変わることのない
外を歩けば、淡い桃色の花が目に入る。
出先で満開の花を咲かせる桜を見たアヤは、城の裏庭にある桜の木のことを思い出した。
今年はまだ会ってないな。
そう思ったアヤは、翌日の昼間に城の裏庭にある桜の木の元へ足を運んだ。
城の裏庭に、一本だけ立つ桜の木がある。アヤのお気に入りの桜並木に花が咲き始めると、毎年その桜の木の様子を見に行っていた。
今年も綺麗に桜の花を咲かせている。訪れた今日は、ほぼ満開になっていた。
アヤが桜を眺めていると、宙から女性の声が降ってくる。
「今年は来ないのかと思ってた」
「どうして?」
その声に尋ねると、桜の花が咲き乱れる宙からゆるく波がかかったショートヘアの少女が姿を現す。うっすらと透けているのは、少女が精霊であることを示していた。
「ご両親が戻ってきたでしょう?」
少女は木の上からアヤの前へふわりと降りてくる。
「そうだけど、だからと言ってここに来ない理由にはならないよ」
アヤの言葉に、その少女は嬉しそうに笑う。
「それに、この時期にしか貴方には会えないから」
少女は一瞬だけ目を見開くと、小さな声で呟く。
「変わらないね」
「何か言った?」
うまく聞き取れなかったアヤが声をかけると、その少女は首を横に振った。
アヤが桜の木の幹に寄りかかるように座ると、少女も隣に腰かける。
「もう、十年も前になるんだね」
少女がぽつりと言葉を漏らす。
「そう言われてみれば、もうそんなに経つんだね」
アヤが桜の精霊の少女と出会って、今年で十年目になる。
毎年、桜が咲く期間しか精霊の少女と会えないため、不思議な感覚がした。
「私が小学部に上がった年の春だったもんね」
「もう、随分と大きくなったね」
桜の精霊である少女の容姿は、十年前と全く変わっていない。しかしアヤは十年の間に成長し、少女と出会ったころには低かった身長も、今では追い抜いてしまっていた。
毎年、春になるとアヤは両親がいない淋しさを養い親に言ってしまわないよう、この桜の木の下まで逃げてきていた。その時に話し相手になってくれたのが、今隣に座っている桜の精霊の少女だった。
少女はアヤが桜の木の下に来ると、木の上の桜が咲く宙からふわりと姿を現してくれていた。桜の花が木から離れてゆっくりと落ちるように見えるそれに、アヤはいつも見惚れていた。そして、今のように二人並んで桜の木の下に座り、話をするのが出会ってからのやりとりだった。
去年まで両親が行方不明だったアヤは、少女に話を聞いてもらうことで淋しさを紛らわしていた。
しかし今年は両親が戻ってきたため、少女とどんな話をしたら良いのか判らず戸惑う。そして、ふと思ったことを尋ねてみることにした。
「そういえば、ずっと気になってたことがあるんだけど……」
アヤが少女と話をするようになったのは、十年前の桜が咲く時期だった。
小学部に上がったばかりのアヤは、城の裏庭にある桜の木を見付けた。そして、ほぼ毎日その桜の木の元を訪れた。学校がある日は夕方に行き、休日は昼間から桜の木の下でぼんやりとして時間を過ごしていた。
そんなある休日。この日は桜が満開になった最初の休日だった。
アヤは昼食後に桜の木の元へ足を運び、ぼんやりと木の上で揺れる花を見つめていた。温かな日差しにうとうとしていた時、木の上から少女の声が降ってきた。声のした方に目を向けると、桜色の髪をした少女が枝に座っていた。アヤはすぐにこの桜の木に宿る精霊だと判った。
魔術師が精霊や妖精のコエを聴いたり姿を見たりすることはとても稀なことだ。精霊や妖精達の力が強い場所では、コエを聴くことができる魔術師もいるが、姿を見ることはできない。アヤのように何もない普通の場所でコエを聴き、姿を見られる人はいないと言っても過言ではないのだ。幼い頃から、アヤは精霊や妖精たちに好かれていたのか、極稀にコエを聴くことも姿を見ることもできていた。
アヤが少女に返事をしたことで、二人の桜の季節限定の秘密の逢瀬が始まった。
「初めて話をした日、どうして私に声をかけたの?」
魔術師は精霊や妖精達が傍にいることを感じとることができない。向こう側から話しかけられても、その声に気付くこともできない。それは、魔術師も妖精や精霊達も知っていることだった。だから、お互いに干渉しない。例外は、精霊や妖精達が魔術師との繋がりを求めた時や向こうの力が濃い場所で魔術師がその存在を感じとれた時くらいだ。
