【理解者たちのティータイム】 あたたかな場所
秋に色づいた木の葉が少しづつ落ちだす頃、ハルルが改装した古代文字資料室に生徒が一人入り浸るようになる。といっても、他の季節でもその生徒はよく古代文字資料室に来ている。ハルルの担当するクラスの生徒であり、ハルルと友達という関係を築いている、アヤがその生徒だった。
始まりは、ハルルが二年前に高学部一年の一クラスを担当した年のことだった。
雨期に入りかけのある日、アヤとハルルは友達になった。人見知りがあるのか、初めのうちは余所余所しかったアヤだが、少しずつ二人の距離は縮まった。だいぶ仲良くなった頃には、アヤはよく古代文字資料室に足を運ぶようになっていた。
その年の冬、昼休みになるとアヤが毎日のように古代文字資料室へ来るようになった。そして、ハルルに声をかけてから昼寝をし、午後の授業が始まる前には起きて出ていくという日がでてきた。その回数は日を追うごとに増えていき、積雪がみられるようになる冬休み前後にはほぼ毎日、古代文字資料室に来て昼寝をするようになっていた。時々、午後の授業が始まっても起きずにそのまま欠席することもあったが、成績重視の学校であったため、アヤにが困ることはなかった。ハルルも、アヤの成績がとても良いことを知っていたので、わざわざ起こすこともなければ、注意することもしなかった。
それが良かったのか、翌年の冬には勝手に古代文字資料室に来て眠るようになっていた。ハルルが、いつでも入れるようにと合鍵を渡したのも大きかったのだろう。先にアヤが来て眠っている時は、起こさないようにそっとブランケットを掛ける。そして、一人お茶を飲みながら眠る姿を見たり、自分の仕事を片付けたりして過ごしていた。欠席するつもりがない時は予冷前に起きるし、授業を休む時はずっと寝ていることを知っていたから、アヤの好きなようにさせているうちに、高学部二年目の冬は過ぎた。
今年、高学部三年目の秋が終わろうとするある日。ハルルは古代文字資料室へ向かう途中で、アヤのよき理解者であり恋人であるタクトと出くわした。話をするとタクトの行き先も同じだったため、二人で一緒に向かい扉を開けると、ソファーの上に先客がいた。
合鍵を使って入ったのだろう。ソファーの上で丸くなって眠るアヤの姿があった。何も掛けずに眠ってしまうのもいつものことで、ハルルからすれば見慣れてしまったその姿。思わずぽつりと声が漏れた。
「そっか、もうそういう時期だったね」
「何がですか?」
ハルルの独り言に、タクトが不思議そうに尋ねる。
向かい側のソファーに乗っていたたブランケットを手にとり、アヤの身体に掛けながらハルルは答えた。
「冬になるとね、アヤちゃん、ここに来て寝てることが多いのよ」
古代文字資料室は、他の教室に比べて狭いため、暖房をつければすぐに部屋の中が暖かくなる。おまけに、この部屋に来るのは時折訪れる人を除けば、タクトが転校してくる前まではハルルだけだった。誰にも邪魔をされない古代文字資料室は、アヤにとっては居心地の好い場所だったのだ。
「もうそんな季節になったんだなぁって思ってさ」
「そうなんですね」
「アヤちゃんと仲良くなった年は、私に慣れてくれたみたいで嬉しかったのよね」
ハルルは、数年前のことを思い出しながら呟く。眠るアヤの頭を優しい手つきで撫でるが、当の本人は起きる素振りを見せることなく静かに寝息をたてていた。
「まぁ、たまに猫みたいなところがありますからね」
「そうなのよ」
タクトの呟きに同意をし、ハルルは紅茶を淹れ始める。
「最初のころは、ここにもあまり来てくれなかったんだけど、少しずつ来る日が増えていって、今じゃほぼ毎日ここに来るからね」
手を動かしながら紡がれる言葉は文句のように感じられるが、その声は優しく嬉しそうなものだった。
二人分の紅茶を淹れたハルルは、テーブルの上にクッキーとティーカップを置いた。タクトがアヤの向かい側にあるソファーに座っていたため、二つのソファーの間にあるテーブルの片隅にある一人掛け用のソファーに腰を下ろす。お互いに数口紅茶を飲んだところで、ハルルが続きを話し始める。
「それに、初めのころは毎回寝てもいいか聞いてくれたのよね。今はもう、勝手に入ってきて寝てるけど」
「ここには害を与える人がいないって判ってるからでしょうね」
