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東方月兎騙  作者: 雪代
7/7

第七話 ウサギ地上に立つ





「いってらっしゃい」

 聞こえたそんな言葉に返事をする間も無く。

 一瞬にして視界が一転する。

 気づけばどこなの森の中。


 山と海を繋ぐ程度の能力。


 それが私の飼い主、綿月豊姫様の力。

 簡単に言えば空・間・を・移動させる能力だ。

 まあそれだけの単純な能力でも無いのだが、そこは割愛しておく。

 つい先ほどまで月にいたはずなのだが、私の周囲の空間ごとこの地上と入・れ・替・え・た・、つまりそういうことなのだろう。


「で…………ここ、どこ?」

 周囲を見渡すが草木しか見えない。

 とりあえずは適当に行って見るしかないか…………そう思い、光を操る。

 自身にやってくる光を捻じ曲げ、周囲へと拡散させる。

 当然視覚には何も映らなくなるが、同時に周囲から私の姿も見えない。

 あらゆるものは物体に反射した光を目が知覚することでその姿を見ることができる。

 故に光の届かないものはそもそも見えないし、光を透過するものも同様だ。霊体などがその例だろう。

 自然の光を透過する故に、通常の視覚ではその姿を捉えることはできない。


 まあそれはさておきかんわきゅうだい


 私には光が届いていない。それを視覚が見えなくなったことで確認する。

 恐らく今、私のいる辺りは、周囲の景色が見えているはずだろう。

 周囲の緑に溶け込み、ぱっと見た程度では違和感も覚えない…………とは思う。

「さて、じゃあ行きましょうか」

 独りごち、地を蹴る。

 ふわり、と私の体が浮かび上がった。



 前世の私には想像もできなかったことではあるが。

 この世界では人が生身で空を飛ぶことができるらしい。

 まして人外ならば尚更である。

 世界の理から外れた存在であるが故に、世界の理に縛られない。

 と言うのが豊姫様の弁だが、正直私には良く分からない。

 お腹が空けば腹は鳴るし、りんごを放り投げれば地面に落ちる。

 一体私たちのどの辺りが理から外れているのか甚だ疑問ではあるのだが、まあそんなこと私が考えても特に意味も無い。

 私は学者でも無ければ、神様でもない。所詮はただのウサギなのだから。



 益体も無いことを考えながら空を飛んでいると、ふと森の抜けた眼下に見えたのは湖。

「うーん、適当に飛んでみたけど、これは…………」

 もしかしてどこかのド田舎にでも来たのだろうか?

「面倒だけどやらないとダメね」

 呟き、目を大きく開ける。

 相変わらず光の届かない視界は何も見えない…………だが。


 普通じゃ無いものは当たり前のように知覚できる。


 それが私がさきほどから視界が使えないにも関わらず平気な理由。

 私の眼には光は映っていない……………………だが波が映る。

 波…………そう、波だ。


 世界は波で出来ている。


 これは月であろうが、地球であろうが同じことだ。

 この宇宙軸である限り、どこに行っても波で構成されている。

 あらゆる存在には固有の波がある。存在の波とでも言うそれを知覚できる以上、視覚が欠けていても寧ろそれ以上の物が見えている。

 理論的にはこの世界の全ての把握できるだろうこの瞳だが、けれど一定以上の範囲を見てしまうと私の頭がパンクしそうなので止めておく。

「よし…………行って」

 一つ呟き、波を放つ。

 やってることはソナーだ。放った波で周囲の状況を探る。

 ただこれはかなり面倒な作業だ。

 何せ入ってくるのは大きさや形と言ったものばかりで、それが何なのかは自分で推察しないといけない。

 しかも次々と入ってくる情報に、初めてやった時は処理が追いつかず知恵熱を出して倒れたこともあった。

 さらに言うならここは自然溢れる地上だ。月の荒野と同レベルでは語れない。

 だから索敵範囲を絞って、慎重に行なう。


 イメージは波紋。

 広がる波が寄せては返す。

 波は返ってくる度に大きく、力強くなり。


「見つけた」

 やや遠くのほうに人らしき反応。

 と、同時に街らしき建物の群れの反応。

 規模から考えて、街だろう。

 取りあえず現在地の確認から始めるべきだろう…………私は今どこにいるのか、それすらも分からないのだから…………ソナーどこに行ったって? 何か目印があるならともかく、能力で調べようと思ったら規模の大きさに、結果が出るより早く私の脳が焼き切れると思う。







