暗闇の中で
朝から、何となく身体が重い気がしていた。
けれど、普通に動けるし、風邪の症状もないから大丈夫だと思い、そのままにしていた。
今思えば、それが間違いだった。
夕方になって、朝より酷い倦怠感に襲われた。
動けるけれど、すごく怠い。心なしか、身体も熱い気がする。
流石に熱を測った方が良いと思い、体温計を手にとった。
表示された体温を見て、思わず目を逸らした。
――三十八度五分。
見るんじゃなかった。
後悔するも、時既に遅く。突き付けられた現実に、気持ちまでやられてしまう。一気に怠さがのしかかってきた。
『病は気から』とはよく言ったものだ、と頭の片隅でぼんやりと思った。
「大丈夫?」
近くで、今までの行動を見ていたタクトが声をかけてくる。
「熱、あるみたい」
正直に告げると、心配そうな表情を浮かべる。
「部屋で寝るから、水をもらってきてほしいんだけど……」
流石に厨房まで行って部屋に向かう体力はないから、タクトにお願いする。
「それはいいけど、何度だったの?」
「三十七……三十八度五分……」
偽りの値を答えている途中で睨まれて、正直に白状した。
あまりの高熱に心配になったのだろう。一人で戻ろうと思っていたのに、部屋まで送ってくれた。
「水だけでいいの? 何か貰って来ようか?」
「いらない。食欲、ないから」
本当は何か食べた方がいいのは判っていた。でも、今は身体が怠すぎて食べる気持ちすらわいてこない。とりあえず、一眠りしたかった。
「判った。すぐ戻るよ」
そう言って部屋を出たタクトは、数分後に戻ってきた。
水分をとって、布団に横になる。
怠いのを誤魔化して一日動いていたせいか、思っていた以上に身体は疲れていたようで。時間をおかずに睡魔が襲ってきた。
タクトが傍にいてくれる安心感から、そのまま睡魔に身を委ねて、あっさりと意識を手放した。
すっと自然に目が覚めた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
あれから数時間経ったのは直ぐに判った。
時計は見えないが、夜中特有の静けさを感じて、真夜中であるんだろうなと判断する。
眠る前、隣にいてくれたタクトも流石に今はいなかった。
真っ暗で、怖いほど静かな部屋に一人。その上、自分は体調不良で身体が重くて動けない。おまけに、寝る前より怠さが増していて、起き上がることすらままならない。
――あ、不味いな。
すぐそう思った。
誰もいない静かな暗闇に一人だけ。
急激に淋しさを感じて、哀しくなる。
――怖い。
淋しさと恐怖。
負の感情が重なる。
――誰か。
親しい人の名前を呼びたいのに、声が出ない。その焦りで、呼ぼうとした名前も浮かばなくなる。
大きな不安に襲われた心は、不安定になる。
心が不安定になると、魔力にも影響が出てしまう。
唯でさえ、魔力を取り戻したばかりで不安定なのに、心の揺らぎを受けて更にバランスを崩し始める。
頭では判っていても、心はそれに追い付くことができない。
――誰か、助けて。
そう心の裡で叫ぶと同時に、魔力が膨れ上がって弾けたのを感じた。
夜の静寂を破るように、けたたましい音を立てて窓ガラスが割れる。
「アヤ! 大丈夫!?」
すぐにタクトが駆け込んできて、手を握ってくれた。
床に散らばったガラス片と割れた窓を見て、「怪我してない?」と尋ねてくる。
布団の中にいたから、怪我はしていなかった。だから、小さく頷きを返す。すると、すぐ傍でほっと息を吐くのが判った。
「アヤ! どうしたの? 大丈夫?」
騒ぎに気付いて駆けつけたお母さんや使用人が声をかけてくる。
――今は、タクト以外には会いたくない。
心配をかけておきながら自分勝手だと判っていても、心がタクト以外の人を拒否する。
部屋の外に集まった人達が入ってくる気配を感じて、首を横に振る。
怖くて、タクトの手をぎゅっと握ると、それだけで判ったのだろう。
「大丈夫です。後できちんと話しますから、今は部屋に入らないでもらえませんか? できれば、今日は部屋に戻ってください」
そう、扉の外にいる人達へ向かって声をかけてくれた。
何も説明がなかったため納得がいかないせいか、素直に立ち去る人はいなかった。それどころか、まだ部屋に入ろうとする人までいた。
慣れない他人の魔力を感じて、落ちつくことができない。
怖くなって、怠くて重い身体を無理に起こして、隣にいるタクトに抱きつく。
――怖い、嫌だ。何もしないで。
「お願いです。アヤが怖がってるんです。部屋に戻ってください」
タクトは優しい手つきで背中を撫でてくれながら、再度外の人達に向かって言う。
部屋の外にいた人達が、渋々といった様子で各々の部屋に戻っていく。
慣れない魔力が遠くなった。訪れた静けさに、漸く緊張がとける。
「大丈夫だよ」
タクトのいつも以上に穏やかな声がして、少し落ちつきを取り戻す。
「ごめ……。あり、がと……」
やっと声が出せた。
最初に紡いだのは謝罪と感謝の言葉。けれど、その声は震えて、まともに伝えられなかった。
「うん。無理しなくていいから」
その言葉を聞いた瞬間、心から安心できた。
今まで堪えていたものが壊れて、涙となって流れ出す。
「怖かったね。一人にしてごめんね」
タクトは、一定のリズムで背中を叩きながら言う。
謝ることなんてないのに。
「タクトは、悪くないよ。ただ、びっくりしちゃっただけだから……」
誰も悪くない。ただ、状況が良くなかっただけ。
「そっか」
タクトは、一度頷くと暫く私を抱きしめて、背中をとんとんと一定のリズムで優しく叩いてくれた。
――なんだか、眠くなってきた。
一瞬だったとはいえ、魔力を暴発させた時にかなりの力を消費していた。元々、熱で弱っていたところに、魔力の大量消費で身体はくたくただった。
眠気を自覚した途端、少しずつ身体の力が抜けていく。
「眠くなってきた?」
それを察したタクトが、柔らかな声で優しく尋ねてくる。
「……うん」
素直に頷き、そのまま眠ろうかと思った。けれど、ふと浮かんだ不安に、今度は眠りたくないと思い始める。
「どうしたの? 眠りたくないの?」
頷いたのになかなか眠ろうとしないことを不思議に思ったのだろう。背中を優しく叩く手を止めずに、穏やかな声で問いかけてくる。
その問いに小さく頷く。
「大丈夫。傍にいるから」
安心させるよう、優しい声で囁いてくれる。
――でも、目を覚ます時に、傍にはいてくれないでしょう?
その問いかけは、言葉にしなかった。聞くのが怖くて、言えなかった。
声にする代わりにぐずつくと、私が何を思っているのか気付いてくれた。
「アヤが起きるまで、この部屋にいるから」
――ああ、それなら……。ずっといてくれるなら、眠れる。
安心感を覚えたら、眠気が増してきた。
――大丈夫、怖くない。だって、タクトは言ってくれた。傍にいるって。
そう心の中で呟く。右手を握るタクトの手の温かさを感じながら、眠りの世界へ足を踏み入れた。
――fin.
頭の中に書きたい部分だけあって、いつか一つの話として作品にしたいと思っていた話です。熱が出て怠くなって眠るまでは私の実体験を織りまぜています(笑)趣味である創作をしている時はやっぱり楽しいですね。これからもゆっくりのんびりと自分のペースで楽しく書いていきたいと思います。




