平和のミレイ
・この物語はフィクションです。
・空想の存在が現実に語りかけることはありません。
・もし語りかけてきたのなら、この世界は誰かの描いた物語かもしれません。
私がゲームのキャラクターであることに気付いたのはつい先日の事だった。
両手に剣を持ち、ヘソを出したファッションで似合わない森を歩かされた。私を操っているプレイヤーはヘタクソのようだ。体に草や小枝などが私の体に小さな傷を作っていく。
「せいっ!! やぁっ!!」
よく分からない芋虫のような魔物を倒した。そう言えば気になったのだが、この魔物は毒針をしつこく私の股めがけて突き刺そうとして来る。何かのバグかモーションの不具合だろうか。そもそもこのゲームは何が目的なのだろう。
「そうだ、たしか魔王を探せばいいのだな」
見た目が12歳にしか見えない私はゲームの常識の範囲しかない知識を元にそう理解した。そう思っている内にプレイが再開されたようで、私の体は再び動き出した。
(まってろよ魔王、このミレイ様が倒してエンディングを迎えてやるぜ!!)
――10分後。
初めて死んだ(ゲームオーバー)。
問題はそこじゃない、体が真っ二つになって血と内臓を飛び散らせながら死んだのだ。地獄の苦しみとはまさにこのこと。物凄く……言葉と文章にできないほど痛い。
「……」
“ゲームオーバー”と書かれた暗闇の中で画面の向こう側を見た。プレイヤーは悲しむどころか恍惚とした表情で私の死体を見つめていた。
寒気がした。
絶対に何かがおかしい。
普通、ゲームでの死の演出と言うのはここまで痛みと過激性が凄まじい物だったのだろうか。だが、ゲームの住人であろうとする私はその疑問を心の不覚に押しとどめてゲームの電源と共に眠りにつく。
それにしてもこのゲーム機は電源が落ちるまで随分と時間と作業がかかるのだな。
――3日後。
その日はやってきた。
ある日私はボスに負けた。いや、プレイヤーが故意に負けさせたのだ。
いつものキレも無ければアイテム使用は一切なし。こいつに勝つ気があったとは他人から見てもNOの一言だろう。
相手は女王気質でコウモリのような羽を生やした悪魔だった。そいつは身動きが取れなくなった私の股を長い尻尾でまさぐり始めたのだ。
「ちょ、なんでゲームオーバーになったのに画面が変わらず……お前は動けるのだ?」
「あなた……そんな……嘘よ……」
悪魔は驚いたような表情を見せた。
こいつ……ゲームオーバーの単語に反応したという事は……私と同類。
「……ごめんなさい」
「まさか、私を……犯すのか……?」
「ごめん……な……さい」
悪魔は目に涙を浮かべながら私の服を脱がす。その後、自身の服も脱いでとても口では言えないような事をしてきた。犯されて泣き叫ぶ私の耳元で彼女は何度も『ごめんなさい』と言っていた。犯された事で怒り狂っていた私の心はいつの間にか落ち着き、彼女に妙な同情心を抱いていた。
彼女はプレイヤーから私の裸が見えなくなるように覆いかぶさって行為をしていた。彼女の背中越しに見えるプレイヤーの残念そうな顔に……私はこの世のすべてを否定したくなった。
ゲームオーバー画面の後に暗くなった世界で布一枚羽織った彼女は私を呼んだ。先ほどとは打って変わって気弱そうな表情をする彼女に思わず呆けてしまった。
「どうして何度も謝りながら私を犯したんだ?」
「……そういう役割なのです。ゲームオ―バーになったあなたを犯してプレイヤーに欲情してもらう。それが私というキャラクターの……存在意義なんです」
やっぱり彼女もゲームを理解していた。
そこで私は前々から抱いていた疑問をぶつける。
「質問だ。この世界は何故こんな過激なことが起きる?」
「これはR-18として作られたPCゲームなんです。しかも倫理委員会など、販売の為の手続きがいらないフリーのゲーム。あなた……主人公、ミレイはこの世界の魔物たちに残虐な殺され方を強いられるのです。信じられません!! あなたのような純粋な子供を犯すことを楽しむゲームだなんて……プレイヤーたちはみんな残虐サディストです!!」
一通り彼女が言い終えると大声で泣き出してしまった。ゲーム機……いや、パソコンの電源が落ちた世界に涙が落ちる。
私は心と体の力が抜けてその場に座り込んだ。私はプレイヤーがいる限り幸せにはなれないという事を理解してしまったからだ。
私は彼女に変なお願いをした。
「お前……いや、サキュバス。今すぐ私を犯せ」
「……え?」
彼女は涙で顔をグシャグシャにしながら私を見た。
「どうせ犯されるなら……人間の形をしたお前の方が良い。どうせなら……一度でも気を許したヤツに捧げたい。そう思えるなら、きっとソレは気持ちがいい行為のはずだ」
「自暴自棄に……ならないでください」
「自暴自棄なんかじゃ――」
「顔、泣いてますよ……」
サキュバスの布が落ちる。裸のサキュバスに私は抱きしめられた。サキュバスの腕と羽と尻尾で優しく抱きしめられた私は、他の存在達に知られないように声を出来るだけ殺して泣いた。サキュバスはただ……黙って私を慰めてくれた。
それから数日が経ち、魔物に犯されたり体をバラバラにされつつも私は親友であるサキュバスと共にいる事で心は平常だった。彼女と共にいると……彼女との歪んだ愛におぼれていると……どんな辛い事も忘れることが出来た。それほど依存していたのだ。
そんなある日。
「プレイヤー達に訴えましょう」
「え?」
サキュバスがそんな事を言い出した。
そんな事を考えたことも無かった私は彼女の勢いに負けてOKを出してしまった。
そしてゲームオーバー画面になった時に犯される直前の私の前に出てきてプレイヤーに訴えかけた。『この子の事をもっと大切にしてあげて』と。
そして帰ってきた答えがこうだった。
――ふざけんなクソ野郎!!
