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side story  作者: 夜音沙月
20/43

再会は思い出の場所で

 桜の季節が過ぎ去り、若葉が揺れる5月がやってきた。

 午前中最後の授業の時間、ハルルは担当する古代文字の授業がなく暇になったため、学校の敷地内をふらふらと歩いていた。

 裏庭を歩いていた時、風が吹いてもいないのに葉が揺れている木があった。

 不思議に思ってその木の下に近付く。そしてその場で木を見上げると、今年担当になった月組の生徒の一人がいた。

 その生徒は、ハルルが一方的に気に入っている女子生徒だった。

 この学校に入学した彼女の一年目のクラスを担当したのが、小学部の教師であるハルルの友達だった。ハルルがその教師とお茶をした時、彼女の話を聞かせてもらった。その日からずっと、彼女が高学部生になった時には担任を努めたいと、ハルルは思っていた。そして今年、彼女は高学部生になった。担当するクラスの名簿表を見て、彼女の名前を見つけたハルルは、心の中で小躍りした。

 しかし、新学期が始まって一月が経っても、ハルルは彼女とあまり話をすることができずにいた。問題児でもなければ、わざわざ担任からその生徒に声をかけることはない。それに、ハルルが一方的に彼女のことを気に入っているだけで、彼女からすればハルルはただの担任なのだ。ここでハルルが彼女ばかりに声をかけてしまったら、他の生徒はハルルが彼女を贔屓していると思うだろう。そうなれば、彼女に迷惑がかかってしまう。

 そんなこんなで、ハルルは彼女ときちんと言葉を交わしたことがなかった。彼女が小学部生だった時の、とある日を除いて。そして、彼女がその日のことを覚えているのかは、ハルルには判らなかった。

 その彼女が今、ハルルが見上げる木の枝に座っている。彼女の足の上には、白い猫がいて彼女に頭を撫でられていた。その猫は気持ちよさそうにしていた。彼女の方も、今まで見たこともない優しい笑みを浮かべている。

 授業中であるはずの彼女が、 こんなところで何をしているのだろうと思う。確か、この時間は二クラス合同での魔術の実技授業になっているはずだ。

 ハルルがそんなことを考えていると、猫がハルルの存在に気付いたような素振りをみせた。白い猫は、ふっとハルルの方に顔をやるや否や彼女の膝の上から逃げてしまった。突然のことに驚いた彼女が、姿を消した猫が見ていた方に顔を向けた。そして、ハルルと目が合う。


「あ……」


 短い声を漏らしたかと思うと、彼女は木から飛び降り、ハルルに背を向けて走り去ってしまった。ハルルが何か声をかける隙もなかった。




 その日の午後、ハルルが担当する古代文字の授業が月組でも行われた。

 授業中、ハルルはさりげなく彼女の様子を見た。

 彼女は、裏庭でのことがなかったかのような態度で、普通に授業を受けていた。

 終業のチャイムが鳴り挨拶すませると、ハルルは彼女に声をかけようとした。しかし、挨拶が終わるとほぼ同時に教室を出てしまったのか、彼女の姿はなかった。

 何とかして彼女と話がしたかったハルルは、帰りのホームルーム終了後に声をかけようとした。ここでも彼女の姿を見付けられず、諦めて教室を後にするしかなかった。

 ――もしかして、避けられてる?

 教室にいるどの生徒よりも早く姿をくらます彼女。思わず避けられていると考えてしまっても、仕方がないことだろう。

 彼女は授業中にもかかわらず、一人であのような場所にいたのだ。普通なら、その生徒を呼び出してもおかしくない。怒られるか注意を受けるかするだろうと思って、生徒が教師を避けてもなんら不思議ではない。

