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単一世界のパラドックス  作者: 芹沢歩
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005 その少女はすべてを知っている


 ◇


 ベルとホープ。賢者殺害の犯人を捜索する二人は、ドーレ領、ロックウェルの街にいた。

 レーヴェでルシードと別れ、ロックウェルを最初に、過去賢者が殺害されたという街でも情報を探ったが、これといった情報を得られず、まだ事件発覚から日の浅いロックウェルならば何か見つかるかもしれないと、再び戻って来ていた。


「世の中そう簡単でもない、か。ボクの魔眼も、情報を知っている者が相手でなければ意味がない。前回事件があった街からの距離を考えても転移していることは間違いないのだが、転移者の過去情報を漁っても事件に結び付く者がいない。捜査開始から早二週間、残す容疑者も少なくなっている。このリストの中にいなければお手上げだな」


 しかしそれでも、なんの手がかりも見つけられなかった二人は、最後の手段として、犯行が行われた街のすべてに転移を行った者たちのリストを手に、怪しい者とされる者を順に、調べている最中だ。


「ワシも魔法を使った痕跡はないかと探ってはみたが、なんらかの魔法珠を使用したというくらいしかわからんかった。魔法の力が込められた魔法珠を使っているところを見るに、おそらくは魔法使いの犯行ではないとい見るべきか、それともわざと魔法珠を使ったという痕跡を残し、魔法使いではないと見せているのか……謎は深まるばかりじゃ」


 いったい犯人はどこから来て、どこへ消えたというのか。二人は考え続けてきたが、答えを出せないでいた。


「お、いたいた。もー捜しましたよ。てっきり酒場にいるものとばかり思ってましたから、無駄足食っちゃったじゃないですか」


 そこへ、馴れ馴れしくも現れた黒髪黒目の少女に、ホープはベルへと視線を送る。


「賢者殿の知り合いかな?」


「……はて、記憶にないの。お主の知り合いではないのか?」


 ベルは小首を傾げて考えるも、思い出せる範囲に少女の顔と名前はない。ホープの知り合いではないかと言ってみたものの、酒場ということは自分の方であることは確かだろう。酒に酔い、出会ったことすら忘れているのだろうかとも考えるが、捜査を開始してからというもの、酒を飲んだ覚えもない。レーヴェに住む者ならば、それこそ忘れるはずもなかった。


「でも、アイリスさんも一緒とは都合が良いですね」


 次に少女の口から出た名前に、今度はホープが小首を傾げた。


「……どうしてその名を知っている? 君は何者だ?」


 一瞬、諜報ギルドの者かともホープは思ったが、諜報内部でもホープという名で通してきたのだ。知っているとすれば両親しかいないということもあり、自身の正体を知っているであろう黒髪の少女に、ホープは警戒を強める。


「どうしてって……アイリスさんですよね?」


「ボクの名はホープだ。どこでアイリスという名を知った?」


「……ホープ?」


 一方、黒髪の少女――レアも困惑していた。ホープなどという名は聞いたことがなかったからだ。人違いかとも思われたが、レアの知るアイリスと瓜二つであり、一人っ子と聞いていたことからも、別人だとは思えない。


「まだ名前を聞いていなかったな……。君は何者で、どんな目的があってボクたちに声をかけた?」


 名前と目的を聞かれたことで、レアはここへ来た目的を思い出す。

 ここへは、ベルに会いに来たのだ。アイリス――もとい、ホープはオマケと言っても過言ではない。

 逆に、これ以上怪しまれでもすれば、ホープの魔眼によって情報を取られてしまう可能性まである。

 レアはさっさと本題に入ることにした。


「これは失礼しました。私の名はレアと申します。ここへは――賢者殺害の犯人をお教えしようとやってきたのです」


「なんだと!?」


 捜査を開始してから二週間が経過しているにもかかわらず、なんの進展も得られていないところへ今の言葉だ。驚かないはずもない。それはベルも同じで、レアの顔をまじまじと見ている。


「その話は本当か? お主はどこでその情報を得た?」


「たいしたことではありません。お二人もそう遠くない未来に、独自に入手される情報です。私はただ、お師匠様から授かった情報を元に、少しばかり前倒ししているだけなのです」


