宝石の海
いつ頃からなのか、詳しくは覚えてないけれど、月のない夜が苦手だった。
暗闇を照らす光のない夜が、何とも言えない不安を大きくする。また、あの暗い生活に戻ってしまうのではないかと、そう思うことがあった。
だから、新月の夜は早く寝るようにしていた。と言っても、心にすむ不安が消えることはなく、熟睡できたことはほとんどない。月明かりのない夜は、いつも眠りが浅かった。
アヤと暮らすようになって、何度目かの新月の夜。
季節は夏になり、熱帯夜となる日もあるなか、今日は涼しい夜だった。月の光がないのも手伝って、心なしかいつも以上に涼しく感じていた。
今夜も早々に寝てしまおうと、布団に近づいた時だった。
コンコン、と窓ガラスが叩かれる音がした。
二階にある部屋の窓が叩かれることに首をかしげつつ、音のした窓へ向かう。再び窓が叩かれ、カーテンを開けると、バルコニーにアヤが立っていた。
窓を開けると、アヤは嬉しそうに笑う。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと城を抜け出そうと思って」
たまに夜中にこっそりと抜け出してるのは知っていたが、まさか事前報告が来る日があるとは思っていなかった。
「タクトの部屋の方見たら、まだ明かりがついてたから来ちゃった」
「来ちゃった、って……」
アヤの身体能力を考えれば、二階のバルコニーに上がってくるのは簡単だろう。魔術を使う方法もあるし。
こういった、子供らしい一面が顔をのぞかせるのは可愛らしいけれど、呆れてしまうことが多い。予想外のタイミングでの行動に、呆れるなと言う方に無理がある。
「共犯者」
「共犯者?」
意図をつかめず、思わず同じ言葉を返す。
少しだけ、嫌な予感がした。
「一緒に行こうよ」
やっぱり。
要するに、仲間がほしかった訳だ。見つかって、怒られるときの。
普段なら、仕方ないと溜め息を吐きつつ頷いていただろう。しかし、今夜は訳が違った。
苦手な新月の夜。自分から嫌いな場所へ出ようと思えるほど物好きではないし、そんなに支障が出ているわけでもないから克服する気もなかった。それに、心の問題が伴うのだから、すぐに解決するものではないことも判りきっていた。
「今日はやめとくよ」
そう答えたのが珍しかったのか、アヤがじっと顔を見つめてくる。
「早く行かないと、見回りの人に見つかるよ?」
見透かされたくなかったのと、気まずさがきて、言葉を紡いだ。
「そうだね。じゃあ、行こっか」
そう言うや否や、手を掴まれ外へ連れ出される。
「ちょっ――」
文句を言う前に、アヤは宙へ身を投げていて、つられて一緒に下へ落ちる。
身体が宙へ出てすぐ、諦めた。ついて行くしかないと。
着地をすると、アヤが軽く行き先を告げた。
「丘の方まで行くからね」
遠い。
返事をしなくても、アヤは気にすることなく手を引いて歩きだした。
何も返さなかったのは、突然の行動に腹をたてたからだった。僕だって、いつも穏便でいるとは限らない。機嫌が悪い今、口を開けば傷つける言葉しか出てこない自信があった。
お互い無言で歩いてたどり着いたのは、森林の中にぽっかりとできた空間に湖のある場所だった。
「着いたよ」
そう言って、アヤは掴んでいた手を放す。そして、手に持っていた手提げ袋から布を取り出すと、地面に広げた。
「ちょっと寝てみて」
いくらか機嫌は直っていたが、まだ残る苛立ちから、無言のまま従う。すると、アヤが隣に寝転がってきた。
「明かり、消すね?」
返事がないことを判っていたのか、少しだけ間があった後にふっとランプの火が消された。
辺りが暗くなり、目の前に広がったのは、暗闇と
「綺麗……」
無数の星がつくりだす、光の海だった。
「今日は新月だからね」
普段は月明かりで見辛くなってしまう、光の弱い星まで見える。そのせいか、いつも以上に星が多い気がした。
