015 その手にかかるもの
◇
ルシードたちがジェフリーの隠れ家を発ったころ、アルマリーゼとレアは魔王の館に残っていた。
すでにここで待ち続けること数時間が経過しているが、魔王が帰ってくることがなければ、テオが聖剣を使用した形跡もアルマリーゼは感じない。
それでも二人は椅子に腰掛け、魔王の帰りを今か今かと待っている。
「言っておくけれど、逃げようとしても無駄よ? すでにこの場には私の力で魔法を使えないようにしてあるわ」
それは仲良く、というわけではない。
そわそわと落ち着きなく、なんとか脱出する機会はないかと周囲を見渡していたレアに、アルマリーゼが忠告を入れる程度の仲だ。
「……逃げるだなんて人聞きの悪い。アルマリーゼさんが何を言っているのか、私にはわかりません」
素知らぬ素振りでアルマリーゼから視線を外すレア。
彼女にとって、魔を退ける、いや、この場合は魔を封じる力をこの場に広げているアルマリーゼは天敵だ。
魔法を使えない状況では、この場から逃げ出す術がレアにはなかった。
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかしら?」
「……何をです?」
それでもこの場から逃げ出すことを諦めていなさそうなレアに、アルマリーゼは苦笑しながらも問いかけ、問いかけられたレアは、まだその時ではないと、はぐらかす。
「あなたが何者で、何をしようとしているのか。……それと、ルーファを目の敵にしている理由もね」
「……気づいていたのですか?」
「あなたは知らないかもしれないけれど、闇の精霊として生まれた私は殺気には敏感なの」
気づかれているとは思っていなかったのだろう。目を丸くしたレアに向かってアルマリーゼは得意気に語ったが、その言葉にレアは小さく笑う。
「……そうでした。あなたは闇の精霊だったんでしたね。私の知っているあなたは、今のあなたとはかけ離れた人物ですから、すっかり頭から抜け落ちていました」
「……『私の知っている』? 私はあなたとは会ったことがないはずだけれど、私のことはどこで知ったのかしら?」
アルマリーゼがこの世界に召喚されて五十年という年月が経ってはいるが、そのほとんどを封印されて過ごしたのだ。直接言葉を交わした人間は数えるほどしかいない。
レアとはどこかで会っている、いや、誰かに似ている気がするアルマリーゼも、誰に似ているのか思い出せず、心当たりが皆無な状況だ。あの魔王が誰かに得意気に話したとは思えず、誰から自分のことを知ったのかと気になる。
「今はまだ話せません。ですが、敵ではないとだけ申しておきます」
「あなたは敵じゃない。それは私も感じていたわ。でも、あなたがルーファに向ける瞳だけは見逃せるものではなかった。……どうしてあなたはルーファを目の敵にしているの?」
再びの問いかけに、レアは言うべきか迷い、それでもアルマリーゼのことをよく知るレアは、アルマリーゼならば味方になってくれるはずだと思い、伏せていた顔を上げた。
「今はまだよくても、いずれ彼女は最大の敵に回りますよ。私だけでなく……あなたにとってもね」
真剣な面持ちで語るレアに、アルマリーゼは疑問に思う。
ルーファが敵になる。
そう聞かされたところで、ルーファのことを数日間とはいえ知るアルマリーゼには、ルーファが敵に回るところなど想像できない。
「それはどういう――」
「おや? 二日続けてお客さんとは、珍しいことがあったものだね」
アルマリーゼがその意味を問おうとしたところへ、ふいにかかる声。
ギクリとしたアルマリーゼとレアは、瞬時に視線を向け、認識してしまったがためにかかる圧力を体に受けながらも、逃げるような真似はしない。
「ただ、留守に押しかけるのだけは好ましくはないね。勝手に上がり込むだなんてもってのほかだよ?」
そこにいたのは当然、この館の主人であり、魔王でもある少女だ。
この場にはアルマリーゼが魔法を封じる力を張り巡らせているにもかかわらず、ここまで接近されるまで気づけなかった事実に、アルマリーゼとレアは咄嗟に距離を取るようにして離れるが、どこか機嫌が良さそうな少女は言葉とは裏腹に、何かをしてくることはない。
