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side story  作者: 夜音沙月
36/43

星空の少年

 ある夏の日、アヤとタクトは魔力や魔術に関する研究をしている研究所の視察をすることになった。

 その前日の夜、アヤは眠ることができずにいた。心なしか、気持ちが落ち着かない感じもする。

 今までも研究所や施設などの視察に何度も言っているが、今日のように前日に眠れないなんてことはなかった。

 自分の部屋の窓から夜空を見上げる。

 空には雲一つかかっておらず、宝石のように輝く星たちが空に散らばっていた。小望月が空の高いとろで夜の世界に光を落としている。

 何かに呼ばれたような気がして外套を手にとると、城の中庭へと足を運んだ。

 夏の夜とはいえ、真夜中である今は少し肌寒く感じる。

 行くあてもなくふらふらと中庭を歩いていると、背後から名前を呼ばれた。


「アヤ?」

「タクト……」


 振り返ると、心配して外に出てきてくれたのだろう、タクトの姿があった。


「どうしたの? 眠れない?」


 隣に並んだタクトが、優しい声で尋ねる。


「少しだけ。何だが、落ちつかなくて……」


 アヤは小さな声で正直に答えた。


「それに、さっき呼ばれた気がして……」


 その答えを聞いたタクトは、アヤが何故中庭に出てきたのかを理解した。

 魔力の源ともなる妖精や精霊たちに愛されているアヤは、時折彼らの声を聞くことがある。そして、「呼ばれた」と言ってふらりとで歩く。今夜も呼ばれて外に出てきたのだろう、とタクトは思った。


「そっか。でも、夏とはいえ冷えちゃうよ?」

「一応、外套着てきたよ」

「それでも、女の子は冷えやすいでしょう? ほら」


 そう言うと、タクトは持ってきていたブランケットをアヤの肩にかけた。


「あったかい。ありがとう」

「どういたしまして」


 ブランケットを羽織り再び夜空を見上げるアヤに、タクトはそっと声をかけた。


「邪魔じゃない?」


 遠回しに一人になりたければ離れるよ、と伝える質問をする。アヤは首を横に振り、


「ううん。ここにいて」


 と珍しく甘えるような言葉が返ってきた。タクトは「うん」と頷くと、アヤの隣で同じように夜空を見つめた。

 暫く星空を眺めていると、一筋の光が夜空を流れていった。

 それを見たアヤは、祈るように目を閉じ「うん、約束する」と呟いた。


「戻ろうか」


 約束を終えたのか、アヤがタクトの方を向き声をかける。


「そうだね」


 月が少し傾き、中庭に来てからだいぶ時間が経っていた。


「眠れそう?」

「うん。夜中にありがとね」


 城の中へ戻ると、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。




 翌日、アヤとタクトは魔力の研究所を訪れていた。

 研究者の一人が二人を案内して回る。視察は順調に進み、残るは最後の一部屋となった。

 奥にある研究室の扉の前で、案内人が足を止める。


「ここが最後の部屋になります」


 そう言い、案内人が扉を開けようとした時だった。

 アヤがタクトの腕を掴んだ。


「ごめん、少し待って……」


 そう小声でつぶやくアヤの声は、心なしか震えていた。

 タクトは頷きを返すと、案内人に声をかけた。


「すみません、少しだけ待っていただいてもよろしいですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 案内人も、タクトの傍で俯くアヤの様子を見て承諾する。

