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単一世界のパラドックス  作者: 芹沢歩
11/34

010 たとえこの世界にいなくとも


 ◇


「やはりワシらを呼ぶほどの敵ではないように感じたがの? ワシらを呼ばねばならぬほどの理由でもあったのか?」


 並行世界より集ったベル。そのうちの一人が、ルシードのもとへ向かおうとしたベルの背中に声をかけた。


「冷静なつもりじゃったが、ルシードの死に、思っていたよりも頭に血が上っておったようじゃな。あとは、お主たちには同じ過ちを繰り返して欲しくなくて呼んだということにしておこうかの。お主たちの世界ならばまだ間に合うやもしれん。くれぐれもルシードの側を離れずに、あの子を失うようなことはしないでくれ」


 いくら並行世界へ関与できようとも、ベルは一度として歴史を大きく変えるようなことはしなかった。やったことと言えば、自分の世界よりも進みが遅い世界へと自分が取った食事の内容を伝え、別の物を食べさせたくらいなものか。

 そうすると不思議なことに、まるで世界の修正力が働いたように、そのことを知らない者たちの世界へも影響を与え、自然な形で収束するようになることは確認済みだ。


 だからこそ、ベルは行動に移す。

 ここへ来た者たちの世界ではこの時点へ達していない様子から、別の世界では死に逝くルシードの定めを変えられるはずだと、そう信じて手を加えることにした。

 たとえこの世界にはルシードが失われた結果だけが残ろうとも、他の世界で生きていてくれるならそれでいい。

 そうすればそれが正しい結果となり、ここに現れなかった者たちの世界へも、自然と収束するように修正力が働くはずだ。


 だが、ルシードが寝かされている部屋に向けて語るベルに、並行世界からやって来た三人のベルたちは顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべていた。


「そのルシードとは何者じゃ?」


「ワシもそのような者には心当たりがないな」


「お主の様子を見るに、よほど重要な人物か?」


「……なん、じゃと?」


 ベルは目を見開いて驚く。

 並行世界といえど、存在する人間はこの世界と同じだ。他の自分たちはまだ会っていないだけかとも考えるが、それほどまでに時間のずれがある者を呼び寄せたのは初めてでもある。

 もしや、自分が同じ道を辿ると考えているだけで、本当は世界によって異なる道を歩んでいるのではないかとも思えてくるほどだ。


「ワシはハインドル領にある魔法都市レーヴェと呼ばれる街に(きょ)を構えておったが、お主たちは違うのか?」


「む? レーヴェならばワシも住んでおるぞ」


「ワシもレーヴェじゃ。これからメリッサと飲みに出ようというところじゃった」


「クハハ、お主もか! 最近良い店を見つけての! ロザリーという者がやっておる店なんじゃが、知っておるか?」


「おお、まさしくその店に行こうとしとったところじゃ!」


「やはりどの世界でも考えることは同じか。メリッサの目の前で転移ゲートが開くのは初めてじゃったからの。驚く顔がなかなかに見物じゃったわい」


 盛り上がる並行世界のベルたちをよそに、この世界のベルは混乱していた。

 やはりこの者たちも自分と同じ歴史を持っているに違いない。

 ではやはり、ルシードとはまだ出会っていないだけなのだろうか。

 だが、ロザリーの店とは、ルシードと出会ったあとに見つけた店のことだ。それがどうして呼び寄せた者たちはルシードのことを知らないのか。疑問が残る。


「そうと決まれば帰るとするかの。お主たちも達者でな」


「ま、待て待て! まだ話は終わっておらんわ!」


 ベルは今にも帰りそうになっている並行世界のベルたち慌てて引き止める。

 どうしたことか時系列が前後しているようだが、まだ出会っていないと言うのなら、これからルシードがレーヴェを訪れるはずだ。せめて並行世界ではルシードに生きていてもらおうと、ルシードのことを伝えることにした。


