4月2日
*ご注意*
この作品は女性向けのボーイズラブ小説ではございません。
男性向け、ゲイ向けのSFファンタジー小説(ライトノベル風)となっております。
主人公がゲイの関係上仲の良い登場人物とは親密な関係になっていきますが、著者もゲイであり、その視点から真面目に話を作っております。(ちなみにこの作品が作られたのはリアルで3年以上前のことになります。)
以上、前書きとして注意事項とさせていただきました。それでも苦手な方はブラウザバック推奨です。
黒葛原大輔が予想していた通り、久しぶりに乗った学校方面へ向かう電車の中では来月起こる金環日食の話題がちらほらと聞こえてきていた。
東京で次に金環日食が見られるのが300年後ということもあるのだろうが、普段空などほとんど眺めることのない人々が、ここまで空の話で盛り上がるから面白い。とは言うものの、大輔自身も夜空をのんびり眺めた経験などほとんど無かった。大都会で夜空など眺めてみても、地上にある建物の明るさで星空なんて全く見えないからだ。
しかし今回は日食である。日食というのは月によって太陽が隠されて見える現象のことだ。その中でも今回の日食は、月に隠れた太陽がはみだして見える特別なものだった。ちなみに地球が太陽と月の間に入って月が全て見えなくなることは皆既月食というのだそうだ。
星と違いいくら都会が明るくても見えなくなるということは無い。無いのだがこうやって星も見れなくなった空のことを考えると、いったいどこまで人間は発展していくのだろうかと少し不安になる自分がいた。
その恩恵を一身に受けている現代人だということも自覚はある。
それでも電車の窓の外の綺麗に整備された町並みを見ると、発展と引き換えに何か大切なものを無くしているような感じがし少し寂しくなった。
オリンピック会場を東京にするために都の条例が厳しいものになったおかげなのか、ここ数年で東京はさらに大きな発展を遂げていた。
数年前までは洗濯物が電車側から見える位置に干されたおんぼろアパートがあり、空にはカラスが飛んでいたものだが今ではその影も無い。今自分の目に映るのは高層ビルや建てられたばかりのマンション。生活観の無い人工物によって構成された無機質な風景。それは東京の発展を諸外国に誇示するものだった。
鳥や猫に餌をやってはいけない、歩き煙草禁止、ポイ捨て禁止などなど。環境整備のための取り締まりが厳しいおかげで町並みは綺麗になっていった。
これには大輔も納得できた。
街が綺麗になるのは住んでる人間としてはうれしい事だし、小学校のときに手にもったタバコにあたり怪我をした身としては、徹底的に取り締まってほしいとも思う。
その一方で、自分が不安を感じる条例もあった。
電車の扉の上に設置されているモニターには、トレインニュースが表示されていて丁度その法案についての話がでていた。
『常時平定法案の可決をめぐり、与党と野党は激しい対立を見せています。ねじれ国会の中、新しい法案の制定を強行しようとする与党側は、参議院で否決されたこの法案を「衆議院の再可決」によって成立させようとすると思いますが、そもそも野党側はどうしてこの法案に反対するのでしょうか。本日は東城大学名誉教授、宇都宮英治氏をお呼びしております。宇都宮教授?』
紹介を受けた教授は画面の向こう側で目を子供の様に光らせ周りを見ていた。白髪の髪に顔の皺から60をとうに過ぎているのがわかる。カメラが回っていることなど気がついていないのだろうか。もう一度キャスターが呼ぶとはっとしたようにそちらを向いた。
ネット上では日食よりも話題になっていることがある。
”能力者”と呼ばれる、何か特殊な力を持った人間が実在するのでは無いかと言う噂が実しやかに囁かれているのだ。
『この法案の成立の裏には、最近都心を中心に噂されている”能力者”の存在が大きく関わってきていると思うのですが、本当に先生はそのような人間が存在すると思いますか。』
『人間の長い進化の歴史の中で、そのようなことが起こりうる可能性が無いとはいえません。”能力者”というのは恐らく我々人類が進化したあらたな人類なのでしょう。考えるべきことは何故そのような進化をとげたかです。』
先ほどの子供じみた表情は身を潜め教授は年相応の真面目な表情をしていた。教授は”能力者”がいることを信じているようだ。
『それはどういう意味でしょうか。』
『先の地震の影響による環境の変化への適応か。あるいは、別の何かかが起ころうとしているのか。文也君の言っていた通りのことが起こるとしたら、きっと彼らはそれに備えているのだろう。変わり行く世界で生き残るために。』
教授は自分の言葉で思考の海にもぐってしまった様だ。キャスターが数秒待ったがぶつぶつとしゃべるだけで、教授からは返事が無い。
『まだ”能力者”がいるという確証は我々も掴めていませんが。もしいた場合共存は可能なのでしょうか。今年に入っておこった未解決事件は不可解なものが多く。得意な能力を使った犯罪とすれば筋が通ります。凶悪な能力を持った能力者に対し、我々一般人が身を守るためにはどうすればいいのでしょうか。特集に移りたいと思います。』
