雨降る夜
日没前に降り出した雨は、やむことなく夜になっても降り続けていた。
そのまま時が流れ、夜も深くなったころ、タクトの部屋の扉が軽くノックされた。
タクトは読んでいた本に栞を挟み閉じると、返事をしてからドアを開けた。
すると、そこには寝間着姿をしたアヤが、枕を片手で抱えて立っていた。
「どうしたの?」
いつもと違う空気を纏うアヤに気付いたタクトが、優しく声をかける。
「眠れない……」
そう答えてはいるものの、実際は眠そうにあいている方の手で目をこすっている。しかし、その仕草は泣いているようにも見えた。
「……眠そうだけど?」
タクトがアヤの行動を指摘する。
本当に寝ていたのだろう。答えるアヤの声は寝起きで小さく、まだ眠たそうな感じがした。
「寝てたんだけど、天気が……」
「天気?」
アヤの返答によく判らないと首を傾げたところで、雨音と共に遠くの方から雷鳴が聞こえてくる。
「もしかして、雷?」
タクトの問いかけに、アヤはこくりと首を縦に振る。
「でも、雷平気じゃなかったっけ?」
最近雷が鳴っていた時の様子を思い出したタクトは、不思議に思ってアヤに尋ねる。
「昼間は平気なんだけど、夜は……」
そう答えるアヤの声には元気がなかった。
「そうなんだ」
「だから、一緒に寝てもいいかなって……」
迷惑だと言われるのを恐れたのだろう。アヤの声は次第にしぼんでいった。
「僕は別にかまわないけど、お母さんたちのところの方がいいんじゃないの?」
「……やっぱり、迷惑、だよね」
「そんなことないよ。ただ、気になっただけなんだ。ごめんね」
アヤが泣きそうな表情を浮かべて言うと、タクトは慌てて否定した。
「……お母さんたちのところは、行きづらくて……」
「そっか。――おいで」
タクトは優しく笑うと、アヤを部屋の中に招き入れた。
少しして、二人はタクトの布団の中に横になった。
「……ねぇ、アヤ」
タクトは背を向けて寝ているアヤに声をかける。
「ん?」
「……理由、聞いてもいい?」
「いいよ」
先程、アヤが両親のところには行きづらいと言っていたことが気になっていたのだ。
アヤはタクトの方に向き直ると、ゆっくりと理由を話し始めた。
「夜の雷はね、なんだか昔を思い出しちゃって怖いんだ。今までは、一人で耐えてたんだけどね……」
アヤの話を聞いたタクトは、哀しげな表情を浮かべる。それを見たアヤは、慌てて明るい声をだす。
「ほら、夜の雷なんてめったにないし」
「まぁ、そうだけど……」
「ね?」
アヤはにこりと笑った。しかし、次の瞬間には真剣な表情を浮かべていた。
「確かに、前も雷は怖かったけれど、一人でも平気だった」
アヤが言い終えるや否や、遠くの方で雷鳴がする。アヤはそれにびくりと反応し、ぎゅっと目を閉じた。
タクトは、そっとアヤを抱きしめる。すると、アヤはタクトの腕の中で体の力を抜いた。
「でも、どうして平気だったの?」
今のアヤの状態を考えると、とても大丈夫そうには見えない。それなのに、何故今までは一人でも平気だったのだろうか。
「面倒見てくれてる人達に迷惑かけちゃいけないって思ってたんだ。それに、その時にはもう、本当のお父さんとお母さんは行方不明になってたから」
「…………」
タクトは何も言うことができなかった。
「この前家族が戻ってきて、すごく嬉しかった。でも、またいなくなっちゃうんじゃないかって思って……。眠いんだけど、今一人で寝たら悪い夢を見そうで、怖くなっちゃって。さっき、どうしてお母さんたちのところに行かないのか聞いてきたよね?」
「……うん」
今までの話を聞いていたタクトには、なんとなくだが答えが判っていた。
「妹の、サヤの時みたいに、目の前で失うことを考えちゃってね……一緒に、いられないんだ……」
泣きそうな顔で言ったアヤは、そのあと困ったような笑みを見せた。