 タクトはそっとアヤを抱きしめて優しい声で尋ねた。


「大丈夫? 僕だけで見てこようか?」


 アヤを無理させないように言ったが、返ってきたのは首を横に振る動作だった。


「ううん。私も行く。約束、したから」


 アヤはタクトの腕を掴んでいない方の手を自分の胸の前できゅっと握りしめた。


「少し、心の準備させて」

「うん、判った」


 タクトは頷き、そっとアヤを抱きしめると、優しい手つきで背中を撫でた。

 少しして、アヤの心の準備が整い、部屋の中に案内してもらう。

 部屋の中を進んでいくと、ガラスケースの中に一つの魔石が保管されていた。

 案内人はそのガラスケースの近くで足を止め、説明を始める。


「これは、もう研究されていないのですが、我々の心に留めておくためにここに保管しているものです」


 そのガラスケースの前に着けられているネームプレートには、『ciel』と記載されていた。

 それを見たアヤは、はらはらと静かに涙を流した。

 突然の涙に、アヤを含めたくとも困惑する。しかし、アヤは頭の中で何かがつながったのだろう。


「そっか、そういうことだったんだね……」


 と小さな声で呟いた。

 ガラスケースの中にある魔石は、夜空を落としたようなラピスラズリ色をしていた。石の中では銀色の斑点が散らばっており、まるで星空のような魔石だった。


「……ずっとここにいたんだね」


 魔石に向かってそう呟くアヤの声は、哀しみを含んでいた。静かに涙を流しながら魔石を見つめるアヤを、タクトは隣で見守ることしかできなかった。


「この研究は、もう中止していると言っていましたよね」


 タクトは傍にいる案内人に声をかける。


「えぇ。研究所の規則違反、更に魔力研究における違反をしてしまったんです。ですので二度と同じ過ちを犯さないよう、禁忌研究としてここに置いているんです。そして、この研究をしたものは、禁忌研究をしていたことが判ってすぐ、追放処分にしました」

「そうなんですね」


研究所の応接室に戻ってくると、アヤは泣き止んでいた。しかし、タクトの隣を離れようとせず、ずっと片腕を掴んでいた。そして、案内人の話が終わるとすぐにアヤがタクトへ声をかけた。


