美味しい血液の作り方
「お前の血を飲ませてくれ……」
「良いですよ」
黄昏時に家へと急いでいるときに全身を隠すようなマントを羽織った銀髪赤目の男にそう声をかけられ、私は特に悩むこともなく了承の返事をした。
極度の面倒くさがりと自他ともに認め、死ぬことすら面倒で両親が稼いでくれた桁違いの財産を食いつぶしながら特に目的も目標も無く生きていた私としてはここで拒否したり抵抗したりする方が面倒そうだと判断したのだ。
脳裏をチラリと行方不明者が干からびた死体として発見されるという怪奇事件のニュースを思い出したがなるほど、あの事件の背景はこういうことだったのかもしれないなと納得するだけだった。
「……で、ではいただくぞ」
私のあまりな返答に面喰ったのか、彼は私に近づき首筋に牙を立てた。
一瞬チクリと傷んで血液が一瞬にして移動する感覚がした、と思ったらさっきまで私の目の前に立っていた男がガクッと崩れ落ちる。
腰まである綺麗な髪が地面についているのは良いのだろうか、と思って眺めていたら彼は苦しそうな声で尋ねてくる。
「貴様、今まで一体どんな生活をしてきたんだ……?」
「寝たい時に寝て起きたい時に起きる、食べたいものを食べたい時に食べたいだけ食べる、特に健康に配慮なんてしてない自堕落な生活……かな」
特に何も考えずにつらつら答えるといつの間に立ったのか、ガシっと肩を掴まれ前後に揺らされる。
「頼むから、まともな生活をして健康を保ってくれ。俺の命のために」
ピピピピピピピピ
かけた覚えのない目覚まし時計の音が鳴り響き、無理やり起こされた私はしぶしぶベッドからおきあがり時間を確認する。
いつもは二度寝三度寝上等で昼まで睡眠をむさぼっている私はAM6:00と表示されているのを見たのは先日徹夜したとき以来だろう。
無言のままに目覚ましを止めて電池を抜きもう一度ベッドにもぐりこみ眠る態勢へと入る。
「おい、俺がわざわざ目覚ましかけてやったのにその努力を無に帰そうとするな」
という空耳が聞こえてきたが布団を頭から被って聞こえなかったことにする。
「って、まじで寝る気かよ。おい、起きろ。朝きちんと起きて健康的な生活をしてくれ!」
むしろ吸血鬼であるお前がもう寝ろよ、と言いたくなる気持ちをグッとこらえてそのまま眠気にすべてをゆだねる。
ここで言い返したらなんやかんやで無理やり起こされる、ということは彼が我が家に居候を初めて一週間で学んだことだ。
「朝ごはんも作ってるから起きろって」
と必死な声で呼びかけてくるも、ゆらゆらと私をゆすったり軽くたたいたりしてくるも、すべてを無視する。
彼の作った食事はおいしいのだが、いかんせん私の嫌いな野菜が多すぎてだめだ。
「おやすみー……」
あ、そろそろ落ちる。
と思ってなんとかその言葉だけを残し意識を手放す。
更にうるさくなった声など、彼が来て1か月経った現在では安眠の妨害になどなりはしない。
睡眠欲を十分に満たし目を覚ますと時間は11時を過ぎたころだった。
今日は昨日よりも早く起きたなー、と思いながら立ち上がると部屋の隅ですねている彼の姿が目に入る。
あの後結局どれくらい私を起こし続けたんだろうか……と考えながら洗面所へと移動しているとようやく私が起きたことに気づいたらしくまた声を上げ始める。
「お前、人がせっかく起こしてやってるっていうのになんでがっつり2度寝してるんだよ、ありえないだろ!」
後ろからついてくる彼の声を右から左へと受け流しながら洗面所の扉を閉めて完全にシャットアウトする。
「まったく、こんなにうるさくなるなら拾ってこなければよかったなー。面倒くさい、追い出すか……」
初めて会った日、私の不健康生活のせいであり得ないくらいまずかったらしい血にショックを受けた彼はなんだかんだと理由をつけて私の家に転がり込み朝から晩まで私の世話を焼くようになったのだ。
朝起きるのはいまだに無理だが、一日三食はきっちりと食べさせられる。
嫌いなものがあろうがなんだろうが出されたものはきちんと食べるまで席を立つことを許さない、と宣言した彼は吸血鬼と言うよりは世で言うおかんのようなオーラを身にまとっていた、まぁ私は母親からそのようなしつけをされた記憶がないので実際にどのようなオーラを身にまとってしかるのかまでは知らないが。
結果として私の血は少しずつおいしくなってるらしい、健康的な生活ができてることは喜ばしいのだろうがおいしい血を提供できるようになった現状を喜ぶべきか否か判断はつけがたいところだ。
まぁ、その面倒くさいことを少しだけ楽しいと感じている私には追い出すなんて出来ないんだろうけど。