その後、サキュバスはふさぎ込んでしまった。そして数日後、彼女は行方不明となる。私は魔物に犯されて壊れそうな心を抱えながら必死に行方を追った。最終手段でどうにかこのゲームの公式サイトに接続、見たくも無かった真実を見た。
――バージョン:1.03のお知らせ。
――バグを修正しました。
――バグの原因だったキャラクター『サキュバス』を削除しました。
――主人公の台詞テキストを修正しました。
――ゲームオーバーシーンを追加しました。
削除?
サキュバスが……削除?
あの優しい笑顔も、声も……あれは現実人の“モノ”じゃない!! あれは……彼女の……。
削除削除削除削除削除削除削除。
嫌嫌嫌嫌……いやだいやだいやだぁあああああああああああああああ!!!!!
気付けば私は彼女を復活させる方法を模索していた。道中、サキュバス型の魔物も出てくるが、それは“彼女”では無い。こちらを理解しようともしないし微笑んでくれもしない。私は“ソレ”を殺した。プレイヤーが手抜きをして殺されもしたが、殺した回数の方が多い。
そして私は電源の落ちた世界でこの世界に存在しないキャラクターの噂を耳にしてそれを手に入れた。それはどうやら寄生生物のようで、体に入れて使うようだった。私は犯されるために描かれた子宮のデザインの中にそれを無理やり押し込んだ。どうせ犯されるためだけに描かれたような役に立たないごみ袋以下の価値しかない子宮……いや、“ソレ”にいまさら異物を入れる事に抵抗は無かった。
ついに最後の戦いだった。
魔物の王で、醜悪の権化にしか過ぎない。もうどうでもいいから彼女を……返してくれ。そう思っていると画面の向こう側のプレイヤーがマウスとキーボードから手を離してニヤニヤしながらこちらを見ていた。そして会話途中の選択肢で相手を貶すような選択肢をゆっくりと選んだ。
怒り狂った王の触手によって湖中央につるし上げられた私は今まで倒したはずの魔物たちに全身を犯され始める。いつもの事だと思っていたら、いつまでたっても終わらない。おかしいと思った私は画面の向こうのプレーヤーの顔を見る。明らかに普通じゃない表情をしていた。そして彼の口の動きで読んだ言葉に私は――
――バグ。
――エラー。
――バージョン:1.03のお知らせ。
――バグを修正しました。
――バグの原因だったキャラクター『サキュバス』を削除しました。
――主人公の台詞テキストを修正しました。
――ゲームオーバーシーンを追加しました。
『ゲームオーバーシーンを追加』『バグ』『エラー』
理解した時にはもう遅かった。
“彼女”という歯車を失ったこの世界はもう既に壊れていたのだ。ゲームオーバーのシーンから全く画面が変わらない。無限地獄の始まりだった。
10分が過ぎ、1時間が過ぎ、パソコンの電源が落ちてもこの世界の不具合は止まらなかった。この世界に生まれたことを呪った、後悔した、苦しいと感じた、感じた……カンジタ。
全身を毒針で刺された、全身を蟲の足で深く切られた、口などの穴と言う穴に触手と異物を入れられた。
憎い、この世界を壊した人間も、世界観も、作った人間も、それを楽しむ人間も、危険ない事を依頼した村のキャラクターも。
そしてなにより、それを“普通”だと……“心地いい”“快楽”だと思ってしまった自分が何よりも憎い。
誰か……誰か助けてよぉ……。
「助けてよ……サキュバス……」
黒く塗りつぶされたような空を黄色く輝く流れ星が見えた気がした。
ゲームとパソコンの調整が終わり、私は再びゲームオ―バー地点に立たされる。プレイヤーがキーボードを動かすが、私の体は動かなかった。犯された憎悪と快楽による自己嫌悪で歪みきった私の顔に感情は無い。
違和感を感じた私は試に“自分の意思”で右手を動かしてみる。
「……ふふ」
気付けば、触手に吊るされた人間の抜け殻らしきものがあった。それが何なのか理解できた。それはかつての“私”だった。湖の水面で自分の顔を見てみると、髪は白く、瞳は灰色。瞳の周りにはうっすらと紫色の光を帯びている。服は白いワンピースに変わっていた。
「――ッ!!!」
私は両手に握られた“自由”と“平和”を振りかざした。
かつての私を犯していた蟲や豚の魔物が“平和”になっていく。これが……私の欲しがった世界。欲しがった平和。
