第二項 衣食住において重要な要素、その確保と経緯
「で? ばれちゃったからそのままブスッとやったんだ?」
「いや、あれはブスッというよりグサッだった」
リズは大きなため息をつきながら、綺麗に切りそろえられた白い前髪を揺らして赤い瞳を苦しそうに閉じた。あの日イクスと聖堂から逃げ出してからというもの、彼女は彼にたびたび手を焼いている。
それでも放っておけないのは彼に同情の念と、同じ環境にいたことの仲間意識からくるのだろうか。
そんな様子を気にするイクスでもなく、満足そうに氷菓を頬張っている。
イクスは記憶も持たず、目覚めた直後にみたものがあの殺戮だったために普通の感覚とは少しずれている。傷を負っても痛くなく、再生することのも彼の性格と関係あるのかもしれない。
「まぁ、ばれちゃったんなら口止めはしなくちゃダメだったし仕方ないのかな……」
「そう! 仕方なかったんだよ! わかってくれた?」
「イクスを一人にするとろくな事が無いってことはよくわかった」
リズは記憶のないイクスと違い、記憶はある。年齢は十四歳。幼いころから聖堂で育ち、親の顔は知らない。
リズという名は聖堂で呼ばれていた識別番号のようなものだ。それはイクスも同じ。
イクス――実験を意味するExperimentの頭文字をとってEx。
リズも同様に、予備を意味するReserveの頭文字をとってRes。
「イクスはさ、やっぱりもっと人を知るべきなんだよ」
「興味ないよ、みんな簡単に壊れる」
「みんなイクスみたいにすぐ傷が治ったりするわけじゃないからね」
これに関しては時間をかけて正していくしかないな、とリズは覚悟した。
「終わったことは仕方ない! 次に住む場所探しに行こう!」
「ん!」
イクスは食べかけの氷菓もほどほどに話し始めた。
「実はもう見つけてあるんだ」
自慢げに話すイクスに、不安の色を隠せなかった。
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「ここだよ」
サンジェルマンの郊外まで歩き、どんな場所かと思えば。
「これは立派な一軒家だね……」
「だろう!」
「六十年前ならね」
確かに三階建てで大きさも家族五人は余裕で暮らせるだろうという大きさだが、壁にはツタが蛇のごとく這い回り、窓にも蜘蛛の巣のようなひびが入っている。
中に入って調べてみると、意外にも水は出る。日当たりも良好。前の家主が置いていったであろう大量の書物付き。
床がところどこ腐りかけていることに目をつむれば、窓を修復し住めないこともない。イクスに言わせれば『落とし穴があると思うとスリル満点』だそうだ。
「ちょっと待ってね」
私はイクスに声をかけ、家の中で最も大きな柱に手を添え”読み”始めた――。
この世界には魔術と呼ばれるものがある。魔法とは違う、魔術である。この違いは重要だ。魔術は、魔法ほど突飛なことが起こらない。
魔術は使える人間がそれなりに存在するが、魔法を使う人間はいないだろう。
イクスを被験者として進められいた錬金術は半分タブー、魔法に片足を突っ込んだような例外は存在するが。
そして魔術にはもう一つ注意点がある。
魔法使いならば、火の玉を出したり凍らせたりと好き放題やるのだろうが魔術はそうはいかない。魔術はたくさん扱うことは可能だが、使える魔術が多くなると一つ一つは疎かになるということ。
つまり魔術の効力が弱まる。習得しているとしても三つが関の山だろう。それ以上は魔術ではなくなる。
私のこの読むという行為、これも魔術にあたるのだが『手を触れているものの記憶を読み取ることができる』ものだ。非戦闘向きではあるが、アルカエストを探す上では役に立つだろう。
読み取るものの情報量が多いほど時間がかかるという欠点もあるが、まさに本を読む行為に似ている。
「どうやら三十年ほど前から人は住んでないみたいだ。取り壊すにも時間と費用が掛かるため、放置といった具合だね。」
ここなら前回の宿のように、店主やほかの人とのトラブルも抱えないで済みそうだ。
「じゃあここに住む?」
どこか楽しそうに期待の色を見せるイクスに呆れつつ、リズは「掃除手伝ってね」と念を押すのだった。
明日の同じ時間に続きを投稿します