「タクト、少し寝たい」

「疲れちゃった? ここで少し休ませてもらってから帰る?」


 タクトの問いかけに、アヤはゆるゆると首を横に振る。


「城がいい」

「判った。じゃあ、もう出ようか」


 タクトは頷くと、案内人に話をしてアヤと共に研究所を出た。

 アヤに負担をかけないよう、いつもは使わない移動魔術を使い、すぐに城へ戻る。


「アヤ、着いたよ。部屋に行く?」

「……タクトが邪魔じゃなければ、執務室のソファーがいい」


 一人になるのが嫌だったアヤは、躊躇いがちに答える。


「邪魔じゃないよ。一緒にいようか」


 タクトの返事を聞いたアヤは、ほっと胸をなでおろした。

 執務室へ移動すると、アヤはソファーに横になった。すかさずタクトがブランケットをかけてくれ、一定のリズムで背中を叩く。

 タクトが傍にいる安心感と、単調なリズムの心地よさにアヤはすぐに眠りの世界へ旅立った。

 アヤが眠ったことを確認すると、タクトは執務机につき書類仕事を始める。ちらちらとアヤの様子を見ながら、辛そうにしていないことに安心していた。



~*~*~*~



 眠っているアヤは、幼い頃の夢を見ていた。

 両親が行方不明になって約二年が経った、ある夏の夜のことだった。

 アヤは眠ることができず、警備兵の目を盗んで城の中を歩いていた。そして、城の中にあるアヤの秘密の場所、塔の上に足を運んだ。

 お気に入りの場所に着くと、先客がいた。暗い色の髪に中学部の男子生徒くらいの身長をしている。城の中で見たことのない少年だった。

 アヤが、最上階のフロアへ足を踏み入れると、その少年が振り向く。


「君は?」

「私はアヤ。あなたは?」

「ボク? ボクは……リアム。こんな夜中にどうしたの?」

「眠れなくて……」


 少年の醸し出す雰囲気が、月の光のように穏やかだったため、アヤは正直に答えていた。


「眠くないの?」

「うん」

「そっか」


 リアムはそんなアヤを注意することなく、物事を受け入れた。


「ねぇ、リアムはどうしてここにいたの?」

「星がね、良く見えるところを探してたら、ここを見付けたんだ。街のより高いところにある城に、こんな素敵な塔があったから、思わずこっそり入ってきちゃったんだ」


 リアムは困ったような笑みを浮かべてこの塔に来た理由を話す。


「そうだったんだ」

「街の塔にも行ってみたけど、ここからの星空が一番空に近いように感じてね」


 そう話すリアムの表情は、先程と比べて少し切なさを含んでいた。


「そうなんだ」


 アヤはただ頷くことしかできなかった。


「眠れないなら、一緒に星でも見る?」


 リアムがアヤを誘う。

 アヤは、頷きを返すとリアムの隣に移動した。

 ガラスのない石窓から、二人して夜空を見上げる。

 濃紺の夜空に、小さな星が宝石のように光を放っていた。


「綺麗だね」

「そうでしょう。だから、ずっと見てたんだ」


 二人は、少しの間静かに星空を眺めていた。


「まだ眠くならない?」

「うん……」


 リアムの質問に、申し訳なく思いつつも正直に答える。


「そっか。でも、今日はそろそろ戻った方がいいんじゃない? 夏とはいえ、あまり外にいると身体が冷えちゃうよ」

「そうだね」


 女の子として気遣ってくれるリアムの優しさに嬉しく思い、部屋に戻ることにした。


「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 アヤの挨拶に、リアムは笑顔で返した。

 知らない先客には驚いたが、優しい少年だったことに嬉しく思う。明日の夜も眠れなかったらまた来ようと胸に秘めて、アヤは自室へ戻った。




 翌日の夜も、アヤは眠ることができなかった。正確には、一度眠ったのだが嫌な夢を見て目を覚ましてしまったのだ。その後に寝ようと試みるも、眠気は訪れず、昨日と同じようにお気に入りの塔へ向かうことにした。

 塔に着くと、今夜もリアムが中で星空を見ていた。


「こんばんは」

「こんばんは。今日も来たんだね」


 昨日より遅い時間に訪れたアヤを、リアムは優しく迎える。


「今日も眠れなかったの?」

「少し寝たんだけど、一回起きたら眠れなくなっちゃって……」

「そうなんだ。怖い夢でも見たの?」


 心配そうに尋ねられ、


「うん、少しだけ……」


 アヤは小さな声で答える。


「そっか。それは辛かったね」


 リアムの言葉に怖い夢を見た後の嫌な気分が晴れていくのを感じた。

 少しして、アヤは気になっていたことをリアムに尋ねた。


「ねぇ、リアムはどこから来たの?」


 一度も城の中でリアムの姿を見たことはない。それに、リアムの格好は城の中にいる使用人たちの元のは違っている。昨日も、こっそりこの塔に入ってきたと話していたため、どこか違うところから来ているのだろうと思ったのだ。


