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side story  作者: 夜音沙月
31/43

夜ニ降ル春ノ雪


 世界が暗闇に包まれ、月が南に昇るころ。

 コツコツとバルコニーの窓が叩かれる音がした。

 読書をしていたタクトは、本を閉じて音がした窓のカーテンを開ける。すると、窓の外側のバルコニーに外套を羽織ったアヤが立っていた。

 窓を開けて、外にいるアヤに声をかける。


「どうしたの?」

「夜桜、見に行かない?」


 静かな声で誘いをかけてきたアヤは、いつもより落ちついた空気を纏っていた。

 こういう時は、優しく本音で接するのが一番だと経験上知っている。

 だから、返す言葉は『今から?』でも『こんな時間に?』でもない。アヤがほしい答えは、行くか残るかの二択。そして、嘘のない返事。ここで行きたくないのについて行くと答えても、アヤは何故かその嘘を見破る。そして、哀しそうに笑うのだ。アヤを傷つけないようにするためには、本当のことを隠さずに伝えること。それに、真夜中に外出の誘いを受けるのは、多くないけれど、珍しいことでもない。だから、返す返事は決まっていた。


「行ってもいいなら」


 そう答えたのには、訳があった。

 アヤが夜中に外へ出る時は、魔術を使うことが多い。普段の生活で魔術を使わないアヤは、誰かに力を使っている姿を見られるのを好まない。特に、今回のように意味もなく魔術を使おうとする時は、尚更。アヤから声をかけられた時点で、今回は一緒に行ってもいいことは判っていた。しかし、魔術を使う時に誘われることはほとんどないため、躊躇いが出てしまうのも本当で。だから、確認の意もこめた返事をした。

 アヤは言葉こそ発しなかったが、小さく頷いてくれた。

 外套を羽織り、バルコニーからアヤと二人で城を抜け出す。

 行き先は告げられなかったが、どこへ行こうとしているのかは判っていた。

 春、桜が咲くと必ず二人で一回は足を運ぶ桜並木。本当の意味で、アヤと出会った場所。

 真夜中の外は暗闇が支配していた。けれど、今日は満月で、月明かりがうっすらと世界に光を注いでいた。

 アヤのお気に入りの小さな丘を通り過ぎ、桜並木の前に着く。

 月の光を受ける桜の木は、心なしか白く光っているように見えた。


「綺麗だね」


 思わず言葉が零れる。隣に立つアヤも、静かに「そうだね」と頷いていた。

 二人で桜並木の中をゆっくりと歩く。

 風に揺られてふわりと舞い散る花びらは、宛ら白い雪のようだった。

 暫く無言で歩いていると、アヤが並木道の途中で足を止める。どうしたのか声をかけようとすると、先にアヤが「こっち」と言って手を引いてきた。

 そのままアヤの後に続いて木の間から並木道の外に出る。

 連れて行かれたのは、並木道と並行するかのように流れる小川の前だった。

 アヤと水場。

 アヤがこれから何をするのか、すぐに判った。

 夜桜に誘われた時から薄々感じていた予想が、現実になる。

 アヤが最も得意とする水系統の魔術。それに、アヤは魔法使いとしての要素も強い。精霊や妖精達に愛されているからだ。そんなアヤも彼等のことを大切にしているため、時折、水や風と戯れる。特に、水で戯れることが多い。いつもは一人で彼等と会話をするが、極稀に僕にも見せてくれる時がある。


「少し、そこにいてね」


 こっちを見てそう言ってくれたということは、今日も見せてくれるようだ。

 裸足になったアヤは、宙に浮いて小川の上に移動する。そして、ゆっくりと目を閉じた。少しして、翡翠色の瞳が姿を現す。目を開けたアヤは、先程よりも静かな空気を纏っていた。

 始まる。

 ちゃぷ、と水の音がしたかと思うと、アヤの周りに水の球がいくつか浮いていた。


「今日はね、特別」


 優しく、穏やかな、空気に溶けるような声でアヤが呟く。


「特別?」


 意味が判らず、聞き返す。


「そう」


 それに頷いたアヤは、ふわりと優しい笑みを浮かべる。

 アヤが操る水の球が、月の光を受けてきらりと輝く。

 それだけでも幻想的で綺麗なのに、そこに風に乗って運ばれてきた桜の花びらが混ざる。月光で宝石のように輝く水の球と、雪のように白く光る桜の花びらが、アヤと共に宙を舞う。