「前倒しだと? 君は何を言っているのだ?」


 レアの言葉の意味が読み取れず、ホープはその意味を問う。


「本来はもう少し先のことなのですが、私はそう気が長いほうではありません。お師匠様の言い付けを守りつつ、ここまで待っただけでも我慢した方なのですよ?」


 しかし、レアの口から出てきた答えに、ホープは眉をひそめるに終わる。


「師匠とか申したな。お主の師は誰じゃ?」


「クハハ、それはまだ秘密です。いずれ、わかる時が来るでしょう」


 ベルの質問に、にんまりと笑って返すレア。その笑い方に、ホープはベルへと視線を移した。


「……賢者殿? やはり賢者殿の知り合いではないのか? もしや師匠というのは、賢者殿のことでは?」


「ワシに弟子と呼べる者はルシードしかおらん。何故そう思ったのか不思議でならんわ」


 レアに聞こえないよう、ベルの耳元で囁くホープに、ベルは心底理解できないとばかりに返す。


「何故って……笑い方が賢者殿と同じではないか。まさか、子どもがいたなどとは言わないだろう?」


「……笑い方? それこそおかしな話じゃ。ワシに子はおらねば、淑女の見本とも言うべきワシは、あんな下品な笑い方などせんわい」


 どこからどう聞いても同じにしか聞こえないのだが、本人が知らぬと言っている以上、ホープにはどうすることもできない。


「色々と気になることはあるでしょうが、私はこのあと予定があるため、あまり時間がありません。ここに今後の予定を記しておきましたので、ご確認ください」


 ベルはレアが取り出したメモを注意深く受け取るが、ただの紙だ。何かの罠でも、魔道具というわけでもない。


「いいですか? 必ずメモの通りに動いてください。予定が狂ってしまうと、今後に影響が出るかもしれません。書かれている日時には、特にご注意を」


 口早に言い終えたレアは、止める間もなく背を向けると、足早に去ってしまう。


「賢者殿、ボクはあの少女を追い、魔眼で情報を引き出してくる。賢者殿は――」


「――待て。お主、このメモをどう思う?」


 レアを追いかけたい気持ちはあるが、ベルはレアに手渡されたメモの内容に衝撃を受け、意見を聞くべく、ホープに見えるように裏向ける。


「……馬鹿な、ジェフリー・ブラッドフォードだと?」


 そこにあった犯人の名前『ジェフリー・ブラッドフォード』。その名前に、ホープも衝撃を受けた。


「彼はこの国の錬金術において数々の実績を上げてきた男だ。対価を求めるという職業にかかわらず、ボランティアにも精を出しているとも聞いている。人柄も良く、とても今回の犯人と呼べるような存在じゃないぞ?」


「ワシも名前と少しばかりの噂程度には知っておる。それほどに名の通った男じゃ。……しかし、お主が手に入れた、事件発覚から数ヶ月間の転移者リストのすべてに名があったのを覚えておる。これは偶然だと思うか?」


「それは……」


 平和すぎる国故に、事件現場見たさに野次馬根性ですべての街に転移していた金持ち連中のせいで、容疑者が増えていたことに加え、ジェフリーの評判から調べる順番をあとに回したのは確かだ。レアの情報が本当ならば、確かに近い将来、ジェフリーにたどり着いた可能性はなくもない。


「しかし、これはどういったことだ? 今現在この男がいる場所に加え、ご丁寧にも日時の指定までされておる」


 ベルはレアが消えた方角へと目を送るも、すでに姿はない。やはり追うことを優先すべきだったかと、ホープを引きとめてしまったことに、少しばかり後悔する。


「日付は明日の夜か。……賢者殿、ボクは今日一日を使い、ジェフリーについて調べてみる。それまでは軽率な行動は控えてくれ。乗り込むにも、確たる証拠が欲しい」


 とても信じられる情報ではない。

 だが、以前手がかりの一端すらないのも事実。ホープは一縷の望みに賭け、動くことにした。


「わかっておる。ジェフリーのもとへ乗り込むことこそがあの娘の罠という可能性もある。お主が戻るまでの間は、大人しく待つとしよう。あまり無茶はするでないぞ? 何かあれば、すぐにワシに連絡を寄こすのじゃ」


「もちろんだ。自分の身のほどは弁えている。無理をするつもりはないよ。ボクが戻るまで、賢者殿は体を休めていてくれ。何か見つかれば、賢者殿には大いに働いてもらうことになる」