「そうだね、遠いところからだよ」

「そうなんだ。旅人なの?」

「うーん、旅人とも言えなくはないけど、ちょっと違うかなぁ」


 答えづらそうにするリアムを見て、これ以上質問するのはやめた方が良いと悟る。そして、困らせるような質問をしてしまったことを申し訳なく思い、謝罪の言葉を口にした。


「ごめんね」

「急にどうしたの?」


 突然謝られたことに、リアムは首を傾げる。


「だって、答えづらいことばかり聞いちゃったから」

「アヤが気にすることないよ。でも、ありがとう。優しいんだね」


 リムはそう言って優しく笑い、アヤの頭を撫でた。

 突然のことに驚きつつも、アヤはくすぐったそうにそれを受け入れた。久しぶりに誰かに頭を撫でられたのが嬉しかった。

 リアムの手がアヤの頭から離れたかと思うと、上から穏やかな声で明日の夜の予報が呟かれる。


「明日は、流れ星が見られるかもね」

「流れ星?」

「そう。もし、明日も眠れないようだったらここにおいで」

「うん」


 リアムの誘いに頷きを返す。

 今夜は遅めに来たため、あまり長居してしまうと明日に響いてしまう。そう思い、アヤはもう部屋へ戻ることにした。


「今日はもう戻るね」

「うん。おやすみ、アヤ」

「おやすみなさい」


 アヤは部屋に戻り布団に入る。すると眠れなかったのが嘘のように、すんなりと眠りにつくことができた。




 リアムに誘われた日の夜。

 この日も眠ることができず、アヤはリアムと会っていた塔に足を運んだ。そこにはやはり、リアムが先にきていて、一人で星空を見ていた。


「リアム」


 アヤが名前を呼ぶと、リアムは振り返る。


「こんばんは。今日も来たんだね」

「うん。毎日ごめんね」


 きっと、リアムは一人で星空を眺めるのが好きだろうから。毎日訪れて邪魔をしてしまっているように感じたアヤは、申し訳なさそうに呟いた。


「謝る必要なんてないよ。ボクは話し相手がいて嬉しいと思ってるんだから」

「ありがとう」

「それより、まだ眠くない? 連れて行きたいところがあるんだ」


 眠気のないアヤは「大丈夫だよ」と答えた。

 そして、リアムの移動魔術で広い草原に湖のある不思議な場所にやってきた。


「ちょうど良かったみたい。ほら、見てごらん?」


 リアムがそう言い、夜空に向かって指をさす。その指を追って夜空を見る。すると、ちょうど空に一筋の光が走った。

 それは次から次へと流れ、あっという間に夜空に星が降るような光景が広がった。


「……すごい」


 始めて見る流星群に、心からの言葉が零れる。

 少しして、一部の流れ星が地上に落ちていることに気付く。

 草原や湖の水の上に落ちると、少しの間だけ小さな人形の形をとり地上を走って消えていく。


「アヤに見せたかったんだ」


 リアムはアヤの手を引きながら草原を移動する。

 少し進んだところで足を止めると、リアムが手を離した。


「ここでちょっと待ってて」


 そう言われ、アヤは頷く。

 リアムは一人草原の中を進み、あるところで足を止めた。

 夜空を眺めていたかと思うと、再び歩き出し、流れ星の落下地点で立ち止まった。そして、落ちてきた星を両手で受け止め、優しく星を包み込む。リアムがゆっくり手を開くと、星が石になって置かれていた。

 リアムはアヤのところに戻ってくる。


「手、出して」


 リアムに言われ、アヤは両手を器の形にして差し出す。


「はい」


 言葉とともに、アヤの両手に石が乗せられる。一目見て、それが魔石だと判った。

 夜空を元にしたようなラピスラズリの色。石の中では、空に輝く星のように銀色の小さな斑点がキラキラと光を放っている。


「これ……」


 あまりにも綺麗な魔石に、言葉を発することができなかった。


「アヤにあげる」

「えっ、でも、受け取れないよ……」


 リアムの言葉に驚き、困惑する。


「どうして?」

「だって、これ、魔石でしょう?」


 魔石は、魔力を強めたり抑制したりといった不思議な力がある。魔術を使用する際の補助具になることもあり、非常に高価なものである。そして、リアムがアヤに渡した魔石は、市場に出回っている魔石のうちでもかなり高価なものの部類に入る物だった。


「そうだね。きっと、売ったらすごい金額になるだろうね」


 そんな高価なものを何の対価もなしにもらうわけにはいかない。


「そんな高価なものもらえないよ……」

「でも、今ここにある魔石は、ボクが星の力を借りて作ったものだよ。まだ誰かのものじゃない。アヤにあげたいんだ」

「本当に、いいの?」


 アヤからリアムに渡せるものは何一つないというのに。


「うん。もらってくれると嬉しいな」


 それでも、リアムはアヤに受け取ってほしいようだった。拒み続けても相手を傷つけるだけだと思い、戸惑いながらも魔石を受け取った。


「ありがとう」


 両手に載せた魔石を見る。夜空のような魔石は、本当に綺麗だった。


「すごく綺麗……。大切にするね」

「うん。そろそろ戻ろうか」

「うん」


 本当はもう少し草原にいたいと思ったが、夜中であるためあまり長居はできない。アヤは、頷きを返すとリアムの移動魔術で城に戻ってきた。


「今日はありがとう」

「ううん。ボクも楽しかったし、アヤに渡したいもの渡せたから嬉しかったよ」

「魔石、本当にありがとう。今日はもう戻るね。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 部屋に戻ると、リアムからもらった魔石を鍵のかかる小箱にしまった。今日のことは自分とリアムだけの秘密で大切な日として残しておきたかった。