タクトは、苦笑いを浮かべながら言った。
「まぁ、私がゆっくりしたくて改装した部屋だし、アヤちゃんには気を遣わないでいてほしいからね。ここに来てくれる度に甘やかしてたら、こうなったのよね」
ハルルは、ソファーで眠るアヤに優しい眼差しを向けながら言葉を紡ぐ。
「懐いてくれたみたいで嬉しいし」
アヤを見ながら呟かれた言葉は優しく、ハルルの表情は愛しいものを見つめるものだった。
「すっかり懐かれてますもんね」
他人に遠慮しやすいアヤにしては珍しく、ハルル相手には思ったことを素直に伝えている。この古代文字資料室に何も言わず入って眠るのも、アヤなりの信頼の証で、ハルルに気を許している証拠だった。
「でも、ここまでくるのに時間かかったのよね。さっきタクトくんも言ってたけど、アヤちゃんは猫みたいなところがあるから」
「構いすぎると離れていきますからね」
「そうなのよ。初めのころ、つい構いすぎちゃって避けられてたことあるくらいだもの」
そう言いながら思い出すのは、アヤが高学部一年生だった頃の若葉の季節だった。
きっかけは、アヤが魔術の実技授業を抜け出して休んでいるところをハルルが見かけたことだった。その後、アヤと話そうと何度も接触を試みたが、その都度アヤは上手にハルルを避けていた。おかげで、何日も声をかけられずに困ったことがある。
今思えば、懐かしい出来事だが、当時は大変だった。
「大変でしたね。まぁ、適度に距離をおいて見守ってるくらいが丁度良いですよ。アヤから近寄ってきた時に構うくらいじゃないと、なかなか心を許してくれませんから」
「タクトくんって、アヤちゃんの扱いに慣れてるよね」
ハルルが羨ましそうに言うと、タクトはさらりと答えた。
「一応、恋人ですから」
そんなタクトに、ハルルは疑問をぶつける。
「でもさ、恋人ならずっと一緒にいたいとか、くっついていたいとか思わないの?」
「思わないって言ったら嘘になりますけど、自由気ままで時々甘えてくるのが可愛いので、このままでいいと思ってますよ」
そう答えるタクトの表情は優しいものだった。
「アヤに無理はさせたくないので」
付け足された言葉は、アヤを想うもので、ハルルは嬉しく思った。大切な存在であるアヤが、こんなにも大切に想われていることが判ったから。
「まぁ、放っておいたら悪い方向に進みそうな時は、嫌がっても話すように促すことはありますけどね」
「なるほどね」
「でも、ハルル先生だって、同じこと思ってますよね?」
そう問われ、ハルルは内心苦笑を浮かべた。
判ってはいたことだが、タクトは鋭いところがある。
それに、アヤのことに関しては同じようなことを感じ、思っているから、お互いに考えていることが判ってしまう。
「結局、アヤちゃんにはありのままでいてほしいもの」
甘え方を知らなくて、遠慮しがちで、一人で抱えこみやすい困ったさん。せめて、自分たちの前でだけでも気を遣わず自由でいてほしいと思うのだ。
「私も、甘やかすことだけがアヤちゃんのためになるとは思ってないから、時々口を挟むけど、自分なりの方法で優しくしようと決めているのよ」
「そうですよね」
大切な存在だから優しくしたい。困っている時は助けてあげたい。
これからも、こうして気を許して眠り続けるアヤの支えになれるような人でありたいと思う。
二人がアヤを見つめる表情は穏やかで、その眼には優しい色が浮かんでいた。それを感じとったのか、眠るアヤの口元が、心なしか弧を描いた気がした。
実家の大きな窓の傍で晴れている日にひなたぼっこをするのが好きで、特に冬はあったかいからいいよなぁなんて思っていたら浮かんできたお話です。本当は、アヤがひなたぼっこをする予定でしたが、居心地の好い場所で眠る話になりました。ハルルとタクトを会話させようと思ったらこうなりました(笑)
二人がアヤを大切にしている話になったと思います。
冬になると気分が沈みやすいせいか、何故かオリジナル創作の執筆が捗ります(笑) もともと心の拠り所としてやっていた趣味だったので、そのせいもあるかもしれないです。このside storyも冬の更新が多いんですよね(笑)
今までもそうしてきましたが、これからも自分のペースで無理せずゆっくり更新していく予定です。




