隠れた想い
空気が冷たい冬。降り積もった白銀の世界をサクサクと足跡を残しながら歩く少女――アヤの姿があった。
街を通り抜け、冬が訪れる前までは緑色の絨毯が広がっていた草原を、一歩一歩進んでいく。
少しして、ぽつりぽつりと家が建つ住宅地へ近づき、アヤは一件の家の扉を叩いた。
「いらっしゃい」
家の中から、優しそうな女性がアヤを出迎える。
「ほら、寒いから早く入りな」
「ありがとう、はるるん」
はるるんと呼ばれた女性は、アヤの恩師だった。
家の中に入ると、アヤは慣れた様子で客間のソファーへ座る。
「今、あったかい物淹れるね」
「ありがとう」
ハルルはそう言い残し、キッチンへ向かう。そして、ミルクを火にかけながら、リビングでくつろぐアヤに声をかける。
「来てくれるのは嬉しいんだけどさ、こんな雪が積もってる日に来なくてもよかったと思うんだけど」
「ちょっと外に出たくなったんだよ」
「私の家、アヤちゃんの家から結構遠いと思うんだけど……」
言葉の裏に、少しどころではないと返すと、アヤはにっこりと笑って答えた。
「外に出たら、何もない雪の上を歩きたくなったから来ちゃった」
ハルルの家がある住宅地は、街から離れた草原にあるため、人通りは少ない。アヤの言うように、雪が降った翌日は足跡すらない白い世界が広がっている。
「寒くなるから、日が出てるうちに帰りなよ?」
「そうする」
温まったミルクに、茶葉と砂糖を混ぜる。出来上がったミルクティーを、二つのマグカップに注ぎ、クッキーをもってリビングへ戻る。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
アヤにマグカップを渡すと、ハルルは向かい側にあるソファーに腰かけた。
緩やかに始まったティータイムは、二人の世間話でゆっくりと時間が過ぎていった。
「そういえば、アヤちゃんってタクトくんに魔術というより魔法を見せてあげてることあるよね」
ハルルが突然話を振ってくることに慣れているアヤは、短い言葉で返す。
「たまにだけどね」
「タクトくんから、アヤちゃんの魔法はとても綺麗だって聞くんだよね」
「まぁ、相手がいる術じゃないし、ただ精霊との戯れを見せてるだけだしね」
「でもさ、そういうものって、あまり人に見られたいものでも、見せたいものでもないじゃない?」
「そうだねー。普段は一人でやるし」
「でしょう?」
ハルルが指摘する通り、アヤは精霊たちと会話をしたり戯れたりすることがある。しかし、それを他人に見せることはなく、いつも一人でやっている。ただ、アヤの気が向いた時だけ、たった一人にその様子を見せる。その相手は、アヤの恋人であるタクトで、彼もまたハルルの教え子だった。
「気が向いた時だけとはいえ、タクトくんにそれを見せるのはどうしてかなって思ってたんだよね」
「はるるんって、よく人のこと見てるよね」
「話したくないならいいの。ただ、ちょっと気になってただけだから」
思ったことをぽつりと零すと、ハルルが申し訳なさそうに言った。
「話したくないわけじゃないよ。よく気が付いたなぁって思っただけだよ」
「だって、どんなに親しくても、見せたくない物ってあるでしょう?」
「確かにね。さっきはるるんが言ってた通り、誰かに見せたいものでも、見られたいものでもないからね。それに、どんなに親しい人だとしても、頼まれたとしても見せようと思ってないから」
「そうでしょう? だから、余計にどうしてかなって」
ハルルが気になる理由も尤もだ。
親友という関係にあるが、精霊との戯れを見せたことはない。この先、懇願されることがあったとしても、見せるつもりは一切ない。ハルルもそれを判っているからこそ、疑問に思ったのだろう。
「そうだなぁ……。初めてタクトに見せた時は、謝罪のつもりだったんだよね」
初めてタクトに水の戯れを見せたのは、夜の木に囲まれた湖だった。タクトを怒らせてしまったお詫びとして、水の精霊たちとの戯れを見せたのがはじまりだった。
「あの日のタクトの顔を見た時、気が向いた時だけでも見せてあげたいって思っちゃったんだよね」
「どうして?」
「タクトは、アクマとして育てられてきたし、闇の世界で生きてきたでしょう? 本人も闇の魔術が得意だし、アクマのトップに将来有望だと思われてた」
だから、タクトはアクマ側にいた時、魔術で操られていた。その術を解いたのはアヤで、その後アクマを抜けて光側に来たという過去がある。
「タクトの意思でこっち側に来たけど、今まで見てきたものも、暗い世界にいた過去も変えることはできない。タクトに聞いたわけじゃないし、これは私のエゴだけど、魔術を嫌いになってほしくないって思ったんだよね。だから、少しでも綺麗なものを見せてあげたいなって」
「そうだったんだね」
タクトがアクマ側にいたことも、どんな経緯を経てアヤと一緒にいるかも知っているハルルは、すんなりと納得することができた。
「タクトには内緒にしてね」
「大丈夫。私が聞きたかっただけだもの」
アヤの深い想いを知ったハルルは、お互いが相手を大切にしていることを嬉しく思った。
「タクトくんも幸せ者だね」
「はるるんっ」
ハルルが微笑みを浮かべて呟くと、ミルクティーを飲んでいたアヤが慌てて声を上げた。心なしか、顔が赤くなっているように見えたハルルは、追い打ちをかけるかのように言葉を投げる。
「そんなに照れなくてもいいじゃない」
「はるるんが変なこと言うからじゃん」
ソファーの上にあったクッションを手にとり顔をうずめるアヤから、恨めしそうな声で返される。
そんな愛おしい教え子の姿に幸せを感じながら、ハルルはほんのりと甘いミルクティーを味わった。
――fin.
お久しぶりです。
しばらく話が浮かんでこなかったので、本編も短いお話も書くのをお休みしていました。
今回はアヤとハルルのティータイムのお話です。ほのぼのとした話を書けたんじゃないかなと思っています。