 月には王がいる。

 名を月夜見と言い、月の都の間違いなく頂点に立つ存在だ。

 だが、月夜見は基本的に君臨すれども統治はしない。

 完全なる放任主義、そう言えば聞こえはいいのかもしれないが、誰も納めない国など性質が悪すぎる。

 だから代わりに選ばれたのが綿月家を含む、いくつかの家柄。

 そうした家柄の人間だけで作られた政治のための集団がある。これが都市を治める政治家の集団だ。

 そうした政治家たちが時折集まって治世について話会うことがある。

 これもまた、そんな月のひと時である。



 ビシリ、と空気が凍る。

 その席だけ空間が歪んでいるのではないかと錯覚するほどの圧力。

 そこに座っているのは二人の少女…………否、姿形はともかくその雰囲気は大人の女性のそれであるが故に、二人の女性と形容するべきであろうか。

 閉じた扇を口元に充て、歪み、吊りあがった口元を隠そうともしない綿月豊姫と、鬼神でも宿しているのではないかと思ってしまうほどの怒気を見せる綿月依姫の二人である。

 その場にいる大半の人間が恐怖するほどの威圧感を伴った二人だが、反対側に座る数人の男たちだけはそれを楽しそうににやけた笑みで見ていた。

「…………もう一度言ってもらえますか?」

 威圧感のある笑みを携えたまま、豊姫がそう言うと、男たちの一人が鷹揚に頷く。

「ではもう一度報告させてもらいましょう……………………月の兎が一匹、地上へと逃げ出しました。調べたところ、その兎と言うのが豊姫様のペットにされていた兎だったようですね」

「……………………へぇ」

 冷たい声音…………だが、その奥に潜む激情を、場にいる誰もが感じ取っている。

「普通の玉兎なら良くあること、と放っておくのですが、さすがに綿月様たちのペットの逃げ出したとなると、体外的に話されると問題になることも多く知っているかと思います、そこで、その兎を消すために勝手ながら一部隊送らせていただきました」

 そう言い終わった瞬間、ドガンッ、と机が音を立てて…………砕・け・た・。


「ふざけるなっ」


 震える拳を握り締めそう言うのは、今にも男を射殺さんと言わんばかりの眼光をした依姫。

 机が砕けると言う状況に…………綿月依姫がそこまで怒っていると言う状況に、周囲にいた他の人間の大半が恐慌状態に陥る。

「ふざけているのはさて…………どちらでしょうね?」

「……………………どういう意味かしら?」

 怒りに答えも返せない依姫の代わりに、豊姫が答えると、男が大げさに腕を広げ。

「部下に確認させましたが、兎が月の羽衣を使った形跡はありませんでした。月の羽衣は地上と月を行き来するための真っ当な手段として唯一の方法です…………だがこれを使った形跡が無い、となると、逃げ出した玉兎はどうやって地上へ行ったのでしょうか?」

 月の羽衣を使っていないのならば、後はもう一つしかこの月には無い。

 月と地上を結べる能力を持った人間が連れて行く…………もうこれ以外の方法は無いだろう。

 そしてその数少ない能力を持っている人間の一人が…………その飼い主。

「逆に聞きますが…………綿月様方、まさかとは思いますが、兎が逃げ出すのに手を貸したりはしていませんよね?」

 瞬間、依姫が切れて腰の刀に手をかけ…………豊姫に止められる。

「お姉様!!!?」

「依姫、場所を弁えなさい」

「しかしっ!!!」

「依姫!!!」

「っ?! ………………失礼しました」

 依姫が頭を下げ、無傷だった椅子に座る。

「しかし、随分と不思議ですわね」

 周囲に気まずい沈黙が流れる中、豊姫が一人語りだす。

「レイセンが…………玉兎があなたの言う脱走をしたとして、今日起きたばかりのことをどうしてそれだけ詳しく、断定したように言えるのかしら?」

「自分が不利になったと見えるや否や、こちらを批判してきましたか、まあ良いでしょう。簡単な話です。私は前々からあの兎が逃げ出すんじゃないかと思ってしまいてね、監視をつけていたのですよ」

 月の兎は身勝手で臆病ですから。そう言う男に、依姫の怒りがまた湧き出しそうになる…………だが抑える。

「それでいいわ…………ここで暴れたら、本当にレイセンが帰ってこれなくなるわよ」

 姉のその一言で、浮かした腰をまた沈める。

「………………やれやれね、どうしてこんなことになっているのかしら」

 男の歪んだ口元に、一抹のイラつきを感じながら…………独り呟いた。


レイセンの能力は割りと独自設定あります。特に範囲とか。


まあ雪代の前作を知る読者からすればこの程度いまさらでしょうけど。

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