「む、まだ何かあるのか?」


「今も話したルシードのことじゃ。お主たちにはなんとしても守ってもらいたい。詳しい話は隣の部屋へ移ってからとしようではないか」


 小首を傾げる並行世界のベルたちをよそに、ベルはルシードが寝かされている部屋へと入る。


「……この者がルシードか?」


「そうじゃ」


 今にも泣き出しそうなベルに、並行世界のベルたちは黙り込む。

 目の前に寝かされているルシードは、誰がどう見ても死んでいるのだ。鋭利なものに心臓を一突きにされ、いくら魔法といえど、治癒することは不可能と断言できる。


「ワシの、初めての弟子じゃ」


「ワシの……弟子?」


「馬鹿を申せ。ワシは……いや、お主らも同一の存在じゃ。ワシでなくとも弟子を取る気はない。そうじゃろう?」


「当然じゃ。あの方のもとを去って数百年……同じ過ちを繰り返す気はない」


 ベルの声に、並行世界のベルたちはありえないものを聞いたかのように眉を寄せる。


「いずれ……お主たちにもわかる時がくる」


 それでも、儚げに笑うベルを見て、並行世界のベルたちも、この少年はそこまで重要な人物になりえるのかと、少しばかり気になってくるものがある。


「ふむ。いつ訪れるやも知れぬその時を待つというのも気苦労が多そうじゃ。こちらから会いに行ってみるとするかの」


「おお、まさにそう考えとったところじゃ。メリッサとはまた今度にするかの」


「ならば当然、ワシもじゃな。それで、この者はどこにおるのじゃ?」


「ミレット村の出身とは言っておったが、今どこにいるかまではわからぬ。すれ違いにならねば良いが……」


 今すぐに会いに行こうとしている並行世界の自分に若干の不安を覚えるベルだが、自分が変えられたように、並行世界の自分をも変えてくれるはずだと信じて伝える。


「ミレット村か……確かレーヴェより北西に位置する村じゃったか」


「地図にも載っておらん村じゃな。山越えが必要か」


「なぁに、ワシなら周囲の村で情報を集めながらでも二時間ほどでたどり着けるわい」


「む、ワシに負けてはおれんな」


「クハハ、競争じゃな」


「そうと決まれば善は急げじゃ。さっそく向かうとするかの」


 勝手に話を進める並行世界のベルたちは、それぞれが髪を一本千切り、魔力を通してベルに手渡す。


「二時間ほどで戻る。それを道標にする故、持っておいてくれ」


 そう言って、並行世界のベルたちは自分の世界へと戻って行った。


「気の早いやつらじゃ。まったく誰に似たのかの……」


 ベルは誰ともなく呟き、ルシードの側へと歩みを進めた。


 ◇


「やはり誰もいないようだな……」


「そうね。今のうちに手分けしてルシードを捜しましょう」


 魔王が拠点にしている家へと忍び込んだレナードたちは、魔王不在を好機と見て、ルシード捜索を始めることにした。


「――無駄です」


 全員が頷く中、レアの声が響く。


「……レア?」


「ここに……ここにあったはずなんです! どこかに持って行かれたとしか……」


 次に発せられたその一言により、皆は目的が達成させられないことを知る。


「はっきりしないな。君には未来が視えているのではないのか?」


「……常に視えているわけではありませんので」


 レインに問われ、レアは心中を悟られまいと言葉を濁す。


「ど、どうすんだよ!? このまま魔王が帰ってくるまで待つってのか!?」


 焦った様子のルーファに、自然とレナードへと視線が集まる。


「待ち伏せできるという意味では待った方が得策ではあるが、ここへ戻って来る保障もない。第一、相手が相手だ。魔王の拠点で待ち伏せが可能かと問われると疑問が残る。この家ごと吹き飛ばされてしまう可能性がないとも言い切れん」


「だ、だけどよ――」


「ルーファ、気持ちはわかるけど焦りは禁物よ」


「そうですよ。焦っているのはルーファだけではありません」


 反論しようとしたルーファを、エミリアとセラフがなだめる。

 それでもルーファは口を開きかけたが、耐えるようにして口を開かないサーシャを見て、それもやめた。


「でも、このまま帰ったところで、ここに足を踏み入れてしまったことには変わりありませんよね?」


「そうだよ! 相手が魔王だって言うなら、私たちが帰ったあとでも、ここに来てたのがバレちゃうんじゃないかな?」


 ルーファを援護するように質問するセフィーリアとシャルニア。その点については、レナードも危惧していたことだ。入る際、痕跡を残さないためにもできるだけ物には触れないように注意を促してはいたが、ここへ踏み入れてしまった以上、すでに相手に気づかれている可能性もある。


「誰かがここに残って、まおーってのに直接聞いたらダメなの?」


「それができたら苦労はしないって話をしてるんだよ」


 ここへ来ても魔王の意味をわかっていなさそうなレニーが呟き、ニーナがレニーの頭に拳を落とす。


「……どの道、その役割は必要でしょうね。私がここに残るわ」


 そこまで黙って聞いていたアルマリーゼは、レニーの提案に顔を上げた。


「そうですね。その役は誰かが務めねばなりません。アルマリーゼさんの剣が唯一対抗できる術であることからも、彼女が適任です。彼女と、その剣を預かっている僕が残ります」