 そのことが判るから、ハルルはへたに彼女に干渉できなかった。





 あれから数日後、彼女に話しかけようとしてはさり気なく避けられることが続いていた。

 この日の午後も、二クラス合同で行われる魔術の実技授業があった。そして、ハルルが担当する古代文字の授業は、今日もなかった。

 数日前と同じように裏庭を歩いていると、授業を受けずに猫と戯れていた彼女がいた木に目がいった。

 お気に入りの彼女は、授業をさぼるような不真面目な生徒ではないことを、ハルルは知っている。だからこそ、魔法実技の授業を受けていなかった理由が気になるのだ。

 ハルルは、彼女と初めて言葉を交わした日に、心の内で誓ったのだ。彼女の支えになることを。いつまでも、彼女の味方でいることを。

 その誓いを思い返し目の前の木を眺めていると、風もないのに数枚の木の葉が落ちてきた。

 ハルルがその方向に視線を向けると、この前と同じように彼女が枝に座っていた。

 今日は彼女の膝に白い猫はいない。彼女は、どこか遠くの方を見つめていた。

 風がざあっと吹き、彼女の金色の髪を揺らす。ハルルは、思わずその姿に見惚れてしまった。

 風が吹き止むと、木の上にいる彼女がハルルの方を見た。そして、一瞬だがハルルと彼女の視線が合う。

 すると彼女は木から飛び降り、ハルルの横を通ってその場を立ち去ろうとした。


「待って!」


 ハルルもそう叫びながら彼女を追いかける。しかし、彼女は止まることなく走り続ける。


「アヤちゃん! お願いだから、少し待ってくれる?」


 アヤと呼ばれた彼女は、ハルルのその言葉に反応して足を止めた。しかし、ハルルの方を振り向くことはなかった。

 ハルルは、立ち止まったアヤから少し離れたところで追いかけるのをやめた。


「少しだけ、話を聞いてほしいの」


 ハルルは、アヤの背中に向かって話しかけた。アヤは黙ったままだったが、その場を動こうとしないことから話は聞いてくれていることがうかがえて、ハルルは内心ほっとしていた。


「古代文字資料室って判る?」

「……はい」


 ハルルの質問に答えるアヤの声は、どこか冷たい感じがした。けれど、ハルルはそのままの調子で話を続けた。


「いつでもいいの。魔法実技の授業を抜け出した時でも、休み時間とか放課後でもいいから。時間がある時、古代文字資料室に来てくれるかな?」

「……それは構いませんけど……」


 途中で言葉を切ると、ハルルに背を向けていたアヤは振り返った。そして、質問を投げる。


「何故、ですか?」

「私がアヤちゃんとお茶をしたいの。駄目、かな?」


 普通の教師からは返ってこない理由に、アヤは一瞬だけ目を見開く。

 ハルルの答えを聞いたアヤは、昔初めてハルルと出会った時のことを思い出していた。

 あの時も、この先生は今と同じような接し方をしてくれた。授業を抜け出したことを責めず、全く関係のないことを理由にお茶に誘ってきたのだ。そのおかげで、少しだけ肩の力をぬくことができたことを覚えている。それは今も変わらない。

 普通の先生なら考えられない行動が、アヤの救いになっていた。


「……駄目じゃ、ないです」


 小さな声でアヤが答えると、ハルルはぱあっと花が咲くような笑みを浮かべた。そして、心から嬉しそうな声で「ありがとう」と言った。

 思わず照れくさくなってしまったアヤは、顔を下に向けた。


「楽しみにしてるね」


 ハルルのその声を聞くと、アヤはそのままそこから立ち去った。しかしハルルは、アヤを追いかけようとはしなかった。





 ハルルとの約束をしてから、約一ヶ月が過ぎた。

 その間に何度も魔法実技の授業はあったが、アヤが古代文字資料室に足を運ぶことはなかった。

 ハルルは、アヤが古代文字資料室に来てくれる日を楽しみにしていた。だが、アヤは一ヶ月経っても来てくれなかった。そのため、あの日アヤを不快にしてしまったのではないかと不安になり始めていた。

 この日の午後も、月組は他のクラスと合同で魔法実技の授業が入っていた。

 実技授業は、たいてい二コマ連続で行われる。そして、午後の授業は午前中の半分の二コマしかない。授業が終わればすぐ放課後になる。当然、午後の授業をさぼって帰ってしまう生徒が出てくることもある。