無言で星を見続けてしばらくすると、アヤが静かな声で謝ってきた。
「――ごめんね」
綺麗な星空を見て、いつの間にか怒りは収まっていた。だから、突然の謝罪に少しだけ戸惑ってアヤを見た。
「無理に連れてきたから、怒ってたでしょう?」
僕の戸惑いを察してか、アヤは星空を見つめたまま気まずそうに話す。
「新月の夜、苦手だから」
「どう、して……」
驚きで言葉が詰まる。
「バルコニーで声をかけた時、何だか不安定な気がしたから」
そう言って僕の方を見たアヤは、困ったような笑みを浮かべていた。
あの時、既に見透かされていたらしい。
「でも、どうしても一緒に見たくて。本当は近場にしようと思ってたんだけど、怒らせちゃったから、遠いところにしたんだ」
話の先が見えず、静かに続きを待つ。
「ここなら、少しはお詫びができるかなって」
アヤがゆっくりと立ち上がり、僕を見る。身体を起こしてアヤを見ると
「本当は、誰かに見せるものじゃないんだけど、怒らせちゃったから、特別ね」
先程とは違う、白い服に身を包んで優しく笑っていた。
アヤはゆっくりと湖の方へ歩き、浮遊魔術で水の上に立つ。そして、薄い水色の光と水の球を使った舞を見せてくれた。
澄んだ水と戯れるようにして舞う姿は、どこか幻想的で、言葉を忘れてしまうほど綺麗だった。
最後の一滴が湖へ還ると、アヤは戻ってきた。
「こんなのじゃ、お詫びにならないだろうけど、今日はごめんね」
そう言って、アヤは頭を下げた。
「そんなことない。そんなこと、ないよ。すごく、綺麗だった」
本心からでた言葉だった。
「ありがとう。そろそろ、帰ろうか」
「そうだね」
帰り道、今度は自分の意思でアヤの手をとった。
ゆっくりと城へ向かいながら、アヤは心の裡を話してくれた。
「一緒に星を見たいのは本当だったけど、断られたら仕方ないって思ってた。でもね、バルコニーでタクトが新月の夜が苦手なことを知ったら、どうしても外へ連れ出したくなったんだ」
アヤは、決して嫌がらせをするために僕の手を引いた訳ではないと、今なら判る。
「月のない夜でも、光はあることを伝えたかった。月みたいに明るくはないけど、暗闇だけでもなかったでしょう?」
「そうだね……」
星空が、あんなに明るいとは思ってなかった。
「結局は、心の問題だから、私が手伝えるのはここまでなんだけどね……」
「アヤが僕のこと心配してくれてたのが判ったし、多分、もう大丈夫だよ」
空に広がる宝石の海。
月がなくても、それは暗闇を照らす光になりうる。
まだ少しだけ、月のない夜が怖く感じることはあるだろう。けれど、暗闇ばかりではないと判ったから。きっと、これからは光を感じられる。
下書きは約3時間でした(笑)
星空を『宝石の海』と例えたのは、某映画のラストに出てくる島がすごく素敵だったからです。
この話は、タイトルが先に浮かんできました。
本当は、ただタクトとアヤが一緒に星を見るだけの、ほのぼのとした話になる予定でしたし、そうするつもりでいました。しかし、タクトに星空を宝石の海と例えてもらおうと考えてから何かが狂いました。何故かシリアス要素が入ってきちゃいました(笑)多分、最近ハマった作品の二次創作小説でここ最近ある話をよく読んでいたせいですね。
元アクマだったタクトが、月のない夜を苦手としていたらイイカモ、なんて思ってしまったらこうなりました(笑)書いている時はすごく楽しかったので、後悔はしていないです。
話を書き終えたあと、毎回思うのは、どうしてこうなった、ということです(笑)
月が見えない夜は、曇りとか雨の日もあるよねというツッコミはナシの方向でお願いします。新月でなければ大丈夫、という暗黙の了解をしていただけると助かります(笑)だって、書き終わった後、そのことに気付いたので←おい。




