トオルくんとメガネ
僕には、トオルくんという友人がいます。トオルくんは、明るくて元気で楽しい人です。あまり友人が多い方ではない僕ですが、トオルくんは、そんな僕を何かと気にかけてくれます。
休み時間になり、今日もトオルくんは僕の席に会話をしに来てくれました。
「なあ、メガネ」
「なに? トオルくん」
「俺、凄いことを思いついちゃったんだけど」
「ほんと? 凄いじゃん、トオルくん」
「え?」
「え?」
凄いことを思いついたらしいトオルくんを褒めたら、トオルくんは案の定、疑問を浮かべています。
なんで、自分が褒められたのかを分かっていないのでしょう。トオルくんは褒められて伸びるタイプです。どんな些細な事でも褒めておけば、そのポテンシャルを発揮します。
「まだ、何も言ってないけど……」
「あぁ、うん。トオルくん、凄いことを思いついたんでしょ? だから、それに対して凄いじゃんって言ったんだけど」
「え?」
「え?」
ふふっ、ほら、段々とそのポテンシャルを発揮してきました。
「あ〜……」
「いや、だからね、トオルくんは、凄いことを思いついたんでしょ? それに対して、内容うんぬんじゃなくて、思いついたことに凄いねって言ったの」
「あ〜……うん、なるほど。ありがとう?」
「うん、どーいたしまして」
恐らく、まだよく分かっていないのでしょう。お礼の言葉のトーンが少し右肩上がりです。
トオルくんのなるほどは、なるほどではない。自分は分かっていますよ、という他者に対してのアピールと自己に対しての暗示をかけているのです。これまでの研究結果から導き出された暫定的な答え。
「…………」
「…………」
そろそろ、良い頃合いですね。ここで、仕掛けてみましょう。最後の仕上げです。
「それで、どんな事を思いついたの?」
「え?」
「え?」
食いつきましたね、恐らくですが。確認の意味も込めて、もう一度……。
「いや、だから、トオルくんは、凄いことを思いついたんだよね? それを教えてよ」
「あ〜……忘れた」
美しい……。芸術の域に達しています。やはりトオルくんは興味深い存在です。まだまだ研究の余地ありですね。
「そっかー、じゃあ、しょうがないね」
「おぅ、だな」
会話に一区切りがついた頃、休み時間の終了を告げるチャイムがなり、トオルくんは自分の席へと戻っていきました。
今回も、とても良い結果が出せました。トオルくんのポテンシャルは、まだまだ底が知れないですね。トオルくん、いつも話しかけに来てくれてありがとう。君は僕にとって、かけがえのない友人だよ。