雨の日の秘密
昨夜遅くに降り出した雨は、翌日になっても降り続いていた。
どんよりとした薄暗く重たい雲が広がる空模様は、見ているだけでも気分が重くなる。
アヤとタクトは執務室で書類仕事をしていた。
静かな室内に時計の針が進む音の他に雨音が響く。
机の上に積まれた書類を片付けながら、タクトは心の裡で溜め息を吐いた。
――まいったな。
昔から重たい曇り空が広がる雨の日は、なんとなく体調が良くないと感じることが多かった。他人が見てすぐに判るような体調不良ではないため、親しかったクリス以外に気付かれたことはない。
症状はその時によって違うが、頭痛や眩暈、倦怠感のどれか、もしくはそれらがいくつか重なって出てくる。耐えられないほどではないことが多く、いつもは治るまで我慢してしまう。クリスといた時は、強制的に休まされることもあったが、今はそれを知る人はいない。
この日は、朝からなんとなく怠さを感じていた。
雨脚が強くなったのか、先程から雨音が朝より大きくなっていることに気付いた。
今はまだ耐えられるが、悪化していく予感がしてならない。
そう思って、タクトは再び心の裡で溜め息を零した。
「タクト、こっちの書類もらってくね」
いつの間にかタクトの執務机の前に来ていたアヤが、机に乗せられている書類の束を一つ取り自分の机へ戻っていく。
「えっ、いいよ。それは僕の分だし。アヤは自分のがあるだろう?」
「んー? 私の分はもう少しで終わるから大丈夫。あと、そろそろお茶にしようか」
横の大きめの執務机に戻ったアヤが、そう答えて笑う。
「それはいいけど、急にどうしたの?」
いつもの休憩時間にはまだ早い。
「少し息抜きしたくて」
アヤは困ったように笑っていた。
それから数十分後、二人は執務室の中央にある来客用のテーブルでお茶をしていた。
依然としてどんよりと薄暗く重たい雲が広がったままで、しとしとと雨が降っている。
休憩してから、少しだけ頭痛は治まったが、まだ身体は怠いままだった。むしろ休みをとったせいなのか、心なしか倦怠感が増した気がする。
「大丈夫?」
不意に、アヤが心配そうな表情でタクトに声をかけた。
「何で?」
特別、悪いところなんてない。何故、そんな質問がされたのか判らないと首を傾げる。
「タクト、あまり調子良くないでしょう?」
その言葉に、思わず目を見張る。
「……気付いてたんだ」
まさかアヤに気付かれているとは思っていなかった。
けれど、ようやく今日のアヤの不自然な行動に納得ができた。
タクトの書類を一束減らしたのも、いつもより早めに休憩することになったのも、全ては体調が優れないタクトのためだった。
「なんとなく、だけれどね」
「……よく、判ったね」
もう隠す必要がないと判った途端、タクトはつらそうな表情を浮かべる。
「やっぱり、我慢してたんだね」
それを見たアヤが、静かに言う。
それは、タクトを責めるようなものではなく、思ったことがぽろりと零れたような言い方だった。
「時々、辛そうにしてるから、気になってたんだ。でも、隠してるみたいだったから、どうやって休ませようか考えてたんだよ」
アヤは、困ったような笑みを浮かべながら話す。
「別に、隠してたわけじゃないんだよ? 毎回、体調が悪くなるわけじゃないし、昔から我慢しちゃうことが多くて、今日も耐えちゃってただけで。アクマだったころは、クリス以外に気付かれたことはなかったから」
つい、昔の癖で我慢してしまっていたんだと、本当のことを答える。
「そうだったんだ。じゃあ、今度からは無理しないでね?」
「善処するよ」
しみついた癖は、そう簡単には抜けない。
タクトは困ったように笑い、そう答えた。
アヤもそれを判っているのか、その答えに何か言うことはなかった。自分もタクトに、幾度となく無理をしないよう言われ、同じように返事をしていたからお互い様だと思ったのだった。
「今日はどうする? 休む?」
「大丈夫。アヤが半分もらってくれたから、今日の分はやるよ」
「判った。でも、辛かったらいつでも声かけてね?」
「うん、ありがとう」
タクトはお礼を言うと、安心したように微笑んだ。
――fin.
どんよりと重い雲がかかる雨の日にタクトの体調が良くない日があるといいなぁと思ってできた話です(笑)
いつもはアヤが弱って、タクトやハルルがそのことに気付いてアヤを甘やかすことが多いですが、今回はその逆にしました。タクトも、アヤに救われていることがある。そういった話をあまり書いていないだけで。今回、こういった話を書けて楽しかったです。