 この学校は、毎回授業に出席しなくても、成績が良ければ、出席率や授業態度などの規則違反を黙認してしまう場合が多い。ただ、どの授業も高レベルであるため、そのようなことをする生徒が少ないだけで。

 アヤが毎回のように魔法実技の授業を抜け出しても焦りが見えないのは、学校のこのようなシステムがあるからだろうと、ハルルは思っていた。

 そんなことを考えながら古代文字資料室でくつろいでいると、午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

 それから数十分が経ったころ、古代文字資料室の扉が叩かれた。


「はーい。どうぞー」


 ハルルが適当に返事をすると、扉が少しだけ横にずれた。そして、おそるおそるといった感じで、アヤが顔を覗かせた。


「いらっしゃい!」


 来たのがずっと待ち焦がれていた人だと判ったハルルは、ぱあっと笑顔を見せて弾んだ声をあげた。


「入って入って!」


 子供のようにはしゃぎながら、ハルルはアヤを室内へと招き入れる。

 中に入ったアヤは、向かい合わせに置かれているソファーに腰を下ろした。


「今、お茶の用意するから」


 一月前の約束通り、ハルルがお茶の準備をし始める。すこしすると、二人分の紅茶とケーキを持って戻ってきた。

 ハルルはアヤの向かい側にあるソファーに座ると、二つのティーカップにお茶を注いだ。


「はい、どうぞ」

「……ありがとう、ございます」


 まさかケーキまで出されると思っていなかったアヤは、少し戸惑いながらお礼を口にする。


「ふふっ。ずっとアヤちゃんが来てくれる日を待ってたんだよ?」


 カップを両手で持ち、ハルルが嬉しそうに言う。


「一月経っても来てくれなかったから、正直不安になってたんだ」


 思いがけない一言に、アヤは申し訳なく思う。


「でも、嬉しい。それに、いつでもいいって言ったの、私だったもんね。アヤちゃんが気にすることじゃないよ」


 アヤの心を読んだかのような一言に、アヤは思わずハルルの方を見てしまう。アヤと目があったハルルは、ふわりと優しい笑みを浮かべていた。


「どうして、今日だったの?」


 今日でなくても、魔法実技の授業は何度もあったのだ。


「雨が、降り始めたから……授業受けようか悩んで、ハルル先生との約束を思い出して、始めの挨拶だけ顔を出してここに来ようって思ったんです」


 魔法実技は校庭で行われるが、雨など天候が悪い時は、体育館や魔法の実践用の教室に移動する。そうなると、裏庭のような逃げ場所がなくなってしまう。だから、アヤは授業を初めから受けずに帰るか悩んだ。その時に、ハルルとの約束を思い出したのだ。


「そっか。室内じゃ、隠れる場所なんてないもんね」

「怒ら、ないんですか?」

「なんで? 私はアヤちゃんと話がしたくて約束したんだもの。怒るつもりなんてないし、怒れないわよ」


 ハルルは紅茶を少しだけ口に含むと、続きを話し始めた。


「それに、知ってると思うけど、この学校は成績重視だから、多少授業態度が悪くても黙認されちゃうのよ。それで成績が悪かったら、自業自得だってね。でも、私が思うに、アヤちゃん、魔術に関しては詳しいんじゃない? そして、強い。違う?」