 翌日の夜、アヤはいつものようにお気に入りの塔へ足を運んだ。


「今日も来たんだね」


 塔の中へ入ると、先に来ていたリアムがアヤへ声をかけた。


「うん。昨日はありがとう。初めて、あんなにすごい流れ星を見たよ。魔石も、すごく綺麗だった」

「喜んでもらえて嬉しいよ」


 リアムは嬉しそうに笑った。

 言葉もなく、アヤはリアムの隣に立ち、星空を見上げた。

 夜空にはいつも通り星が散らばっており、宝石のように光を放っていた。


「あの日から毎日会ってるけど、毎晩眠れてないの?」


 星空を眺めるアヤに、リアムが心配そうに尋ねる。


「うん。眠れなかったり、眠れても夢を見て起きて目が冴えちゃったり……」


 申し訳なさそうに答えると、


「そうなんだ。それは辛いね」


 リアムは優しい手つきで背中を撫でながら声をかけてくれた。


「少しね。でも、ここのところはリアムとお話ができるから楽しいし、その後ちゃんと眠れるから今までより楽なんだ」

「そうなんだ。でも、ごめんね」


 アヤの話を聞いたリアムは、突然謝ってきた。心なしか、声に哀しみが含まれているような気がした。


「どうして?」

「そろそろここに来られなくなっちゃうんだ」

「そうなんだ……」


 急なことで何も言えなくなる。

 少しして、漸く口を開くことができた。


「……淋しうなっちゃうな。どこか、行っちゃうの?」

「うん。とても、とても遠いところにね」


 リアムの答えに、正確な場所を聞くことはできなかった。聞いてはいけないような気がしたのだ。


「……そっか」

「うん。だから、ごめんね。でも、アヤに会えてよかったよ。たった数日だったけど、すごく楽しかった」

「私も、リアムに会えてよかった。昨日の魔石、大切にするね」

「うん、ありがとう」


 二人は少しの間一緒に星を眺めた。


「……今日はもう戻るね。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 アヤが塔から立ち去ろうと足を踏み出した時だった。


