万年桜 3
終わりを迎えることは哀しいけれど
『永遠』という終わりのない時を生きる方が
よほど残酷だと思うから。
森の中の万年桜のように。
《万年桜 3》
森の中で万年桜を見付けてから数週間が経った。
あの日からよく森へ行くようになったアヤは、城の中の図書館にもこもるようになった。
春以外の季節でも咲き続ける桜。終わることのない季節にタクトもアヤも、やるせなさを感じていた。
何とかしたいという思いは、タクトにもあった。しかし、タクトには手を打つことができない。万年桜から出ているかすかな魔力を感じることができないから。だから、何とかしようとしているアヤを心配しつつ、成り行きを見守ることにした。
タクトは、ランタンを片手にお茶とお菓子の乗ったワゴンを押して城内を歩いていた。向かう先は図書館。夕食を終えてすぐに、アヤがそこに閉じこもってしまったためだった。
「アヤ、いるー?」
中に入り、奥にある読書スペースへとワゴンを押していく。
五つ程並ぶテーブルの真ん中あたりの机に、ぼんやりと灯る光と黒い人影を見て近づいた。
薄暗い室内に目が慣れてくると、それが探していた人物の影だと判った。
「お疲れ様」
タクトは声をかけながら隣に立つ。
「少し、息抜きでもしたら?」
アヤの返事を待つことなく、タクトはお茶の準備を進めていった。
ちょうどきりが良かったのか、アヤはすぐに読んでいた本から目を離した。
「ありがと……」
本を閉じると横に寄せて、アヤもタクトを手伝った。
用意が終わると、二人は夜のお茶会を始めた。
会話もなく静かにお茶を飲んでいると、不意にアヤが口を開いた。
「タクト、明日時間ある?」
タクトはティーカップをソーサーに戻して、隣に座るアヤの顔を見た。
「一緒に、あの万年桜のところに来てほしいの……」
その言葉を聞いて、アヤがどうするつもりでいるのか判った。そして、その意思が強いこともタクトは気付いた。
だから、迷わず頷いた。
アヤが出した答えは、なんとなく判る。もし自分が同じ立場だったら、同じように考えるだろうから。そして、その決断が自分に負担をかけるものだったとしても、迷うことなくそれを選ぶだろう。たとえ自己満足だと言われても、それが最善の結果だと思うから。
正直、心配もしているし不安でもある。それでも、タクトはちゃんと自分の目で見届けたいと思った。季節が止まった、あの綺麗な桜の木の結末を。
翌日、アヤとタクトは数週間前に見付けた万年桜の元に来ていた。
今の時間はまだ昼で明るく暑いはずなのに、森の中は薄暗くて少々肌寒い。そして、万年桜のあるぽかりとあいた空間は、あの日と同じように別の世界のように感じられた。
「久しぶりに見たけれど、やっぱり綺麗だね……」
「そうだね」
タクトの呟きに同意したアヤは、ゆっくりと万年桜の元へと歩き出した。
桜の木の前に立ち、アヤは身に纏う空気を変えた。そして、服も変わる。
アヤが真剣に魔術を使おうとする時や、大きな魔術を使う時に身に纏う、白い衣装。
特別な力が込められているらしいため、めったなことではその姿をとらない。たいていの場合、私服のままでも用が済んでしまうためでもあるが。
何度見ても、白い衣装を着たアヤは、どこか別人のように感じる。きっと普段の明るい雰囲気が消えて、儚さを感じるようになるからだろうとタクトは思った。
心の準備ができたのか、アヤが軽く手を広げて呪文を唱え始める。
すると、アヤと桜の木の根元を中心に円が描かれ出した。
呪文が進むにつれて、光の線が魔方陣を描いていく。
アヤが呪文を唱えて魔術を使うことは珍しい。それだけ、大きな魔力を要し、複雑な術であることを意味していた。
呪文を唱える声は、数分間続いた。
ようやくアヤの声がやむと、そこには大きな魔方陣が完成していた。
そしてすぐに、魔方陣を描いている光の線が光り出す。
あまりの光の強さに、タクトは思わず目を細めた。
しばらく光っていたかと思うと、突然光が弱くなった。線の上で液体のようにもやもやと動いたあと、そこには何もなかったかのようにすっと魔方陣が消えた。
線が消えたことを確認したアヤは、ふっと顔をあげて頭上で咲き誇る桜を見つめた。
すると、風も吹いていないのに桜の花がぽたりと落ちた。
それを合図にするかのように、今度は桜の花びらが散りだす。
桜を離れ散りだした花びらは、雪の降り始めのようにゆっくりと宙を舞っていた。
術が成功し万年桜に変化が訪れたことに安心したアヤは、ホッと一息吐いた。その様子を見て、タクトもようやく安心することができた。
タクトが大きな術を使い、疲れているであろうアヤの傍に寄ろうと足を踏み出した時だった。
ふらり、と突然アヤの体が後方に傾いた。
「……ぁ……」
小さな声をこぼし、アヤはすぐさまバランスをとろうとした。しかし、先程の魔術で疲れてしまった身体は思うように動かず、そのまま後方へ倒れていく。
タクトが慌てて近寄ろうとするが、アヤが作る魔方陣の中に入らないよう離れていたため、二人の間にはかなりの距離があった。
