雪と結晶と
最近、古代文字資料室の扉を開けると、必ずと言っていいほど先客がいる。
それは、今日も例外ではなかった。
古代文字資料室の中に入ってすぐ、担当するクラスの生徒の姿があった。
「あ、はるるん」
読んでいる本から顔を上げてこちらを見たのは、昨年の雨季に親友となった、生徒のアヤ・フォルアナ・ウィルソンだった。
「帰らないの?」
今は放課後で、クラブや用事のないほとんどの生徒はもう帰途についている。
「んー? もう少ししてからね」
アヤちゃんは、再び読み始めた本から顔を上げずに答える。
これは、きりのいいところまで読まないと帰らないだろう。
「何か飲む?」
「はるるんと同じやつ」
今日はミルクティーの気分だから、二人分の準備をするために奥の流しに向かった。
古代文字資料室の隣にある教師用の小部屋を、誰も使っていないからと、校長先生に許可をもらい改修して結構経つ。今では、自分の部屋のように寛げるような居心地の好い空間だ。お茶やお菓子も常備しているから尚更。とはいえ、そのお茶やお菓子の種類が増えたのは今年に入ってからだ。去年仲良くなったアヤちゃんが、たまにここへ来るようになったからだった。
「はい」
すっかりアヤちゃん専用となったティーカップをテーブルに置き、向かい側のソファーに座る。
「ありがとう」
少しだけ本から顔を上げ、嬉しそうな笑みを浮かべてお礼の言葉が紡がれる。
この日は、お互いに思い思いのことをして過ごした。
翌日の昼休み、昼食をとろうと古代文字資料室に行くと、今日も先客がいた。
「これからお昼?」
「そうだけど、アヤちゃんは?」
「もう食べた」
答えと同時に指がさされたのは、テーブルの上にあるお弁当箱。
「そっか。何か飲む?」
「ココアで良ければ淹れるけど?」
「じゃあ、お願い」
「分かった」
ソファーでくつろいでいたアヤちゃんは、頷きを返して奥の水場へ向かった。
アヤちゃんに友達がいない訳ではないことを知っているが、たまにこうして昼休みにここへ来ることがある。本人に確かめたことはないから推測でしかないが、きっと一人になりたい気分なんだろうなぁと思っている。だから『何かあったの?』と聞いたことはない。そして、これからも聞かないだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、アヤちゃんがマグカップを二つ手にして戻ってきた。
「はい。少し甘めにしちゃったけど、いい?」
「いいよ、大丈夫。ありがとう」
マグカップを受けとり、持ってきた昼食をとる。
食べ終わって一息吐いく。そして、ここ最近気になっていたことを溢した。
「そういえばさ、ここのところよくこの部屋に来てるよね。まぁ、アヤちゃんにはいつでも自由に使ってって言ったから別にいいんだけどさ、前より来る頻度が高くなったなぁって」
答えてくれても無視されてもいいように、独り言のように呟く。
「気になった?」
ソファーの上で膝を抱えるようにして丸くなり微睡んでいたアヤちゃんが、少しだけ顔をあげてこっちを見る。
「少しね」
去年の冬はこんなことなかった。
聞けたら嬉しいけれど、話したくないことならそのままで構わない。アヤちゃんを傷つけたい訳ではないから。
そう思っていると、心の中を読んだかのような一言が返ってきた。
「大した理由じゃないよ」
だから、安心して。
言葉にはされなかったが、向けられた表情がそう言っていた。
「そうなの?」
「うん。むしろ、くだらない理由。呆れられる自信がある」
そう答えながら、アヤちゃんは楽しそうに笑った。
嫌なことがあった訳ではないことに安心する。それと同時に、そのくだらない理由が気になった。
「聞いてもいい?」
「だって、教室は寒いんだもん」
まさかすぐに回答があるとは思ってなかった。そして、その答えは予想していなかったもので、思わず少し固まる。
当の本人は、その反応が面白かったのか、クスクスと笑っていた。
楽しそうで何よりだ。
「ね? どうでもいい理由でしょう?」
「まぁ、そうだね」
国立の学校だから、人が出入りする教室の空調はしっかりしている。ただ、教室とこの資料室では部屋の広さが違う。ここは、教室の半分くらいの広さしかない。狭い分、部屋はすぐに暖まる。それに、この部屋は私が居心地の好いようにつくりあげた。ブランケットもあれば、温かい飲み物もお菓子もある。現に私だって職員室より暖かく居心地の好いこの部屋に来ているようなものだ。
「でも、納得のいく理由だよ。ここ最近、すごく寒いしね」
「でしょう? そろそろまた雪が降るんじゃないかな」
「そうかもしれないね」
会話が落ちついたところで、タイミング良く予鈴が鳴る。
「あー、出たくないなぁ」
そうぼやきつつも、アヤちゃんは荷物をまとめる。
「同感」