「アヤ」


 優しい声で名前を呼ばれ、振り向く。


「今まで、ありがとう」


 リアムの表情は、月の光でよく見えなかったが、優しく笑っているのが判った。


「こっちこそ、ありがとう」


 そうお礼を言って塔を去る。もう、リアムには会えないんだと思うと淋しかった。




 翌日、また眠れなくて塔に足を運ぶ。しかし、そこにリアムの姿はなかった。

 昨日が最後だったようだ。

 星空を眺めても、話をする相手がいない。

 ふとした瞬間にリアムのいない淋しさを感じ、もう会うことができないと思うと辛かった。


「リアム、ありがとう」


 たった数日、ほんの短い時間の密会。

 淋しかった日々が、色づいた数日だった。




 それから数年。アヤは、リアムとのことを思い出すことはなかった。鍵のかかる小箱にしまわれた夜空のような魔石も、箱の外に出ることはなく時が過ぎていった。



~*~*~*~



 執務室のソファーで眠っていたアヤは、二時間程度で目を覚ました。

 ふっと意識が浮上し、目を開けると執務室の天井が目に入った。

 懐かしい夢を見ていたなと思う。もう十年ほど前のたった数日の出来事だ。そんな夢を見るきっかけになったであろう物を服の上から片手で握りしめる。

 その動きに気が付いたタクトが、執務机の方からアヤに声をかけた。


「起きた?」


 その問いかけに、ゆっくりと起き上がりタクトの方を見る。寝起きのせいかまだ少しぼんやりとするが、もう一度寝ようとは思わなかった。


「何か飲む?」


 研究所のことがあり心配していたのだろう。優しい声で尋ねられ、アヤは頷きを返した。


「判った。少し待っててね」


 タクトはそう言うと、執務室を出ていった。

 数分後、ティーセットを持って部屋に戻ってくる。そして、ティーカップにお茶を注ぎアヤに手渡した。


「はい」

「ありがとう」


 渡されたティーカップからは、心が落ちつくハーブの香りが漂っていた。

 ゆっくりと一口含む。

 ハーブの香りと温かなお茶が心を落ちつかせてくれるような気がした。


「……タクトには、お見通しなんだね」


 いつもは紅茶を淹れてきてくれるのに、今日はハーブティーが選ばれていた。それは、アヤのことを思ってのタクトの気遣いだとすぐに判った。


「そうでもないよ。ただ、こっちの方が良いかなって思っただけだよ」

「ありがとう」


 もう一口ゆっくりと含むと、アヤは寝ている時のことを話した。


「寝てる時ね、少しだけ昔の夢を見たよ」


 そう話を切り出し、その夢を見るきっかけとなったであろう、服の中に下げていたペンダントを取り出す。


「これをね、もらった時の夢だった」


 そう言って、首からペンダントを外しタクトに渡す。

 そのペンダントの先には、魔石がついていた。綺麗なラピスラズリ色で、石の中で銀色の小さな斑点が光を放っている。それは、まるで夜の星空を連想させるような魔石だった。

 アヤから渡された魔石のペンダントを慎重に扱いながらタクトは呟く。


「魔石、だね」

「うん」

「こんなにすごい魔石、初めて見たよ」

「私も、これをもらった時はそうだった」


 夢のことを思い出しながら、少しだけ昔のことを話す。


「小学部に上がった年の夏ね、眠れない夜があったんだ。その時に会った人にもらったの」

「そうなんだ。じゃあ、とても大切なものなんだね」

「うん。今までその日のことあまり思い出さなかったけど、昨日流れ星を見た時に思い出してね、今日、それを持って行った方が良いと思ってこっそり持ってたんだ」

「そうだったんだ」

「うん。まさか、最後の部屋で同じものを見るとは思ってなかったけど……」


 今、タクトの手にある魔石は、視察した研究所の最後の部屋で見た「ciel」と名付けられていた魔石と全く一緒だった。


「びっくりしたね」

「うん。思わず泣いちゃった」


 そう返すアヤは、少し恥ずかしそうにしていた。


「タクト、ありがとね」


 夢のこと、気にならないはずがないのに、詳しく聞こうとしないでいてくれる。ただ、アヤが話したことだけを優しく受け止めてくれることに感謝する。傍でこうして甘やかしてくれることも、気を使ってハーブティーを入れて来てくれたことも。


「うん」


 アヤの「ありがとう」にこめられた意味を悟ったタクトは、ただ静かに頷くだけだった。


「アヤ、これ、見せてくれてありがとう」


 タクトは、手にしていた魔石のペンダントをアヤに返す。

 手渡された魔石を大事そうに受け取り、タクトに話をする。


「これね、今までずっと大切にしまってたの。私の、思い出の宝物だったから」


 あの数日間は、小さな自分にとっては大切な時間だった。特に、リアムと流星群を見た日の夜は。

 この夜空のような魔石をもらった時、心に誓ったことが一つだけあった。


「これをもらった時に誓ったんだけどね――」


 もう一度誓いを確認するように、アヤは言葉を紡ぐ。


「この魔石は、使うつもりないんだ。これからも、ずっと」


 アヤの持つペンダントの魔石は、使おうと思えば魔石として使用することができる。

 しかし、アヤ自身は利用することを一切考えていなかった。ずっと、今までと同じように大切な思い出の品として持ち続けると決めている。


「そうなんだ。でも、その方が良いかもね」


 研究所のガラスケースの中に保管されていた魔石は、どこか哀しそうな感じがしたのをタクトは思い出す。


「うん」


 アヤの誓いに理解を示してくれたのは嬉しかった。それがタクトの優しさで、いいところだと思っている。

 穏やかな声で頷きを返すと、アヤはタクトの方に凭れかかった。

 突然のことに一瞬驚くが、タクトは優しい手つきでアヤの頭を撫でる。

 昔、リアムが頭を撫でてくれた時も、今みたいに温かい感じがした。そう思いながらそっと目を閉じる。

 記憶の中のリアムが、優しく笑い『もう、大丈夫そうだね』そう囁いて消えていった。

 手の中にある魔石に目をやると、石の中で一筋の光が流れたような気がした。



――fin.



この「さくら咲く季節」を書くようになった高校生あたりから、ずっと頭の中にあったことがあります。それは、アヤが小さい頃に少年とお別れをする、という話です。しかし、その別れの話は何年たっても死別という哀しい別れで、それを書く勇気はなく、ずっと頭の中にしまっていました。今年になって、露天風呂に入り夜空を見ていた時、死別とは違う形で少年とお別れをする話が降ってきました。そして出来上がったのがこの話です。

諸事情で休職していたので、下書きから執筆まで時間をあけずに書くことができました。そして、久しぶりに自分で納得のいく綺麗な終わり方ができました。

今回も、執筆の第一目標としている、楽しんで書く、ということができました。

復職してからも、ゆっくりまったりとこの趣味を続けていくつもりです。オリジナル創作小説の執筆は、私の心の拠り所でもあるので。

お時間のある時、さらりとでもいいので読んでいただけると嬉しいです。


2019/02/14 夜音沙月 (執筆2/10~2/14)


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