「……それはどうかは判りませんが、授業を受けなくても平気ではあります」

「やっぱりね。だから、ゆっくりしましょう? そのために呼んだんだから」

「……はい」


 それからも、アヤとハルルは何気ない話をしながらケーキを食べた。

 何度目かの会話が落ちついて、アヤがケーキを食べている時だった。 ハルルがぽつりと、言葉を落とした。


「ダメだね。聞かないようにしようって思ってたのに、気になって聞きそうになっちゃう」

「何を、ですか?」

「アヤちゃんが魔法実技の授業を抜け出す理由……」

「話しても、いいですよ?」


 ハルルが申し訳なさそうに答えると、アヤはあっさりと言葉を返した。予想外の返答が、あまりにも普通に返ってきたため、ハルルは驚きを隠せなかった。


「本当?!」


 願ってもいない答えに、ハルルは思わず大きな声をあげる。


「はい。ただ……」


 アヤも、ハルルの反応に少し戸惑いながら頷く。しかし、そのあとに顔を下に向けてしまう。そして、気まずそうに言葉を濁した。


「ただ?」

「ただ、私の愚痴になりますよ?」


 ハルルが聞き返すと、アヤは顔を上げて小さな声で言った。


「ハルル先生は仮にも教師なんですから、聞いてもつまらないと思いますよ?」


 そう口にするアヤは、どこか迷っているような感じがした。


「それでも、アヤちゃんにとっては毎回抜け出すほど辛いことなんでしょう?」


 その言葉を聞いたアヤは、ぴくりと反応してハルルを見た。目の前のハルルは、にっこりと笑っている。


「優しいんですね」

「そうでもないよ。相手がアヤちゃんだからだよ」

「それでも、今の私にとって優しいことには変わりないです。いいんですか?」


 アヤは、もう一度確認するかのように尋ねた。


「何が?」

「私が毎回授業を抜け出す理由です。本当に愚痴にし か聞こえないですよ? 誰だって授業に不満があってもおかしくない。他の人なら、『甘えるな』って言うような、つまらないことですよ?」


 理由を話しても構わないと答えたアヤだったが、それと同時にどんな反応が返ってくるのか、不安でもあった。だから、ハルルに愚痴でもいいか、再び尋ねたのだった。


「他の人にとってはつまらないことでも、アヤちゃんには大きなことだから苦しいんでしょう? 」


 ハルルの真剣な様子に、アヤは目を見開く。

 いつもにこにこと笑っているハルルに、ふわふわとした印象を抱いていた。そして、どの生徒にも優しいため、みんなから親しまれていることも知っていた。ただ、あまりにも穏やかすぎること、楽観的に見えることもあって、真剣な相談はしづらいと思っていた。

 しかし、今のハルルはアヤが抱いていたどの印象とも違っていた。本当は、人の心の奥の感情に敏感で、そしてそれを理解しようとしてくれる優しさがある人なのかもしれない。そして、普段は今のような鋭さを隠して、他の人にはただ優しくて穏やかな先生という印象を与えているだけなのかもしれない。