この学校は、出席率より成績を重視する。アヤちゃんは、どの科目も出席しなくて問題ないくらいには成績が良い。それでも、余程のことがない限りサボらない。そんな真面目なところも気に入っている。
「とりあえず、あと二コマ受けてくるよ」
「行ってらっしゃい」
そう言って見送った私にも、今日は午後二コマ授業が入っていた。
放課後、数時間ぶりに古代文字資料室の扉を開けると、先程ホームルームで顔を見たアヤちゃんの姿があった。
テーブルの上には数枚の紙が広がっている。どうやら、今日は課題をしていたようだ。ふとその紙に目を向けると、ほとんど終わっていることが分かった。
「さっきぶりだね」
「早いね」
「教室からそのまま来たからね」
「そっか。何かリクエストある?」
キッチンへ向かいながら尋ねる。
「紅茶がいいな。昨日、クッキー焼いたから一緒に食べようよ」
「ありがとう」
他愛ない話をしながらクッキーを食べていると、静かに雪が降り始めた。
「やっぱり降ってきたね」
「そうだね。今日は早めに帰ってね?」
「そうするよ」
そう頷いたアヤちゃんは、クッキーを食べ終えて少し休んだあとに部屋を出ていった。
翌日の放課後、古代文字資料室に行くと、今日もアヤちゃんが先に来ていた。
いつもと違うのは、ソファーで眠っていることだった。
何も掛けていないということは、本人に眠るつもりはなかったのだろう。風邪をひかれても困るし、寒くないようにと思ってそっとブランケットを掛ける。
そうして向かい側のソファーに腰をおろした時、テーブルの上に置かれたものが視界に入った。レースで作ったような、白いコースターが二枚置かれていた。
この部屋になかった物だから、アヤちゃんが持ってきたのだろう。
一枚手にとって眺めてみる。
そのコースターは、繊細なつくりをしていた。まるで、雪の結晶を一つ一つ集めて作ったような。ただ、雪の結晶にしては大きい。多分、手作りだろう。
コースターをテーブルに戻し、読みかけの本を開いた。
本を読み始めて少ししたころ、アヤちゃんが目を覚ます。
「ん……あれ?」
「おはよう」
「寝ちゃってたんだ……」
誰にともなくそう呟かれた声は、まだ眠気を含んでいた。
「何か飲む?」
「はるるんの気分は?」
「ハーブティーかな」
「同じやつ」
「了解」
耐熱用の硝子のティーポットにハーブティーを入れ、温めた耐熱カップを持って戻ると、アヤちゃんが雪のコースターを置いていた。
「使って」
「いいの?」
「そのために持ってきたんだもん」
「ありがとう」
お互いハーブティーに口をつけ、一息吐いてから気になっていたことを尋ねる。
「ところで、このコースターどうしたの?」
「昨日作ったの。最近、ここに入り浸ってたお礼に」
「一日で?」
とても一日で作れるような物ではない。ましてや、二つも。
「魔術だからね」
珍しい。驚く私をよそに、アヤちゃんは少しだけ困ったような表情を浮かべているのが見えた。
「珍しいね」
「たまにはね」
日常生活で当たり前のように魔術を使う人は多い。そんな中アヤちゃんは、どうしても魔術を使う必要がある時以外は力を使わないようにしている。たまに、今回のように気まぐれで魔術を使うことがあっても、人目のあるところで使わない。だから、普段から魔術であふれる生活の中で、アヤちゃんの魔術を目にすることはほとんどない。
「昨日、雪が降ったでしょう?」
「うん」
「少しだけ、魔術を使ってみたいなぁって思ったから、雪の結晶を使って作ってみたんだ。溶けないように魔術で結晶化して、少し大きくして素材を変える。後は、気に入った形の結晶を繋げてコースターになるようにするだけ」
「なるほど」
本物の結晶を繋げたような作りだったこと、結晶が本物より大きめだった理由が分かった。
それにしても、アヤちゃんが気まぐれで使う魔術はいつも素敵だと思う。他の人からすれば、そんなくだらないことに使うならもっと自分の生活が楽になるように使えばいいと思うのかもしれない。それでも、自分のためや生活の便利さを優先した魔術より、他人のため、気まぐれとは言え誰かや何かを想って使われる魔術の方が素敵だと思う。心がこもっているような感じがして、あたたかく優しい魔術だと思えるから。
「大切に使わせてもらうね」
そう言うと、アヤちゃんは嬉しそうに笑った。
fin.
雪が降るといつも雪の話が書きたくなります。それは今年もそうで、何か雪の話が書きたいなぁと思っていたところに降ってきたのがこの話です。アヤが高学部2年生の頃のお話。久しぶりにほのぼのとした話を書いた気がします(笑)
季節外れの投稿になってしまったことの言い訳として……。創作ノートに書いたのは1月下旬でしたが、清書としてスマホに打ち込んだのは2月はじめとつい数日前。日常生活でいろいろあってすぐに書きあがりませんでした。まだ創作ノートに一応完成しているけれど清書としてスマホに執筆していない話がいくつかあります。ゆっくり更新していけたらいいです。