「……それは大変失礼致しましたわ。入り口には鍵がかかっていなかったものですので、入って良いのだとばかり思っておりました」
全身に嫌な汗をかきながらも、アルマリーゼは引かない。
ここへは、ルシードを取り戻すために来たのだ。それを達成するまでは、相手が頂点に立つ存在でさえ、引くわけにはいかない。
「ふふっ、そうだったかな。ここへ来る者は久しくいなかったものだから、鍵という存在を忘れていたのかもしれないね」
それでも、やはり少女は上機嫌だとばかりに笑った。
「しかし、そこにいる子から聞いてはいたけれど、本当に聖剣に生まれ変わったようだね。いまだかつて、魔剣が聖剣に転生したなんて話は聞いたことがないよ」
「……レア。言い訳はあとで聞くわ。あなたにも戦ってもらうわよ?」
すでにレアが魔王と接触していたという事実を知っても、どうしてもレアを敵とは思えないアルマリーゼはこの場で咎めるような真似はしない。
「わかっています。ちょっぴり予定は狂ってしまいましたが、私も急がなくてはいけなくなりました。ここで決着をつけます」
共闘を申し出るアルマリーゼに頷くレア。
彼女もまた、ルシードの魂が必要なのだ。すでにベルがルシードの体を手に入れているであろう今、どうしてもルシードの魂を持ち帰らなければ、目的を達成できなくなる可能性がある。
「ふむ。何故か戦う流れになっているようだけれど、生憎と私はそんな気分ではないんだ。お引取り願えるかな?」
「あら? 魔王様ともあろうお方が弱気ですのね」
帰って良いと言われて帰れるものではない。アルマリーゼはその赤い瞳に強い意志を宿し、少女の瞳を見据えて挑発する。
「何か勘違いをしているようだけれど、魔法を封じた程度で私に勝てるつもりでいるなら思い上がりもいいところだね。その身一つで勝てるからこそ、魔王などという忌み名で呼ばれているのだよ」
少女の言葉に嘘はないだろう。
魔法を封じた程度で勝てる相手ならば、最初から苦労はしない。アルマリーゼたちが知らない過去にも、アルマリーゼと同じ能力に似たような者がいれば、魔道具のようなもので魔法を封じようとした者もいたはずだ。
その結果がどうなったかなど愚問だろう。現に少女は生きて目の前にいることからも、ことごとくを打ち破ったに違いなかった。
だからこそ魔王などと呼ばれ、頂点の座に、座り続けてる。
それでもなお、アルマリーゼは引かない。
「――ルシードを返してもらうわ」
己を奮い立たせるために、言葉にした。
そしてテオのもとから聖剣を呼び戻そうと、虚空へ手をかざす。
だが、
「これは異なことを言う。あの少年……いや、もう名前で呼ぶべきか。ルシードならば、今はベルとともにいる。今頃は君たちのところへ向かっているのではないかと思われるのだけれど、どうしてここにいると思ったんだい?」
アルマリーゼの言葉に、少女は本当にわからないといった感じに小首を傾げた。
「……え?」
そんな声に耳を疑うのがアルマリーゼとレアだ。
レアは少女が今もルシードの魂を所持しているものだと思い、アルマリーゼはレアの言葉を信じたからこそ、ここにルシードの体とともに魂があるものだとばかり思っていた。
「ルシードが――帰って来る? そ、それは本当なのですか!?」
これはいったいどういうことなのかと問うアルマリーゼ。隣に立つレアをチラリと見てみるが、レアも少女の言葉が信じられないとばかりに目を見張っていた。
「本当も何も、ベルとは先程別れたばかりだ。何もなければ、どこかの街にいるのではないかな?」
少女が嘘をつく利点など何もないことをアルマリーゼは理解している。
では、どこかの街にいるというベルは、どういった状態のルシードとともにいるのかと問い直すことにした。
「もう一つお尋ねしたいのですが、その……ルシードは生きていると?」
「そうだね。動いているところを見たわけではないけれど、まず生き返っていると見て間違いはないよ」
アルマリーゼの質問に答えた少女の言葉に、レアは焦る。
ルシードがすでに生き返っているとは予定外すぎる展開だ。大問題なんてものではない。
本当ならば今頃はレアの手にルシードの魂があるはずであり、持ち帰るはずだったのだ。
もはやこんなところで時間を潰している場合ではなくなった。今すぐにでも戻らなければならない。