 ベルが頷いたのを確認し、ホープはすぐに行動に移る。まずはギルドでジェフリーの最近の情報を集めることからだ。


 ◇


「クハハ、これであの二人は間違いなく動く」


 王都から遠く離れた魔王の拠点、そしてベルたちのいるロックウェルから去ったレアは、一連の賢者殺害事件の犯人でもある男――ジェフリー・ブラッドフォードのもとへと戻って来ていた。


「残る問題は……やっぱり魔王か。いったい師匠はどうやってあの魔王から……ん?」


 レアはジェフリーがいる部屋の扉、その向こうから聞こえてくる声に、自然と足を止めた。


「言われずともわかっているさ。私が約束を破ったことなんてないだろう?」


 扉の向こうから聞こえた声は、ジェフリーのものだ。誰かに話しかけているのか、穏やかな口調で話す声が、レアの耳にまで届く。

 その声に、レアは部屋の中を覗き見るようにして、扉を少しだけ開いた。


「ああ、もちろんだとも。週末は期待してくれて構わないくらいだ。あの子もきっと喜ぶはずさ」


 部屋の中には、嬉々として会話を続けるジェフリーがいる。その姿を初めて目にする者がいれば、一連の事件の首謀者だとは、誰も思わないだろう。

 その様子にレアは少しだけ顔を伏せ、わざと音を立てるようにして部屋の扉を大きく開いた。


「…………君は。……おお、戻ったか! 早く、早く見せてくれ!」


 その音に驚くようにして視線を寄こしたジェフリーは、一瞬だけ呆然としたものの、レアの存在に気づいたのか、瞳に狂気の色を見せながら駆け寄ってくる。


「お待たせしました。ですが、昨日も伝えたように、まだその時ではありません。私はこのあと、とても危険な場所へ必要なものを取りに向かうため、彼の遺体はここへ置いていきますが、決して触れようとはしないでください」


 レアは自身の影からルシードの遺体を取り出し、寝台へと寝かせながら、ジェフリーに釘を刺す。


「それは……承知している」


 レアの鋭い視線に貫かれ、ジェフリーは息を呑む。その視線は、手出しすれば命がないと言っているように感じた。


「必ず守ってください。時を待たねば、今度も失敗に終わります。私はこれから最後のピースを手に入れるために少し出ますが、次に私がここを訪れる時が、その時だと思ってください」


「君が戻るのはいつだ? いつまで待てばいい?」


 ジェフリーが研究を始めてから一年が経とうとしている。はやる気持ちは抑えられない。


「――明日の夜です」


 レアは笑みを深める。

 彼女にはルシードの体、もとい心臓を、ジェフリーに渡す気は最初からない。

 しかし、このあと起こる予定のためにも、どうしてもこの場へ置いて行かなければならないだけの話。

 最後は、自分が手に入れるつもりでいる。


「そうか! 明日の夜か! ははは、いいとも! 君が戻るのを待っているさ!」


 そのことに、ジェフリーは気づかない。彼は利用されているだけとは知らず、己の研究が実を結ぶと信じて疑わない。彼は、それほどに狂っている。

 そうと知ってか、レアはルシードの周囲に魔石を散りばめた。


「魔石? なんの効果があるのかね?」


 レアが取り出す魔石は未知の物ばかりだ。ジェフリーは再び目にしたことがない魔石を目に、何事かと問いかけた。


「このままでは彼の遺体が劣化してしまいます。必要な時が来るまで、この場を固定する結界を敷いているんですよ」


 レアの本音は、ジェフリーに余計な手を加えさせないためだ。この結界がある限り、ジェフリーが何をしようとも、触れることは叶わない。


「そうか、それは必要だな! ああ……今から待ち遠しい。やっとだ……やっと会えるぞ!」


 やはりジェフリーは気づかない。大願成就に目が眩み、瞳から涙を流すだけだ。


「それでは、私は最後のピースを手に入れてきます」


 結界を作り終えたレアは、部屋にジェフリーただ一人を残し、再びこの地を離れる。


 ここまではレアの予定通りだ。すでに種は蒔き終えた。もう一度魔王のもとを訪れ、アルマリーゼたちが争っている間に最後のピースを手に入れさえすれば、自身の目的が必ず達成されると、そう信じて疑わない。

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