そんな表情を見てしまったタクトは、かける言葉が思いつかなかった。
先程よりも近いところから、雷の音が聞こえてくる。会話の中で少しずつ強くなっていった雨も、今は激しく降り窓をたたいていた。
「今日もね、本当は今までみたいに一人で耐えようと思ったんだ」
「アヤ……」
「でも、ダメだった」
そう告げるアヤの声は震えていた。
「今まではお母さんもお父さんもいなかったから何とかなってたけど、今回はすごく、怖くて。迷惑かけることは判ってたけれど、タクトのところに来ちゃった……」
「迷惑だなんて思わないよ」
アヤの言葉に、タクトはすかさず反論を返した。
「迷惑になんか、ならない。アヤが、一人で抱えこまないで僕のところに来てくれて、本当に嬉しかった」
そして、タクトは再びアヤを抱きしめた。
「……ありがとう」
アヤはタクトの胸に顔をうずめて、お礼を口にした。
「どういたしまして。さ、そろそろ寝よっか」
「そうだね。おやすみ、タクト」
「おやすみ」
タクトの腕の中で目を閉じたアヤは、数分後には寝息をたてはじめた。
「よい夢を……」
アヤの寝顔を見て、タクトは優しい声でそう囁いた。
そして、タクトも数分後には夢の世界へと旅立った。
翌日の朝、先に目を覚ましたのはタクトだった。
タクトはまだ眠っているアヤを起こさないように、静かに起き上がった。そして、隣で寝息をたてているアヤを見て、胸をなでおろす。悪い夢は見ていないようだ。
しばらくそうして寝顔を見ていると、不意にアヤの瞼が動いた。
「ん……」
ゆっくりと目が開き、宝石のような綺麗な翡翠色の瞳が顔をのぞかせる。
「おはよ」
「……おはよー?」
寝ぼけているのか、返ってきた言葉は何故か疑問系だった。そんなアヤの様子に、タクトは思わずクスリと笑ってしまう。
「よく眠れた?」
「んー? ……うん」
タクトの問いに答えたあと、アヤの動きが止まる。何事かと思っていると、突然アヤが飛び起きた。どうやら、覚醒と同時に恥ずかしさが襲ってきたようだ。掛け布団を口元まで持ち上げてうずくまっている。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫」
タクトが優しく声をかけると、小さな声で返事があった。
そんなアヤの様子を見て、タクトは呑気に可愛いなと思っていた。
「……昨日は、ありがと、ね」
「うん。また、怖くなったらおいで?」
「うん、そうする」
今まで、というよりいつもは曖昧な返事があるのだが、今回は心配する側にとっては嬉しい答えが返ってきた。
そのことがタクトにとっては嬉しかった。タクトは優しい眼差しでアヤを見ると、口元を綻ばせた。
そんな二人に、上り始めた太陽の光が注いでいた。
Fin.
…ひとやすみ…
夜の雷が怖くてタクトのところに行くアヤがいたら可愛いなぁと妄想した結果、浮かんできた話です(笑)
幼いころの経験が、無意識のうちに痛み出す傷のようだったらなと、書きながら思っていました。慣れてしまった冷たさと、ようやく手にした温かさ。その間で戸惑うことがあるのではないのかなと。嬉しいけれど、怖い。けれど誰にも言えない。でも、一人で抱えるには辛くて。それでためらいつつタクトの部屋へ行っていたらいいな。
本編を執筆している作者でありながら、いつだって想像して。できれば版権物みたいに、二次創作的な話を書いてみたい、と常々思っています(笑)今回も、二次創作を書くような感じで書いていました。と言っても、二次創作自体はやったことないんですけどね(^^;)
夏は雷が多いので、ちょうどいい季節にかけたかなと思っています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
本編の方ものんびりと更新していますので、読んでくださるとうれしいです。
H26 7/15