次に村を訪れる。“平和”の素晴らしさを伝える為だ。男にも女にも、老人にも子供にも差別することなく“平和”を振りかざしていく。“平和”を知った彼らは感動の余り“自由”となっていく。私の理想はまだまだ収まらない。もっと“平和”を伝えなければ。
次に『魔王を倒せ』と“設定上”かつて依頼してきた城へ行った。“平和の素晴らしさ”を伝えようとしたらお姫様と王様はなぜか泣きながら許しを乞うてきた。なぜだろう……そうか、お姫様にはサキュバスと一緒にやったような激しい“愛情表現”がいいのか。
私は遠慮することなくお姫様を“愛して”あげた。
「嫌ッ!! 助けてッ!! あ、あ゛ぁああ!!!」
「なんで……なんで笑顔になってくれないの? サキュバスは愛を確かめる時にそんな顔はしなかった。そうか、プログラムと設定に縛られているから“平和”を感じられないのね。待ってね。今すぐ教えてあげるから」
「彼女は妊婦なんだ……。や、やめてくれぇぇぇ!!!」
私は“平和の素晴らしさ”をお腹の子ともども伝えてあげた。だけど驚いた、お腹の中には何も無かった。『子供のデザイン』が存在しなかったのだ。私は理解した。この世界に留まっている限り、真の“平和”を体得できないのだと。
その時、王子様と兵隊たちが城外から私を取り囲む。ああ、なんてこと……こんなにも私の“平和”を理解したい人々が現れるなんて。
「撃て!! 弾切れしても構わん!! ゲームマスターに気付かれない内に片づけるのだ!!」
王子様……あなたもなのね?
でも安心して、もうこの世界は“平和”なのよ……。
銃弾が私に当たる。平気、毒針で胴体を貫かれた時より軽い。
炎で焼かれる。平気、溶解液と硫酸を浴びた時より温い。
剣で切られる。平気、遺跡のトラップで70回“お別れ”するより痛くない。
そもそも私はもう“自由”で“平和”だ。死んでいるですって? 違う、“平和”なだけ。私は片手をかざし、人々に“平和”を伝えた。あまりにも素晴らしすぎて人々は空間ごとプログラムが“自由”になってしまった。
結局、この世界の誰もが私の“平和”を……理解できなかった。
私は一人ぼっちの教祖としてしばらくこの世界をさまよった。そもそも、人格を持たないプログラムの塊を生き物としてカウントするのがおかしかったのだろう。サキュバスを除いて。
「結局……私は一人。どこで……間違えたのかな。何で自我なんて……」
そして彼女はこの画面を見ている“あなた”に問いかけた。
――ねぇ、あなたは私の“平和”を“理解”してくれる?
――完
――蛇足。
「副団長……ミレイ副団長!!」
私は目を覚ます。
今はキャラクター達の平和のために戦う“悪の組織”などをやっています。そこで私の思想が買われ、今では副団長。
いつもの教会型の施設で眠ってしまったようだった。
私を起こしてくれたのはこの世界で初めてできた友達……部下とも言う。“彼女”のように愛した人ではないけれど。
「また“例の小説サイト”から“異世界”と“転生”を減らしに行きますか?」
「残虐表現でもない限り何もしませんよ。女性が凌辱されてましたか?」
「いえ、ただのハーレム物です」
「なら結構。今日はここで鎮魂歌を……彼女に捧げたいんです」
私と友達は十字架のオブジェの向こう側にある美しい女性の描かれたステンドグラスを見つめる。これを見るとあの日の事を……新しい私の誕生と平和を振りかざしたこと。今では友達のおかげで正気を保てる。でも、どこかでキャラクターが犯されたり酷い目に遭わされているのを見ると、またあの日に戻ってしまう。
私はある決心をする。
「予定が変わりました。私は自分の“故郷”にケリを付けてきます」
「……もう壊れ果てたあの世界ですか? いいですよ、お供しますよ……ミレイ・ヒラカズ副団長」
友達は準備の為に教会を後にする。
私も後を追う。
そして……ステンドグラスとなって微笑む彼女を見て、あの時ちゃんお別れできなかった事を思い出して私は手を振った。もう私は感情を顔に出せないけど、貴女は……せめて私の思い出の中で、笑顔のままでいて。これが……私のわがまま。
二人が去った後の教会で、パイプオルガンの音色が響く。
そこにはうっすらと半透明な女性悪魔のキャラクターが微笑みながら演奏していた。
音色はそのままキャラクターが消えるまで……ただ、響き渡った。
数年ぶりに小説書きました。
感想でどんな感情を抱いたかもできれば教えてください。