「だな。これ以上の適任はいねぇだろ。ついでに俺も残ってやんよ」


 次いでテオが名乗りを上げ、カークが賛同する。


「……いえ、誰かが残る必要があると言うのであれば、最初に言い出した私が残ります。皆さんは戻ってください」


 そこへ、難しい顔で何かを考えていたレアが名乗り出た。


「誰が言い出したなど問題ではありませんよ。あなたが僕たちのもとへ来なくとも、いずれはこうなっていたはずです。ここは僕とアルマリーゼさんが――」


「そうね。ここには私と彼女が残るわ。テオたちはレナード様と一緒に、王都に戻ってちょうだい」


「――アルマリーゼさん?」


 思いつめた様子のレアに、テオがなだめようと働きかけたところで、アルマリーゼが割って入った。

 テオはアルマリーゼの聖剣を預かっているにもかかわらず、必要がないと言われたようで、納得できないとばかりにアルマリーゼを見つめ返す。


「レナード様が仰られたように、ここに戻って来るという確証があるわけではないの。レアが未来視を持っていると言うように、あの方が持っていないとも限らない。……いいえ、現にレアが視た未来が変わっていることからも、持っていると断言してもいいくらいよ。今私たちがこうしている間にも、王都を攻め滅ぼさんとしている可能性がないわけではないわ」


「それは……」


 アルマリーゼが言わんとしている危機に、レナードが頷く。


「聖剣を持っているテオを王都の防衛に当たらせ、即座に剣を生み出すことができる君がここへ残る、ということだな?」


「そういうことになりますわ。狙われるのが王都ではないという可能性もなきにしもあらずですが……」


 この国に置いての最重要地点が王都であることに変わりはないが、まずは見せしめの意味も込めて、手始めに身近な街から攻め落とされる可能性がないわけではない。数多くの街が存在する大国であるが故に、どの街に脅威が迫っているのか予測できないことは問題である。


「転移装置があるギルドなら、他の街へ瞬時に移動することも可能、ということですか。口惜しいですが、僕は戻るしかなさそうですね」


 しかしその問題も、ギルドに設置された転移部屋が解決してくれる。テオはここへ残りたいと思う気持ちが強くとも、戻らないわけにはいかなくなった。


「なら、私たちはママたちに伝えて、他の街で何か動きがないか調べるための人を送ってもらうわ」


 伊達に始祖五家などと大それた立場にいるわけではない。母親が味方についている今、四人娘にできないことはそうそうないだろう。

 そうと知っているミラがアルマリーゼの危惧するところをカバーしようと提案し、他の三人も頷く。


「では、ここに残る者となるが……」


 レナードは残ったメンバーからこの場に留まるメンバーを選出しようと見渡し、アルマリーゼの意味ありげな視線に気づく。


「……ここにはアルマリーゼ君とレア君で残ってくれ」


 その視線の意味をレナードは瞬時に察し、レアが反対するよりも先に、アルマリーゼの意図に沿うようにして話を誘導する。


「テオとカーク君はセフィーリアとシャルニアを連れて王都へ。ミラ君たちは他の街を監視するための人数を集めるため、それぞれの家に働きかけて欲しい。私は各地のおもだった者たちに声をかけておこう。ニーナも手伝ってくれるか?」


「拒否するくらいなら最初から来てやしないよ。レインたちはその坊やについててやんな」


 今回の問題は自分たちだけの問題ではない。

 すでにレナードは昨日のうちに作り上げたリストを手渡し、始祖五家から各地のおもだった者たちへと注意を呼びかけている。アルマリーゼの意向を汲むために、わざとそう思わせるために口にしただけだ。

 そして、そうとは知らないまでも、レアに見えない角度で出されたレナードのアイコンタクトに、ニーナはレインとレニーをこの場から遠ざける。


「待ってください、私は一人で――」


「テオのもとから聖剣が消えれば、ここにあの方が戻ったという証にもなる。アルマリーゼ君がここに残ることは必要であり、未来を視ることができるレア君がここに残ることで、あの方がこの場に戻る未来を視ることができるかもしれない。もしくは、アルマリーゼ君に何かあった時の連絡役といったところだ」


 それでも反論しようとしたレアを、レナードが留める。


「……わかりました」


 レアにはこんなところで時間を無駄にしている暇はない。今頃はベルがジェフリーのもとを訪れているはずなのだ。ここへ残ると言い出し、一人になったところでジェフリーの研究所へと戻る予定が台無しであった。

 今はただ、自身の師がうまく事を運んでくれていることを祈るしかない。


「決まりね。あなたたちは急いで戻ってちょうだい」


「帰るために必要となる転移水晶を渡しておきます。アルマリーゼさんもレアさんも、くれぐれも気を付けて下さい」


 テオは先を急がせるアルマリーゼに転移水晶を手渡し、レナードたちは魔王の館から去って行った。

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