間に合わない、とタクトが思った瞬間、不意に万年桜がざわめいた。
ザアッと音をたてて桜が揺れ、花びらが散る。
それを間近で見ていたアヤは、驚きに目を見張った。
ざわめきと共に桜を離れた花びらは、群れを成すと流れるようにアヤの身体の下へと向かう。そして、倒れてきたアヤを優しく受け止めた。
避けられない衝撃を覚悟して固く目を閉じたアヤだったが、桜の花びらのおかげで痛みを感じることはなかった。
アヤがゆっくりと目を開くと、宙を舞う無数の花びらが視界に飛びこんできた。
先程動いた花びらは半分にも満たない数だったが、残りも先に散った花びらを追うかのように次々と花の元を離れていったようだ。それが今、雨のように散っている。
アヤとタクトは、目を丸くしてその様子を見ていた。
「……おどろいた」
ようやくアヤの隣にたどり着いたタクトが、ぽつりと声をこぼした。
「私も」
術が終わり雪のように舞い始めた時とは違って、今は数えきれないほどの花びらが降り注いでいる。
「まさか、こんなことになるなんて……」
次々と散っていく様子を見て、アヤは哀しそうな顔をした。
「せっかく、ゆっくり時間が動き出したところだったのに……」
――私が邪魔をしてしまった。
最後の言葉は声にはならなかった。
しかし、タクトには判ってしまった。
「アヤのせいじゃないよ」
そう言ってしゃがみこむと、アヤの頬にそっと手を当てた。
「万年桜の方も、アヤに感謝していたんじゃないかな。だから、助けたかったんだよ」
「でも……」
アヤが途中で口をつぐむと、タクトはその続きを引き継いで優しく言い聞かせた。
「無理をしてでも助けたいと思ったから、動いたんだと思うよ?」
「……」
タクトの言葉に、アヤは桜が咲いていたところに目をやった。
アヤを助けたあと一気に散りだしたため、花はもうほとんど残っていない。
今度は、宙を舞う花びらを見る。
踊るようにひらひらと散る姿は、少女を助けることができたことに満足しているように見えた。
それを見たアヤは、ようやく納得できたようだ。
落ち着いてくると、桜吹雪の中にいるような感じがした。そして、今の景色を忘れないよう、しっかりと目に焼き付ける。記憶の中にしまいこむように、アヤはそっと目を閉じた。
タクトも、アヤを助けてくれたことに感謝してひらりひらりと舞う花びらを見た。
そうして、アヤがゆっくり目を開いたころ優しく声をかけた。
「そろそろ、帰ろうか」
「うん」
返事を聞くと、タクトはアヤの背と膝の裏に手を入れて抱き上げる。
「えっ?」
突然の浮遊感に驚いたアヤは声をあげる。
「疲れて、動けないでしょう?」
「……」
「大丈夫、僕に任せて」
本当のことだったため黙り込むと、タクトは優しく笑って言った。
そして、タクトは移動魔法を使って城へと飛んだ。
二人が姿を消すと、万年桜のある空間に静寂が訪れた。
風が吹かなくても桜の花びらは散り続け――
数時間後、桜の雨が止んだ。
翌年の春、アヤは一人で万年桜があったところへ足を運んだ。
しかしそこにあったのは、冬の姿をした大きな木だった。
その後も何度か訪れたが、何一つ変化は起こらなかった。
翌々年の春も、アヤは万年桜だった木の元を訪れる。
だが、昨年同様、桜の花は一つも咲いていなかった。
アヤは、己の勝手な判断で万年桜にかけられていた術を説いたことを悔やんだ。落ち込むアヤの姿を見たタクトは、彼女を心配し慰めることしかできなかった。
そうしているうちに、二年目の春は過ぎた。
それから数年後の春。
森の奥にある小さく開けた場所。そこには、たまに少女が訪れる湖がある。
その湖に、桜色の花びらが迷いこむ。流れてきた花びらは、ひらりひらりと宙を舞い、音もなく湖の上にその身を預けた。そして、静かにその水面を揺らした。
Fin.
…ひとやすみ…
ようやく完結しました。
友達からちょっと注文の多いリクエストをもらった時は、ssのつもりで話を考えたのですが、いつの間にか壮大になっていました(笑)
この終わり方は、話を考えた時から決まっていました。ですので、個人的にはこの終わり方に納得をしています。自己満足な終わり方ですが……。
そのせいで、この三話のためにアンケートをとりました。二話までサイトに載せてしまうと中途半端になってしまうので、二話もこの話のためにアンケートで掲載するかを決めることにしました。というのも、最後の方で万年桜がすべて散ってしまうからです。そのことに納得のできない方が出てくるのではないかと恐れたからです。
ここからは余談ですが……。綺麗な終わり方に憧れるものの、中途半端になるとしっかり終わらせたくなって迷子になるということをよくやるので、下書きを書いた時は大変でした。もう少し書きたいという思いがあったので(笑) 今回は我慢して、何とか納得のできる終わり方ができたと思っています。
余談ですがこの話には元ネタとなったものが存在したりします(笑)
それでは、4000hitありがとうございました!!
初出:H26 5/28