さすがはプロと言った所だろうか。一瞬だけ躊躇ったものの、すぐにカメラに向けて笑顔を振りまく女性に大輔は少し同情した。
お偉いさんの話しを自分なりにまとめると、常時平定法というのは一種の指針であるそうだ。今まで明確にされていなかった”普通”という概念を明確に政府が定めた。
例えば、ポイ捨てをするのは”普通”では無いとその法律では定められている。”普通”でない行為を目撃した住人は、政府に報告する義務が発生する。これをしない場合も”普通”では無くなる。
”普通”でないとどうなるか。
政府に直々に”教育”をされるのだそうだ。
この話を聞き、その法案を怖いと感じるのは僕だけなのだろうかと少し不安になる。
ただその規律通りに従えば一定の税を免除され、医療や公共福祉の利用を無料にするという餌に引きつけられ、民衆の心が揺れ動いているのも事実だった。その証拠に内閣の支持率も40%前後でうろうろしているらしい。
学校の最寄り駅に着き思考を中断し電車から降りた大輔はそのまま改札へと足を向けた。
ICカードを読み込ませ改札を出ると、急がしそうに目的地へと向かう人の波にもぐりむ。
人は何を考え何を糧にして生きているのだろう。
こうやって大衆の中にもぐり、同じように行動していてもそれぞれ考えている事は違う。
自分が他者と違うという感覚は昔からあった。しかし年をとるにつれてその感覚は大きくなっていく。だからこそ常時平定法を恐れるのかもしれない。
普通の人間なら何も気にする必要がない法案だからな。
そう大輔は結論づけた。
「てえな。」
考え事をしていたためか、反対側からくる男に気づかずに肩がぶつかりあう。
「すみません。」
すぐに謝り前を見たが、周囲の人間は大輔と同じように右側を通行している。自分は本来”普通”の行動をとっているはずだった。
「まてこらぁ。」
野太い声にびくりと大輔の肩が震えた。通りを通る人間も一瞬こちらを見たがすぐに興味を失い、火の粉が飛び火しないように二人を遠ざけるようにして歩いていく。
「人にぶつかっといてそれだけか。」
振り返ると先ほどぶつかった男が鬼のような形相でこちらを見ていた。たかがぶつかったぐらいでここまで怒るなんて、沸点が低すぎる気がする。
男はアイロンのかけていないくたびれた服を着ていた。頬に大きな傷もある。もしかしたら上にヤのつく自由業の方なのかもしれない。
いったい謝る以外に何を求めているというのだろう。
大輔はぼんやり思った。
「すみません。」
もう一度大輔が謝る。
こちらの不注意もあるだろうが、そもそも流れに逆らって無理やり通って来たのは男の方なのだ。
そう思うと少しいらいらしてきた。
声は穏やかでも目だけは爛々と反抗的な目で男を凝視していたと思う。
「てめえ、ふざけんなよ。」
大声をあげた男が懐に手を入れ、こちらに向かって走ってくる。
なんとなく男が何をしようとしているかはわかったが、大輔は動けなかった。
怖かったわけではない。
ただ男が怒っている意味をはかりかねていたのだ。
相手の瞳に映る自分が、見える距離まで男が近づく。男がキラキラ光る何かを大輔の顔めがけて振り下ろした。
理不尽な暴力が自分を襲う。
なんだろうこの感覚は。
今まで感じた事の無い感覚を大輔は感じていた。
だいちゃん。
やけに近くで誰かが自分の事を呼ぶ声がしたような気がした。
これが走馬灯なのだろうか。忘れかけていた後ろ姿が目の前に見えた。
公園、犬、奇声を上げる人の声。
だいちゃん。
もう一度自分を呼ばれる声で大輔は我に返った。ぼんやりと傷のある男を見ている大輔の前に、いつの間にかスーツを着た大男が割り込んできていた。
大輔の目を潰そうとしたナイフの穂先は、その男によって弾き飛ばされ地面に落ちる。それとともに消失する感覚に大輔は何故か悲しさを覚えた。
「俺の生徒に何か用でしょうか。」
聞いたことのある声だ。凛とした男らしい声が耳に心地いい。
「文也先生?」
後ろから声をかけると、文也と呼ばれた大男が振り返った。
「大丈夫か、怪我は無いか、変なことされなかったか。」
矢継ぎ早に大輔に尋ねながらぺたぺたと体中を触っていく。
「ちょ、先生。大丈夫ですから。変なとこ触らないでください。」
悪気は無いのだろうが体中を確認する必要は無いと思う。
「くそ、覚えてろよ。」
傷の男はそれだけ言い残すと、落ちたナイフを回収し去っていく。
「もう大丈夫だぞ。あの男のことは先生の方から警察には連絡しとくから、とりあえず大輔は俺と一緒に学校に行こう。始業式から遅刻なんて嫌だろ。」
そういってにかりと文也先生が笑みを浮かべ、肩をさりげなく抱き無理やり大輔を連れて歩き始める。
どうすればあの人を怒らせないですんだのだろうか。
それだけが気になったがやはり謝る以外の方法が思いつかなかった。
「そういえば知ってる?あの噂・・・。」
先生に連れられ大通りを抜け信号待ちをしていると、同じ制服を着た女生徒の一団がおしゃべりをしているのが聞こえた。普段なら少し五月蠅いと思える大声でも、交通量の多い交差点ではかすかに聞こえる程度の声だった。