「私があなたの声に気付くとも限らなかったのに」
「聴こえるのは知ってたよ」
その言葉に、アヤは思わず少女の方に勢いよく顔を向けた。
「そうなの?」
「うん。精霊達の間で噂になってたからね」
精霊達の間で噂になっていたことを初めて知る。
「桜の花が咲き始めた時からほとんど毎日来てくれてたけど、落ちこんでいることが多かったから声をかけてみたんだよね」
「初めから知ってたんだ」
「そうだよ。ずっと桜の木の上から見てたんだもん」
「ありがとう」
桜の精霊の少女のおかげで、春に淋しい思いをすることが減った。アヤが感謝の言葉を伝えると、少女は嬉しそうに笑った。
話が落ちつくと、アヤはゆっくりとした瞬きを繰り返す。
「眠いの?」
それを見た少女が、そっと尋ねる。
「少しだけね」
アヤは困ったような笑みを浮かべながら答える。
封印されていた魔力を取り戻してから半年が経った。多すぎる魔力は、幼い時に長い年月をかけて身体に馴染ませる。それは睡眠という形でとられることが多い。しかし、魔力を封印されてしまったアヤは、それができずに成長してしまった。だから、魔力を取り戻した後、身体に馴染ませるためによく眠るようになった。半年ではまだ身体が魔力についけず、アヤは昼間に眠くなることが多かった。
「寝ちゃってもいいよ」
桜の精霊の少女は、アヤの事情を知っていた。
「嫌だよ。せっかく会いに来てるのに……」
桜が咲いている時期しか会えないのに、眠ってしまうのは申し訳ないし、勿体ない。そう思ったアヤは否定の言葉を放つが、心なしか先程より喋り方が幼くなっていた。
「私は、今年も会いに来てくれただけで嬉しかったよ。だから、無理しないでほしいな」
それは少女の本音だった。
今年はアヤに両親が戻ってきたから、この桜の木には来ないだろうと思っていた。アヤが淋しくないように毎年話し相手として姿を現していたから、その役目も去年で終わりだと思っていたのだ。しかし、今年もアヤは城の裏庭にある桜の木まで来てくれ、嬉しい言葉を贈ってくれた。
少女にはそれだけで充分だった。
そう思っていたのに、アヤは更に少女を喜ばせる言葉をくれる。
「初めて会った時から支えてくれたんだもん、蔑ろにできないよ」
普段から精霊や妖精達を大切にしてくれるアヤが大好きだった。だから、些細なことでも力になりたいと思っている。きっと、他の精霊達も同じように思っているだろう。
「優しいね」
そろそろ起きているのも限界なのだろう。アヤは、幹に背を預けて船を漕ぎ出す。
「そんな貴女だから、私達は力になろうと思うんだよ」
少女の決意を秘めた囁きは、眠りの世界に旅立ったアヤに聞こえただろうか。
これからもずっと傍で見守り支えていく。今日のように少女のことを想ってくれる優しい魔術師であるアヤは、精霊達の間では有名でみんなが愛おしく思っている。だから、精霊や妖精達は時折アヤにコエをかけることがある。そしてアヤは、毎回それに応えてくれる。それに、時々アヤの方から精霊や妖精達との繋がりを求めてくれる。そんな関係を築いてくれたアヤを、精霊や妖精達は大切にしようと決めていた。
春の風が吹き、桜の花が揺れる。ひらりひらりと宙を舞う花びらは、優しくアヤの元にも届く。
アヤのことを探す少年の存在に気付いた桜の精霊の少女は、隣で眠る愛し子の頭にそっと口づけを落として姿を消した。
前回の話からそんなに時間をあけずに投稿となりました(笑) 前の話が桜と雪で、ほとんど冬の要素が多かったので、今度はちゃんと桜を入れようと思って頭に浮かんだ話を書きました。少しは春らしくなったと思いたいです。今年はいろいろあってちゃんと桜を見に行けていないのが残念です。
今回は桜の精霊さんに出てもらいました。少しだけ、アヤと精霊達のことを書けたのかなと思います。
前回同様、書きたいところのメモだけで他は執筆しながら考えたので少し時間がかかりました。でも、やっぱりこの書き方の方が楽しいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
(4/3-4/11)