「教師相手に話したくないなら、友達だと思って話してよ。もともと、先生なんて柄じゃないから、 好きに呼んでいいし、敬語もいらないよ」

「でも……」


 他の教師とは違うハルルの態度に、アヤは戸惑う。


「その方が嬉しいな」


 頷こうとしないアヤを見て、ハルルはにっこりと笑って言う。


「どうしてですか?」


 普通、そんなことを言う先生はいないし、ここまで一人の生徒に構う先生も珍しい。

 不思議に思ったアヤは、何故そこまで自分に構うのか尋ねた。


「私が、昔からアヤちゃんのこと気に入っているからだよ」


 そう言ってにこにこと笑うハルルを見て、アヤはようやく緊張をといた。


「じゃあ……はるるん?」


 そして、戸惑いつつも思いついたニックネームでハルルを呼んだ。


「あ、呼び捨てじゃないんだ」

「え、だってこっちの方が呼びやすそうじゃない? ダメ?」

「いいよ。好きに呼んでって言ったのは私だし、 アヤちゃんにだけそう呼ばれるの嬉しいし」


 本当に嬉しそうに笑うハルルを見て、急に恥ずかしさがこみあげてくる。


「やっぱり、やめようかな」

「何で!」

「なんか恥ずかしいから」

「そんなぁ。気に入ったのに」

「う……。わ、判ったよ」


 本当に残念そうにするハルルに、何故か罪悪感を覚 えたアヤは仕方なくといった感じで頷いた。


「やった!」


 すると、ハルルは再び嬉しそうに笑った。一方アヤは、心の中で溜め息を吐いていた。

 これではどちらが生徒か判らない。け れど、そんな些細なやりとりが、今のアヤ には嬉しかった。

 空気が明るくなったところで、アヤがもう一度念を押してから話し始めた。


「本当に、ただの愚痴だからね?」

「いいよ。私が聞きたいんだから」

「……魔法実技の授業は、新しい魔術を教える時その術ができる人にお手本をさせることがあるんだよ」


 そうして、アヤは授業を抜け出すようになった経緯を語った。

 ある日の魔法実技の授業のことだった。その日は新しい魔術を教える日で、担当教師の一人がその術を使える人はいるか声をかけた。ほとんどの術が使えてしまうアヤは、もちろんその日に習う術もできた。しかし、誰も名乗りでなかったこと、ここで挙手してしまうと自分がお手本を見せなければいけないことが嫌で、無視したのだった。そして、仕方ないとばかりに教師が手本を見せ、各自でペアやグループを組んで練習することになった。みんなが失敗したり上手くできなかったりする中、アヤはその術を一発で成功させた。そして、授業の始めに声をかけた教師が、その様子を見ていたのだった。授業終了後、アヤはその教師に呼び出された。その時に、アヤはほとんどの魔術が使えることを、魔法実技担当の教師達に知られてしまった。その日以降、新しい術を教える授業の日は、アヤがお手本を見せることが多くなった。手本を見せなくてすむのは、アヤの他にその日に習う魔術を使える生徒がいた日だった。けれど、そんな日があったのは、アヤが授業を抜け出すようになるまで、たったの一度しかなかった。そんなことがあって、

アヤは魔法実技の授業を抜け出すようになった。

 話し終えたアヤは、冷めてしまった紅茶に口をつけた。


「そんなことがあったんだ」

「うん。一度だけ、先生に『嫌です』って言いに行こうと思ったんだけど、話を聞いてくれないのが目に見えてたから……」

「それで授業を抜け出すことにしたんだね」


 ハルルが確信をもった声で穏やかに尋ねると、アヤは静かに頷いた。


「大変だったね。いろいろと……」

「怒らないんだ……」


 新学年になってすぐ、まだ一年生という立場でありながら授業を抜け出していたのだ。怒られはしても、共感してくれる教師などいないと思っていた。


「なんで怒らなくちゃいけないの? 私は、アヤちゃんの味方になりたいと思っているのに」

「ありがとう……」


 そう言ってもらえるだけで、心が軽くなる。『ありがとう』という言葉だけでは物足りないと思うほど、アヤはハルルに感謝していた。


「こんなこと、教師が言うのも変だけどさ……」


 ハルルが言いにくそうに言葉を紡ぐ。アヤは「どうしたの?」とでも言うように小首を傾げた。


「友達になってもいいかな?」


 言葉の意味は判っても、ハルルの考えていることが判らずアヤはさらに首を傾けた。


「アヤちゃんとは、生徒と教師としてじゃなくて普通に接したいの」

「なんで?」

「昔から、アヤちゃんのこと気に入ってたってことは言ったよね? その時からずっと、友達みたいな関係になりたいと思ってたから」

「昔って、もしかして、初めてはるるんと会った時?」


 アヤの言葉に、ハルルは目を見開いた。


「覚えて、くれてたの?」


 信じられない、といった感じでハルルが声を発する。

 もう、四年も前の、それもたった数時間だけの出来事のことだ。当時、アヤはまだ小学部だったから、ハルルはてっきり覚えていないと思っていた。


「覚えてるも何も、私にとっては心温まる日だったんだもん。忘れられないよ」


 覚えてくれていた。それだけでも十分嬉しいのに、大切な思い出だとでも言うように微笑んでくれた。


「嬉しい」


 ハルルは素直に心の声を呟いた。


「あの日のこと、覚えててくれたんだね」

「忘れないよ。私が救われた日だったんだから」

「そっか」


 ただ、興味本位で近付いて話しかけただけだった。それなのに、あのたった数時間の出来事でアヤの救いになれていた。そのことを知ったハルルは、嬉しい予想外に顔を綻ばせた。


