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渋谷春紀の遅刻
「ハアッ!!ハアッ!!!」
脱兎のごとく人ごみを走り抜ける、ひとりの男。
スーツ姿にビジネスバッグと仕事帰りの格好だが、ネクタイは緩められ、シャツの第一ボタンは空いていて、履いている茶色の革靴は長年履いているようにアウトソールがすり減っている。
……いや、脱兎というのは適当ではない。
彼は逃げて居るわけではなく、逆に向かっているのだ。
時刻は20:45。
場所は新宿区歌舞伎町。
週末である今日は一段と人も多いが、男はするすると人ごみを駆け抜けている。
途中、何人もの呼び込みの男が話しかけようとするが目線すらも寄越さない。
走る。走る。
その時、突如曲がり角から出てきた若い女と衝突し2人とも倒れる。
「いっ、いったあぁーい!!!!」
「つつつ…あっ!?マジでごめん!!ごめんな!
でも俺ちょいと急いでるからーーー!!!」
今度こそ捕まらないように、脱兎の如く逃げ出す。
「遅れちまうーーー!!!」
女の出てきた曲がり角を曲がり、もう一度加速して全速力で走る。
この男…渋谷春紀は会社で一番の新人でありながら、上司との待ち合わせまであと5分という危機的な状況を迎えていた。