シニアの戯れ7
ぜげんの仕事はゼロか百。心が病んでピエロのごとしか?
スカウトに於ける声掛けは、礼節第一を旨とする。
つまり心に訴えて行くのだから、失礼があってはならないのだ。
こちらの問い掛けに応じ、心が開くかどうかが、唯一問題になると言えよう。
後は仕事を探しているかどうかのタイミングと、条件的なものが合致するかどうかだ。
ヘルスの仕事も仕事には変わりなく、向き不向きがある事は否めないわけだ。
需要と供給のバランスの中で興味を示したら、後は心を掴めるかどうかの問題となるわけだ。
エロスを基調とした性的な仕事なので、男嫌いや、レズビアンでは話しにもならない。
もし、ガイドラインの条件的なものが合ったら、後は心の整理に入る。
理路整然と、水商売、売春概念に対する先入観を消去出来るかどうかが、問題となって来るわけだ。
ここで私は必要とあれば、おいらんの純愛概念尊重、偏見意識を糾して行く。
だが膠着し切った差別偏見の構造意識は簡単には崩れはしない。
瞬間湯沸かし器ではないが、束の間概念が刷新、入れ替わったとしても、その膠着性故に差別偏見の構造意識は元に戻ってしまう。
その事の繰り返しなのだ。
それ故に、どんなに力を尽くして、論理的に話しを進めても、徒労に終わってしまう事の方が多いわけだ。
この仕事が決するかどうかは、運任せみたいところがあり、常に心の学習にはなるのだが、失敗して徒労感と無力感に包まれる事の方が遥かに多いと言えよう。
歩くので心身の鍛練、心の学習とはなるのだが、金銭面ではゼロか百となり、博打性が強いので、酷く疲れる仕事でもある。
だから心の争奪戦に負けた時は、その無力感と苦悩に心が病んでしまう事も多々あるわけだ。
正にピエロそのものと言ったところなので、洒落にもならない。