「それにね、印象的だったんだよ」

「どこらへんが?」


 あの日、何か変わったことなどしなかったはずで、心当たりのないハルルはさっぱり判らないと首を傾げた。


「勝手に授業抜け出した小学部の生徒を、叱りもせずにここに連れてきて一緒にお茶する教師なんて、普通はいないから」

 

 そう言って、アヤはここに来て初めて笑みを浮かべた。


「あと、学校の資料室を勝手にリフォームして自分の部屋にしちゃうところもね」

「いいんだよ。この資料室、私以外の先生が使ってるところ、見たことないから。一応校長先生とかには許可もらってるんだよ?」

「そうなの?」

「そうだよー。だって後で怒られたりしたら嫌じゃん」


 ハルルがそう答えると、アヤは何とも言えない微妙な表情になった。きっと、心の中で『そういう問題じゃないと思う』とでも呟いたのだろう。


「なあに? その微妙な顔」

「なんでもないよ」

「嘘だー。ま、いいけど」


 そう言って、ハルルは幸せそうに笑う。

 そんなハルルを見て、アヤは顔にクエスチョンマークを浮かべると、ちょこんと首を傾けた。


「やっと願い叶ったなぁって」

「願い?」

「そ。アヤちゃんと、こうやって何でもない話をすること」

「そう、なんだ」


 あっさりと答えたハルルに、アヤはそっとハルルから視線をそらした。心なしか頬が赤くなっている気がする。きっと照れているのだろう。

 そんなところが可愛いと、ハルルは心の中で思っていた。


「これからよろしくね! 友達として」

「自分から聞いておきながら、結局勝手に友達認定してるじゃん……」


 まだ恥ずかしいのか、呆れの混じった声でアヤは返す。


「いいんだよ。これだけ仲良く話せるんだもん、もう友達なの」

「はいはい」


 アヤの適当な返事に、ハルルは「冷たい……」と言葉をこぼした。しかしすぐに、嬉しそうに笑う。適当に返事をしておきながらも、アヤの瞳にやわらかな光を見たからだった。


「どうする? そろそろ午後の授業終わるけど、もう帰るの?」


 楽しい時間というのはあっという間で、気が付けば二コマあった授業も終わりを迎えようとしていた。


「んー、もう少しいてもいい?」

「もちろん! 紅茶のおかわり、いる?」

「じゃあ、もらおうかな」


 そうして、二人はまた話に花を咲かせるのだった。


Fin.


…ひとやすみ…

 ずっと前から書きたかった、ハルルとアヤの出会いその2です。

 アヤが小学部の時に初めて出会う二人ですが、小学部、中学部では高学部教師と出会う機会などなく、そのままアヤが高学部生になるまで二人は再開しません。そして、アヤが高学部生になった時、ハルルがアヤのクラスの担任になる訳ですが、そう簡単には距離が縮まらないという。

 本編では初めからアヤの親友というポジションにいるハルルですが、そこに至るまでの経緯は本編で語られないので、いつか書きたいと思っていました。数年前からこの話の大本(ネタ)はあったのですが、なかなか文章にできず、書いたのが今になってしまいました。

 優しくて、頼りになるハルルですが、たまに、というか普段が少し子供っぽいという。そんなハルルにアヤは呆れていることが多いです。しかし、アヤ自身がいっぱいいっぱいの時にはきちんと支えてくれるので、アヤはハルルを親友として認めているのです。

 ま、こんな裏話みたいなことはこれくらいにして(笑)

 書いていて楽しかったです。てか、楽しくないと書けませんが(笑)私が没にする話は行き詰まったり、書いていて何も感じなかったりする時なので。

 このあと二人は少しずつ仲良くなっていきます。そこの話もいつか書いてみたいと思いますが、今はこれで。

 余談ですがタイトルにすごく悩みました(笑)アヤ視点なら「変わり者の教師」とかつけられたのに、今回はハルルをメインに三人称で書いたのでタイトルに苦労しました。



初出(本館連載):H26 9/10~9/15

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