「アルマリーゼさん。もうここに留まる理由もなくなりました。急いで戻りましょう」
「え、ええ、そうね。……このまま失礼してもよろしいでしょうか?」
「構わないよ。見たところこの家に置いてある物に触れた感じではないからね。咎めるつもりがなければ、どうこうしようという気もない」
やはりどこか上機嫌な少女を疑問に思うが、アルマリーゼも今はそれどころではない。一刻でも早く戻ろうと、一礼してその場を去る。
「寛大な処置に感謝致しますわ。……それでは、これで失礼致します」
「またいつでも遊びに来るといいよ。歓迎しよう」
少女はそのままの意味で言ったのだが、アルマリーゼとレアはぞっと背筋に冷たいものを感じながら、その場をあとにした。
◆
ベルの案内により、ルシードたちはジェフリーの隠れ家から近場の街――レムスへと入った。
「まずはギルドでホープに連絡を入れるとするかの」
「……ホープ? ホープがいるのか?」
そこでベルから出た名前に、ルシードは反応する。
エンバリーで出会ったホープの名前が出てくるということは、自分が死んでからそう時は経っていないのではないかと思わせたからだ。
「うむ。お主も知っとるじゃろう? 以前と姿が違うことからも驚くかもしれんがな」
ベルの返答に、ホープの姿が変わっているということはすでに数年が経過しているようではあるが、知り合いがまだいるのだという事実に、ルシードは嬉しくなる。
「そうか……みんなまだいるのか」
「む? おるのはホープだけじゃぞ?」
みんなどれだけ成長したんだろうか。そう考えるルシードに、ベルは何を言っているのかと小首を傾げた。
「……ホープだけ?」
だが、ベルのその言葉に、ルシードは固まる。
ホープしかいない。
それは、数十年が経ち、他の者たちは亡くなっているということだ。
すでに何百年と同じ姿を取るベルに、ここまで怖くて聞けなかったが、ルシードは意を決して口を開く。
「今は何年だ? 俺とベルが最後に会ってから、どのくらい経った?」
「何年も何も……ああ、そうか、お主は死んでおったんじゃな」
ルシードが死んでいたことを思い出して顔を伏せるベルに、ルシードの心配は募るばかりだ。
「今日は十二月二十七……いや、すでに日付も変わっておるから二十八日か。お主と別れてからは……何日かの? まだ一月は経っておらんはずじゃが……」
しかし、ルシードと別れてから何日経ったか考え込むベルから出た言葉に、ルシードは拍子抜け。
「……え? 十二月二十八日? 一ヶ月も経ってない? ってことは、俺が死んでからまだ三日と経ってないのか?」
「お主がいつ死んだかは知らぬが、そうなるかの?」
ルシードがいつ死んだかなどベルが知る由もない。何をそんなに驚いているのかと、ベルは頭を捻るばかりだ。
「で、でもさっき、ホープしかいないって言っただろ? 他のみんなはどうしたんだよ?」
「何を勘違いしとるか知らぬが、ワシと一緒におるのがホープなだけじゃ。他の者がどこで何をしとるかなぞ知らんわい」
呆れたように言うベルに、ルシードは自分が勝手に早とちりしただけだと知り、顔を赤くする。
「そ、そうか。いや、ホープがいるのか。会うのが楽しみだな」
まだルシードが何を勘違いしていたのか気づかないベルだが、ホープを早く安心させるためにも事件が解決したことを教えてやろうと、別の街で待機するホープに連絡を取るためにギルドへと足を踏み入れた。
「とにかくホープに連絡を入れるとするかの。ワシが連絡を取る故、お主はそこらで待っておれ」
「わかったよ」
ベルに指示を受けてルシードは頷く。おそらくは魔電通信で連絡を取るであろうことを想像するが、一度として使ったことがない装置に興味はあれど、誰の連絡先も知らないのでは使いようがない。ベルについて行こうにも、一人用なのかもしれないと思うとついて行くわけにもいかないと、今も手を引くユキとともにギルドのエントランスホールで待つことにした。
「ユキの服もどこかで買ってやらないと……って、今は無一文なんだっけか」
ユキと二人でソファに腰掛け、今後のことに思いを馳せるルシードだったが、王都ですべての金を使い切ったことを思い出し、どうしたものかと悩む。
