のみたいだ」

 「ふむ……次はここの大家の様子を探るとしよう」


 **********


 「で、この格好はなんだ……?」

 「探偵として事件を探るなら、変装はかかせないよね!」

 「それにしたってこんなフリルのついたスカート、一刻も早く脱ぎたいんだが――」

 「いいじゃん、似合ってるよ」

 イクスは眼鏡を上げながら答える。こちらも様になっている。

 

 「そ、そうか……」

 「はやく大家に話を聞きに行こう! ほら!」

 「なんだか調子狂うな……」


 二人は先ほどの部屋の真上にあたる部屋をノックした。


 「――はい」

 扉を開けて出てきたのは、二十代前半と見受けられる綺麗な女性だった。


 「お姉さん綺麗だね! 名前なんていうの?」

 「えっ……あの、ケイトです……というか、どちら様ですか……?」

 かなり不審に思われているらしい。震える手を抑えている。


 「すみません、驚かせてしまって。私たち部屋を探してまして。大家さんでいらっしゃいますか?」

 リズはイクスの足を踏みつけ黙らせる。

 「はい……そうですが、ただいま空き部屋が無い状態で……」

 「そうなんですか、それは残念ですね……この真下のお部屋を先ほど騎士団の方が見てましたが、何かあったのですか?」

 白々しく聞くリズに、イクスは耐えきれないという様子で明後日の方角を見ている。

 「実は少し事件が起きまして……人の腕が吊るされていたとか……私は怖くて確認できていないので、騎士団の方に任せています……」

 「それは怖いですね……お部屋に住んでらっしゃった方はどんな方でした?」

 「声をかけても愛想が無く暗い方でした……家賃のほうは毎月遅れずに払ってくださるので、気にはしていませんでしたが……」

 「なるほど……ありがとうございます。それと大家さんはご結婚されているのですか? 指輪をしていらっしゃるようですが」

 左手の薬指には控えめなリングが光っている。

 「あ、はい……それが、何か……?」

 「いえいえ、美人な奥さんを持って旦那様はさぞ幸せだろうなと思いまして。では、また機会があればこちらのお部屋拝見しにきますね。それでは――」


 挨拶を交わすと、部屋のドアは閉ざされた。


 「どうします? 団長」

 「まだ捕えるな」

 「はっ、了解しました」

 「未だ迷える子羊よ、救済の日は近い……」


 **********


 「あの部屋に住んでた男、まさかここに来てたとはな……」

 「サンジェルマンも狭い街だってことだね、お邪魔しまーす」

 理髪店の扉を開け声をかけると、奥から口ひげを蓄えた四十代ほどの男性が現れる。

 「これはこれはイクスさん、いらっしゃいませ。本日はシャンプーで?」

 「今日は仕事で来たんだよ~」

 「こんにちは」

 「お二人ともおそろいで。仕事と言いますと、探偵の?」

 この男性は二人が探偵として、最初にこなした猫探しの依頼人であるエイデンだ。

 この街で二人が探偵だと知っているのはこの人ただ一人である。


 「実はある男を追ってまして、その男がこの店に来てたようなんですが覚えてらっしゃらないですか?一週間ほど前なのですが」

 リズは口頭で男の特徴を述べてみる。

 「ええ、よく覚えてますよ。好きな女性に大事な話があるからと、店を利用いただいたみたいで」

 「好きな女性ね……その時使用したハサミって少し見せてもらえませんか?」

 「はい、と言ってもいつも使っているものなので変哲はありませんが……これです」

 リズはハサミを手に取り、軽く読み込む。

 「ハサミがどうかしましたか?」

 「いえ、ありがとうございます。参考になりました。また来ます」

 「"仕事"があるから行くね、エイデンさん! またね」

 「イクスさん、どうやら探偵が楽しいみたいでよく話してくれますよ」

 リズにエイデンが耳打ちする。

 「すぐ飽きるかと思ったんですがよかったです、またイクスが店にお邪魔するかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

 「もちろんでございます。それとそのスカート、いつもと雰囲気が違いますがよくお似合いですよ」

 エイデンはリズにやさしくはにかんでみせた。

 リズも恥ずかしそうにそれに応え、店を後にする。

 あれからイクスはよく店に行くようで、エイデンと話すうちにまともな人間に近づいたと思う。


 「好きな女性って、被害者のことかな」

 「どうだろうな、これから行く場所で確かめようと思う」

 「もう目星がついてるの?」

 「大体な、さて貸部屋に戻るとしよう」

 「またあそこに戻るの?」

 「あと一つ、確認したいことがある」


 **********


 時刻はもう夜の九時を回ろうとしていたころ。

 「また……あなたたちですか……」

 「こんな時間にすみません、お伝えしたいことがありまして」

 困ったような顔をする大家にリズが続けて言葉を発する。

 「どうやらこの下に住んでいた犯人、騎士団の方たちが捕えたそうですよ。明日から本格的に事情を聞くため、今は街外れの教会跡地で匿っているらしいです。先ほど騎士団の方が話しているのを聞いてしまって、一応言っておこうと思いまして……もしかして、もう聞いていました?」

 「……いえ、聞いてませんでした……ありがとうございます……」

 「やはり伝えておいて正解でしたね、もう安心ですよ! それじゃあ夜も遅いので私はこれで――」

 挨拶を交わし、扉が閉められる。

 

 「急ぐぞイクス、次は教会だ」

 「なんかそれらしくなってきたね!」

 「そうだな、準備しておけよ」


 夜の暗い街をかけ、二人は教会跡地を目指すのだった――。



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