 アヤが呟いた、『特別』の意味が判った。

 確かに、桜の花びらと水で戯れることができるのは、今の季節だけだ。

 いつも以上に綺麗で幻想的な光景に、思わず言葉を忘れる。

 初めて、アヤが水と戯れる姿を見た時もそうだった。現実ではないような光景に、言葉が出なかった。たまに見せてくれるようになった今でも、その夢幻的な光景を言葉にすることができないでいる。

 日常生活にあふれる魔術や魔法も、アヤが使うとこんなにも綺麗で美しい。

 アヤが精霊や妖精達と心を通わせる時間。

 彼等を大切にするアヤだから、みんなもその呼びかけに答える。アヤが魔法使いとなるひと時。

 それを、気が向いた時だけとはいえ、見せてくれる。僕以外にはまだ誰にも見せたことがないらしい。ハルル先生も、遠目でしか見たことがないと言っていた。だから、この時ばかりはいつも優越感を抱いてしまう。

 暫く水と桜の花びらの舞いを見ていると、次第に水の球の数が減っていく。少しすると、最後の雫が川に落ちる音で終わりを迎えた。

 アヤの魔法が終わってすぐ、ぱしゃんと水の音が耳に届く。

 ふと音がした方を見ると、先程まで宙に浮いていたアヤが、水に足をつけていた。

 いくら暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は肌寒い日が多い。そんな春先の川の水。


「冷たくないの?」


 思わずそう尋ねると、


「思ってたより冷たかった」


 と、困ったような表情で笑っていた。

 すぐに上がるのかと思っていたけれど、アヤはそのまま足で水を蹴って遊びだす。

 アヤが小川の水で遊ぶ音を聞きながら空を見上げる。

 星がきらめく空に浮かぶ丸い月が、先程よりも西に傾いていた。あと数時間もすれば、夜明けが来る。

 声をかけようか悩んでいると、不意にアヤが口を開いた。


「もうちょっと」

「ん?」

「もう少しだけ、ここにいてもいい?」


 川から上がり、そう尋ねてくる。


「いいよ」


 明日、早起きをする用事はない。それに、僕もアヤと同じ気持ちだった。だから肯定を返す。


「ありがとう」


 返事を聞いたアヤは、嬉しそうに笑った。

 静かな時間が流れていく。心穏やかな、春の夜。



Fin.


…ひとやすみ…

 ネタだし(プロット)自体は今年の4月に済んでいたのですが、生活が忙しく、なかなか作品として文章にすることができずにいました。いつか完成させたいと思ったまま数ヶ月。四連休で、気持ち的にも落ちついていたので執筆しました。無事、書きあがってほっとしています(笑)

 執筆している時いつも思うのですが、頭の中に映像はあるのに、それを文字や文章にするのが難しい。なかなかしっくりくる、納得のいく表現が思い浮かばず、苦戦します。あと、オノマトペ。調べると、擬音語はカタカナ表記らしいのですが、文章的に平仮名を使用したい時というのがありまして。今回がまさにそれで(笑) だから、カタカナと平仮名の両方を使用しています。趣味だし、自己満足でやっていることだから、自分が納得のいくようにしたいので。

 桜の花びらが散るところって本当に好きで、春になると毎年のように桜の話を書きたくなります。今年はアヤが精霊や妖精達と戯れる、魔法使いとしての要素が強い話が降ってきました。

 今回はちょっと変わった書き方をしていまして。思いつく順にオリジナル創作ノートに書きだし、後から話の流れ順に番号を振り、それをちゃんとした文章にしていく、という書き方をしました。たまにやる方法です。ノートを見ると②と振ってあるところはたったの3行、しかも科白のみで(笑) この話のアヤが「今日は、特別」と話すところです。そのあとのアヤが魔法を使うシーンなんてメモ書きで「アヤが魔術を使う(川の上で)」のみ(笑) 執筆している時、苦戦しました。一番しっかり書かれていたのは、4番目に書いた①のはじまりのシーンでした。そんなこんなで書きあがった話です。書いている時は楽しかったですv


H30 8/21    夜音沙月

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