幸いにもユキは教えるまでもなく色々な知識を持っているようで、ユキ曰く、自分の素体を作った人物からある程度の知識は与えられているらしい。
それが誰なのかと気になるルシードであったが、何故か慌てたようにユキに対して忠告を入れたベルのせいで聞けずに終わっていた。
「……ますたー、貨幣が必要とあらば、私が調達します」
そんなルシードの心中を察したのか、胸を張って任せろとユキは言う。
だが、生まれたばかりのユキにそんな真似をさせられるわけもなく、自分の手で起こしたことから我が子とも呼べるユキに、まだ面倒を見てもらう歳でもないと苦笑する。
「大丈夫、お金は俺がなんとかするよ。こう見えてお金に困ったことはないんだ。心配しないでどんと構えていなさい」
「……ますたー」
王都で散財し、宿代をアルマリーゼに払ってもらったことに加え、まさに今現在金に困っていることを棚に上げて言うルシードだが、ユキは無表情なれど、感動したかのように頷いた。
「とりあえず何かできる仕事はないか見て……ああ、いや、すぐに別の街に移動するかもしれないしそれもまずいか。ギルドカードの更新だけしとくかな。行くよ、ユキ」
「……はい」
ソファから腰を浮かしたルシードだったが、戻ったベルがすぐに発つと言うのであればそれもできない。それならばギルドカードの更新だけはしておこうと、受付へと向かうことにする。
前回更新してから十一日だ。死んでいる間に犯罪者になっていないようで良かったと、深夜ということもあり、人の並んでいない受付へと到着した。
「こんばんは、何かご用ですか?」
「はい、ギルドカードの更新をと思いまして」
冒険者カバンと中から取り出しておいたギルドカードを受付嬢に見せるルシード。
その両方とルシードが連れているユキとを交互に見た受付嬢は、深夜にもかかわらず妹を連れているのかと小首を傾げるが、宿で一人にしておくわけにもいかなかったのだろうと、ルシードに視線を戻した。
「承りました。妹さんですか? お人形さんみたいで可愛らしいですね」
室内で暖かいということもあり、母から受け取った黒いコートは脱いでいる。ベルと同じ赤と白を基調とした豪奢なローブを身に纏うユキに、受付嬢は微笑ましく思って言ったのだが、ルシードはユキがホムンクルスなのだと気づかれたのではないかと焦る一方、妹と問われてどう説明したものかと悩んだ挙句、
「いえ、妹ではなく……娘です」
素直に答えた。
「……はい?」
その声に、受付嬢は何かの間違いではないかとギルドカードを更新しようとしていた手を止めて、無表情なれど、どこか誇らしげなユキへと視線を向ける。
「あの、失礼ですがお年をお聞きしても?」
ギルドカードを見ればわかることなのだが、ユキから目を離せない受付嬢はルシードに問う。
「十四……あ、十五になった、のか?」
死んでいる間に念願の十五を迎えていたではなんとも実感はないが、ここへ来るまでも時間が流れていたことを思えば十五と言っていいだろうと、ルシードは伝える。
「……じゅ、十五?」
「な、何か問題が?」
受付嬢から見たユキの年齢は十歳といったところだ。
では、目の前にいる少年は五歳で父親になったと言うのか。なんとも信じられない話に、受付嬢はルシードが怪しく見える。
「い、いえ、すぐに更新をしてしまいますね」
それでも確証があるわけではない受付嬢は、娘と聞こえたのは聞き間違いだったのだろうと、ギルドカードの更新を始めることにした。
受付嬢は手に持ったギルドカードを読取装置に通し――
ビーッ! ビーッ!
ギルド全体に鳴り響く警報に、慌ててルシードへと視線を戻す。
「……あの、この音は?」
その警報の意味がわかっていないルシード。何故か周囲から突き刺さる視線が痛い。
そんなルシードの様子に、ギルド内にまばらにいた冒険者たちへと視線を促した受付嬢は、机の引き出しからある物をゆっくりと取り出すと、ルシードに向かってにっこりと微笑みかけた。
「申し訳ありません。両手を出していただいてもよろしいでしょうか?」
「……両手? こうですか?」
今も鳴り止まない音に何事かと首を傾げるルシードは、受付嬢に言われるまま両手を差し出し――
「確保ー! 取り押さえ急いで!」
その手に手錠がかけられた事態に、ただただ首を傾げるのだった。




